信頼と栄光 - 5/6

 恋人のような甘い交わりをセジェルは嫌った。そうされると、身体だけでなく心まで持っていかれそうになる。そうなってはもう戻れないと思っていた。
「だからわたしわざと意地悪くしてるんだけど」
「うう、っふ、いい、いいから、何でも受け入れる、から……」
 声と肉襞が媚びるように心もとなくうねる。
「いいわよ。わたしもそっちの方が好きだし」
 娘はセジェルの分厚い身体を折り曲げ、どっしりとした腰を上向きにさせると、しかと抱きしめ腰を打ちおろし始めた。
 ちゅぷ、ぱちゅ、ちゅくっ……。
「はああぁ、ほおぁ、んあ」
 売って代わって恋人同士のような優しく甘い打ちつけに、セジェルも脚を娘の肩にかけて自分でも腰を振って善い所を当てに行く。
「んふふ、すきよ、セジェル。わたしの剣闘奴隷さん。やらしくってだーいすき」
 繊細な動きで娘の指がセジェルの腹筋を撫でる。触られる度に腰に熱が溜まり、息が高まってゆく。
 太い両の腕は頭の上でシーツを掴み、下肢の衝撃にせり上がる身体を縫いつけた。そのせいで胸が反り、雄々しく膨らむ。
 娘の顔が晒されたセジェルの腋の窪みに沈む。
「ちゅぷ、んちゅ、ふふ、あせくさあい」
 小さな舌が愉悦の涎を垂らす腋を舐める。
「んぐうういいぃぃ、そんな所おぉっ……!」
 胸の際である峻厳な山脈を、筋の集まる深い渓谷を、腕へ連なる丘をぞろりと蹂躙される。
 清潔を保つために体毛を剃り落としているせいで、敏感な腋を責めから守る術がなく、そこは犯されるがままだ。
「ひぃ、あぎ、感じるっ!? は、あぁ、うそだああっ」
 到底性感帯となり得なさそうな場所を弄られて興奮する自分に落胆しながらも、その絶望がいやましに快感を高めてしまう。
 ずちゅ、じゅぱ、ずぷぷっ!
 肉壺への責めも苛烈を極め、そのねっとりとした責めのせいで、娘の肉棒の血管の隆起や太い尿道、卑猥に広がった笠をまざまざと感じてしまう。
「はんぁ、あっ、逝くっ、臭い腋舐められながら、淫乱な雌穴で、また逝くうぅっ! 女に犯されながら、俺はっ、はあぁぁ、ローマ人の強い雄胤で孕まされて、ぇ、雄肉奴隷にされて逝く――っ!」
 口からだらんと舌を垂らし、熱に浮かされた声で絶頂の瞬間を子細に説明しながら喘ぐ。
 苦み走った恵まれた相貌も、こうなってしまってはかたなしだ。しかしこれも娘に教え込まれた事で、これで己は羞恥によって、相手は嗜虐心によって絶頂へ昇り詰めていくのだ。
「ふふ、どおぞ、全部出して楽になって」
 娘の唇が淫語を叫びまくるセジェルの唇を塞ぐ。
「んう、ふお……むううぅっ!」
 ばちゅ!
 入り得る最も奥まで肉碑を突っ込まれ、熱く濃い胤を注がれながらセジェルは最後の気をやった。精巣に溜まったすべてを一気呵成と解放し、無為に空に噴き上げて己の腹と胸を穢す。
「んんんふうううぅうぅぅ……」
 深く接吻したまま、大量に押し出された息を鼻から吐き、セジェルはとろんと瞼を落とした。
「すごおい、今日は一段とおねだりすごかったわね。やっぱり戦いの後だったからかしら」
 唇を解放し、薄目を開けて疲労に痙攣する栄誉将軍を見下ろしながら娘は呟いた。
 萎えた肉剣を肉鞘から抜こうと娘はセジェルの腹に手を置いて腰を退くが、その細い腰はがっちりと太い脚によって抱え込まれ、また鞘奥に導かれてしまう。
「はあああっ、もっと、もっと……孕ませてくれえええっ! 肉奴隷、お前の肉奴隷になりたいっ」
 精巣は確かにもう虚ろだが、肉壺はまだ確かな雄の象徴とそれが噴き上げる胤汁が欲しくてたまらないのだ。
「あのねえ、あなたこれじゃあ、肉奴隷というよりただの尿瓶なのよ」
 娘は呆れ顔で堕ちきった栄誉将軍を見下ろした。
「いい、もう俺はっ、お前の便所で……ぇっ」
 涎をだらだらと垂らしながら腰を振って強請る。
「明日も試合でしょ、こんなに負け癖をつけられていいの。わたしやあよ、屈強な雄臭い剣闘士に組み敷かれて公衆の面前でお尻犯されるあなたを見るの」
「負けないから、お前以外には絶対負けないから……だから、ああぁ、完膚なきまでに服従させてくれ、頼む」
 求めるように肉襞が娘の怒張を扱き、射精感を高めさせる。
「将軍の命令とあらば、好きなだけ犯して屈服させてあげるけれど」
 蠱惑的な瞳が笑みに歪む。
「命令だ! 栄誉将軍の、エジプト第十五艦隊提督の……俺の!」
 セジェルの凄味のある声を合図に、娘の腰が乱舞する。
「ん、ん……あああっ! いいいっ、っは、くおおお、おおおんっ」
 栄誉将軍の敗北の咆哮が褥に響いた。

「お前は本当に俺をエジプトの栄誉将軍だと思っているのか」
 しどけなく寝台に横たわったままセジェルは娘に訊ねた。
 激しい交接は東の空にあった月が天の頂を超えて西に傾く頃にやっと終焉を迎えた。
 今は疲労が眠りをもたらすまでのほんの僅かな猶予期間だった。
「ん、あなたがそう言うんだから、そうなのでしょ」
