嫉妬と献身 B - 1/7

 開け放たれたカーテンの外、雷光が迸り、窓枠とガラスを流れ落ちる雨の影をマナに投げかける。
 そこは置かれた洋家具に相応しい間取りのアパートの一部屋。部屋の主人は、本宅は内藤家でこの部屋は物置だと宣っていたが、そんなのは名ばかりとしか思えない程に天井は高く、床面積も広い。
 本宅の自室より物置の方が広いなんておかしい、と言おうものなら、物置を定義するのは広さではありません、と返される事請け合いだろうから、わざわざ言いはしないが。
 窓を叩く雨の音を掻き消すほど大きな雷鳴。
 驟雨に打たれる前に室に逃げ込んだ筈なのに、しっとり濡れたマナの肌。T4-2から与えられる熱が彼女に星の汗を浮かばせる。
 背に当たる金属製のドアの感触も、心地よく冷たかったのは最初の一瞬だけ。一方で素肌に這うのは対照的に冷たい鋼鉄の唇。
 今日のT4-2は酷く粘着質で支配的。
 彼は別宅、あるいは物置にマナを引き入れるや否や、靴を脱ぐ暇さえ与えず、彼女の手首を軽々と片手で頭上に纏め上げ、ドアに押しつけ荒々しく身体を貪り始めた。
 半袖からのぞく柔らかな二の腕に触れているT4-2の唇。肘から脇にかけて焦らすように、ゆっくりと、冷たい微笑が辿る。
 マナは寒気に浮かされたような吐息を押し殺す。こんなところでまで感じるなんて、T4-2を敏感だのなんだのと詰れなくなる。
 マナを拘束していない方の手は彼女の髪を弄い、掻き上げ、耳を愛撫する。
 耳から首筋を通って全身に迸る快感にしなやかな肢体が身悶える。機械仕掛の頑丈な手はびくともせず、マナの腕だけが暴れる。
 昨日の荒事で切断されたT4-2の左の指は、マナの磁力によって応急処置的にくっついてはいるが、そこは溶接だの工学だのの、いろはも知らない素人の仕事。T4-2の指の付け根は所々に不必要な鋭い棘じみた馴染み損ないの異物が突出して、強く掴まれるとちくちく刺さって痛い。
 痛いと叫んでT4-2を磁力でドアに磔にしてやりたかったが「嫌ならやめろとお言いなさい。それか私をいっそ破壊すればよろしい。そうしないのなら、私の蛮行を受け入れたと見做します」言葉は悪辣だが声色も眼差しも揺れて切羽詰まって、切なげで、哀れを誘って……こんな事では抵抗する気にもならない。拒絶なんかしたらそれこそ壊れて死んでしまいそうではないか。とりあえず気の済むまで好きなようにさせてやろう。
 それに別に嫌ではない。
「好きにしてよ」マナは男から視線を反らし、快楽の吐息を溜息で覆い隠して言葉と共に漏らした。
 思うにこれこそがまさしく、敗けて連れ込まれて無理矢理襲われるというものではないだろうか。
 悪党はいつだって善いものに負ける定め。
 そして誰かを心から愛するのは、即ち圧倒的な人生の敗北では。
 不自由だなあ、とマナは僅かばかりの理性で思う。
「承知しました」
 腕に吸い付いていた唇がふと横に逸れて、マナの耳に触れる。
「嗚呼……マナさん、マナ……」
 この世のものと思えないような、低く蕩ける声で名を呼ばれると腰に効く。腰骨が甘く痺れて、性器が緩く勃ち上がってきて、下着が窮屈になってくる。怖い程の快感に、目元に朱が差し潤む。
「愛しています……だから私は……」
 T4-2が喋る度に耳元にぴたりと当てられた硬質の唇が震えて、マナの頭が微細に揺さぶられる。頭蓋骨を貫通して聴覚を直接犯してくるその声。
「や、ん……T4-2……ぅ」
 マナは熱っぽい息を吐く。身体は覆いかぶさる捕食者を求めて無意識に密着してゆく。
 T4-2が唇でマナの耳から頬をなぞる。触れた箇所から鳥肌の立つような快感が沸き立ち肌を蝕む。
「耳も頬も紅潮させて、神妙にして、あなたらしくありません。まるで初心な少女です」
