生贄の羊 - 4/5

「——ッ!? ぐぁッ、ぉ゛、ぇ゛……?」
 弓形に反り返り、壊れんばかりに激しく痙攣する雄の身体。開け放たれた口から追い出された舌の先から滴る唾液。もはや失われたと思っていた勢いを取り戻して迸る精汁。声は苦悶に満ちていても、肉体に満ちるのは激甚な愉悦。
 抜け落ちる寸前の位置から叩きつけるように突き入れられた怒張の先端はエフの入り得る最も奥深くにめり込み、重たく鋭く抉っていた。肉体を支える屋台骨を引き抜かれるような、直に脳天に焼き串をさされて混ぜかえされているような前後不覚な刺激。
「お゛ォッ、お゛……なんっ、それ、やめ……ぇ」
 腰が抜けそうになり、必死に立たせるも情けなく震える。
「ああ、当たってますね、結腸。こんな感じなんですね。確かに気持ちいいです。吸い付いてきて、甘えて……」
 尻にぴたりと密着した滑らかな腰が中を掻き混ぜるようにぐるりと回される。奥津城の関を捏ね回されて、腹の奥で血肉が攪拌されるくぐもった音が響く。
「好かれていると勘違いしそうです」
「あ゛、ォあ、んぐ、ぅ、お゛ー……」
 前立腺とやらへの刺激が落雷ならば、こちらはさながら酩酊だった。思考が揺れて言葉にならない低俗な喘ぎが漏れる。
「私は、好きですよ、傭兵さん。あなたの事」
 苛烈な行為がひととき鎮まり、背に愛おしい重みがかかって、耳元に流れ込む密やかな吐息。こんな行為の最中にも乱れず涼やかで穏やかな。
「あ゛……っ、う……」
 そうはっきりと言われると抜き身の刃物を突きつけられるがごとく。つまり心臓が躍って血が沸く。
「屍蝋にしたいくらいに」急転直下の怖気に振り返れば、爛々と輝く目と流麗な弧を描く唇。凄絶なまでに美しかった。「そうしたらあなたの事いつでも清潔に保っておけますし、あなたの体だけは私の物になりますね」
 もしかしなくとも、自ら手を下した死体を手元に置いて手入れするという意味だろうか。だとしたら本当の本気でおかしい奴だという気持ちが深まる。しかし狂おしい程求められるのも悪くはない。そこまで強い気持ちを向けられた事はない。そしてそれが憎からず想う半陰陽からだなんて。
 ラムの手がゆったりゆったり男の隆々とした肉体を這い撫でさする。まるで芸術品を検めるように。気遣わしく、愛おしげに、淫奔に。
「ああ、ですけど、実際に爆発四散して殆ど原形のない死体になったあなたを見たら、小さくて、動かなくて、悪態もつかないから、ちょっと悲しくて」
 ちょっとだけかよォ、と頭の片隅にほんの微かに残った思考が嘆く。
「やっぱりさっさと死蝋にして大事に手元に保管しておけばよかったと後悔しました。動きも喋りもしないのは一緒ですけどね」でも手を下すのは他ならぬ私ですから、目の届かない所で知らない誰かに命を奪われるよりは納得できます。と、ラムは穏やかに言った。
「そうしたらあなたと毎晩一緒に眠れます。日が暮れたら宿に戻ってしまうのだと切なく思う事もなく」
 そんなささやかで可愛らしい望みは死体にしなくても叶う事だ。一緒にいたいと言われれば、いかなエフとて好いた相手の頼みを聞かないわけもないのに。本当に異世界人は頭がおかしい。まったく扱いに困る。
 暫し暴虐がなりを潜めていたお陰で多少の落ち着きを取り戻したエフは濡れて崩れた目でラムを見つめる。
「あのな、望みはちゃんと言葉にして言ってくれねえとわからんぜ、お嬢さんよ」困惑と情愛の入り混じった常ならぬ声色だった。
「言っても無駄です。他人は思い通りには動かないものと決まっています。子供達だって言う事を聞かないのに、いわんやあなたをや。特にあなたは私を嫌っていますし」
