「お父さんは知っているのかい」 - 2/3

「ふう、ん、く」
 伯爵は善がり息を吐きながら欲望の高まる身体をくねらせる。腰の男の象徴は今や昂ってただの肉欲の象徴となっていた。
 これまでの人生で酒に呑まれる事はなかったというのに、眩暈のような酩酊が訪れて、仮面のせいで狭い視界がもっと狭く暗くなる。
 彼の身体はもっと薬を欲しているのだ。それ以上に精神はその先のめくるめく快楽を求める。
 そのせいで後ろの穴の入口は徐々にその抵抗を失ってきていた。震えながらも細い指を咥えようとひくつかせて口を緩く開く。けれどパルテーノペの指はそれが開くとすぐに退かれる。
 薬欲しさに伯爵は腰を誘うように躍らせた。
「もう中に欲しいの? 早いのね、さすがだわ。そう、どうせ同じ行為をするなら嫌がるより楽しまなくちゃいけないわ」
 その通り! さすがお嬢さん、わかっていらっしゃる。
 伯爵が価値観の合一に心の中で手を打った瞬間だった。
 ぎちゅっ。
「ぐぅ、んぎっ……!?」
 伯爵の腰がぎくりと跳ねあがる。
 パルテーノペの濡れた指が彼の緩んだ肛門に潜り込んだのだ。
 太腿の筋肉が震え、胸が天に向かって反る。
「っふー、ふううぅ、っぐ」
 堅く閉ざされていた肛門はパルテーノペの指を飲み込み、今度は離さない。
 痛みはあったが、それよりも粘膜に染み入る薬の突き抜けるまでの善さが勝った。
「はあ、まるで初々しい蕾のよう。きちんと開いてあげるわ、淫らにね」
 常ならば自分が相手の女に言うであろう言葉を耳元で囁かれ、伯爵の心臓は羞恥に焼かれた。
 パルテーノペの指がはらわたの奥へ奥へと進み、細い指の入り得る最も奥まで薬を塗りたくってゆく。
 焼けるような甘い刺激に伯爵は身体を捩り、汗を滴らせる。
「汗で照った身体、とてもいいわね」
 肛虐と同時に身体や半分出来上がっていた男根を優しく撫で上げられ、伯爵は涙を流さんばかりに善がった。
「ぐううぅぅん……んん」
 夜の相手にこんなに翻弄されたのは初めてだった。
「どう、善いでしょう」
 愛欲と快感はお互いに高めあうものであるというのが伯爵の信条で、時に発禁処分となる書籍の見返しには常にそう記している。共に寝台で過ごす相手をただ単に快楽を得るための道具と思っている好色の風上にも置けないような人間とは違う。相手の人間性というものを尊重するのだ。
 だから相手にもそうして欲しいのに、これでは。
「でもなんだかこういうのって、無理矢理しているみたいで嫌なのよねえ」
 パルテーノペは遥か高みから伯爵を見下ろし、思案気にばら色の頬を指で叩いた。
 嫌なら止めたらどうだろうね、と伯爵も瞳から必死に心の声を放つ。
「ええ普通嫌よね、屈辱的だもの。だからあなた、隣の部屋はそうした趣向で予約してあげたんでしょ。あの男前で伊達な彼に屈辱を与えるために。あーあ、今頃一人と言わず何人もの女に凌辱されているでしょうよ。入れ代わり立ち代わり、前から後ろから、一度に何人も受け入れて……」
 伯爵はバダンテールの凡人らしさに少々安堵した。毒にも薬にもならなさそうな男だと思っていたが、一丁前に悪意はあるという寸法。悪意でなければどうして伯爵をアンドロギュヌス達にこっぴどく犯させようなどと画策するだろう。
 だがその姦計が暴走し、結局取り違えられる結果になったという阿呆な話のようだ。人を呪わば穴二つとはよく言ったもの。伯爵は自分の悪運の強さに自分自身で感服した。お蔭でこんないい思いをしているのだ。パルテーノペは最高。
 そして誰が男前で伊達だって。後でうんと奮発してやらなければなるまいよ、と伯爵はこうした状況である事も忘れて淫らなくぐもった笑いを零した。
「笑ってるの? 人を陥れておいて。あなたって反吐が出るほど最低な人ね! だからあなたも商売女に抱かれるのは初めてのようだけど、わたしの中を味わわせるなんて甘い事させないわよ。人を陥れるような悪い奴にはお仕置きしなくちゃ」
 ね、と小首を傾げる所作はまだ稚くも見え、伯爵は吐精を覚えたばかりの少年のように昂ってしまう。そしてお仕置きという語感にも妙に淫靡な予感と期待を抱いてしまう。
「処女頂くわね、伯爵」
 だから相手が自分の事をきちんと“伯爵”と呼んだ事にも気づきはしなかった。
「おぐっ、んお、ふぉっ……!?」
 随分弄ばれたにも関わらず未だ硬い肉穴が、パルテーノペの肉棒によって緩く開かれ始める。そのぬるついた滑らかな先端が優しく穴を懐柔し、甘えさせる。
 とうとう今から女の男根を埋め込まれるのだ、という暗い悦びに腰が、背筋が痺れる。
 めりゅ、むちゅ、と居並ぶ肉環が次々と圧し開けられる。一度開いて受け入れ、女陰となってしまった肉環はもう諦めてパルテーノペの陽根を奥に導く手助けの方に回ってしまう。そして奥へ奥へ、媚薬のぬめりも借りて陽根が手渡されてゆく。
「ほっ、お、んぐっ……」
 はらわたの蠕動運動に呼応して、喉が快感に粘ついた生唾を呑む。本当の女の悦びは知らないが、きっとこれに近いものなのだろう。
 今まで抱いて来た麗しい処女達も、最初はこうした絶望と期待がないまぜとなった突き抜けるような感情に胸を震わせたのだろうか。
 頬を紅潮させ、細めた目を潤ませて、濡れた唇を薄く開いて……おそらく仮面の下の自分の顔も彼女達と同じはずだ。
「ほらあ、もっと足を大きく開いてよ。でないと全部入らないでしょ」
 いかな自分だって処女にはそんな要求したりはしないというのに、と思いつつも伯爵は言われたままにみっともなく脚を広げ、パルテーノペを迎え入れる体勢を取る。
 羞恥よりもやはり好奇心が勝ったのだ。奥まで入れられたのなら、この快感は果たしてどうなってしまうというのか。おそらく二倍にも三倍にも……。
 ぱしっ!
