ガタン、という武骨な音がカリヨンベルの演奏の終わりを告げた。
「お、おわ」
オクタビウスの隣で厳かな鐘の奏でる教会音楽を聞いていた料理長は、乱杭歯を生やす黄金の筒の巻き戻る音にびくりと薄い肩を震わせた。
「だからそう中身をまじまじと覗くなと言っただろうが、バーカバーカ。シリンダーが戻る音はうるさいんだ」
普通なら可愛い娘だとその肩を抱いてやる所だが、相手は女だか少年だか何だかわけのわからない料理長なのだ。オクタビウスはその襟首を後ろから掴んで巨大な自動演奏装置から料理長を引き離した。
「これ、この筒がシリンダーと言うんですか。銃の部品の名前みたいですね」
「触るなよ、手垢で錆びる」
料理長は襟ぐりが狭まるのも構わず瞳を輝かせる。好奇心旺盛すぎて手に負えない。そこが短所で長所なのだろうが。
「猊下、これで誰もいなくても鐘が鳴る仕組みがわかりました!」
この仕組み得たりというような表情はとても愛らしい。目論見は外れたが、この顔が見られたからまあいいか、とオクタビウスは思った。
二十三の鐘が鳴り響く鐘楼までは八百段の急で湿気た石段を登らなくてはならない。オクタビウスはそんなの屁でもないが、さてしかし料理長はどうだろう。細い軟弱そうな身体がそれに耐えられるとは思えなかった。もし疲れて頂上でへたばっているようならば、抵抗される心配はないからその場で……という算段だったのだ。
果たして二十三の鐘の下、料理長は自動演奏装置に疲れ果ててぐったりと身体をもたせ掛けている……ように見えた。後ろから覆いかぶさってみれば、その横顔も声も真冬の早朝の空気のように冴えまくっていた。そして、この鐘どうして独りでに鳴っているんですか、魔法ですか、と来たものだ。
馬鹿じゃないの。
オクタビウスは目論見外れて鼻白んだ。そして仕方がないので鐘の鳴る仕組みを説明してやったという次第だった。
「ありがとうございます、猊下。これが、えと、サンダー?」
「サンダルフォン」オクタビウスは二十三の紐に繋がれた音楽の奴隷の名を言った。「雷のような巨大な音を鳴らすからそう名付けられた。つまり雷のサンダーと音のフォンからくる造語だな。しかし信心深い者は次の由来の方を支持する。天を衝くほど巨大な身体を持ち、天上の歌を司る天使に見立てたと」
オクタビウスもかつてはその音色に霊感を揺さぶられた事もあったが、今となってはもうそんな事もない。唯一誇れた音楽への霊感は、世俗に塗れるうちに擦りきれて影と消えてしまったのだ。
「余は夢見がちな後者よりも前者の由来の方が実に納得できるがな。それにしてもお前元気だな。あの階段何段あるか分かってるのか」
「八百三十二段でした、猊下」
料理長はオクタビウスの考えをすべて得たかのように微笑んだ。そういう顔をされると子ども扱いされるようで妙に癪だった。ずっと年嵩なのは自分の方なのに。物理的な話ではあるが。
「それに、わたし毎朝広場の市まで野菜を買いに行っていますもの。帰りには青々としたアスパラがぎっしり詰まった木箱を一つ担いで帰ってきます。猊下が好きだとおっしゃるので。だからちょっとやそっとの階段では疲れませんよ」
どおりで毎朝食べるアスパラは旨いと思った、とオクタビウスは合点した。これを言えばきっと料理長は顔をリンゴのように真っ赤にさせるだろうと思って口を開こうとするが、料理長の続けた言葉に唇は凍り付いて表情は否が応にも険しくなる。
「フォスターと一緒に行くんです。あの厨房の同僚の。彼はリンゴと卵を運ぶ係りです。食事にリンゴと卵は外せませんよね、だって猊下はよくこうおっしゃるでしょう……」
「あのバカの話はいいんだよっ!」
あのうさん臭いイギリス英語訛り野郎、よくも馴れ馴れしく料理長と楽しそうに話しやがって。と、オクタビウスは先の礼拝の時の情景を思い出し、悔しくなって石の欄干に取りすがり、わざとらしく喚いた。フォスターの言う事に一々顔を赤らめたり本気で怒ったりする料理長にも腹が立つ。
「猊下、そんな前屈みになって、お腹でも痛むんですか? 今朝のゆで卵がよくなかったでしょうかね。猊下はきっかり三分茹でた物がお好きとおっしゃいますが、やはり半熟は……」
「違うよ! それのせいじゃない!」
「それではアスパラを炒めた時に使ったバターかしら。胃もたれなさっているのかも」
「食べ物のせいじゃないし大体腹が痛いわけじゃない! まあバターはこれからは有塩のにしろ。味気なかったぞ」
「でもそれだと塩分過多に……じゃなくて、ではどうされたんです猊下」
料理長が心配そうに伺ってくるので、少しは溜飲が下がる。しかし誰の事だって同じように心配するのだろうと思い至るとそんな気分もすぐ吹き飛んでしまう。
空腹は……いや、嫉妬は最大のスパイス!