 硬い胸板に頭を乗せてうとうとしていた娘が呟いた。
「馬鹿か」
 セジェルが鼻で笑ったせいで胸が揺れ、寝心地が悪くなったのか娘は頭を上げた。
「あなた雇い主に対して本当に本当に不敬だわ。あのね、何事もまずは信じる事からよ。そうでしょ。だからわたしはあなたを信頼して、今ここでこれを返すわ」
 娘はセジェルが頭を乗せているにも関わらず、枕の下に手を突っ込み、煌く何かを取り出した。
「なにをする」
 セジェルは目の前に突き出された娘の腕を掴んだ。そしてそれを燃え尽きかけた頼りない松明の灯りに照らしてまじまじと見つめた。
「これは……」
 それは先の剣闘試合の前に娘がセジェルに与え、戦況を打開する切り札となった銀の短剣であった。
「あの木偶の坊の右肩にくれてやったのに、わざわざ取り戻したのか」
「なかなかの業物だし、高いから返してと彼の雇い主に言ったのよ。渋々返して寄越したわ」
「この守銭奴。物質主義者。死ぬ時は身一つだぞ」
 セジェルは己の境遇を思いながら詰る。
「物の有り難味のわからない人ね。これは純銀よ純銀。まあエジプトにはこんな取るに足らない物掃いて捨てるほどあるのでしょうけれど」
 上体をひねり起こして放られた短剣を掴み、セジェルは嫌味っぽい口調の娘を一瞥した。
「審美眼があるのなら大事にして」
 そう言いながら娘は寝台に腹ばいになって、今度はその下に手を突っ込み、セジェルの拳ほどありそうな袋を寝台の上に乗せた。
 星の瞬きのような軽やかな音。
 麻の紐を解けば、朝日に花が開くように袋が口を開け、黄金の雌しべが零れおちる。
「いち、にい、さん……」
 娘は腹ばいのまま穢れのない細い指で金貨を五枚摘んでセジェルの腹に置いた。
「どうぞ、将軍。お納めください」
「なんて下品な奴。汚い物を俺の上に置くな」
 セジェルは眉を顰めて顔をしかめる。
「今日の剣闘大会の報酬じゃない。二人で山分けしましょう」
 二人で、という部分に特別な含みを感じてしまう。
「それで新しい装備を買ってもいいし、飲む打つ買うだとか娯楽に使ってもいいのよ、良心の範囲内でね。でも貯金だけはお勧めしないわ。諧謔嗜好のローマ市民は宵越しの金は持たないから」
「金がなければ人間は生きてはいけないからな。お前が思っている通り、高潔さや矜持で腹は膨らまない」
 セジェルは吐き捨てた。
「だがこんな物はいらん。お前の監視下でしか使えないのなら」
 掴んだ金貨を娘の目の前に落とす。
「あら、いつでもどこでも、わたしが猫の子供のようにあなたに着いて歩くと思っていたの。心外だわ、暇人だと思われていたのね。いい、あなたは今日から剣闘士、訓練生ではないのよ。好きな時に好きな場所に行けばいいわ。他の訓練所はどうだか知らないけれど、わたしの剣闘士にはそうさせるわ」
 訝しげな眼を向けるセジェルを見て、娘は続ける。
「お金がなければ生きていけない、けれど自由がなければ人間じゃないでしょ。わたしはあなたに限られた自由しかあげられないけれど。そして限られた自由を楽しむのにはお金が必要だわ。だから受け取って、かつてあなたが一人倒す度に受け取った報酬よりはずっと少ないでしょうけれど」
「それは仕方がない。お前はファラオではないからな。ただの政治家の娘」
 やっとその気になったセジェルは、娘の前に置いた五枚の金貨に手を伸ばした。
 しかし娘はセジェルがそれらに触れるよりも早く、そのうちの一枚を取り上げた。
「なんで取るんだ」
 憮然とした目を向ければ、金の亡者は金貨を唇に当ててほくそ笑んでいる。
「その短剣の割賦代金よ。これから毎回あなたの取り分からいくらか支払ってもらうわ」
「なら先に抜いとけ!」
「あなたが指をくわえて見ている前で天引きするのがいいんじゃないの」
「悪趣味な奴。その前に俺は短剣をくれなんて一言も言ってないぞ。そっちが勝手に押し付けたんだ」
「一回使ったならもうあなたの物よ。それに随分役に立っていたように見えたけれど」
 娘は手早く残りの金貨を袋で包んで寝台の下に投げ込んだ。
「残りは! お前山分けの意味わかってるのか!?」
 セジェルは声を荒げた。
 どう少なく見積もっても、娘が寝台の下に隠した袋にはセジェルの取り分の裕に十倍以上の金貨が輝いていた。
「まあなんて図々しいの。高潔な栄誉将軍が聞いてあきれるわ。残りはわたしの物に決まってるでしょ! わたしがあなたをいくらで買ったと思ってるの。こんなんじゃまだ元が取れないんだから。早く本当の意味での自由になりたいというのなら、あなたの分も寄越せば少しは足しになるでしょうけれど」
「お前は本当に品性下劣だな」
 セジェルは素早く伸びてきた娘の手を払いのけて報酬を片手で堅く握ると、娘に背を向けて目を瞑った。
 その背後で娘は軍人らしい広い背にぴったりと張り付く。
「将軍将軍」
 狸寝入りで無視を決められるが、娘は構わず続ける。
「あなた素敵だったわ」
 その甘い言葉にセジェルの心臓が背中を押し上げた。