槍試合 - 2/4

 バランタンの接吻には獣が獲物の死肉を貪るような、そんな浅ましさが宿っていた。この行為を見た者はおそらくバランタンがクロードを無理矢理“もの”にしているように思うだろう。まあ事実その通りなのだが、それは一連の淫らな行為の最初だけの話なのだ。そのうちバランタンの猛々しさはクロードに吸収され、最後は寄る辺ない子供のように弱弱しく震えているしかないのだ。だというのに人は皆、バランタンが細君を夜毎狩りの獲物のように追い詰め甚振り弄っていると思っている。バランタンにはそれが気に食わない。そこまで鬼畜な男ではないと自分では思っているからだ。
 ようやっとクロードを解放してやれば、彼女は一つ大きな息を吐き自分の唇を指でなぞった。そこに残る夫の感触を追うかのように。
「あら……あら。わたくしなんだか欲情してしまいました。あなたがあまりにも好戦的だから」
 先程までバランタンが貪っていた唇をクロードはゆっくりと舌でなぞった。接吻以上の事を望んでいるのは明白だった。
「淫乱め」先に昂ったのは自分であるにも関わらずバランタンはそうクロードを詰る。「公の場所でこれ以上を求めるつもりではあるまいな」
 妻の求めにバランタンは意地悪く応えない。
「お願いよ」
 縋り付き見上げてくる色白の顔は欲情に紅潮して艶めいている。バランタンは抗えぬその美しさに絆され、クロードの腕を引き、室内へ続く緞帳の陰へと消えた。

 クロードのひんやりとした手がバランタンの服の下に潜り込み素肌に這わされ、鍛え上げた肉体が讃嘆されるかのようにゆったりと撫で上げられる。そうされると愛欲の熱と冷感が混ざり合って豊かな性感が押し寄せてくる。
 バランタンは壁に背を預け妻の愛撫を鷹揚に甘受していた。程好い法悦に深い息を吐き、肉体を波打たせながら。
 北向きの廊下は仄暗く涼しい。バランタンの一睨みで人は去り、聞こえるのは互いの息遣いと外の遠い歓声のみ。そして目に入るのも互いの伴侶のみ。
 見下ろす妻の首筋やそこから連なる胸元は抜けるように白く、夜空で暗く輝く月のようだった。手の甲でそっと撫でると滑らかでしっとりと冷たい。頬に触れればほんのりと紅が差す。見上げてくる目が優しく微笑む。
 接吻をせがむようにクロードの唇が薄く開く。上体を折り曲げてバランタンが舌を出してやれば、クロードはそれに優しく吸い付いてくる。その接吻は先にバランタンがしたような獣じみたものとは随分と違い、余裕と自信というものがあった。唾棄すべき薄汚い輩によって妻が奪われるのではないかという焦燥を抱いている自分が卑小に思えてしまう。しかしそんな卑屈な考えもクロードに包み込まれればすぐに霧散する。クロードが万が一にも自分の物で無くなったとしても、自分は確かにクロードの物なのだから何も案ずる事はないのだ。まるで低俗な信仰であった。
「後ろを向いて」
 今度はバランタンが従順になる番だ。彼は祈るように壁に手を突きクロードに背を捧げた。
 背中に繊細に蠢く十の指が這わされる。その感触に誘われて広い背に分布する山脈のような傷跡の一本一本が震え、悦びを叫ぶ。それだけでその傷にまつわる彼の忌まわしい記憶は昇華される。だがもし望めるのなら素肌に触れて欲しかった。その邪悪の刻印に触れて清めて欲しいのだ。そうしてくれと言えるものならとうに言っている。だが自分から哀願するなど、不自由な矜持を持つバランタンにとって容易いことではなかった。
 クロードの指はゆっくりと蛇行しながら徐々に下降を始め、重量感のある尻を念入りに揉みはじめる。緩急をつけてねっとりと、絶妙な力加減で堅い肉を解しにかかる。
「わかっているのだぞ。私が落馬して怪我する前にすべて済まそうという算段だな」
 欲望と快感に負けている事を悟られまいと、なんとか息を抑えて言葉を吐こうとする。だがどうしても声が熱に浮かされてしまう。
 揉まれた場所にじんわりと熱が溜まって、緊張に硬く強張った身体が解れてゆく。その快感に伴い下衣の前部がきつくなり、熟した肉体は弾けそうだ。バランタンは少しでも熱を逃がそうと上衣を肌蹴させて下着を捲りあげると、身体を冷たい石壁に密着させた。燃えたぎる頬が、首筋が、胸が秋の冷気を孕んだ石灰石に熱を分け与える。
「あら、わたくしあなたが負けるとは思っていません。自信をお持ちになって」
 外で一際大きな歓声があがる。おそらく再び青が勝ち赤は負けたのだ。
「勝てますように。あなたが、勝てますように……」
 密やかで清廉な祈りがバランタンの背に届いた。だが滅法猜疑心の強い彼には背後の吐息がまったく正反対の意味の呪詛に感じられた。
「呪っているのではあるまいな。そうわざとらしく重ねて言われると勘ぐりたくなる」
 ここまで捻くれていると寧ろ憐れみさえ他者に懐かせる。実に陰気な男だった。
「あら……あら。わたくし、あなたが勝利に喜びを見出すのなら賭けに負けたって構わないのですよ」疑いを投げつけたというのに返ってくる言葉はそれに見合わず鷹揚なものだ。「それがわたくしの勝利です」
