頭痛持ちの彼 - 2/5

 ドゥーベ氏が上目遣いで見遣れば、彼女も彼を見下ろしていて、目を細め善さそうに笑んでいた。彼は自分の善い場所を想像しながら、温かな口腔で絞め付け、舌で裏を舐め上げ、笠のくびれを甘噛みする。
「んっは、は、ぁ……」
 ドゥーベ氏は唾液と先走りの混ざり合ったものを、唇と怒張の間から熱っぽい吐息と共に漏らした。それに昂ったのか、イザドラは両手で彼の頭を押さえつけ、腰を勢いよく打ちつけた。
「んぐっ、ぐっ、ぶ、ぐぽっ――!?」
「嗚呼、なんていやらしいのかしら、いつもストイックで厳格なあなたが、淫靡に顔を蕩けさせて、わたくしの、わたくしの不浄の物を……」
「うぶっ、うっ」
 イザドラの太く、長い怒張が喉の奥に何度も叩きこまれる。その度に目を白黒させながらも、ドゥーベ氏は一心にそれを受け入れる。男であるのに、そして男色家ではないはずなのに、男の一物を口淫する背徳感に溺れているのだ。
 それも愛するイザドラの物であるが故だ。愛しさが込み上げ、彼は次に喉に衝撃を受けた瞬間、ぐっと喉と口腔を狭めた。
「あ、だめ――!」
 可愛らしい声を上げて身体を震わせ、イザドラはドゥーベ氏の喉の奥で果てた。ドゥーベ氏は粘つく邪液をしばらく舌の上で遊ばせた後、勿体つけてそれをごくりと嚥下した。最後に陰茎に残った蜜を吸い出すように啜り、怒張をずるりと離す。そして、てらてらと濡れた唇の周りを親指で拭う。立ち上がった彼は半裸のイザドラを抱き、天蓋付きの寝台に横たえた。
 白いシーツの上にイザドラの髪がモルトの川のように広がる。見上げてくる瞳は潤んで、その先を強請っているようだ。
 それを見てドゥーベ氏の劣情がいやましに高まる。
 もう一度接吻をし、お互いに舌を絡ませあう。イザドラの脚もまた、ドゥーベ氏のどっしりとした腰に縋りつき彼に腰を押し付ける。もう早彼女の生殖器は勃起していた。一方で、ドゥーベ氏のそれもすっかり出来上がっており、服越しに擦りつけ合い、性感を高め合う。
 と、突然イザドラが覆いかぶさるドゥーベ氏の胸を両手で押し上げながら上体を起こそうとした。
 ドゥーベ氏がイザドラの背中を抱き、起こしてやると、彼女はそのまま体重を乗せて彼を押し倒した。危うくオーク製の堅牢な縁に頭を打ち付けそうになりながらも、ドゥーベ氏は寝台に仰臥する。
 結局はいつもこうだ。女の、それも少女の弱々しい腕に押し倒され、褥に縫いつけられる。太腿の上にちょこんと座られていては、揺り落としてしまう事を案じて脚を動かす事も出来ない。
 このように荒々しく、彼が自分から挑んでいっても結局は……。彼は羞恥に紅潮した顔を横に背けた。
 イザドラの器用な手がドゥーベ氏の上着を肌蹴させ、絹の首巻きをするりと外す。ベストも肌蹴させると、下着を胸板の上まで捲り上げる。男らしく腹部まで密生する濃い胸毛にひんやりとした指が絡みつく。そして、乳首にも。
「っく、あ」
 ドゥーベ氏が硬く喘ぐ。何度も弄ばれているうちに、まったく感じる事がなかった乳首でも快楽を得られるようになっていた。親指で弾かれ、摘まれ、押しつぶされる。まるで刺繍か何かされているかのようだ。浅く割れ、その上に脂肪の乗った腹筋が乳首の快感にひくひくと痙攣している。
「うふ、やらしい」
 こんな醜い身体を弄んでも萎えるだけだろう、とドゥーベ氏はかつて妻に問うたが、劣情を誘ういやらしいお身体だわ、と返されて彼が戸惑う結果となるだけだった。色々な趣味嗜好の人間がいるものだ、この世には。
「ねえ、女の子みたいにぷっくり立ち上がっていますのよ。桃色に色づいて、大きくなって。何度も弄られるうちに、だいすきになりましたのね」
 ぴん、と勢いをつけた指でドゥーベ氏の乳首が弾かれる。
「くひっ、くああ、ぁ」
 身体に電流が走り、ビクビクと腰が反る。歯を食いしばり過ぎて、口の中がきな臭い。
「我慢しないで、ね。楽にして」
 小鳥が啄むような、軽い接吻を唇に落とされる。そして……。
「きっひいい!? あっ、あ!!」
 イザドラの口が乳首を含む。熱くやわらかで弾力のある唇で扱かれ、舌でつつかれ、行く舌で上に、帰る舌で下に捏ねまわされる。もう片方は相変わらず手でこりこりと弄ばれている。
「あ゛――だ、めだ、頼むもう……」
 ドゥーベ氏は自身の許容量を過ぎる快楽に怖れを抱き、イザドラを本気で引きはがそうとする。流石に男が本気を出せば、イザドラの薄く軽い身体は容易く持ちあがる。だが、イザドラだってこれで終わらせるつもりはないらしい。夫の弱った両方の乳首を強く抓る。
「ぎっ、あっが、あ、あひっ――――!?」
 ドゥーベ氏は上体と喉を逸らせ、低く呻吟し半ば白眼を剥きながら、下衣の中で埒をあけた。果たして長い絶頂であった。
「そこには触っていませんのに、お胸だけで達してしまったんですの? お淫らだわ」
 抵抗する力を失い、だらりと両腕を褥に垂らして虚ろな目で荒く息を吐くドゥーベ氏は、その言葉に心まで蹂躙される。