 切るだの張るだののやり取りの後だからラムを嫌っていると思われても仕方ないだろうが、本当のところは寧ろ「好き……に、すりゃあいい、お前さんの……」死体にしてお人形遊びしたいならそうすればいいし、ぐちゃぐちゃになるまで犯したいならそうすればいい。ラムにされるなら何だって構いやしないのだ。
 エフの無骨な手にラムの細い指が忍び寄って、甲側からしっとりと握られる。彼女の手には珍しく熱が宿っていた。そして覆い被さるその華奢な身にも。
「そうします」そしてラムは異世界の慣用句か諺か何か意味の分からない台詞を吐き捨てる。「私は鳴かないホトトギスは剥製にして飾っておくタイプだったようです」とにかく思い通りにならなければ物言わぬ死体にするという事だけはわかった。
 熱い腰が尻たぶを割って叩きつけられる。何度も執拗に、奥深くを嬲るような苛烈な抜き差し。先程拓かれたばかりの泣きどころに遠慮も配慮もなしに打ち込まれる。肉を打擲する音が生々しく室内にこだまする。
 果たして初物と言って差し支えない肉体にしていい所業ではない。
 肉粘膜の関門を突き崩されそうになる度に体の裏と表がひっくり返らんばかりになる。肉体のすべてが緩んでバラバラに散りそうになる。それが信じられないくらいの心地よさとして降りかかってくるが、それ故に知ってはいけない快感だと本能が警鐘を鳴らす。
「っは、だめだろ、それっ……絶対、だめな、やつ……っうあ、ん゛あぁあ゛ぁー」好きにしろと言った割に往生際悪く喚く。
 腰に力が入らず、とうとう自身の老廃物で汚れた卓にべたりと沈む。それでも構わず激しい交合は続く。
 熱杭が奥津城への関を押し潰し、捻り、叩き、暴く。暴力的なまぐわいであるにも関わらず、血肉に混ざり込んで漲るのは甘い猛毒の快楽。
「ん゛ぉ、お゛お゛、い゛ぃ……ッ、あ゛ー……!」
 あの痩躯のどこにこんな膂力があるのか。あの気怠げな態度のどこにこんな熱量があったのか。何故そこまで自分を好いているのか。本当に異世界人の事はよくわからない。
「なんでっ、おれ、ぁ……ォ゛ほっ、おご……」
 ごつ、と強く奥を殴られて言葉にならずにごちゃごちゃした喘ぎになる。もはや射精も放出というよりは漏れ出るという有様。
「ひっ、ぃ……お、ぎ、うああぁ……」
 執拗に与えられる快感が極まって身体の外も内もきつく引き締まる。
「ああ、また絶頂して。そんなに求められたら、中で出したくなってしまいますね」
 後ろから愛らしい吐息が漏れ聞こえる。とうとう埒が明けるらしい。何にせよ遅すぎる。
「出せ、よ……」
「汚くなるので。あなたが」
「今更」こんな行為をしておいて。「手だって洗っちゃないんだし……」それに汗まみれだ。
 そういう汚さではなく、とラムは切羽詰まって苦しそうに呟き、心理的な穢れってやつか、とエフは思い至る。
「お前に」汚されるんなら別に構いやしないけどな、と言おうとするが、これまでの突き込みなど比べ物にならない程強く穿たれて言葉半ばでそれは嬌声に断たれる。「お゛ッ、ん゛ンッ、ぐ、ぅお゛ォっ……!」
 分厚い身体が鋭く反って震える。
「すみませんがあなたの話を聞く余裕はないです」
 その言葉の通り腰の動きは苛烈かつ早急。結腸までの長い肉道を素早く力強く抉り抜かれる。痩せた腰の骨に臀を打擲され、奥を刺される度に野太い悲鳴が上がる。
「おごっ、ほ、ぉん、む゛、ぅ、お゛ぉほお゛ぉッ」
 貪り使い潰すと称するに相応しい動き。