「強がりを言うな。勝負事において勝つのは一人だけ」
「つまりどう転んでも魂の賭けではわたくしの一人勝ちという事だわ」
 小さな手は存外に力強くバランタンの尻を弄る。指が沈められて歪む肉の動きが心地よい。肉が肉を押し退けせめぎあう。緩み切った身体はどこもかしこもクロードの指を拒む事はなく、まるで自分自身が泥濘になってしまったかのようだ。沈む者は慈悲深く受け入れ、しかし逃げようとする者は狡猾な蛇のように離さない。
「この口八丁、早く済ませろ。求めてきたのはお前だ」
 バランタンは堪らず尻をクロードの腰に押し付けた。すると彼女の頃合いになった性器が彼の尻を押し返してくる。服ごしでもその逞しさが伝わって、いやましに期待は高まり焦れる。まだるっこしい前戯など必要なかった。媚肉を貫く多少の苦痛など彼にとっては甘美なものだ。ことクロードから与えられるものならば。
「性急ですのね」
 身体は熱っぽく敏感で、服の上からでも腰骨の辺りでクロードの指が蠢いているのが分かる。下衣を留めている紐を解いているのだろう。その幽かで性感を煽るわけでもない日常的な感触さえも今のバランタンにとっては淫らな養分だ。
 張り出した上にうっすらと脂の乗った腰骨の上を指先が掠めると、こそばゆいようなもどかしい妙な感覚が腰の髄に溜まってゆく。一つ一つの快感は決め手とはならないが、それも積もり積もれば大層なものになる。
 高級そうな衣擦れの音と共に下衣が床に落ちると、バランタンの腰が外気に晒され、クロードの指が巌のような腰回りを這う。焦らすようにゆったりと撫でてくるかと思えば、無遠慮に尻たぶを割られる。昼に夜に幾度も掘り抜かれた肉穴は薄紅に色づいて淫らに妻を誘う。飢えた身体は妻を求めて必死に媚を売りはじめた。
「ふんん……んぉ、ふ、ふうぅっ」
 淫らな予感に収縮する肉穴に濡れた舌が這わされる。バランタンは声を抑えんと唇を噛むが、鼻息だけはどうしようもない。ひくつく鼻から色を含んだ荒々しい息が漏れる。まるで生き血滴る新鮮な肉を前にお預けをくらっている飼いならされた猛獣だ。
 円を描くように肉穴の際を優しく舐められ解されると、下腹が鈍く痺れ肉棒が徐々に漲りだす。それと同時に責め苦に張りつめた彼の内腿を解きほぐすように小さな手が愛撫を始めた。
 生ぬるい愛撫に絆されて堅牢さの失われた肉門に少しずつ舌が埋められてゆく。熱く蕩けた鉄のような舌には並み居る強固な肉環さえも敗北を喫し、その進行を易々と許してしまう。
 その侵略者は快感に弱い粘膜を蹂躙し、バランタンを苛んだ。
「はうっ、あ」
 その衝撃に身体が震え、情けない喘ぎが漏れてしまう。厳つい眉は眉間を山の頂きにして垂れ下がり、噛み締めていた奥歯も唇も解放される。
 媚肉に唾液を流し込まれ入口近くの皺の一本一本に塗り付けられると尚更堪えようもない。熱に浮かされた時のように下半身が、特に肉道がぼんやりと熱く疼く。籠絡された肉襞は差し込まれた舌に貪り付いてこれでもかというほどに堪能している。
 欲望に肛門がひくつく度に大腿が引き締まり、怯えているかのように腰が震えてしまう。穴から垂れた唾液が会陰を伝い、睾丸を濡らして床に滴る。逸物が尚も膨らみ持ち上がり、先走りが溢れる。
 これから与えられるであろう決定的な快感を待ちきれずにバランタンはしとどに濡れた勃起を浅ましく扱き始めた。粘液を掌に絡め、そびえ立つその肉塔を握りつけ上下に乱暴に弄ぶ。肌理の粗い、得物の柄を握り振り回す事によって鍛えられた無骨な手で行うその行為は、己を慰めるというよりは痛めつけているようでもある。
 肉棒の先へ向けて手を滑らせれば肉穴が収縮し、根本へ滑り下ろせば力を失う。性器と尻が快感で結ばれている事がなんとも惨めだったが、密接な爛れた関係に陥ってしまったそれらを今更切り離すことなど不可能だ。
 バランタンはある種の諦観というか、自棄を起こして一層無闇やたらに性器を擦った。しかしすぐにクロードの手によってその自虐行為は阻まれた。
「あなたは何もなさらなくて結構よ」
 代わりにひんやりとした指がそれに絡まり、バランタンの肉棒を慰めてくる。最初は触れるか触れないかの強さで先端を撫でられて欲望が掻き立てられる。敏感なそこを指先でなぞられると肉棒が暴れ回り腰から上ずった声がせり上がってしまう。
「おぉ……んお」
 怒張を扱くその動きは徐々に激しく、ともすれば無遠慮ともとれるような動きへと増長してゆく。隆々とした筋を摘ままれたり押し潰されたりされたかと思えば皮が引き攣れんばかりに竿を擦り抜かれる。重量感のある勃起は涙を流しながらクロードの手に吸い付き、己の手では得られない予想もつかない動きを堪能するのみで抵抗の欠片すらない。それをいい事に責めの手が緩められる事はなく、仕舞いには勃起しきった野太い肉棒自体を根元から尻側に折り曲げられて逆手で扱かれるに至る。