大司教のいとも絢爛なる霊感 | 食べて、呪って、変をして、
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大司教のいとも絢爛なる霊感

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 大司教の法悦の吐息を聞いて満足したタベルナはゆるく腰を動かしながら引導を渡した。
「わたしの方が先にイったんですもの、わたしの負けです。オクタビウスさま」
 唇を離したタベルナは面倒な男にそう語り掛けながら、彼のこりこりとした性感帯を怒張で押し上げ、絶頂を促す。
「ふ……むうぅ、ふ、この、早撃ちが……」
 大司教は淫らに相好を崩して満足げに笑うと、自身の硬い腹とタベルナの滑らかな下腹に挟まれた男根から肉欲を垂らし、ぐったりと身体の力を抜いた。
 タベルナは最後に腰をぐっと奥に入れると、愛欲の残滓のすべてを奔出させ、男の上に横たわった。
「料理は猊下以外にもしますが……これはあなたにしかしませんよ、オクタビウスさま」
 まどろみのような心地よい終わりの一瞬、相手に聞こえるか聞こえないか程度の声でタベルナがそう呟くと、大司教は厭味っぽく鼻で笑って返事とした。
 しかしそれは喜びを押し隠せておらず、タベルナは大司教の腕の中で微かに笑った。
 なんて面倒な男だろう、と。

「猊下はこれをわたしに見せてくださるためにここに?」
 オクタビウスの隣に横たわり鐘を見上げていた料理長は、一つ愛らしい嘆息を漏らすと彼にそう聞いた。
 階段を登って疲れ切った所を押し倒そうと思っただけなのに、本当に馬鹿な娘だ。オクタビウスは人の良すぎる料理長が気の毒になった。よく今まで生きてこられたものだ。
「いいや、ここならしばらく誰も来ないと思ったからだ」
 オクタビウスはしかし、他人の行為を善い方に捉えようとする料理長を咄嗟には馬鹿に出来ず、表情は妙に真面目な物になってしまった。ここは厭らしく笑って見せる所なのに、これでは淫らな真意が伝わらない。まるで初々しい恋人同士のようではないか。
「わたし芸術だと思うんです」
 料理長はおもむろに言った。
 オクタビウスは床に顎肘をついて、気だるげに隣を見た。
「余はもう見慣れた釣鐘だ。目を瞑っていてもどこに何の音階のそれがあるかわかる」
「鐘もそうですけれど、猊下が」
 なんと嬉しい事を言うのだろうか。そうした事は言われ慣れていたが、どうしてどうして間の抜けた顔の料理長に言われるとこうも緊張するのだろう。
 オクタビウスの思考は次第に敗戦色を帯びてくる。
「言われなくても知ってる」
 オクタビウスは白い歯をむき出して無理矢理下品に笑った。
「あれは天に献上する織物を織るためのものだったのですね」と、料理長は鐘から巨大なオルゴールボックスに伸びるワイヤーを指でなぞりながら言う。「二十三の織り糸を自在に操るサンダルフォン」
「余はあんなに無骨で角ばってはいないし乱杭歯でもない」
 しかしそれと自分を重ねられて嫌な気分はしない。かつて霊感を得ていた物だったからだ。
「それで、織物を織るとはどういう事だ」
 続けて問えば、料理長はぽつぽつと呟くように語る。
「まるで織機のようですよ。この鐘楼は」
 料理長の意味するところはすぐにわかった。つまり鐘のワイヤーを経糸と緯糸に、そしてサンダルフォンを織物職人に例えているのだろう。そして奏でられる音楽は天に献上する織物。
 自分はサンダルフォンを二十三の鐘に繋がれた奴隷としか思わなかったのに、この女は違うように思うのだという事にオクタビウスは驚いた。そしてその女の次の言葉にも。
「礼拝堂で賛美歌を歌う時、高かったり低かったりてんでばらばらで無秩序な声を束ねるのは猊下のお声でした。そうして完成された讃美歌は、わたしにはまるでタペストリーのように思えたんです。わたし、そんなものを作り上げられる猊下にはきっと、音楽の霊感が降りて来たのだって……」
「えっ」
 オクタビウスは間の抜けた声を上げた。確かに今、料理長は霊感と言ったのだ。これまで知り合った有象無象の輩の中で、こうした文脈に自分と同じように霊感という言葉を当てはめた人間がいただろうか。それも生まれも育ちも階級も違うような人間で。
「わたしさっきうっとりしてしまいました。ウェーバー大司教さま、あなたはばら窓の下で東からの光を浴びてタペストリーを織る職人」
「異教徒だってドミニクの説法を聞く前に私の声を聞けば、たちどころに改宗するってか」
「わたしは真剣に言っているのに、猊下はそうやっておふざけになるのですね」
 料理長が寂しそうな顔をするので、オクタビウスの心にも少し罪悪感のようなものが湧いてくる。嬉しい時に素直に喜びを表現できないのは難儀な性格だと思う。
「何と言うのが正解だったんだ。礼でも言えばよかったのか。そんなものが欲しいなら余を相手にするのは間違っているぞ」
 本当は震える程嬉しいのに。感性の調和が図れる相手が目の前に訪れた事が。
「でしょうね。ですから猊下はそれでいいんです。わたしそういう方だから一緒にいるんです」
 料理長はいつも通り清々しい笑みをこぼして頷いた。声色はよそ行きで、衆人の前で饗宴の話をしている時のものだ。二人でいる時の頼りなさそうで迷いのあるものではない。
 そんな風にされると少しばかり心臓が焦げるように痛んで、さしものオクタビウスも我ながら勝手だな、と思うのであった。
「しかし……まあ」
 オクタビウスはしばし目を泳がせた後、意を決して料理長に覆いかぶさった。耳元で一言甘言を囁くと、料理長は年頃相応の娘のようにぱっと頬を染めた。
「わ、わたし……ああ、オクタビウスさまっ!」
 オクタビウスはそのまま感極まった料理長に力強く押し倒された。常ならば冴えて聡明そうな料理長の瞳は、またもや情欲に塗れていた。しかしそんな顔を見るにつけ、嗜虐心が刺激される。
「早く終わらせろよ、もう次の鐘を鳴らしに助祭が来る」
「そっ、それはいけませんね! いけません!」
 オクタビウスの言葉を少しも疑わない料理長は、身体を跳ね起こして手早く身だしなみを整える。そんな姿をしどけなく横たわったまま鑑賞し、オクタビウスは低く笑って止めを刺した。
「お前は、行為も服を着るのも早いんだな」
「わたしを騙したんですね! それにあげつらうなんて!」
 ようやっと担がれたと気付いた料理長は顔に怒りを滲ませて、仕返しとばかりにオクタビウスに覆いかぶさり荒々しい接吻を繰り返してくる。
「オクタビウスさまだって……オクタビウスさまだってすごくやらしいくせにっ」
 ああ次こそはきっと自分は負けるだろう、とさしものオクタビウスも観念する。料理長は今や大分余裕があるようだ。しかし仕返しされるのもまた一興で、料理長がどういう手に出るのか実に興味深い。オクタビウスが泣いて謝るまで快感を叩きこんでくるのか、あるいは……。
 常ならば主導権を握られるのは好まないが、しかし相手が愛する者であれば話は別なのだ。
 つまり馬鹿にしたくなる程に他人を信じやすく、哀れを誘う程に人がよく、愛に幾分臆病で、料理の腕は綺羅三ツ星輝く一級で、そして……。
 お前は余の霊感、とオクタビウスが言っただけで、顔を紅潮させて押し倒してくるような女であれば。


大司教のいとも絢爛なる霊感 終

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