寂しい時の彼 - 7/10

「くはっ、おぁ、くおぉ、イザドラっ、あぅ……」
 扉が閉まるなり、ドゥーベ氏は息を解放する。フォルトナートが立ち去ったかどうかなんて気にする余裕はなかった。
「んっ、むう……」
 ドゥーベ氏の法服の下で、イザドラが口淫に耽っている。
 筋を舐められ、口内を窄められて、彼は堪らずひじ掛けに縋りつき、誘うように脚を開いてしまう。
 イザドラの口の中は小さく、全部は入りきっていないが、限界まで頬張られ、快感を植えつけられる。ドゥーベ氏はそれでもう十分感じ入り、彼女がするようにがつがつと打ち付けるような元気はなかった。それに、喉奥を叩かれる苦痛をイザドラに味わわせるのは気がひけた。
「きもちいいですか」
 法服を捲り上げたイザドラに問われるが、ドゥーベ氏に答える力は残っていなかった。ただ、ゆるく腰を振って、イザドラの頭をぎこちなく撫で、自分も善いという事を示すのみ。
「はっ、あー、ぁあ、ああ……」
 喘ぎ声も切羽詰まり、そろそろ頂点も近づいてくる。
 イザドラの小さく熱い口に食べられ、吸われながら、冷たい手で睾丸を弄ばれる。後ろの淫乱な肉穴は、陰茎を舐められるとだらりと弛緩し、吸い上げられるときゅんと締まる。確かな熱と、大きさをもった物を欲していたのだ。
「イザドラ、出る、ああ、口を、離せ、イザドラ」
 自分の欲望でイザドラの中を穢したくなかった。
「ぷあ」
 イザドラは案外素直に口を離した。
 小さく形の良い唇はてらてらと淫靡に光り、ドゥーベ氏の男根と粘液で繋がっていた。
 なんと厭らしい光景。ドゥーベ氏はそれを見ながら精を噴き上げようと、全身の筋肉を収縮させた。しかし、なかなか昇り詰める事ができない。
「ああっ、どうして、だっ」
 ドゥーベ氏は緩く腰を動かした。だが、情を放つ事は叶わない。
「やっぱり、最後までしますわ」
「いいっ、いいからっ、はっ、はあっ、あ」
 ぬるついたそれを自分で扱き上げて果てようとするが、どう考えてもイザドラに口淫されている方が格段に善い。それ故に達する事ができないのだ。
 それに、一人きりだと分かっていれば自慰で最後まで致る事も出来るが、今は手を伸ばせばイザドラに触れられる。それも、ここまで彼女に昂らせられ、味をしめさせられたのに、ここでお預けというのは辛い。
「あー、はあ、あっ、出ないぃっ」
 これがイザドラの苦しみか。ドゥーベ氏は男泣きしながら実感した。
「頼むっ、ふうぅ……してくれ……っ」
「でも」
 イザドラは何故か珍しく躊躇していた。いつもなら懇願すれば、言葉で責め苛みながらも、悦んでドゥーベ氏を凌辱するというのに。
「口で、君の口で達したいっ」
「わかりました」
 ドゥーベ氏の淫らな嘆願に、イザドラは彼の絶頂寸前で張りつめた男根を手に取り、唇を近付けた。そしてそれを口に含む寸前に、やっと射精できる事に緩む夫の顔を見上げて言った。
「まあ、彼がもうすぐ来ますけれどね」
「なに」
 イザドラを引きはがそうとするが、もう遅かった。彼女はまたもや蔵書票のように張り付いて、欲情しきってぼやけた彼の腕力でははがす事はできない。切羽詰まり、そして快感に支配された頭では、法服でイザドラと陰茎を隠す事も思いつかなかった。
「あっ、っぐうう」
 絶頂の兆しにドゥーベ氏が腰を浮かせた時だった。
「閣下、忘れていました、これ……」
 不躾にもノックなしで扉が開き、フォルトナートが残りの書類を手に部屋に踏み込んできた。
「くっそこの……」
 ドゥーベ氏が失いかけた理性を取り戻し、取り乱して言葉を失った。
「んんふ……」
 イザドラはドゥーベ氏を咥えたまま、横目で夫の部下を見た。情欲に濡れて悦んだ目は、見る者には凌辱されて泣いているようにも見えただろう。
 フォルトナートは一瞬無表情になり、そして本来出すべき表情を顔面に張り付けた。
「いっ……ぎゃあああああああああ!! もおおおおおすうううみませえええええんんん!!!」
 けたたましい叫び声を上げて、フォルトナートはまたもやほうほうのていで逃げ帰った。
「くそっ、あいつっ、あのっ、うすのろが!」
 ドゥーベ氏は額の血管を隆起させ勇ましく立ち上がった。逸物はすっかり萎えていたが。
「あら、あら、まあ、ふにゃふにゃ……」
 ドゥーベ氏が立ちあがった反動で、床にぺたんとへたりこんだイザドラが残念そうに呟いた。
「これを思い出すだに萎えるだろうなっ! 君は本当になんと……」
 なんと意地の悪い女か! あいつが来るのが分かっていたならもっと早く言えというのに!
