わざと厭らしい音を立てながら舌を絡ませ唾液を呑ませながら、その手は下着を捲る。無骨な手がクロードの下腹部にかかり……。
ばたん! と小屋の扉が開き、風雨がなだれ込む。
「誰かいるんか。……奥さま?」
一人の男が左手に灯りを、右手に武器代わりのシャベルを持って戸口に仁王立ちしていた。
灯りが藁山で絡みあう二人を照らす。バランタンは渋々と下衣をまとい、顔を上げた。
「公爵様!」
男はシャベルを取り落とし、地面に跪まった。
「まあ、ファーブルさん。いいのよ、顔をお上げになって」
気持ちのやり場なく不機嫌そうに青ざめているバランタンの横でクロードが懇意の農夫に声をかけた。
ファーブルが言うには、やはりクロードが心配でずっと探しまわっていたらしい。しかし結局見つからず戻ってきた所で家の隣の納屋から物音が聞こえる事に気付き、武器を手に扉を開けたのだった。
こんな汚い納屋には居させられない、と絶叫するファーブルを落ち着かせるために、結局二人は暴風雨の中を渋々ファーブル宅に向かった。
そこは質素で小さなあばら家同然の家で、バランタンには到底人の住まいには思えなかった。
バランタンを見るや、農夫の妻は卒倒しかけたようだったがすぐに気を取り直したらしく、公爵とその奥方に素早くタオルと着替えを用意した。そして夫を焚きつけて暖炉に火を入れさせた。
「こんな時期から暖炉に火を入れるのか」
「普通は冬でも余程の事がない限り薪を燃やしたりはしませんわ」
家と同様に質素な服を身にまとい、二人は暖炉の前の古びた絨毯に寄り添って座っていた。
もう夜になってしまったが雨足は一向に行軍を止める気配はなく、今晩はここで夜を明かさなければならなさそうだった。
ファーブル夫妻には寝室で寝るように執拗に言われたが、それはクロードが半ば勝手に辞退した。代わりに大きな一枚の毛布だけ借り、居間で眠る事にしたのだった。
「悪かっただろうか」
「あなたが感謝の意を示せばいいだけです。彼らだけにではなくすべての領民に」
「そうしよう」
バランタンは床に寝そべり、その上にクロードがちょこんと横たわった。
「なんだか今は、あなた公爵さまではないみたい。けれどやっぱり気品があるわ」
黒髪に指を絡ませ、頭を撫でてくるクロードを毛布に押し込んだ。
「どうしてわたくしを隠すの」
「風邪を引く」
「わたくし風邪は引きませんの。石でできているから」
クロードはバランタンの胸元で呟いた。
「違いない。君は冷たい。とても冷たい」
バランタンは毛布ごとクロードを抱きしめて目を閉じた。
「もう寝ろ」
クロードは何も言わず、バランタンの胸に頬を寄せた。
お互いの吐息が混ざり合い、バランタンを眠りに導く。
「約束を果たしてくださってありがとう」
バランタンが深い眠りに落ちる寸前にクロードは呟いた。
自分が賭けに負けたと知っても――それは勘違いだったのではあるが、約束を反故にしなかった事だと思ったバランタンは、気にするな、と心の中で呟き、眠った。
「だからわたくしも約束を果たしました」
あなたの妻になったのですから。
クロードはバランタンの寝息を感じながら、静かに目を閉じた。
雨の妃 終