雨の妃 - 3/5

「あら、わたくしを抱くのではないのですか。思わせぶりな場所を触っておいて」
 藁山に身を起こしたクロードがバランタンに顔を近づけ、少し意地悪っぽく聞いた。
「もし君が負けたら、君を好きにしてもいいと確かに言ったな」
 バランタンは暗い声で呟いた。身体の奥が熱っぽく、幽かな火が燻っているかのようだ。それはおそらく、賭けに易々と乗った浅はかな己への後悔の火で、熱は矜持の焼けつくそれなのだろうと思った。
「ええ」
「では私が負けたのなら」
 そこまで言うとバランタンはじっと見つめてくるクロードから目をそらした。それ以上は焼けついた矜持が邪魔して口にするのも憚られたのだ。
 そして冷たい身体に熱い頬を押し付け、息を詰めて妻を待ち受けた。彼は確かに賭けに負けたのだから。
「なあに、おっしゃってくださらないとわかりませんわ」
 クロードは匂い立つように美しい顔を、甘い悪魔的な笑みに歪めた。
「言わないとわからないのか」
「そうねえ、わたくしあなたではありませんもの」
 バランタンは切羽詰まっているというのに、クロードは実に鷹揚で彼を苛立たせた。
「きちんとおっしゃって」
 バランタンがきちんと言葉にするまで、クロードは藁山から腰を上げるつもりはないのだろう。案外頑なな女なのだ。
 彼は意を決して、固い唇を薄く開いた。諦観の吐息が漏れて、闇に溶けた。
「君に……やる」
「なあに」
「私を、私をやるッ」
 そう言った瞬間、バランタンの身体の熱が爆発した。彼の矜持を焼き尽くす火は、淫靡な行為を待ち受ける彼自身なのであった。バランタンはまったくそれに気付きはしないが、これから邪淫に耽るであろう背徳感に酩酊した。
「まあ、本当。うれしいわ」
 クロードはバランタンに身体を預け、荒い息にうねる胸に頬を寄せた。お互いの息遣いが伝播し、混ざり合う。それだけでもバランタンは過ぎたる法悦に飲み込まれそうになるのだが、クロードに己を捧げた手前、それをよしとはしなかった。
 バランタンはクロードと共に藁山に沈み相対すると、下衣を寛げ、欲望の塊を露出させる。そして自身の指を口に咥え、舌で唾液を塗して濡らし始めた。自身の穴をかき回し解すためだ。
 すでにそんな淫靡な行為自体に溺れていたのではあるが、それを悟られないようにその目でクロードを努めて睨みつけようとした。しかし愛欲に潤み、周囲を朱に染めた目元はまったくいつも通りの効力を発揮せず、眉も徐々に垂れ下がってゆく。
 クロードはバランタンの珍しく積極的な行動に少しも驚かず、もっと淫乱なものを強請るように濡れた瞳で彼を見つめた。
 言外のクロードの指示に、バランタンはわざと音を立てて指を飲み込み、見せつけるようにいやらしく舌を絡める。
「くふぅっ……ふん、んお、はふ……」
 鼻で荒く息を吐きながら指をしゃぶる様子はまるで男根を舐めている様そのもので、自身の過激な行動がより過激な行動を導き出す。最後は空いた手で自身の怒張を扱き、腰を突き出し滾らせてゆく。
「んー、ふほ、ほお……」
 指を舌から離すと、濡れた三本の指と分厚い舌の間に粘度の高い唾液が橋をかける。バランタンはそれをすすって切り離すと、腰を浮かせて背を弓なりに反らし尻の穴にそれを埋めた。
「くお……っ!」
 恐る恐る入れるよりは一思いに終わらせたかったバランタンは、指を三本とも一気に押し込んだ。バランタンは背を極限まで反らし、喉を晒して悶えた。発達した腹筋が、大腿が小刻みに震える。指を突っ込んだ反動のように、怒張の先端から先走りがどっぷりと迸った。
 淫らな行為に慣れきった肉壺は指を貪欲に飲み込み、奥へ導くように力強くそれを締め付けた。バランタンはそこまでなり下がってしまった自身の尻穴を恥じた。
 ぐちゅぐちゅと劣なる欲望を滴らせる己を扱きながら、肉穴を指で広げ、乱暴にこねくり回し、唾液を擦りつける。
「いやらしいわ」
 クロードにじっと見つめられ、バランタンの心臓は羞恥に壊れんばかりに暴れる。
 見られるという行為の、なんと劣情をそそる事か。
 いつだって見るのはバランタンの方だった。物見塔から見下ろす城下と市井の小さき者。城壁から見下ろす戦況と劣勢の敵軍。それが君主の特権だった。
 だが今や絶対的な強者としてバランタンを見下ろしているのは、その吹けば飛びそうな妻なのである。ツバイヘンダーなどもっての外、銀のカトラリーよりも重い物など持った事のないような、精緻なガラス細工のような妻。
「んんッ、く、ふっ……そんなに見るな……っ!」
「だって見せつけていらっしゃるから」
「見せつけているわけでは……ないっ!」
 指と腰の動きを止めることなく言う言葉に説得力はなかった。
「あ、あぁあ、んは」
 バランタンの息が上がり、巌のような腰は絶頂を求めて淫靡に踊る。唇は蕩けて舌を垂らし、その先からだらしなく涎を零した。
 じゅぽ、ぐじゅぽ、と汚い音が穴から漏れる。