「んぉ、おおふっ!」
 するとパルテーノペの柔らかな腰と自分の硬いそれがまともにぶつかりあう。つまり伯爵の肉壺がパルテーノペのすべてを受け入れたという事だ。
 拡げられた肉環の一つ一つがじいんと熱く痺れ、羞恥に泣き濡れ震えている。なんとか異物を押し出し閉じようとしているが、パルテーノペの肉棒ががっちりと嵌り込んでいて不可能だ。
 丸々と膨張した肉棒によって塗り込められた媚薬が否応もなく浸透したせいか、ばくばくと心臓が胸郭を押し上げ、身体がかあっと熱くなる。
「へう、うう……」
 伯爵は仮面の下でだらだらと涎を垂らし、その痛みにも似た過ぎたる快感を逃そうと歪んだ息を吐いた。
「見て、全部入っちゃったわね。あなた本当に初めて? いやあね、処女なのにこんなに馴染んでるって酷いわよ。好き者ねえ」パルテーノペの瞳が仮面の奥で三日月のように弦を描く。声は煽るように厭らしく粘ついている。「こんなにいやらしいならもう動いてもいいでしょ。なんだかそうして欲しそうでもあるし」
 伯爵は痺れた身体で緩く首を振るが、主導権はパルテーノペにあるのだ。
 パルテーノペの手が伯爵の腰にかかる。指にぐ、と力が籠り……。
 ぎちゅ、ぐちゅ、ぶちゅっ!
 パルテーノペは遠慮なしに腰を振り、肉を打ち、粘膜を捏ねかき回す。
「んんお、おおっ、ぐ、んぉ……!」
 怒張が引いてゆけば、肉環は安堵したように縮む。しかしまた苛烈に奥へ叩きこまれ、息つく暇もなく拡げられる。
 抜き差しの度に肉穴の秘めたる部分を突かれ、伯爵自身の肉棒はびくびくと震え、腹を打つ。
「暴れて暴れて、ほんとどうしようもないわね」
 それをパルテーノペの手で捕まえられ、肉穴と一緒に擦り上げられる。
 腰ごと引っこ抜かれて持って行かれるような快感に伯爵は歯をガチガチと鳴らして身体を反らした。前も後ろも同時に虐められ、あんまりにも感じすぎてしまう。
 快感を甘受するのに精一杯で伯爵は少しもパルテーノペに一矢たりとも報いる事ができない。激甚な猛攻の前でただ無力に喘ぐだけ。
 だがたまには相手に流されて相手の行為だけで行くところまで行ってしまうのもまた一興であろう、と伯爵は思う。
 そしてそうしたとしても誰も自分を責めはしまい。
なぜなら自分は処女なのだ。少しくらい不慣れで気も利かず、己の快感だけを追い求めても許される、太陽王さえ侵せない一度限りの特権を持つのだ。
 しかしパルテーノペはそれをよしとしない。
「もっと淫らにしてみて。あなたなら出来るでしょ、これまで同衾してきた女があなたにしたようにするの」
 パルテーノペは少しだけ腰の動きを緩め、伯爵の肉棒から手を離すと伯爵の自主性とやらを促す。
 伯爵は仕方なしに寝台から腰を浮かせ、パルテーノペの動きに合わせてゆっくりと腰を振った。
 パルテーノペの腰が引けば自分も腰を引き、こちらへ向かって来れば迎えにゆく。そして腰がぶつかり合い、肉棒の裏側を巨根で押し潰され、細かな快感が弾けて肉棒を揺らす。
 最初は探るような動きであったが、自分でパルテーノペを引き入れる事の善さを覚えると、伯爵は貪るように腰を振りたくった。
「おお゛っ、ふんぉ、おうぅ……!」
 パルテーノペがごりごりと奥を突けばそれに呼応するように伯爵の肉棒がびちゃびちゃと透明な液体を腹に滴らせる。
 パルテーノペは伯爵の期待に先走る液体を腹に絵でも描くかのように人差し指で塗りこめながら言う。
「やだ、わたしもう少しも動いてないのに」
 こんなに先走りを垂らしちゃって、という甘い非難が続くのだろう。
 どうりで物足りなくなってきたはずだ、と伯爵は臍を噛む。
「物足りないならもっと自分でいいようにしてみたら」
 挑発的な物言いに伯爵も燃え上がる。
 伯爵は思い切り身体を捩った。肉穴の中でパルテーノペの肉棒が擦れて腰が抜けそうになるが、それを耐えて寝台に膝立ちで俯せる。
「ま。結構体力あるのね」
 そして頭上で鳴る金属の鎖に両手でしがみ付き、腰を振った。
「ふんっ、んんっ、んおっ、ふんんっ」
 尻を押し付けてパルテーノペを奥へ導き前立腺を圧し潰させ、また背を反らして悶えながら排出する。
 犬のような姿勢で腰を振りたくれば、求めた刺激がすべて襲い掛かってくる。あさましい体勢である事など気にならない。肉の悦楽の方が今は優先される事なのだ。