 そこでドゥーベ氏ははたと気づいた。いや、これは果たして幸運やもしれない。イザドラに弄ばれて絶頂しそうになる度にこれを思い出せば、これまでのように何度も何度も絶頂して疲れ果てる事はないのではないか。何という名案! どうだ小娘、伊達に三十年警察やってないのだよ私は!
 しかしそううまくは行かなかった。
「それは困りますわね。じゃあ、記憶を塗り替えられるようにわたくしがんばります!」
 頑張るな!
 そう言おうとしたドゥーベ氏であったが、またもやイザドラに腹這で机に倒される。
「うぐっ、イザドラっ」
 これならアサシンかニンジャにでもなれるのではないか、などと考えている余裕はない。
「蜂蜜召しあがるでしょ」
 肯定も否定もする間もなく、ドゥーベ氏はそれを食べさせられた。
「どうぞ」
「っぎ、ふおおおぉっ!?」
 下の口に。
 ドゥーベ氏の尻の穴に、たっぷり蜂蜜に塗れたハニーサーバーが突き立てられた。
「あぐっ、こおぉ、くおおんっ……!」
 鮮烈にして強烈、そして力強い快楽に、鳴きながら腰をびくびくと揺らしてしまう。脚が崩れそうになるが、必死に机にしがみついて耐えた。
「そんなにおしりびくびくなさって、おいしいの? それともうれしいの?」
「はああぁ、んあ、ああ……」
 脳まで突き抜けるような衝撃に、ドゥーベ氏は返事もままならない。
「すごいのよ、おいしそうにおしりの穴がもぐもぐしてるの。もっと味わってくださいな」
 イザドラは踊る声でそういうと、震えるハニーサーバーを奥まで押し込んだ。
「くおおおっ、や、やめ、はいらない、そんな奥っ」
 蜂蜜を絡め取る螺旋が、前立腺を捉えてこりこりと弾き、徐々に男根に芯が通り始める。
「んむっ、ああっ、ひいいぃ……!?」
 根元まで入りきると、また抜け落ちるぎりぎりまで引き抜かれる。
 復路でもまた前立腺を責めぬかれ、通り越してもなお、直腸をぞろりぞろりと広げながら肉悦を叩き込んでいく。
「きいぃ、んおおぉ、ふ、ふうううぅっ」
 立派な腰を、汗馬のような脚を内股で痙攣させながら、脳髄まで犯すような甘い痺れの物凄さを全身で語る。
「ずいぶんよさそうですのね……それじゃあ、ご自分でもやってみたら」
 イザドラの手が机にしがみつくドゥーベ氏の右手に重なり、それをゆっくりと後ろに導く。そして、ハニーサーバーを掴ませた。
「はっ、はあっ、これ……」
「自分で動かして、わたくしにいやらしいお姿見せて」
 一瞬の躊躇いの後、ドゥーベ氏は従順にイザドラの思惑に従った。逆らってもいい事なんてないからである。
 恐る恐る、ゆっくりとそれを押し込む。
「ほおおおおぉ……んうっ、んんっ、あうぅ、おかしいっ、こんな、こんなっ」
 じゅぷっ、ぐぷ、ごぷぷ。
 上体を反らせ、自身でがつがつと奥に叩きこむ。
「くああっ、ああああ!」
 ぐちゅぷ、ぷちゅっ、ぐちゅっ。
 どうしてこうなった。
 そんな事を考える暇もなく、ドゥーベ氏は快感に舌を突き出し、蜜まみれの肉壺を必死にかき回す。自分で自分の善い所にごしゅごしゅ当てまくり、厭らしく身体をくねらせる。イザドラに善い所ばかり責められるのは疲れるのでいつも嫌がってしまうのだが、自分で好きな場所を抉られるとなると、どうにも手が止まらないのだ。
