頭痛持ちの彼 - 5/5

 ばちゅっ、ぶちゅ、ぶちゅんっ!
 倒錯的な行為に、二人の限界が近くなり、密やかな吐息が交錯する。
「はー、あぁ、っん。ブリュノさん、わたくしもう達してしまいそう。外にいる人達が邪魔だわ、覗かれそうで厭なんですの。なんとかしてくださいな」
「んな、なんとか、って……」
 勝手な事を! と、思いつつもドゥーベ氏は外に向けて精一杯声を荒げる。
「っは、見せてやってもいいのだぞ、外にいる、お前の淫蕩な友達に! お前が絶頂する、くふぅ、淫らでだらしない顔を! 私も、お前のご友人方の顔を拝みたいのだ、後できつく口止め、してやらなければならないからな……っ!」
 扉の外が俄かに騒然となった、ような気がした。果たしてこれで牽制になればいいのだが。
「ふふ、流石にあなたに凄まれては、いかな性欲だけが原動力の彼らだって扉に手をかけたりは出来ませんわね。あなたに社会的に抹殺されるかもしれませんし」
「あんまりな言い草だ」
 あの中に彼女を助けたがるような騎士道精神を持ち合わせた薄ら馬鹿がいなくてよかった。本当によかった、とドゥーベ氏は安堵した。
 イザドラの手がドゥーベ氏の男根を扱き始める。
「ね、最後にわたくしを言葉で苛めて……」
 ドゥーベ氏は息も絶え絶えそれに応える。
「はあぁ、嗚呼イザドラ! 受け取るんだ、私のっ、所有の印を……っ! お前は私の物だ! 私の……!」
「やっ、いや、おかしくなっちゃうっ、出さないで、や……あ――!」
 ぼぐっ、どっぷ、くぷ……。
 甲高く愛らしい声を上げながら、イザドラはドゥーベ氏の出来る限り奥に怒張を叩きこみ、熱く暗い欲望を注ぎ込む。と、同時にドゥーベ氏の肉棒も爆ぜる。
 びゅく、とぷぷっ。
「んー、ふーっ、っふ、ふぅっ!」
 シーツに両手で縋りつきながら、ドゥーベ氏は固く目を閉じ、唇を噛みしめて淫蕩な声を抑える。射精した精液が腹にしとどに降り注ぐが、あまり勢いもなく、すぐに治まった。
 だがイザドラの放出の勢いは止まらず、奥の奥まで白い奔流が押し寄せ、余すことなく征服してゆく。彼は脊柱に直接ぶっかけられているような感覚に慄き痙攣した。
「んふ、ふ、ね、もう外は誰もいなくなりましたわよ」
 どうやらさっきの恫喝は効いたらしい。それとも、二人の声に欲情して各々処理でもしにいったのか。ドゥーベ氏としては、前者だと思いたいところだ。
 ドゥーベ氏は唾液に塗れた口を開き、少しでも快感を逃がそうと声を上げる。
「はぐっ、おほぉ、んほおぉぉ、ぉあ……」
 どろどろで粘っこく、濃い邪蜜に犯され、腹の中も心の中も蕩けて行く。手酷く犯された揚句こうして中に出されると、彼の心の奥底にある被虐願望が満たされていくのだ。
 イザドラの所有物にされてしまった。自分はイザドラの性欲処理の玩具なのだ。
 日頃の職務の重圧が、こうした淫蕩な行いによって塗りつぶされて消えてゆく。
「んっ……すごくたくさん出ちゃった……」
 最後の一滴まで放出し、ぐったりとドゥーベ氏の上に倒れこんだイザドラがうわ言のように呟く。
「はっ、はー、はー……っ」
 ドゥーベ氏はといえば、虚ろな目で荒く息を吐きながら殆ど意識を飛ばしかけていた。身体の下に敷かれた上着とシーツはぐしゃぐしゃで、汗に濡れ、行為がいかに激しかったかを物語っている。
「だいすき、ブリュノさん、だいすき」
「ああ、私も、ああ、愛している……」
 イザドラが満足し、ドゥーベ氏の胸に手をついて身体を起こしながら、萎えた肉塊をゆっくりと抜く。萎えているとはいえ、絶頂したばかりで敏感な爛れた腹の中を擦られると、幽かでもどかしい快感が背筋を這う。
