城主の帰還 - 4/7

「期待していらっしゃるの」
 尻の方からクロードの静かな声が聞こえた。
「わたくしも一カ月我慢していたんですのよ。あなたの城塞のように堅牢な身体が淫らにうねる様、地を轟く低い声がせり上がる欲望に塗れて喘ぎに変わる様を予見しながら」
 細い指が太い腰に宛がわれる。
「やっと……」
 うわ言のようにバランタンは呟いた。
「やっとあなたを抱けますのね」
「嗚呼……」
 やっと抱いてもらえる。情けをかけてもらえる。
 クロードの言葉に、バランタンは深く低く息を吐いた。
「やっとあなたを手酷く凌辱できるのだわ」
 そして震えた。
 後ろの穴の入口に、ぬるついたそれが宛てられる。
「待ってくれ」
 バランタンはのろのろと起き上がり、寝台に膝立ちになったクロードの方を向いて四つ這いになった。
「なあに……ああ」
 クロードはバランタンの意を得たのか、下着を捲った。
 バランタンの目の前に、巨大な肉棒が屹立していた。それは紛れもなくクロードの性器で、バランタンのそれよりも立派な代物であった。
 バランタンは眉を潜め逡巡した後、それに恐る恐る接吻した。まるで貴婦人に恭順の意を示すために、跪いてドレスの裾にそうする騎士のように。
 とろりと垂れた猥らな蜜を舌で掬い、塗り広げ、貪るように太棹に接吻を繰り返す。そうしているうちに、徐々に行為は大胆になって行った。
 鼻息は荒く、音を立てて塩辛い先走りを啜り、時にくびれに軽く歯を立て、隆起した筋を舐め上げる。その様はまるで獲物に喰らいつく猟犬のようだった。
「んん……はっ、ふはっ、んふぉ、クロード……」
 自分に男色の気はない。いつもバランタンはそう思っていた。
 こうするのは、濡らしもせずにそのまま尻穴にねじ込まれては、痛いばかりで堪らないからだ。いつもそう自分に言い聞かせていた。
 それに、バランタンにとってクロードはまごうかたなき一人の女であった。
 幼さを残しながらも膨らんだ胸や、細くくびれた腰、肌理の細やかな絹の肌、女性的な優しげな面差し、そして屹立の奥に秘められた女性器。
 しかしそれらがなかったとしても、バランタンはクロードを妻として扱っただろう。ひとたび愛してしまったからには。
「やあよ、くすぐったいわ」
 クロードが唇に手を当て可愛らしく身体を捩るが、バランタンは細い腰をがっしりと抱え込み、離さない。
 そして、自身の口内にクロードの怒張を収めた。
 胸一杯に雄の性的な香りが広がり、むせ返りそうになるが、堪えて飲み込んでゆく。
 羞恥と屈辱と、あまりの頽廃的な行為に、バランタンはうっとりと目を細めた。
「痛いのはお嫌なのね。そうね、ちゃんと涎を絡めて滑りを良くしなくてはいけないわ。偉いわ、ご自分で出来るようになりましたのね」
 バランタンの短く刈り揃えられた固い黒髪に、クロードの白い指が絡められた。
「いい子」
 優しく頭を撫でられ、バランタンの理性は砕け散った。
 こんな大きな物で、開発されきった淫穴を掘り起こされ占領されたならば。バランタンはそれに、より淫らに舌を絡ませた。
 己の他言できない醜悪で淫乱な性質と、秘めた欲望が解放されていく。だが、それはとても心地のよい事だった。
 情交の後に彼が毎度思うのは、クロードの優しい言葉と行為でこうなるのは、偏に母親の愛情を知らないせいなのではないかという事であった。そして、父親に加虐されたせい。
「んふー、ふーっ、ふす……」
 悦びを言葉で示す代わりに、バランタンは鼻で一生懸命息をした。それは手負いの獣の唸りにも似ていた。
 上顎と舌で肉棒を包みこみ、快感のお陰で粘度が高まった唾液をまぶす。
「ふあぁ、やっ、そこ、いいの……」
 男の性感を知り尽くしたバランタンの責めに、クロードは自身の小ぶりな乳房を抱えながら悶えた。つんと立ち上がった薄桃の先端が、薄い下着を押し上げ、非常に淫靡な光景を作りだしていた。