 項を逆撫でする半陰陽の吐息はいつもより少々乱暴で、自分の体が平静を少なからず乱しているのだと思うと暗い悦びが湧き出てエフの胸を満たし、啼き声のような喘ぎに混じって呆けた笑いが漏れる。
 しかし果てが近くなると流石になけなしの余裕も削がれてゆく。息が詰まるのと同様に臓物も引き締まり自ずから熱杭を食いしばってしまい、まざまざと感じ入り登り詰めるに至る。
「あ゛……ぅ、ン゛ぉお゛——ッ」
 頂を極め、喉を晒し、撫でられて、引き抜かれて、一抹の寂寞を患いながらエフは肢体を弛緩させてゆるやかな倦怠感に揺蕩った。
 汚くはねえよ、お前さんは、とエフは掠れた声で低く漏らした。

 暖炉には再び火が灯って、その赤橙色の光に混ざって早朝の青い光が窓の隙間から差し込んでいる。
 辛気臭く魚の皮を食べているラムの隣に腰掛けて、エフは卓に肘をついて気怠げに乾いたチーズとパンを齧る。夜を共にした後の朝食の割に色気も風情もない。
「やはりテーブルは祝福してもらおうと思います」
 あの後しっかり掃除はしたが、案の定心理的穢れとやらは拭えなかったようだ。ラムは卓を使わずに膝の上に皿を置いて食事をしている。
「あのな、あれは冗談みたいなもんだからな」
「でも、できないわけではないんですよね」死んだ魚のような目だが言葉は真剣で切実だ。
「村中の笑い者にされてもいいんなら頼みゃいいだろ」
 本人は気にしていないようだが、ラムと村人との噛み合わないやり取りはエフにとっては見るに耐えない。ラムが立ち去った後に村人が困惑して首を傾げる様子や、あからさまに失笑する様を見るにつけ、ラムの真意を解説するとか、ぶん殴るとかしてやりたくなる。
「そうします」
「やめとけって意味で言ってんだよ、わかれよ」
 ああ、はあ、とラムは不可解そうな反応をして、また不味そうに鱗を喰む。これが一夜を共にした男女の会話であろうか。可愛げのないお忙しい異世界人相手でなければ、まだ怠惰に寝台に横たわって抱き合いながら次に繋げるために睦言囁いている頃合いだ。
「食卓ならまた作ってやるから」値段は言い値で払えよな、と付け加えてから、これでは自ら便利屋になり下がっているようなものではないかと自嘲する。
「鼻で嗤うのやめて下さいと言ってます。何がおかしいのか全然わかりませんし」
「いや、これから随分とらしくない事言うハメになるだろうからな、それを思うと……」
 ラムは興味なさそうに立ち上がり食器を片付けにかかる。
 いやちゃんと話を聞けよお、とエフは吠え猛りそうになるが、こちらも構わず痩せた背に言葉をかけ続ける事にする。黒目がちな目で見つめられているより話しやすい。瞳も虹彩も真っ黒に混じり合って艶も輝きもない目は見られているだけで吸い込まれそうで、悪態つかないと正気でいられなくなるからだ。
「俺も行っていいか」暴虐めいた交合とその時にラムが溢した好意は随分とエフの頑なさを和らげていた。彼は素直に気持ちを吐露する。「お前の行く所に」つまり好きだと言っているようなものだ。
 だが異世界人の解釈はやはり異次元の領域だ。
「本当に子供達が心配なんですね。私がネグレクトや虐待をしていると思っているんでしょう。だから三日と空けずにアポなしで来るんですよね」と、感情の読めない声で言いながらエフに背を向けたまま調理台で子供達の朝食の支度を始めるラム。
「はァ? いやまあそれもあるが」というか、あった。今となっては杞憂だったが。感情に起伏がなく冷たく感じるのは確かだが、ラムは負った責任は必ず果たす面倒見のいい人間だった。「しかしてめえと話すと疲れるよなァ……ほんとに機敏ってもんがわからねえ奴だな」