 じっと見られると行為はますます加速し止まらない。
 そしてバランタンは勝手にその眼差しに意味を付随させる。曰く、この肉欲に耽る浅ましい自分を蔑んでいる瞳に違いない、と。そう考えるともうそれ以外の意味は見出せず、卑下される日陰の悦びに身体中は陥落寸前であった。
「おおお、くお、おああ、くほ」
 じゅっぷ、ぐじゅ、ちゅく……。
 目は遠くなり、肉体はしなやかに蠢き、そして……。
「ご自分だけで達してしまうおつもりかしら。そんなに善さそうなお顔をなさって」
 クロードの言葉でやっと我に返ったバランタンは、珍しく身体を驚きに震わせ、それを押し隠そうと悔しそうに口を引き結んだ。そしてこれ以上感じてしまわないよう、入れた時と同じように肉壺から一気に指を引き抜いた。
「ん、むう……黙れ」
 そして心底不本意という表情のまま、膝立ちになって壁に手をついた。
 すっかり出来上がった身体を邪神に捧げ、あとはすべて委ねて凌辱されるのを待つだけ。バランタンはまるで生贄の生娘のような気分になっていた。
 邪神は立ち上がって背後から生娘に覆いかぶさり、傷だらけの背に触れ優しく接吻した。
「ん……クロード……?」
 凝り固まった傷口に触れられる度に、バランタンは何かを思い出しそうになる。だがその記憶の残滓に神経が通いそうになる度に、クロードのもたらす快感に流されてしまう。
 がっしりとした震える腰骨をねっとりと撫でられ、次いで筋肉の溝に沿って腹やら大腿やらに指を這わされる。触れられた箇所が燃え、熱を逃がすために浅く何度も吐息を吐く。
「は、くは、お、ふう、う……」
 髪と鬚から雨水の混じった汗が滴り、床板に点々と染みをつけていった。
「ふふ、やっぱりあなたのお身体、すごくいやらしいわ」
 バランタンの硬く締まった尻たぶがクロードの冷たい手で開かれる。やっとその時が来たのだ、とバランタンの顔が勝手に緩む。
「んおっ!?」
 しかしそれはバランタンの望む快感とは違った。
「なんだか善さそうですのね。よかった」
 バランタンの尻たぶに屹立を挟み込んだクロードが激しく腰を動かし擦りつけた。それは予期していた行為とは違うが、初めてのその感覚はバランタンに新たな悦びを植え付けた。
 ごつごつと逞しい肉の凶器で尻の穴の入口を擦られると、ぽってりとした肉穴が悦びに収縮する。撫で上げられると上に引き攣り、その復路ではだらしなく押し下げられる。
 ぎちゅ、ぐちゅ、ぐぷっ。
「クロードっ! おああっ、ああッ!」
 新たな躾にバランタンは従順に感応していく。盛りのついた雌犬のように腰を振りたくり、発情した声で鳴きまくる。
「ふほっ、んおぉ、あうっ、ぐああ」
「ああ、あん、すごい、わたくしもいいのっ。どうしましょう、このまま最後まで行ってもいいかしら」
「だっ、駄目だ!」
 バランタンは肩越しに後ろを睨んで声を荒げた。
「どうしてですの」
「それは……ッ」
 そこまで言ってバランタンは口を噤んだ。肉壺に孕みそうな程に濃厚で大量の精液を注ぎこまれる事に悦びを感じるようになってしまった、などとは口が裂けても大地が裂けても言えない。
「それでは私が何のために」
「よだれまみれの指でいやらしくおしりを抉じ開けてかき回して絶頂寸前まで上り詰めたのかわからない?」
「ぐっ……」
 クロードの残酷な責めにバランタンはそれ以上何も言えなかった。
「大丈夫、わたくしだけ善くなったりはしません」
 一緒に。とクロードの声が耳元で溶けるや否や。
「ぐおおっ!?」
 バランタンが獣のように吠え、身体を強張らせた。クロードの冷たくしなやかな手が彼の射精寸前の怒張に絡みついたせいだった。
 ぎちゅ、ぐちゅ、ちゅぷ、と耳を塞ぎたくなるようないやらしい音が薄暗い小屋を支配する。
「がっ、ぐあ、やめ、厭だこんな……!」
 気遣うように優しいが無遠慮な怒張の扱いと、新たな背後の行為の快感が相まって吐精の時も間近。
「お厭なの? 何がお厭?」
 腰と手の動きは止めずにクロードは後ろから問いかけた。
「私はっ、尻に欲しいんだっ」
 バランタンは赤面した顔をおし隠すように地面に向かって叫んだ。
「お城の外でそんなはしたない事」
 クロードの棹の逞しい隆起がバランタンの肉穴の入口をごりゅごりゅと凌辱する。
「くおお、っお……な、何を今更! 私は、私は中で終えたいんだ!」
 意を決して言えど、どうせ望むとおりにはならないだろうとバランタンは心の底では思っていた。彼もどこかでそうなる事を望んでいた。クロードに無理矢理に意に沿わぬ方法で凌辱される事を。それが自分の存在意義だと無意識に感じていたのだ。
「わかりました」
 それ故にクロードが素直に、まるで寝台の中でも貞淑な女のように言った言葉に、バランタンは狼狽した。
「あなたが終える時は中ね」
「な……」
 不穏な言葉と、そして最後の一押し。肉穴を怒張でずるりと舐められ、バランタン自身の砲身を擦り抜かれる。