 あまりの羞恥にマナは顔を背け、自身の血の巡りのよくなった唇に吸いつこうとするT4-2の唇から逃れる。
 T4-2の指がトラバサミのようにマナの輪郭を掴み、無理矢理向き直させる。かち合う視線。一方は狂気に赫き、もう一方は戸惑いに揺れる。
「拒絶する程の意気地もないなら素直に受け入れなさい」
 指がマナの唇を割り、舌を弄ぶ。そこに落とされる彼の唇。噛み付く様な、荒々しく獣じみた接吻。
「T4-2、あん、なっ、壊れ……うっ、ん……ふ、ぁ……ぇ」
 T4-2、あんた中身も壊れてるんじゃないの、というマナの言葉は形にならない。
「なんでしょう。私を壊す気にでもなられたのですか」
 マナの唇が解放される。男の微笑は微笑の意味を超越して恐怖すら与えてくる。
「どうぞ、私は抵抗しません。あなたの圧倒的な力の前では、私は手も足も出ませんから」
 マナは蕩けた表情を仏頂面で上塗りしてT4-2を見る。
「今日めちゃくちゃ意地悪」
「意地悪」T4-2は目を細めて首を傾げる。「そのつもりはないのですが、そう感じさせたのなら謝りましょうか。しかし言葉などあなたにとっては無意味なのでは」
「そういうとこ」
 T4-2が、ふっ、と鼻で嗤う様な音を漏らす。微笑もせせら笑いに見える。
「でも、いいよ、あたし今日も沢山助けてもらったから。ちょっとくらい意地悪されてもお釣りがくるくらいね」
 T4-2が息を飲むように一瞬固まる。その目だけが、ちかちか瞬く。
「あなたのそういう所が私をそうさせるのです!」
 どういう所が何させるんだよ、とマナが問おうとするが「あっ、痛ぁ……」手首の内側の柔肌に食い込み切り裂いてくるT4-2の不完全な掌の棘。
 鋭く詰まる鋼鉄の息。
 機敏に離れる機械仕掛の手。
 張り裂けんばかりに戦慄く硬い胸部。
 狂気は去って、いたたまれなさが瞳に浮かぶ。
「なにこれ、ついうっかり? それとも美徳回路がイカれちゃったの」
 マナの右手首に小さく盛り上がる赤い珠。
 痛みこそ、その瞬間にしかなかった。今は傷口が脈打つようで、生暖かく妙な感覚がある。
「申し訳ありません。本当に、私は、私は……あなたをこのような目にばかり遭わせてしまう。どうかしていますね」
「今更。どうかしてたのは初めて会った時からでしょ」
 マナは傷口にハンカチをあてがおうとするT4-2の手を押し戻す。
「別に、いいよ」
「手当をしなければ。感染症になるおそれがあります」
「ほっとけば治る」あんたと違って、とマナは血の滲む手首を耳下にあてがい、首筋を滑らせて痣を割るように塗りつける。「はい、首筋に血。好きなんでしょ。続きどうぞ」
「そのような振る舞いをされては劣情に抗えません」怯えるような声。震える軀。赤い線が奔る首と、女の血を吸った己の掌を交互に見る双眸。
 マナはT4-2の後頭部にそっと手を当てて、首筋に押し付ける。
「好きにしなって言ったでしょ」
 硬い腕がマナを強く抱きしめる。血を舐める唇が熱くなる。唇どころではなく、金属の軀全体が燃えるように発熱していた。
「承知しました」
 T4-2は外套のポケットから取り出した革手袋を身に着ける。引っ張った手袋の中で指を曲げ伸ばしする所作は大変に肉感的。薄暗がりに目に焼け付く程に鮮やかな白。
 行為を続けるつもりで、しかしこれ以上マナに触れて傷つけたくないが故に手袋で膚を覆ったのだとわかる。
 機械仕掛の指が慎重にマナのスカートを捲り上げる。素肌に触れるか触れないかの動きはマナの性感を煽る。先程の堂々かつ荒々しい態度とは対照的な、臆病な触れ方。
 男物の色気のない下着がずらされ、勃起半ばの陰茎が剥き出しになる。
 白い指が筋張った竿に絡みつく。輪にした指で押し出すようにゆっくりと下から上へ扱き立てたり、太い筋を指先で摩ったり。
