「うう……」
タベルナは口惜しそうに唇を噛むが、二度も気をやったお陰でやっと浅ましいまでの渇望が収まってきた事に気づいた。これならば先とは違う余裕のある行為が出来そうだった。
それに畏れながらも大司教の名を呼んだ時のあの反応。あれは絶対に……。
「……オクタビウスさま」
タベルナは愛する男の名をぽろりと零した。
「んっ!?」
やはりタベルナの睨んだ通り、大司教は酔いで赤らんだ顔を一層紅潮させ、細めた眼の中の瞳孔は驚くほど開いていた。そして極めつけは肉壁の媚びるような淫靡な蠢きと、その屈強な腹筋を打たんばかりの肉棒の暴れ具合。先端からはぶちゅ、と厭らしい透明な汁が溢れ出している。
「案外センチメンタルなんですね」
タベルナはにこりと笑った。
こういうところが嫌いになれないのだ。唯我独尊で面倒な男ではあれど。
「ふざけるな、余を愚弄するのは……」
「オクタビウスさま」
「ぐっ……」
大司教は奥歯が砕けそうになるほどに歯を噛みしめ、眉を顰めて激流に耐えた。
ここで埒をあけては男の、大司教の沽券に関わる。それもこんな童貞(?)小娘(??)に凌辱されるのでは。
だが大司教は一方で、それでこそ料理長と賛辞しないでもなかった。失敗と経験と歴史から学ぶのが真に聡明な傑物なのである。
「猊下、とても張りつめてお辛そうですから、わたしがんばります。せめて一緒に終わりましょう」
タベルナは大司教を愛撫しながら優しく説得する。
「断る」
大司教は欲情の汗をかきながらも吐き捨てた。
「そういうの、よくないですよ」
言うなりタベルナは腰を動かした。
今までの拙い動きとは打って変わって、大司教の反応をつぶさに観察し、少しでもいい反応を返せばそこを重点的に擦り上げ打ちつけ責め苛む。
「あっが、んん、ぐお、おおほっ……!?」
タベルナのあんまりにもあんまりな変わりように、泣き所を突かれる度に大司教も目を白黒させて鳴くしかない。
それだけならまだしも、タベルナはだらしなく先走りを流し続ける大司教の肉棒を手に取り、激しく擦り上げる。
「くおっ、おおっ、おおお! やめっ、も、くっほ、こふっ」
さすがはタベルナ自身にもそれが付いているだけあって、肉棒の扱いは上手い。
裏の隆起を親指で擦り、射精を促され、さしもの大司教も垂涎してしまう。
こんなに手慣れて。まったく、いつも何を考えながら自慰をしているやら。
「お、俺か!!」
大司教は思わず叫んだ。
なにの材料にされるなど普通なら怖気がはしる所ではあるが、けれど相手がタベルナなら別段悪い気分はしなかった。
「どうしたんですか。達してしまいそうならどうぞ、オクタビウスさま」
「ばっ、馬鹿を言うなよ、馬鹿を! 余はまだ……くはあぁっ!?」
タベルナに肉壁の性器の裏側をぐちゅぐちゅと弄られ、大司教は喉を曝け出して喘いだ。
「やっぱりここがいいですか」
「ああっ! ぐおお! っほ、ふほおおぉっ……!」
何度も何度もそこを叩かれ、大司教は男泣きしながら腰を浮かせた。
タベルナを締め付けてみても、本人は涼しい顔をして腰を打ち付けてくる。
「無駄ですよ。もう慣れました」
このままではとうとう負ける。
大司教は戦慄した。
どうにかしてタベルナに衝撃を与えてやらなければならない。どうにかして……。
「タベルナ……タベルナっ」
「何でしょうか、猊下」
「愛しているっ……!」
タベルナは少し悲しそうに微笑んだ。
「うそつきですね、オクタビウスさまは」
その表情と名前を呼ばれた事が相まって、今まで以上に大司教は昂った。
「んっ、んんんん! うそ、じゃないぃっ! 誰のために余が、余が大饗宴を開いたと……!」
「ご自分のためでしょう。国王殿下の鼻を明かして、昔好きだった方の心を取り戻すため」
「だっ、誰の心を取り戻すって!?」
思わぬ方向に話が進んだ事に、大司教は素っ頓狂な声を上げた。
「殿下の右に座す方の。わたしさっき見ました、あの美しい方が猊下を呼びとめなさって縋っていらっしゃる所を」
大司教は、絶対にこの愛を拒みはしないだろうとたかをくくった愛妾が、二十年前と変わらぬ高飛車な態度で関係を修復するように自分に命令してきた事を思い出した。
「違う! ……いや、そうなんだが、とにかく違うっ! 確かに言い寄られたが、余は、それを受け入れてはいないっ! こちらが振ってやったんだ」
大司教のけんもほろろな答えを聞き、その女の自信たっぷりな顔はみるみる真っ青になり、最後はどす黒くなって、結局はいみじくも聖職者に対して呪いの言葉を吐いて去って行った。
本当に自分に似た者ばかりが周りには集まってくる、とげんなりしたものだ。
そうでない慧眼のある者は早々に立ち去って行く。
きっとタベルナも。
