正夢の彼女 - 4/6

 しかし臆病になるのは恐らく妻である自分の前だけで、きっと他の――犯罪者や部下のような――者に対してはそうではない。そう信じたくなる。いいや、そう信じている。
 イザドラは手を背中から引き抜き寝台について身体を起こすと、彼女の怒張を受け入れたまま呆けた息を吐いて瞑目している夫を押し倒した。
「あ、あむぅっ」
 体勢を変えたせいで絶頂したての敏感な肉壺が擦られたのか、夫は控えめに喘いだ。
「強気なあなた、とてもよかったわ。最後はわたくしの番ね」
「イザドラ、どうして。縛ったはずだ、きつく」
「あら、あれできついおつもりだったの。まるで淑女がリボンでステッキでも飾るかのような結び方だったわ。お縄頂戴の時はあんな結び方しては駄目よ。すぐ逃げられてしまうわ。せめてダブルエイト・ノットで結ばなきゃあ」
 リボンを結ぶのは淑女の嗜み、ロープを結ぶのは船乗りの十八番。
 イザドラは暇に飽かせて綺麗に飾り結びを施しておいた夫の象牙のステッキをちらと見遣って笑った。ステッキを飾るのはロマンチックな船乗り結び。探求心は人一倍で、流行りの服飾も病も、一過性では終わらせない。
「エイト・ノットだと。どうりでいつも解けないはずだし、痛いと思った! そんな事はもうやめなさい。君は警視総監夫人だろう、船乗りじゃない!」
 夫は声を荒げ、イザドラを押しのけて起き上がろうとする。しかしイザドラだってそう易々と夫を逃がしたりはしない。
「ん、おぁっ!?」
 埋め込まれた肉棒でこつんと軽く肉壺を小突いてやれば、夫の太くて頑健な足腰は容易に砕けて使い物にならなくなった。
「違うわ、わたくしがあなたを縛るときはエイト・ノットではなくてこうするんですの。お手本見せてあげます」
 イザドラは夫の手首を彼の腹の上で交差させると、先程まで自分の腕を縛っていた絹のカーチフを取り出した。
「う、私を何だと思っているんだ、港に係留でもするつもりか。フリゲートじゃないんだぞ」
 夫の抗議の声は弱弱しく、もう諦めている風でもあった。
 そう、こうなってはさっさと諦めるのが、なんという名案! というものなのだ。それこそが伊達に五十年警察をやってない男の、小娘に対抗する唯一の洗練された方策だ。
 イザドラはそう思って笑みを漏らした。
「そうね、あなたは小賢しく索敵に走るような巡洋艦ではないわ。戦況を見据えるために奥でどっしり構えて、その時が来たら帆に追い風をはらみ、すかさず敵に回り込んでT字砲撃を見舞うラ・ロワイヤルよ。だからボーライン・ノット。結びの王様が相応しいの」
 イザドラはそう長広舌を振るいながら、夫の両の太い手首を手際よく繋ぐ。
「では君はなんだ。戦列艦かね。そうは見えないが」
 夫は手首を動かし無駄な抵抗を試みながら妻に向かって努めて厭味に言い返した。
「わたくしはボムケッチよ。正々堂々大型船とカロネードで撃ちあったりラムで突撃しあったりなんてしないわ。迫撃砲を構えてさっさと街を落としに行くの」
「卑怯だな」
「正々堂々やっても負けてしまうもの。だから軍艦とは戦わないの。けれど、拿捕した戦艦にはその限りではないわ」
 そしてイザドラは苦々しい顔をしている夫の上に覆いかぶさって続けた。
「だから、わたくしのラムをもっと奥に入れさせて」

 酔うような快感がイザドラを支配していた。身体も心も酩酊している。
「ん、ふ、ブリュノさん、ふふ、あなたほんとうにいんらんね、淫乱」
 これだからお淫らはやめられないのだ。
 迎え腰の体勢にぎっちりと縛り上げられた夫を見下ろし、イザドラはそのはしたない姿を味わうように小さな唇をちろりと舐めた。
 イザドラは船乗り結びの練習に使っていた麻縄で夫を拘束し、充血した尻の穴にステッキを突っ込んでいいだけ弄んでいた。子供が人形にするよりも酷い扱いかもしれない。
 ごつ、づご、ごんっ。
「お゛、お゛、んお……」
 渦中の男は泣きながらその性急な快感を享受させられ、象牙の冷たいステッキが快感の窪みに乱暴に打ち付けられる度に呻く。
「ああ、もう、なんていやらしいのかしら」
 イザドラの手が筋肉質な身体を走行し、脂の乗ったそれを淫らに絞り上げている麻の組紐をなぞった。
 ありとあらゆる素朴な結び目で飾られた夫の肉体は、結び終わった今もイザドラの目を楽しませてくれた。リボン飾りよりも海のロープワークのなんて実用的な事だろう。
「ぶぉ、お、んぐううぅ」
 麻縄はイザドラの手によって猿轡に化けて夫の声を奪った。
 その野性的な美しさを強調させるように、コルセットのような役割を与えた縄は堂々たる胸や腹を複雑かつ精緻に行き交う。膝と股関節で折りたたまれた太い脚は動かないようにクラブヒッチでしっかりと拘束した。いや、イザドラにとっては拘束するというよりかは、女性の靴下留めのような実用的な飾り程度の認識だったのだが。
「おお、んご、おぅっ」
 夫がイザドラと縄の支配の下でそれに抗う。
「解こうと暴れれば暴れる程、縄はあなたを締め付けますのよ。まるで邪悪な蛇だわ。それに……」