「ふ、んっ、あむっ、イザドラ……」
 埋まっていたすべてが引き抜かれると、楔とぬかるみの間に互いの体液の糸が引く。
 こぷっ。
 ドゥーベ氏の腹と内股が喪失感に震えると、肉壺からイザドラの白い欲望が逆流し、黒い上着の上に垂れる。それを逃すまいと勝手に括約筋が締まり、孔がひくつく。
「終わった後もいやらしいのね。わたくしのを溢さないようにしてくださってるの?」
「ちが、う、身体が勝手に」
「そんなに欲しいなら、言ってくださればいいのに。沢山あげますから」
 イザドラはまたもや屹立している股間を見せつけるように腰を逸らす。ドゥーベ氏の顔が引き攣った。
「も、無理だ! 頼むから今日はもうやめてくれ! 頼む!」
 ドゥーベ氏は言う事を利かない身体に鞭打って、腹這いになってイザドラから離れようとする。寝台から降りようと膝を立てた時だった。
 こぽぽ……。
「――!? ひっ!」
 下半身に力を入れたせいで、後孔から精液が溢れ、内股に沿ってとろとろとシーツに垂れる。
「あっ、んがっ、ぁ……!?」
 尻から溢れるそれを抑えられない。あまりの羞恥に上半身の力が抜け、下半身を掲げたまま寝台にくず折れる。ひくっ、ひくっ、と暴れる肉壺からとろとろとした白い邪液がこぼれて浅黒い肌を這う。
「うふふ、お漏らしめーよ」
 子供に言い聞かせるようなそれに、精神を犯される。
「み、見るな! みるなぁ……!」
「ゆるいお口にはちゃんと栓しなくちゃいけませんわね」
 ぐちゅ!!! と、またもやイザドラの肉棒が埋められる。それに乱暴に邪液が掻きだされ、隙間から勢いよく噴出した。
 びゅる、びゅくくっ、びゅちゅっ!
「ひぎ!? あ゛が、がはっ――――!!??」
 ドゥーベ氏は後ろからがつがつと乱暴に尻を掻きまわされながら、理性を手放した。
「はひっ、かひゅっ、あ゛、注ぐな、も、壊れ……」
 既に彼の眼からは光は消え、ただ犯されるだけの肉人形になり果てていた。
 それからは何度も何度も中で種付けされ、邪液で腹がまるで妊娠しているかのように膨らむまで凌辱された。最後は変わり果てた自分の腹を見て一瞬にして理性を取り戻した後に絶望し、尻から精液を勢いよく逆流させながら意識を手放した。

 夢なんて見はしなかった。ただ暗い深淵に沈んでいくような心地よい疲労感と、火照った身体に感じる柔らかな肌の感触と冷たさ。
 イザドラが寄り添ってくれているのだろうか……嗚呼イザドラ……。
 ドゥーベ氏が腰の痛みに目を覚ますと暖炉には火が入れられていて、カーテンの隙間から室内に漏れる光が晩秋の遅い夜明けが近づいていることを示していた。
 身体中の痛みをこらえながら半身を寝台に起こす。行為の最中に服は全部奪われてしまったため、彼は既に全裸だった。身体が過ぎた快感の残滓と寒さに震えた。
 寝台に横たわっていたのは自分一人のようで、彼は暖炉の橙の明かりに照らされた室内で妻の姿を探す。
「イザドラ」
 からからに乾いた喉からそれだけ押し出すと、続き間になっているイザドラの部屋から丁度彼女が現れた。ナイトガウンを羽織り、髪の毛を無造作に垂らしている。両手で掲げ持った盆には、酒と水のボトルと、空のグラスが二つ置いてあった。
「あら、お目覚めですか」
「広間の客は」
「お開きにしました。みなさん帰られましたわ、四時間くらい前かしら。楽隊も帰りましたし、片付けも終わったようです」
 イザドラはサイドボードに銀の盆を置くと、ちょこんと寝台にこしかけた。
「お酒お飲みになる? それともお水がいいかしら」
「今はいい。……君は、私に何か言う事はないのかね」