「それが本当なら、猊下はわたしに自慢なさいます。微に入り細に入り、あることないこと、芝居っ気たっぷりに」
「お前は、余をっ、そういう人間だと思っているのか……っ!?」
事実ではあるが大司教はショックを受けた。
「だからうそですよね」
「ち、ちが、そんな事を言ったら……女をこっぴどく振ってやったなんて言ったらお前が、幻滅すると……思って……」
大司教の言葉は尻すぼみに小さくなって、最後はただの吐息のようでもあった。
「えっ」
タベルナは思わず動きを止めて、背けられた大司教の顔を覗いた。
「はあ、あ、はぁ……だから言っただろうが。余はお前を愛していると。だから大饗宴を開いてお前に料理を作らせたんだ」
大司教はタベルナの方を見ないまま一気に言った。
「どういう事です」
「忘れたのか。今日の晩餐の終りに、お前を国王に紹介したこと。余の自慢の料理長だと」
確かにそうだった。
大司教自慢の料理長で、それゆえに絶対手放したくないと。これ以外の作った食事は喉を通らず生きてはいけないだろうと。
それがタベルナには嬉しかった。だからこんな事になってしまってとても残念だったのだ。
「え、ええ」
「そう言えば国王はお前を絶対に宮殿に連れて行きたいと思うはずだ。頗る嫌な奴だからな。他人を嫌な気分にさせる事にかけてはカイザー級だ」
「やっぱりわたしがお気に召さなかったんですね。だからやっかい払いなさろうと」
タベルナの表情がみるみる曇る。
「だから違う! お前は辺境の大司教領の料理長で満足していい人間ではない。宮廷に上っても宮廷料理人では終わらないだろう。王の料理人にして料理人の王になる。お前の腕ならゆくゆくは大配膳の栄誉を享けられるはずだ。夢だと言っていたじゃないか」
「覚えていてくださったんですか」
「余の記憶力を甘く見るなよ」
両親はアンドロギュヌスとして生を受けたタベルナが一人でも身を立てて行けるように、彼女に料理を教えたのであった。
そんなタベルナの父親の悲願が、料理人の頂点に輝く大配膳の称号であった。
その腕を引き継いだタベルナは決してはっきりと頼まれてはいなかったが、いつかその悲願を達成する事が両親への恩返しだと思っていた時もあった。
けれど今となっては、大司教がタベルナの料理を喜んで食べているのを近くで見るようになってからは……。
「本当にわたしのために?」
「でなきゃこんな事をするか。まあ、嫌がらせも九割がたあるんだが」
「どうして」
「言っただろうが、物覚えの悪い奴め」
「猊下もわたしを?」
「遅いよ! さっき言ったっ! もう言わないからな!」
「うう……」
「余は骨肉を奪い合うような血生臭い愛しか知らん。お前のように一途に慕いその身を焦がし続けるなど不可能だ。だから真摯に厨房の炎に向かうお前への愛に気づいた時に、余はお前を遠ざけようと決めた。でなければお前を無理矢理娼婦にしてしまうか、あるいは傷つけて捨てるかしてしまうだろうと思ったんだよ。だがやはり余は耐えられなかった。だから最後にお前を凌辱しようと。いいな、余はお前が思っているような人間ではない。だから……」
国王と共に宮廷に行け。
しかし大司教の言葉は感極まったタベルナに飲み込まれた。
「ああ、猊下、オクタビウスさま、あなたは……」
なんて面倒な方なんだろう!
タベルナは大司教の頬を包みこみ、子供の戯れのような接吻を降らせる。零れおちた涙が大司教の頬を伝う。
「すき、すきです、んんっ、猊下……! あなたが、あなたが……修道院の裏で虐められていたわたしに手を差し伸べてくださった時から……」
大司教は目を見開いた。
なにそれ全然覚えてない……。
「あなたがわたしにここの仕事をくださったからわたし、野垂れ死なずに済んだんです。それに、それに……」
「まだあんのか!」
「猊下はいつもわたしの料理をおいしいと。あなたに饗される料理のほとんどはわたしが。それに気づいて、あの肉料理の一件でわたしを一介の料理人から料理長にしてくださったのでしょう」
確かに大司教はタベルナの功績を横からかっさらうかつての料理長を、手放しの称賛の直後に排斥した。つまり、持ち上げて落としてやったのだ。だがそれは彼女のためではなく、そんな小悪党が嫌いだからだ。同族嫌悪とでもいおうか。
タベルナを料理長にしてやったのだって、従順そうで逆立ちしても自分に逆らったり毒を盛ったりしそうになかったからだ。あとは名前が変だったから。
「だからわたし、あなたがすきです」
「余はお前が思っているような人間じゃない」
「わたしあなたがどんな方かよく知っています」
タベルナは柔らかく微笑んだ。
そんな表情を見るにつけ、大司教は今以上にタベルナを手放したくなくなる事をおそれた。
「タベルナ、やめろ、余は、お前をこれ以上愛したくない……っ」