オクタビウスの劣情はむくむくと湧き上がる。まるで水を得たふえるワカメのように。
心配して損した! というのはまさしくこの事であろう。
欄干にもたれて喚いていた大司教の肩に心配そうに手を置けば、大司教はタベルナに詰め寄り、逆に欄干に押し付けてきた。
「えっ、あの、や、やめてください」
「厭よ厭よもなんとかの内と言うだろが」
暴れてみるがタベルナの顎は大司教の手にしっかり固定され、唇が食まれる。
「ふにゅ、う」
タベルナの情けない声が唇の間から漏れる。
大司教に柔らかな唇を吸われ、舐められ、甘噛みされ、たっぷり味わわれる。そうされるうちに段々と頭がぼんやりとしてきて、思わず唇がうっすらと開いてしまう。
ここぞとばかりに開いた花弁に舌をねじ込まれ、今度は舌を蹂躙される。表を、裏を、そして側面をぞろりぞろりとなぞられ、支配するようにたっぷりと唾液を送りこまれ、飲むように促される。
この舌が、唇があの妙なる音楽を奏でるのだ。それに深く接吻されている。そう思えばタベルナもいやましに昂る。
「んふぁ、あ、んん……」
あまりにも淫らなオランジェットの味の接吻にタベルナの顔が蕩け、息が上がる。身体から力が抜け、石の冷たい手すりに熱い身体を預けてしまう。
「どうだ、んん? 上手いもんだろう」
やっとタベルナの唇を解放した大司教が得意げに言った。
得意げにそういう事を言いさえしなければ、と思いながらもタベルナは紅色の頬でこくりと頷いた。瞳は潤んで、唇は先を強請るように薄く開いている。どうぞ残さず全部お上がんなさい、なんならおかわりも、と言わんばかりの姿だった。少なくとも大司教ならそう都合よく受け取るだろう。
「そうかそうか。さて、では今日は余がお前をたっぷりと……」
大司教の手がいやらしくタベルナの身体を這いまわる。小さく締まった尻、華奢な腰、脇腹、そしてまだ青く悦びの経験に浅い胸を揉む。
「……んっ」
タベルナが愛らしい声を上げる。他人に愛撫の目的を持って触れられた事のない身体は、いとも容易く感じてしまう。触れられた部分から法悦がせり上がってきてタベルナを燃やす。
大司教の熱い舌がうなじを這って、ぞわぞわと身体が震える。これが本当の舌の炎(ゲヘナフレイム)。
「ふあ、あ、や、たべないでぇ……」
「そんな声、誰にでも聞かせているわけじゃないだろうな、ええ?」
大司教がタベルナの耳元でねっとりと囁く。
低くて威厳のある声はまるで街中に響く教会の荘厳な鐘の音のようで、タベルナは……。
「ごめんなさいっ、もう我慢できませんっ!」
「えっ」
タベルナはがばっと大司教に取り縋り、左脚を軸足に勢いよく半回転し大司教を手すりに押し付けると、そのまま茫然としている大司教の左肘を向かって左側に押して後ろを向かせた。それはまるで踊りでも踊っているかのような一連の滑らかな所作だった。
ゆるみきったタベルナの身体に油断しきっていた大司教は、突如として息を吹き返したかのような彼女にいとも簡単に組み敷かれ、慌てふためく。
「おま……お前やっぱり格闘技かなんかやってるだろ! ふざけんなー!」
「だからやってませんって!」
しつこいな! と、タベルナは大司教の背に縋りつき、その両手を手すりに押し付けた。
「わたしをこんなにいやらしい気持ちにさせたのは猊下……オクタビウスさまなんですからね」
タベルナは珍しく拗ねたような顔で唇を尖らせた。
「んっ、んん……余も……余も罪つくりではあるな」
背を伝って身体中に響くタベルナの言葉に大司教は思わず感じてしまったようで、声が上ずっている。
タベルナの手が大司教の重たく豪奢な緋色の法衣を捲り、下衣を申し分程度に下げる。露出された尻は冬の乾いた空気にぶるりと頼りなく震えた。
「こんな所で行為に励むなんてお前、罰あたりもいい所だぞ」
「猊下だってさっき懺悔室でわたしを押し倒したじゃないですかあ!」
「いいんだよ余は超偉いんだから!」
そうして異を唱えつつも大司教が抵抗しない事に気づき、タベルナも自身の下衣を下げる。ぶるんと巨大な逸物が現れ、大司教の尻を叩いてしまう。
「こっ、このっ、変態! 変な物で叩くな」
「あっ、ご、ごめんなさい」
タベルナは自分のはしたない性器に赤面した。
「あの、あの、すぐ入れますからっ!」
あまりの羞恥に意味のわからない事を言いながら、タベルナは大司教の尻たぶを両手で開く。
「は、ちが、そういう事を言ってるんじゃないっ!」
そして暴かれた羞恥にひくひくと震えている肉の穴を両の親指でくっと開くと、先走りでぬるつく男根を一気に突っ込んだ。
「ばかいきなりやめっ、ぐ、んぐあ――!?」
ぐちゅ、ずぱんっ!
タベルナの男根は大司教の肉穴の入口を奥に巻き込みながら、熟した奥に侵入した。
「は、ぐぁ、あ、あ、尻が、あ、捲れるっ」
大司教の下半身ががくがくと震えてくず折れそうになる。
「あ、ふぁ、きつ、い……っ」
タベルナもがっちりと力まかせに締め付けられ、思わず達しそうになってしまう。
「ん、んあ、ば、ばか、少し、慣らしてから入れろ! 下手糞!」
先に落ち着きを取り戻した大司教が肩越しにタベルナを睨みつける。