 実のところ水が欲しかったが、ドゥーベ氏は少し責める口調でそう言った。行為後はいつもなあなあで済ませていたが、今日こそはイザドラにちゃんと分らせなければならない。彼女がどれだけ無茶な事をしているのか。
「それはわたくしが、涙と鼻水垂らして善がりながらやめてほしいと哀願するあなたを、精液で妊婦さんのようにお腹が大きくなって失神してしまうまで何度も何度も無理矢理、おっきくて長いおちんちんを、じゅくじゅくとろとろになったおしりに突っ込んで執拗に凌辱した事を謝罪して欲しいということ?」
 可愛らしく小首を傾げ、純粋そうな顔でエグい事を言ってのけるイザドラ。ドゥーベ氏の執拗に責められた場所が少し疼いた。
「っく、そういうわけでは、ないが……少し気遣ってはくれないか。私は君よりもとても歳をとっている。君は若いからいくらでも出来るのだろうが、私はあれだけされると、ただでさえガタのきている身体に覿面にこたえるのだよ。今だって腹の中はどろどろして不快な上に、腰どころか身体中が痛む。気だるいし、とても眠たい」
 本当はこの疲労を乗り越えれば、身体の調子はすこぶる良くなるのではあるが。それを認めると自分の矜持の危機であるし――性交で頭痛がよくなるなんて!――、イザドラは絶対に、夫の為だという大義名分の下に、今以上に彼に凌辱の限りを尽くすだろう。
「ごめんなさい……」
 イザドラが俯く。眉が顰められ、長い睫が震える様を見るにつけ、何故かドゥーベ氏は罪悪感を抱かされる。
 よくよく考えればこれは良妻ではないか。夫の為の人付き合いを厭わない。そして、自分が家長の任も果たさず快感の余韻にうち震えながら眠っている間に宴を収め、屋敷から客を叩きだしてくれた。それに若さのせいで持て余しがちな性欲のままに、秋波を送ってくる輩と行きずりの浮気をしようなどとは決して考えない貞淑さを持ち合わせている。そして何より、自分の為に飲み物を持ってきてくれる優しい娘だ。
「いいんだイザドラ」
 ドゥーベ氏はイザドラの小さな肩を後ろから優しく抱いた。
「今日は休日だ。ゆっくり休むとしよう」
「ええ」
 イザドラが顔を彼に向け、微笑んだ。
「水をもらえるかね」
 イザドラは頷いてグラスの一つに水を、もう一つに酒を注ぐ。
「酒はいらないのだが」
「わたくしの分です」
「えっ……だめだだめだだめだだめだ! やめろ!」
「どうしてですか、わたくし昨日は一滴も飲んでませんのよ。一口くらい、いただいてもいいでしょう?」
「君は飲んだらもっと私を手酷く扱うだろう!」
「そんな事ありましたかしら。わたくしお酒を飲んであなたと同衾したことありませんわ」
「覚えていないのか、手に負えんな……」
 ドゥーベ氏は酒のグラスに手を伸ばすイザドラの腕を取り、その華奢な身体をきつくかき抱きすっぽりと包みこむと寝台に横たわった。
「やー、お酒飲みたいです!」
「駄目だ、寝なさい!」
「やぁー」
 いやいや言いつつも、イザドラは大人しく彼の胸に頭を埋め、抵抗らしい抵抗はしない。諦めて眠る気になったか、とドゥーベ氏がほっと息をつく。眠っている時は淫蕩な嗜虐者の欠片さえ見せず、本当に天使のようなのだ。
「ね、ね、ブリュノさん」
 胸元に甘い吐息が吹きかけられる。
「何かね」
「今日はお休みなのでしょ」
「ああ」
「じゃあ、一日愉しめますのね」
「な、絶対にしないぞ、しないからな!」
 とは言え、おそらくドゥーベ氏はそうなってしまえば拒めはしないだろうし、なし崩し的に没頭してしまうのであろう。
 やはり全然良妻ではない! と、ドゥーベ氏はイザドラを抱く力を一層強めたのだった。

頭痛持ちの彼 おわり