大司教のいとも絢爛なる妙愛 - 5/5

 大の男の哀願をよそに、タベルナの猛攻が再開する。
 巨漢の下敷きになったテーブルクロスがもみくちゃになる程腰が激しく触れあい、肉を打つ背徳的な音が薄暗い食堂に響く。
 いつの間にか大司教の緊縛は外れていたが、自由になった手はタベルナを押し返す事はせず、テーブルクロスにしがみつく事しかできない。
 ただ叩きつけ、締め付け、互いの肉体を貪り合い愛欲を高める。
「あんん、ああ、ふあ……!」
 タベルナの息が上がり、潤んだ瞳は蝋燭の明かりに煌いている。頬は背徳的な快感に染まり、女性というにはまだ幼い顔が艶めく。
 二人の吐息と汗が絡まり、終わりに上り詰めていく。
「ああ、愛している、愛している、タベルナぁあっ!」
「やっ、ああ、やめて……」
 それが偽りではないと知った今、愛を告白されるとタベルナの中心は熱を放出しそうになってしまう。その女の秘部も悦びの涙を流していた。
「我慢するな、余も……もう」
 大司教はタベルナの華奢な身体をかき抱いた。
 するとタベルナはびっくりするくらい顔を赤らめ、その腕の中で震えた。
「あっ、んんっ! 猊下ぁ、あ、ぁ、オクタビウスさまあ……!」
 タベルナは絶頂の瞬間に腰を激しく突き上げ、奥に欲望を叩き込んだ。
「お……むおぉ、っは……」
 タベルナの絶頂の声を聞き、奥にどろどろと熱いものを注ぎこまれながら、やっと大司教は己を解放した。勢いよく放出されたそれは自身の胸の十字架と腹に滴り、筋肉の筋を流れてゲヘナフレイムに白い染みをつくった。
「あ、んあ……オクタビウスさま……あいして、ます……」
 タベルナはやっと大司教から腰を離し、その胸板にぐったりと倒れ込みながら荒い息を吐いた。
 大司教はテーブルクロスを手繰り寄せ、二人の荒熱の残る身体を包んだ。
「ごめんなさい、猊下、ごめんなさい……」
 タベルナはゲヘナフレイムの中でごそごそと蠢いた。
「ごめんで済むなら免罪符はいらないだろうが。商売上ったりだよ」
「猊下のおっしゃる通りです」
「それにしてもあの大司教を大司教と思わぬ行い。思いつめた女は怖いな」
 タベルナは顔を上げて大司教を見た。
「わたしの事、女だとお思いになられるんですか」
「お前みたいな厭に女々しい奴を女と言うんだよ」
「わたし猊下の娼婦でも構いません。だからお傍に置いてください」
 女として猊下を受け入れる事だってできます、とタベルナはおずおずと訴える。
「馬鹿を言うな。娼婦に向かない女を侍らせるほどの忍耐があると思うか。お前は下手糞だし堪え性がない。それに早い」
 寝台で月の光に蕩けた顔を照らされるよりも、フライパンを焦がす無骨な炎に鋭い真剣な顔を照らされている方がタベルナは美しいのだ。
 大司教はそんな考えが浮かぶ自分に嫌気がさした。
「ひどい……」
「だからさっさとどこへなりとも行って野垂れ死んでしまえ」
 大司教は務めて面倒くさそうに吐き捨てた。
「はい、出てゆきます。陽が昇る前には。だけれどもう少しだけ」
 タベルナは大司教に縋り、囁くような幽かな声で哀願した。
「少しだけこうしてお傍にいたいのです。だからお情けをかけてください」
 お願いします、と呟くタベルナを抱きよせ、大司教はそれで答えとした。
「それであの、さっきのお話ですけれど」
「なんの話だ」
「わたしのために大饗宴を開いてくださったという」
「はっ、全部うそだよバーカバーカ! だーれがお前なんかのためにっ」
 酔いはすっかり醒めていたが大司教は顔を朱に染めてタベルナを罵倒した。
「さっき断りました。国王殿下の代理の方が、わたしを宮廷料理人にと申し出てくださいましたけれど」
「そうか」
「ええ」
 そうか断ったのか、惜しい事をしたものだ。まあ人には曲げられない主義主張もあるだろうし、と大司教はぼんやりと考えたが。
「ば、ばか!」
 大司教は今度は顔を真っ青にしてタベルナを罵倒した。
「はい、ばかです」
「本当だこの馬鹿! じゃあこれからどこに行くというんだ、ええ?」
「ええと、どこか遠く、猊下の威光など届かないような暗く湿っぽい場所に……」
 噂の聞こえるような近くにいるのは辛いのだ。
「どうして断った! 大配膳の称号はお前にとってその程度の事だったのか!」
「そんな称号を得て持てはやされるより、わたしはわたしの料理をおいしいと言ってくださる方に、手ずから料理をお出ししたいのです。両親もそれが料理人のあるべき姿だと常々言っていました」
 大司教は怒りに口角を震わせ、声を荒げた。
「お前は余の厚意を無碍にしたな。この罪は聖書より重い!」
 大司教は威厳たっぷりに言い放つ。
「これから強制労働だお前は! 収容所でじゃないぞ!」
「あの、あの、それって」
 タベルナは素直に喜ぶべきなのか、それとも悲しむべきなのか、とりあえず戸惑いを顔に張り付けて聞き返す。
「ここにいて余のために一生働け。どうだ口惜しいだろう」
「ええ、ええ、すごく悔しいです、辛いです、泣きそうです」
 大司教の胸に顔を埋めたタベルナが落涙しながら笑った。
 妙な多幸感に、どちらかというと大司教の方が口惜しくなる。
「しかし国王の不興を進んで買うとはお前も浅はかだな。どうするんだ、本当にここが包囲されたら」
「そうしたらわたし戦います。猊下がおっしゃった通り、盾とメイスを持って」
「フライパンと肉叩きだ。しかしそんな事が実際にあれば、総本山が王家を許さないだろう。こんな時、神の道に進んでよかったと本当に思うな。あれに振られなければこうはならなかっただろう。自棄を起こして聖職者になる事も。……そしてお前と出逢う事も」
「猊下、オクタビウスさま、あなたは本当になんて……」
 面倒な方なんだろう!
 タベルナの唇は大司教に荒々しく塞がれ、そんな称賛とも卑下ともつかない言葉は甘い吐息に変わった。
 陽は昇りかけていたが、タベルナの生活も愛も安泰であるだろう。
「よしじゃあ新しい料理長を選別する手間もないことだし、次の大饗宴は一ヶ月後としよう。今度は誰に辛酸舐めてもらおうか。失敗したら、お前が責任を取れよ。ヴァテールのように派手に自害してもらうからな!」
「あ、は、はい猊下。ご期待に添えるようにがんばりますっ!」
 万事すべて、今のところは。

大司教のいとも絢爛なる妙愛 終