 バランタンはそろそろいいだろうと口を離そうとするが、ぼんのくぼをクロードによって押さえつけられた。
「よくできましたけれど、一つお忘れだわ。きちんと根元まで濡らさなきゃあいけません」
 そして勢いよく腰を叩きつけられた。
「んごぶっ、ぐぼぶぅッ――!?」
 バランタンの唇とクロードの白く滑らかな下腹部が荒々しく触れる。
 クロードの長い肉棒がバランタンの喉の奥まで無理矢理差し入れられたのだった。
「ごおうっ、げおっ……!」
 バランタンの唇の端から彼の唾液とクロードの先走りの混ざった透明な液が垂れ、髭をしとどに濡らす。
「ぜんぶ入りましたのよ」
「んご、げごぼっ」
 勝手に涙がぽろぽろと溢れ、顔は酸欠に紅潮し、無様に洟を垂らす。喉が壊れたようにごろごろと鳴り、吐瀉物がせり上がってくる。
「すごいわ、じょうずじょうず」
 しかしクロードの賛辞を浴び、その心にかつてないまでの誇らしさと喜びが去来する。
 喉の奥まで貫かれた苦しさ、益々大きくなり脈打つ肉棒の感触に、バランタンは脳髄まで犯されていたのだ。
「あ、どうしましょう、出ちゃう」
 自白の梨にも似たその拷問器具に何度か力強く喉奥を叩かれ、あわや白目を剥き失神する寸前の所で、それはやっと引きぬかれた。
「がぼっ、げはっ、ごぼぉっ」
 咳き込むバランタンの厳つい顎にクロードの手が添えられる。
 そして、親指で押し下げられるがままに唇を開く。それどころか、親切に舌まで外に垂らす。
「あん、バランタンさん、んんっ!」
 クロードが愛らしい声を出すや否や、バランタンの顔に大量の欲液がふりかけられた。
 バランタンは法悦したように目を閉じ、それを受け入れた。
 黒い鬚に、白い欲望が絡みつく。厳つい鼻に、緩んだ唇に、厚い舌に。
 バランタンは片手で上から下へ顔を拭うと、手に絡みついた精液を舐めとった。そして口の中に放出されたそれと一緒にすると、くちゅくちゅと味わいながら舌でかき混ぜ、勿体つけて飲み干した。立派に張り出した咽仏が上下し、淫らな液体が食道に絡みながら、胃の腑に落ちてゆく。
 最後は、言われてもいないのにクロードの先端に唇を当て、残滓を吸い上げた。かつて娼婦を相手にしたとき、その女にされて善かった行為だ。
「いいわ……それにすごく淫らだわ」
 従順な夫の鬚に、怒張の汚れを拭いつけながらクロードは言った。
「まるで、よく教え込まれた、ええと」
「娼婦」
「ええそう」
 バランタンの行為は、確かにあまりにも娼婦めいていた。それも金を取るだけが目的ではない淫乱なそれ。しかしここまで来たならば、どこまでも堕落するしか道はないのだ。
 バランタンはクロードに手伝われながら上衣を脱いだ。汗の香りと、精臭を紛らわすためにつけた香水の香りがない交ぜになった、お世辞にもいいとはいえない匂いが溢れた。
「バランタンさんの匂いね。いい香りだわ、わたくしすきです」
 発達しうっすらと脂肪の乗った厚い胸筋に、クロードの冷たく柔らかな頬が寄り添う。
 二本の細い手は、筋肉が浮き出た巌のような広い背を這った。
「むう」
 糜爛し、引き攣れて隆起した山岳のような数多の古傷に触れられ、痛みはもうないが思わず呻いてしまう。それにまつわる記憶が、直視できない不躾な日光のように差し込む。
「かわいそう」
 クロードが悲しげに顔を顰めて呟いた。
 背中の傷は不名誉な勲章と言われるが、しかしこれに限っては防ぎようのない、仕方のない事であった。
「ひどいお父様だわ」
 母親の家系にも、父親の家系にも、深淵を想起させるような、病的に黒い髪の人物はいなかった。
 それ故にバランタンの父親は、それを不義の子供と決めつけ、幼い彼を事あるごとに拷問部屋で残忍に鞭打った。
 カロリング朝の名折れ、裏切り者の息子と謗りながら。