「う、うう……」
「あなたのこんな姿を見たら、どう思うかしら。あなたをいつも怖がっている使用人や犯罪者、罪を食べる秩序の熊のようなあなたの目を盗んで、隙あらばわたくしを甘い言葉と流し目で陥落させようとしている軽薄な男達は。彼等、わたくしがあなたに夜毎褥で執拗に責め苛まれて、泣いて許しを請うても強引に朝まで何度も何度も、精神的にも肉体的にも凌辱されていると噂していますのよ。だからこんなに従順なのですって。噂ってとっても面白いわ。けど不思議。彼等はどうしてあなたがそんな事をすると思うのかしら。とてもお優しい方なのに。あなたの事全然知らないのね。誰も。わたくし以外は」
 まるで燃え盛る蝋燭から熱い蝋が垂れるように滑らかに喋りながら、イザドラは先程脱がせたドゥーベ氏の首巻きで彼の腕を上に縛りあげ、牢の格子のようなオーク材のヘッドボードにくくりつけた。彼の運動不足でガタがきかかっている身体がぎしりと軋んだ。汗が厳つい額や筋張った首筋を流れおち、纏いつく服が身体に張り付き煩わしい。べたつく精液が下衣を濡らして萎えた男根に纏わりつかせ、とても不快だ。
「ふーっ、んんっ……もう、いいだろう、悪かった、謝る、私が、癇癪を起して嫉妬した、すまなかった……あんな軽薄で、女と見れば口説き落として閨房に転がりこもうとするような男共は君には釣り合わないと言いたかったんだ。奴等は絶対に君を理解しないだろう。君の精神、倫理、法、世界、宇宙そのすべて」
「ご自分が相応しいということですの」
 それは皮肉ではなく、本当に彼に問うている様子だった。淫蕩な表情から一瞬、とても真面目なそれに戻ったのだ。それは彼がイザドラに物を教えてやっている時に彼女がする表情そのものだった。
「ちがう! ……いやそうだ。だがそれだけではない。暗い劣情が私を苛んだ。君のすべてと一つになりたかった。君を独占したかったんだ……!」
「じゃあお望みどおりにしてさしあげます」
 純粋な輝きを放っていた瞳が蠱惑的に蠢く。こんな目をしたとき、イザドラはドゥーベ氏を決して休ませたりはしない。例え、翌日仕事に行かなければならなかったとしても、泣いて懇願しても、縋っても。
「頼む、イザドラ、今日はもうできない、だめだ」
 イザドラはドゥーベ氏の下衣の前立てのボタンを外し、寛げる。むわ、と精液の淫猥な香りが部屋に漂い、彼の顔が羞恥に歪む。
 彼は太い腕をがむしゃらに動かし身体を捩るが、縛り付けられているために解放には至らない。ただ寝台が耳障りな音を立てて軋むだけである。
「あら、わたくしを独占したいのではなくって?」
「したい、が……あ、あ、頭が痛い、頭痛がひどいんだ! だから今日は……」
 うまい方便だ! この小娘め、伊達に三十年警察やってないのだよ私は! ドゥーベ氏は自分の機転を褒めたたえた。ほんの一瞬だけ。
「うそよ、あなた本当に頭痛がひどい時は指の一本も動かせないでしょう。わたくしに赤ちゃんのように縋りついて、こんなに元気に暴れたりできませんわ」
「それは……」
 確かにその通りだった。
 イザドラがちやほやされている時に感じていた頭痛は、彼女を部屋に押し込み、口淫した時点でさっぱりと消えていた。それどころか、イザドラと夫婦になり、こうして性行為を頻繁に――本当に頻繁に――するようになってからは、行為後の絶望的な疲労はあれど、頭の痛みは以前より軽微になっていた。ただ常ならば強固な矜持が邪魔して出来ない、イザドラに自分から縋りつくという行為をするために、頭痛が酷くて指一本動かせないふりを未だにしているのだ。
 イザドラは、ほらね、と首を竦めるとドゥーベ氏の下衣をずり下ろす。ドゥーベ氏はこうなったらもうしたいようにさせるしかないと諦めの境地に達していた。
 一度、服を脱ぐのを拒絶した事があるが――その時もこうして縛り付けられていたが――その時は鋏で服を切り裂かれてしまった。そうされると彼は別段吝嗇というわけでもないのだが、被服費もばかにならないので、どの道脱がされるのなら大人しくしていた方がいいと悟ったのだ。実に悲壮な決断である。
 イザドラの手がドゥーベ氏の内股を蛇行する。ぞわりとした快感が彼の背筋を這いあがり、背が弓なりに反れる。そうすると、下腹部に溜まっていた精液が尻の方へ垂れる。
「ん、ん――」
 彼は不快感に低く唸る。
「ちょっと薄いですのね」
 イザドラはドゥーベ氏の濃い陰毛に纏いつく精液を指に絡め、呟く。白濁というよりは薄く濁った透明の液体といった態で、粘り気も少ない為に白魚の指をさらさらと流れ落ちる。
「当たり前、だ。私は君のように若くはない、し、それに……」ドゥーベ氏は目の周りを羞恥の涙で赤らめ、息を詰めながらも必死に弁解する。「毎日しているんだ。夜だけじゃない、君が求めれば昼だって……それも一度じゃない、君が満足するまで何度、も……」
 それだけ必死に伝えると、彼は涙を流して顔を背けた。