青髭公の盾 - 3/6

 バランタンは雄々しい吐息を漏らしながら、服越しに畝を作りだすクロードの腕に手を乗せる。まるで服に忍び込んだ大蛇に絡めとられているかのようだ。火照った体にしっとりと冷たく、上半身を心地よく締め上げられ、このまま逝ってしまいそうになる。
 快さに頭を緩く振り、クロードの手を良い場所に導こうと身体を捩る。
「そろそろ後ろのお遊びが恋しいかしら」
 バランタンはクロードの問いに頷き、妻を求めて脚を開きゆっくりと腰を浮かせる。すると服の下から手が引き抜かれ、下衣を申し分程度にずり下げられる。
 後孔を晒されるのは辱めであったが、今はそれさえ突き抜けるような快感に変わる。全神経がそこに注力され、勝手に物欲しそうに開いては閉じる浅ましいその動きをまざまざと感じてしまう。
 バランタンは羞恥と、そしてそれを上回る期待に目を閉じ、互いの腰が触れあうその瞬間を待って息を詰める。
 浅ましい肉穴の縁に冷たい二本の指が沿い、まるで豚の傷口をそうしたのと同じような手つきで開かれる。隣に横たわる同輩の事を思い出した瞬間、脳裏にその惚けたような死相が浮かんで消えた。
 豚の死体の横で犯されるのかと、バランタンは瞼の裏の暗い背徳に震えた。
 そして冷たい何かがそこに宛がわれる。クロードの身体にしては冷たすぎた。彼女の慈しみを感じる自然な冷たさとは違う。触れた場所から引き裂かれてしまいそうな、例えば金属のような無情な冷たさ。それは――
 ぐぼぉっ!
「んご、ぉおおッ!?」
 バランタンの背が弓なりに反った。濁った雄叫びが腹の奥から押し出されて室に響いた。
 堅牢な肉環の窄まりをぶち破られ、荒っぽく擦り上げられながら奥を突かれたその熾烈さのせいだった。
 熱い粘液の壁が不躾な冷たい金属に張り付いて、慄き悲鳴を上げている。
「うぐぁっ、い、あ……あがっ……」
 詰めた息が喉の奥で滞る。
「苦しいかしら。まだ拡げてはいないのだけれど」
 クロードの手が金属の塊の先端を撫でた。
 苦悶の梨。バランタンの肉穴に埋められているのはそれだった。
 罪のあるとなしとに関わらず自白を促す拷問器具。目を背けたくなるほどに淫らな、女体を思わせる丸みを帯びたカーブ。孔さえあれば潜り込み、内側から花開いて苦痛を与える。そうすれば誰だって饒舌になってしまうものだ。心にない事だって、積年の想いだか恨みだかのように語りだしてしまうだろう。原始的にして野蛮。頽廃的で淫靡な果実。
 地下室は武器だけでなくそうした禍々しい物であふれている。クロードがそれに目をつけるのも時間の問題であった。それが今日この時だったのだ。
「苦、しい……」
 呂律が回らないバランタンは口を精一杯開けてクロードに訴える。閉まりの悪くなった唇から涎が垂れ落ち、夜の森のような口髭を濡らす。手は卓にしがみつき、武器の痕を爪でもっと深める。
「では拡げないわ、このままで」
 クロードが梨を引きずり出しにかかる。きっと入口まで引き抜けたなら次は激しく奥に叩きこまれ、それを皮切りに何度も無遠慮に出し入れされ肉壺を凌辱されるのだ。
 梨が徐々に外に顔を出し、肉襞が奇怪な意匠に引きずられる。
「お、んぉ……や……めてくれ、私は、君しか知らないのに……」
 あんまりにも女々しい訴えであったが、クロードを受け入れるために準備し、彼女とまぐわえると思っていたからこそ浅ましくひくついていた肉穴に、クロードではなく金属の梨を突っ込まれたのだ。泣き言を言うのも仕方ない事だった。
 卓の上に立てた脚ががくがくと震えた。ほぼ処女地と言っても過言ではないそこが今や金属の拷問器具に蹂躙されているのだ。これが甘く絶望せずにいられようか。この暴虐に、己の淫らな疚しさに。