 無骨な見た目と裏腹に、極めて繊細に愛撫してくる機械仕掛の指にマナの腰が揺れる。
「善いですか?」
「うん……でも、あー、ちょっと、それは、手袋汚れるよ」マナは喘ぎを堪えた掠れ声で言う。
 よく手入れされた柔らかな革の感触がとても好く、特に先端の尿道口を縫目のある指先で突かれると肉棒が揺れて先走りが垂れそうになる。
「私を汚すのがお好きなのでは」亀頭を指の腹で擦られながら尿道口に埋めた指先を小刻みに動かされる。「違いますか?」
「ひっ、やっ、そういう事、言わないでよぉ……!」
 耳を犯す声と、尿道口を犯す指のせいでマナの腰が一度大きく揺れ、肉棒の先端から透明な汁がどろりと垂れる。
「非常に敏感でいらっしゃいますね。少しお手伝いしただけでこんなに粘質の腺液を出して」
 T4-2の親指と人差し指がねっとりと擦り合わされ、離れると、二本の指の間に淫らな糸が引く。それを見つめる淫蕩に歪んだ双眸。
 濡れて照輝くマナの肉棒は完全に勃起し、反り返って己の滑らかな下腹部を打つ。肉の打ち合う淫らな音が響く。
「何とも雄々しく、屹立と呼ぶのに相応しい。驚嘆に値します」
 T4-2はマナの足元に跪き、観察でもするかの様に怒張に視線を注ぐ。執拗に絡みつくような、暗い眼差し。
「何見てんの。変態すぎる」
「お言葉ですが、無機物に性的興奮を覚えるあなたの方が変態の度合いでいえば遥か上を行っています」
「今まで散々やらしい身体と動きで煽っておいて何言ってるんだ」
「私にはそのような認識はございません」
 汎用的な部品と、汎用的な動きでしかありません、と汎用亜人型自律特殊人形。
 やっぱり今日意地悪だな、とマナは男を見下ろす。
 大きな掌がマナの先端を包み込み、先走りの雫を竿全体に塗りつけてゆく。その滑りを借りて、男の手は大胆に苛烈にマナの屹立を扱きあげる。
「はぁっ、あぅ、う、んっ、出ちゃうよ」
「どうぞ、私の手の中で」
「えぇ、だって、服汚れる……」
「これまで散々好き放題にしておいて、今更あなたがお気になさる事ではないでしょう」
 突き放した物言いに、背筋がぞっと粟立ち、それに後押しされて精液が尿道を登り詰める。
 快感に覆われてぼうっと霞むマナの瞳。
 甘い吐息を漏らす唇は閉じるという事を忘れる。
 唇に乗せられるようにはみ出た小さな舌先から、涎がとろりと垂れ落ちる。
「あ、うぁ、出るぅっ」
 極まったマナの吐息が弾けるのに合わせて、勢いよく迸る白濁。
「あー……ふうぅ……T4-2ぅっ、ふぁ……」
 差し出された男の手に、断続的にどぷどぷと吐き出される欲汁。
「大量で、濃厚で、ともすれば塊のような……」
 器となった掌に溜まった性汁を中指で掻き混ぜながら、濡れた声が言う。
「こんなものを、あなたはいつも、朝な夕なに、幾度も、私の中に吐き出し塗り付けているのですよ。さながら獣のマーキングです。生身の人間相手には到底そのような無茶な性行為は不可能であると、どうかお忘れなきよう」
 自身の使い勝手をマナに知らしめ離れ難くするためというよりは、本心からの忠告にも聞こえる。しかしそれでは、まるで関係の終わりじみてはいないだろうか。
「二人きりで話すために部屋に連れてこられたんだと思ってたんだけど」
 この流れからして、そうではないと分かってはいたが、マナは一応訊ねてみる。
「あなたと話をする必要は、もうなくなりました」
 マナの精液がT4-2の握りしめた手の中でぐちゅりと淫らな音を立てる。
 男はマナを仰ぎ見ながら、拳を自身の顔の上に掲げる。
 拳の隙間から流れ落ちる汁が唇を伝い、顎から滴り、濃紺のネクタイを汚す。
 蠱惑的なその姿にマナの劣情が再び沸る。
「それよりも、続きをしましょう。たっぷりと、互いの気が済むまで」