城主の帰還 - 7/7

 わたくしほんとうにあなたをあいしているのです。
 横たわるバランタンの耳元でクロードが囁いた。
「あなたはわたくしを守ってくださったわ。大挙する野蛮な軍勢から傷一つなく」
 そんな事があっただろうか、と快感にぼやけた頭で必死に記憶を掘り起こす。
「わからなくても仕方ありません。あなたはその時わたくしを、よく知っているけれど知らなかったもの」
 バランタンは、まあそんな事もあったのかもな、とゆっくり頷いた。
「どうして、城壁を農村の外まで広げたんですの」
 それは、葡萄畑が汚れては困るからだった。侵略し、あっけなく負けた敵の死体で。それに農民は戦争で使える。見過ごしがちだが案外強い。士官を夢見るぼんくらな貴族の子息よりは。
「あなたのおかげで、わたくし美しい畑を間近で見られます。わたくし、城壁の外には出られないから。それに、農夫もあなたに感謝しているはずです」
 残忍で冷酷な自分に。そんなわけない。
 バランタンは心の中で悪態をついて目を閉じ、茫洋とした安息に意識を委ねた。
 しかし夫の精神がそこに無いのにも関わらず、クロードは優しく語りかけた。
「残忍で冷酷。それは褒め言葉だわ。みんなあなたを愛しているの」
 だからあなたを悲しませる前の奥さまを、六人もあなたから遠ざけたのよ。
 側仕えは怪しまれずに奥さまに近付けるわ。あの隼のような動きを知っているでしょう。
 司祭様はどんな時でも神の教えを守ります。きちんと奥さまのために告解を行うの。そしてすべてが終わった後には祝福のお祈りを。
 御者はあの馬車の揺れにも負けない強靭な肉体を持っているわ。女の一人や二人、いいえ、十人だって束にして運べるでしょう。
 台所番は肉を捌くのが得意よ。肉切り包丁に肉たたき、漏斗や竈。厨房には役に立つ物が一杯ね。
 部屋付きの女中は目にもとまらぬ速さで命の残滓を拭きとるわ。二人の情事の跡を、いつも何事もなかったかのようにきれいにしてしまうのですもの。それくらい造作ない事でしょうね。
 城下には豚が沢山いるのよ。豚はなんでも食べてくれるし、綺麗好きなのですって。役に立つし、かわいいし、それよりなによりとってもおいしいわね。
 ここまでくると、残りなんて殆ど無いでしょうけれど、そういう物は埋めてしまうの。
 葡萄畑はそうして、炎のように血のように燃えさかっているのね。
「あなたは暴君を打ち滅ぼした救世主だわ。あなたは罪人を断罪する天の御使いだわ。暴力に訴える侵略者を完膚なきまでに斃す都市神だわ。あなたがいれば、いわれなき暴虐に泣き、犯罪に怯え、無慈悲で野蛮な破壊と略奪に落命したり、貞操を奪われたり、飢えたりする民もない。みんなあなたを愛しているの」
 わたくしほんとうにあなたをあいしているのです。
 でなければ、あなたが仕留め損なった父親に止めを刺したりはしない。
 周りの者は、青髭公が妻を城塞に監禁し支配していると言っている。だが実際は。
 夕闇迫る赤紫色の光が大きな窓から差し込んで、まるでそれは血のように部屋を彩る。
 クロードの姉とその恋人が住んでいるという、古い要塞が描かれた小さな絵。部屋の隅で影に埋没していた竜騎兵の甲冑と近衛隊の極彩色の制服。それらのすべてが血飛沫を浴びたように真っ赤に染まった。
 そしてそれはこの上もなく美しく微笑んだ。
「おかえりなさい、バランタン。青髭公の城へ」

城主の帰還 終