 酸と塩につけられた細い数十の革紐がバランタンの背を引き裂くたびに、父親は狂ったように笑った。酸は皮膚を糜爛させ、塩は苦痛を倍増させた。死ななかったのが不思議なくらいだった。
 父親は憂鬱で偏執気味で、それに加えて嗜虐趣味といった、狂った陰惨な気質を持っていたのだ。母親や領民に対してもその気質がいかんなく発揮されたであろう事は、想像に難くない。
 その母親はバランタンが物心ついてしばらく経った後死んだ。
 父親は熱病で臥せったまま逝ったと吹聴していたが、バランタンはそれが嘘だと知っていた。
 拷問部屋に母親の死体が逆さまにぶら下がっていたのを、しっかりと見せられたからだ。
 豊かな髪も秀麗な眉も長い睫もなくなり、雪のように白かった皮膚は隙間なく瘢痕で盛り上がっているか、あるいは糜爛するかしていた。二十本の爪は剥がれ、歯の代わりに黒ずんだ土台に埋め込まれていた。唇の端からは、無理矢理食べさせられたのであろう己の長い髪の毛が垂れて、頬に張り付いていた。瞼は切り取られ、最期の瞬間まで瞑目する事は能わず、眼前の高価な一枚鏡を見るしかなかっただろう。
 己の美しさには人並み以上の執着のあった母親が、その責め苦にどれ程耐えられただろうか。恐らく死因は憤死だろう。
 そして何のために父親は、年端もいかない子供にそんな物を見せたのか。恐らく牽制のためだろうが、バランタンはそのお陰で立ち上がる事が出来た。
 自分を忌み嫌った母親の仇を取るためではない。
 やらなければやられるからだ。
 ある晴れた日の朝、父親は物見塔から落ちて死んでいるのが見つかった。
 老朽化していた壁にもたれかかったせいで落下したのだろう。辺りには崩れた石が散らばっていた。
 幸運な事に、夜中から明け方まで降り続けていた豪雨が汚れた血肉を奇麗に洗い落していた。それがなければ、遺体を最初に発見した部屋付き女中はその場で卒倒して二次被害が発生していただろう。
 自由落下によって石畳に叩きつけられた前城主は、大輪の薔薇の花のように完膚なきまでに滅茶苦茶になっていたのだから。
「もっと早くああしてもよかったのだわ」
「でもないさ」
 恨んではいるが、感謝もしていた。
 自分に力を与えた父親を、残忍さと冷酷さを伝えた父親を、祖母とヴァロワ朝の男の不実な行為の果てに生まれた父親を。
 バランタンの顔は、アンボワーズの玉座に鎮座している男に厭と言うほど似ていた。だから欝蒼とした鬚に、すべての陰鬱な真実を隠すのだ。
 しかしはて、この顛末をクロードに話した事があっただろうか。
「あなたが傷ついたらわたくしも同じように傷つくの。あなたが死んだらわたくしも死んでしまうわ」
 耳元に寄せられた唇が、首の筋を鎖骨に向かって降りてゆく。そして胸に刻印を、クロードの物であるとの印章を刻む。服を着れば見えなくなってしまうが、確かに効力のあるそれを。
 小さな手がくっきりと割れた腹筋を這い、そのまま勃起したそれを掠めて、悍馬のそれのような太腿の内側を掴んだ。性器に触れるか触れないかのその感触に、バランタンの息が上がる。
 バランタンは蛇のようにクロードに絡み、快楽を求めるままに腰をクロードのほっそりとした脚に擦りつけ、喘いだ。
「はっ、あふ、クロード、頼む……」
 バランタンはクロードの華奢な身体を寄る辺ない幼子のようにかき抱き、懇願した。
「どうしてほしいんですの」
 聖母のような慈愛に満ちた表情で問うてくるクロードを見るや、バランタンは自分が裸足で踏みつけられている邪な蛇のような気分になった。つまり、清廉潔白な崇拝するべき対象に支配されるような甘美な気分に。
 バランタンは緩慢な動きでクロードに尻を向け、両手で尻たぶを開いた。
 物欲しそうにひくつくそれを、年端も行かない娘の前に曝け出し、彼は悲痛な叫びをあげた。
「犯してくれ。私を蹂躙し、征服してほしい」
 不安げな顔でクロードを返り見れば、それは快諾の返事代わりに凄烈な笑みを浮かべていた。