「いえ、わかります。あなたも親のいない子供だったでしょう」
 言外の機敏についてはわかっていないが、エフの育ちに関しては大当たりだった。このご時世珍しい事ではないが、はっきりと物心ついた時には両親はなく、タチの悪い生育歴を経てこの歳まで生きてきた。傭兵として一人で食い扶持を稼げるようになれたのは本当に運がよかった。
「これからも子供達に道具や武器の扱いを教えてくれたら私も助かりますし」
 それについてはエフも吝かではない。便利屋扱いは癪だが、食事やら風呂やらで相殺してやるつもりだ。
「おそらくあなたの慰めにもなるでしょう」預言者のように妙に滔々とした喋り方だった。
「どういう意味だよ」
「子供達を養育する事で私の中の満たされない子供が心穏やかになります。あなたもきっと同じように感じているはずです。それに子供達もあなたの事が好きです」私もあなたが来てくれたら張り合いがあります、とラムは背を向けたまま言う。
 どんな顔をしてそんな初々しい言葉を言ってのけたのか。十中八九無表情だろうが、さっき見せた、困ったような、はにかんだ微笑ならいいのに、と思ってしまう。
 ラムの言葉をしばし噛み締めてからエフは言う。
「そんじゃあ色々準備があるから暫く待ってくれ。次の傭兵が来るまではこの村に居てやらねえとな」それだけはせめてもの情けと責任というやつだ。
 村長以下村人達は神の如き守護を手放したくはないだろうが、元々は傭兵や村人達でなんとかやっていたのだから、過ぎたる力は元より無かったものとして忘れてもらうしかない。大体自分達の命を思想も信条もかけ離れた余所者の手に委ねるというのがおかしな話だ。
 まずは話し合いで穏便に解決を図り、それで駄目なら穏やかでない方法で。エフとしては慣れ親しんだ後者の方でまったく構わない。
「あとは宿を引き払ったりだとか……」ツケだの賭け金だの色々清算しないとならないものがある。今までのようにトンズラこいてしまってもいいのだが、身に負うものが増えるのならば少しでも身辺を綺麗にしておきたい気持ちもある。
「大丈夫ですよ。村から出るつもりはありませんので」
「はァ?」
「村外れの川沿いにある農場に引っ越すことに決めました。宿からの距離はこことそう変わりません。それともあなたも一緒に住むという事ですか」なら手洗いうがいと就寝前の入浴を徹底して貰わないと困るんですが、と顔だけ振り向き心底嫌そうに言うラム。
「はァ?」
 一度目のそれと同じ調子で同じ言葉を吐き出すが、一度目と違うのは困惑ではなく怒りの感情からという点。
「同じ村の中じゃねえかよ!」
「やっぱり自由都市の物件にした方がよかったですかね」そちらも手頃な値段ではあったんですよね、と異世界人。
「そういう話じゃねェんだよなあああ!」
 エフは卓に強く手を叩きつけて立ち上がる。
「もう食べないんですか。包みましょうか」
 しかし怒りの気配はまるで通じない。
 エフは残る朝食を口に突っ込んで、足音高く大股で居間を横切り屋外への扉を蹴破る勢いで開け放つ。
「今日の夕飯はジンギスカンです」
 そして背中にかけられた抑揚のない声に一瞥もくれず、もう来ねーよ! と言いかけたその時。
 吹き込む風によって足元で渦巻く雪のような白い粉。昨夜ラムに石鹸カスにされたエフの得物の成れの果て。
 エフが命を落とした戦場はその後すべての兵器、武具が白い砂と化して停戦を余儀なくされたと聞く。神の怒りに触れたのだと言い募る者もいる。
 確かに世界を浄化する力だよなあ、敵わねェよ、とエフは一人で笑って内側に身を留めたまま扉を閉めた。
「まず昼メシだろうがよぉ」