「なら新しい物を知るいい機会ではありませんか」
 梨の一番太い部分が入口の硬い肉環を佳境とばかりに押し広げる。
「お゛んッ、お、おお……おぅ、お、はひぃ」
 みちみちと音がしそうな程に開き、こんな事なら入れる時と同様に一思いに引き抜いてくれとさえ思う。脂汗が額から滴り、息遣いは追い詰められた敗戦兵のように情けない。
「し、知りたくないッ、ここは、こんな物のためでなく君の――」
「わたくしの、なあに」
 バランタンの目の前に迫る顔は嗜虐の快感に蕩けて色づいているように見えた。
 夫の言いたい事くらい分かっているのであろうに、クロードの手は梨にかかったまま、それをぬるぬると引き抜いている。そして梨はとうとう入口の際まで抜け、あとは押し戻されるのみ。
「君のも……お゛ぐッ! んごっ、ほ……」
 己の肉穴は苦悶の梨ではなく、妻の昂りを受け入れるためにあるのだ。そう言い終わる前に梨はバランタンの肉壺を激しく抉った。そして奥を突くやいなや、それはまた引き出され押し込まれるの繰り返しを始めた。
「ごっ、ほぉお、んっ、んお゛、お゛……ッ」
 妻の具合しか知らない未熟で弱い粘膜を金属の、それも拷問器具で擦られるという暴虐。しかしそれが苦痛かというとそうでもなく、バランタンの食いしばった歯はギリギリと快感に鳴り、背は弓なりに反る。
 その圧迫は腹ごしに肉棒に効き、日和っていたそれに喝を入れ押し上げてくる。
「いっ、んぎ、うおおおっ、おお! やめ、お、んがぁ、ぁああ!」
 まるで豚のように鳴き喚きながらバランタンの大柄な身体が暴れる。
「クロード、ぶご、お、クロード」
 快感の波に呑まれ、腕はクロードを求めて彷徨う。神経はすべて身体の中心に集まり、末端の感覚は熱があった時のようにぼやけてゆく。海綿のように腑抜けた腕を緩慢に振り回せば、それは滑らかで冷たい皮膚に触れた。
「それがあなたの奥様なの? それがクロード?」
 触れた手の方を見れば、それはバランタンの腰の辺りで情事の後のようにぐったり横たわる巨大な豚だった。真黒な瞳はどろりと澱んで、今朝貯蔵庫から持ち出した時よりも死が色濃く滲みだしているように思えた。
「あ、ああッ、ちが、あう……ッ!」
 その瞳は行為に乱れ劣情に悶えるバランタンを蔑んでいるかのようで、彼は堪らず豚の目を手で覆った。
「もうやめてくれ! 私は、おかしくッ、あう、んおお」
 腰を踊らせ、声に色を含んでいては本心からそう思っているか怪しい所ではある。
「どうして。どうしておかしくなるの」
 追撃の手を緩めることなくクロードはバランタンに問う。
「み、てる、からッ」
「何がです」
 言いよどむバランタンの腰の奥に梨が深々と突き刺さる。それに押し出されるように叫びが漏れる。
「ぶた、ぶ、豚がああッ! 豚ッ! いやだ、んぎい、いい、ぶお、おおんッ。見る、なアアッ」
 激しく頭を振り身体を捩ったせいで、感じやすい場所を擦られてしまう。
「あなたが見るから向こうも見るのです。こうしましょう」
 クロードの責めが止み、その身に纏う服のゆったりと長い袖が取り去られる。そしてそれがバランタンの目を覆った。
「これで誰もあなたの事、見ませんね」
 真っ赤なベルベッドはほぼ真の闇を作り出し、クロードの香りを揮発しバランタンを妻の世界に閉じ込める。
「わたくし以外は」そして耳元でおかしくて堪えられないといった風に弾ける妻の声。「でもあなたはわたくしの事を見られないんですの。ただ感じるだけ」
 梨の猛攻が再開する。
 ぐちゅ、ぐぽっ、ごぶ、ぬぼっ。
「おぐ……ぅ!?」
 律動の速さ深さはおそらく同じであろうというのに、先よりもより感じてしまう。視覚を奪われているせいで、その他の感覚がいやましに敏感になっているのだろう。