 イザドラから贈られた自分の好物で、濡れた淫乱な肉穴を自分で掘りまくっている。そんな背徳的な事実もたまらない。
「はっ、はっ、あっ、ああ――!」
 腰が壊れんばかりに踊り、尻と男根を中心に、全身に痺れるような快感が伝播してゆく。扱いていないのに、男根が絶頂の兆しを示す。
「あっ、あ、イザドラ、いくっ、蜂蜜で、ああっ、イザドラああっ!」
 ドゥーベ氏は執務机の下、毛足の長い朱色の絨毯にどっぷりと精液を放出した。
「はひっ、はひぁ、へふっ、んおっ、おおお……」
 尻に入れた異物を動かしただけで絶頂してしまった。それも、自分でした事なのだ。
 ドゥーベ氏はゆっくりとハニーサーバーを引き抜くと、打ちひしがれて執務机に大きな身体をぐったりと投げ出した。腰が飛んで力が入らない。身体中がそうだった。
 ひどく厄介な身体にされたものだ、とドゥーベ氏は羞恥というよりも被支配的な悦びに細かく震えた。
 しかし常ならば、こうした並外れた快感に震えるドゥーベ氏の痴態を見るにつけ、手を叩いて指をさして笑わんばかりに喜ぶイザドラが、今は珍しく沈黙している。
「ふうっ、んん……んあ、イザドラ、どうした……」
「いやだわ、なんだかわたくしにされるより悦んでいらっしゃったわ。なんだかいやだわ」
「な、何を言うんだ、イザドラ」
 ドゥーベ氏が振り返ると、イザドラは子供のように口を尖らせて、椅子に腰かけていた。つまらなさそうに、足をぷらぷら揺らしながら。
「とってもいやなきぶんになりました」
 そして、ぷいとあらぬ方を向かれた。
「何をいうか、こんな事をさせたのは君だろうっ!」
 達したばかりで顔を紅潮させていたドゥーベ氏は、一転して真っ青になって叫んだ。
「わたくし悪くないです。あなたが悪いのだわ、感じすぎるから」
「くう、好きでこんな身体になったのじゃない、君が……」
「そういえば、あなたはわたくしがいない所で、ご自分で発散なさったのでしょう。わたくしはできないのに。それに、蜂蜜スプーンの方がわたくしよりもお好きそうだもの」
「それは違う!」
「わたくし以外の誰でもいいのだわ」
「そんなわけあるか!」
「ああ! わたくしばっかりさみしいさみしいと言って、バカみたいだわ!! あなたは全然さみしくなんてないのだもの!」
 イザドラは張り裂けんばかりに慟哭した。そして真珠の涙をぽとぽとと落とした。
 ドゥーベ氏はやっと落ち着いてきた身体を起こし、ゆっくりとイザドラの前に跪いた。
「だから違うというのに。私は君にされるから、君に見られるから、君を想うからいいのであって、つまりすべての私の快感は君あってこそだ。私だって寂しかった。君がここに来ていると知って、まるで初な娘のように心が躍った」
 そして、イザドラの涙を無骨な指で掬い取ってゆく。
「ほんとうですの」
「本当だ。風呂に入ったのだって君のためだ。君とこうなるような気がして」
 そこまで言うと、続きを言う間もなくドゥーベ氏の唇がイザドラのそれで塞がれた。
「んう、ふふ、うれしい、んふ……」
 接吻の合間にイザドラの声が漏れる。
 本当にこの子は、どこまでも愛おしい。ドゥーベ氏は接吻に飲み込まれながらそう思う。
「すき、ブリュノさん、すき」
 イザドラの声が肉欲に濡れている。
「ああ、わかった、ああ」