「んっふううう、ふお、お、んごおぉ……っ!?」
 極めつけは、身体が動く度に敏感な乳首を荒々しく擦るダブルシート・ノットと、蟻の門渡りを穿ち砲弾と砲身をきつく戒めるリーフ・ノットの結び目。
 夫の腰ががくがくと震え、尻の穴がくぱくぱとステッキの表面のカービング装飾を食む。
「あまり動くと善くなりすぎてしまうわ。あと肩の関節が外れてしまうかも」
 そしてそれらすべての麻の蛇は、彼の手首を縛ったそれらと一緒くたに纏まり、寝台のヘッドボードの格子に向かっていた。イザドラはそれらを抜かりなく、まるで錨でも留めるかのようにフィッシャーマンズベントでくくりつけて完成とさせていた。
 こうして夫は腕を大きく上に上げた迎え腰の体勢で、イザドラの結び飾りによって淫靡に彩られてしまったという次第だった。
「おむっ、ぐ、んお、ほぉ……」
 夫は幼い妻に懇願するかのように涙を流した。おそらく余りにも恥ずかしく、そして余りにも善過ぎるのだろう。
「解放はまだだめよ。あなたも善いでしょう」
「ふ、ううう、うぐ! ぐうっ」
 夫は頭を激しく振って否定する。歯をむき出して、その間から漏れる声は手負いの獣が唸るようなものであったが、それは他を威嚇しているのではなく、己の肛虐の快感をかみ殺しているだけだという事くらい妻はよく知っていた。
「うそよ」
 その証拠に、夫の身体が軋んで縄が締り肉に食い込む度、それに呼応するように彼の肉壺の締め付けはきつくなりステッキを離さない。戒められているという不自由で隷属的な感覚がいいのか、それとも単純に軽い痛みがいいのか、おそらくその両方で、そんな被虐趣味な彼がイザドラには愛おしくて仕方ない。
「善いから暴れて暴れて、縄をわざと食い込ませるのでしょう。でないなら、力を抜いたほうが賢明ですのよ」
 イザドラは彼の善い場所に象牙の棍棒をどすっと突き入れた。
「ふっむうううんん……っ!?」
 それに押し出されるように、びしゃびしゃ、と夫の砲座の先端から透明の欲液が垂れる。それは股間を戒めている縄に染みて、その色を暗く濃く塗り替えた。それでも吸い取りきれなかった液は、濃い陰毛の表面に蝋のように凝った。
「力を抜いて、ね」
 イザドラは暴れ馬を宥めるかのように夫の腰を撫でさすり、彼の目尻の渓谷を流れる涙の川を啄んだ。すると強張っていた夫のこめかみは緩み、顔は甘く邪悪な魔性の熱に蕩ける。
 彼女は唇を夫の耳に添え、妖艶に囁いた。
「そしていけない官能に身を委ねるの」
「ん……」
 イザドラの手の中で夫の肉体の無駄な力が霧散した。
 こうして見下ろす夫のなんと淫らに美しい事だろう。
 汗に濡れて乱れる皇帝染めのような色の髪。秀でた額と力強い眉さえ、今は肛虐に屈して威勢がない。吐息に小鼻を膨らませて、鋭い鼻は台無し。メダイのような高貴な瞳も、意志の強さを感じさせる唇も、今は淫売のそれだ。
 蝋燭の炎に炙りだされている汗で照る身体は、極限まで締め上げられて、それ故に一番魅力的な形のようだ。筋肉の陰影が濃く落ち、深い体毛に覆われているせいで野性味がある。いつもは法服や仕立てのいい上着といった道徳や秩序や理性に封じられているそれが、今やイザドラの手の中で息づいている。
 肌に舌を這わせれば、肌理は粗く体毛が密生し、ざらりと男らしい舌障り。汗の塩辛さも相まって妙に淫靡な味がする。
 砲座はどっしりと雄々しくいきり立ち、けれどその下の鞘は剣でない物が納められているせいで泣きぬれていた。しかし見境のない鞘は、その暴虐に喜んでいるようでもあった。
 太陽王だってその次の代だってこんな究極の愛妾を持っていないわ。執務中は厳格かつ有能なのに、妻の前でだけ淫らに蕩ける。例えそれが執務室の中だろうと。
 イザドラは感極まった。密やかな笑いが弾ける。
「んふ、見て、わたくしのペニスみたい。こんなに細長くはないけれど」
 イザドラはステッキの先を己の下腹に当て、腰を突き出してそれをもっと夫の奥へと送り込む。
 ずず、くちゅ……。
「ほおおおおううぅ……っ!?」
 ぼびゅっ、ぶちゅ。
 全身を縛りつける前に何度も中に放出したイザドラの濃い邪蜜がステッキによって夫の肉壺からかき出されて、しぶいて寝台に白い塊となる。彼の尻はまるで雄を受け入れるために自身から泣き濡れる膣のようにイザドラには見えた。
 自分の女は今回使わずに終わりそうだから、それならば彼の女の部分をたっぷり責め抜いて媚びさせてやろう、とイザドラは恐ろしい事を考えていた。
「ああ、きたなあい……あなたのお尻の中汚いのよ」
 自分で出したものであるにも関わらず、精液を垂れ流す夫の尻をイザドラはそう責める。
「ね、ブリュノさん、わたくしが欲しい? ステッキではなくて、わたくしが。わたくしのラムペニスが……」
「んん、ん、んんん」
 夫は頭を縦に振った。いつも堅苦しく威厳たっぷりな顔はもはや熱っぽくだらしない。褥ではそんな表情をするのがイザドラには堪らないのだ。もっと淫らな好き者のような顔にさせたいと思ってしまう。