青髭公の盾 - 4/6

 肉環の一つ一つを執拗に冷徹な金属がねちねちと広げ、その無機質な快感が神経を嘗め回す。そしていやらしく丸い先端が敏感な奥をこねる。そうした細やかな刺激まで嫌が応にも気づいてしまう。ともすれば、梨の表面に彫られた精緻なカービング模様まで。
「んあぁ……あ……?」
 そうなるとバランタンの精神は徐々に混乱してくる。自分を犯して快感を与えてくるのはクロードではないのに、確かにクロードでもある。
 情熱的に踊っていた腰は神経が引き抜かれたように沈静し、凌辱に怯える小娘のようにか弱く震えるのみ。
「えあぁ、おぁ、ぉ……んお」
 舌を突き出し、徐々に与えられる快楽だけに忠実になってくる。状況による羞恥だとか、理性に反する事による背徳的な快感は蝋のようにぐずぐずと溶けてゆく。
 しかし道具に掘り込まれて絶頂するのだけは嫌だった。クロードと繋がりあって、その肉体同士の交わりで終わりを迎えたいのだ。
 己の先端が浅ましく先走りを垂らしているのは嫌でも感じる。それに白い欲望が混じり出すのは時間の問題のように思える。
「ふ、ふうぅ、ふー、ん、ッ」
 バランタンは指で己の肉棒を握り、欲望の湧き出すその先端を封じる。
「どうしてそんな事。我慢なさる事ないのに」
 クロードの指が優しくバランタンのそれに絡まり、戒めを一本また一本と解いてゆく。勿論その間も苛烈な肉穴の責めは止まらない。
「ああ……!」
 バランタンの手を離れた怒張は勢いよく反り返り腹に当たる。痛い程に立ち上がっていた怒張はその衝撃も相まって最後のたがが外れた。それと時を同じくして奥に突きこまれる拷問器具。
「出るッ、あ、出したくない、お願いだ、こんな物で……いいッ、逝くッ!」
 自白を促す拷問とは違うのだ。拷問のための拷問だ。バランタンが何か言ったからといって止まるものではない。
 梨に快感の源を押しつぶされ、神経の焼けつくような快感に腰が壊れたように痙攣し、バランタンはとうとう昂ぶりから熱を放った。その瞬間、拡げられた肉穴はきつく梨を食んでぎりぎりと締め上げた。その強さたるやどちらが拷問器具なのかわからないといった態だった。
「違う。君だけの場所なのに、私は、ああっ、こんなモノで悦んで、射精して……! 許してくれ、許して……」
 二度三度と断続的に勢いよく精の髄を垂らしながら、バランタンはうわ言のように呟いた。拷問に堕とされきった精神は実に軟弱になってしまっていた。
 服を汚す白濁の噴き上がる勢いが治まると、バランタンの尻の締め付けの力はぐったりと弱まった。
「許すも許さないも、わたくしこんなに淫らなあなたを見られて嬉しいわ」
 クロードによって拷問器具が引きずりだされ、目隠しが外される。バランタンの目の周りは真っ赤で、まるで泣いた後のようだった。
「痛かった?」
「痛かった」
 快感と熱が過ぎ去り冷静さを取り戻したバランタンはいつもの仏頂面で答えた。今となっては拷問器具で良い思いをしたなんて信じられない事だった。
「ごめんなさい。でも苦悶の梨で乱れたあなたはとても淫靡でいやらしかったから」
 そう言うとクロードはバランタンの尻から引き抜いた拷問器具に舌を這わせた。まるで瑞々しい果実でも味わうかのように。
「やめろ、汚い」
 バランタンの不浄の粘膜を擦りつけた銀のそれは淫らで汚れた輝きを増している。そんな物を旨そうに嘗め回すクロードは頭がおかしいのではないかと思う。
 しかし一方で己がクロードを穢しているような悪徳の快感が身体の奥底から沸き起こってもくる。もしクロードを犯すことがあったのならこんな気分になるのだろうか。
「汚くはありません」と、クロードがバランタンの唇を吸う。移される舌の味わいはいつもと変わらない。つまり淫らな味という事だ。「ね、汚くないわ」
「汚い」
 ここで従順に頷くのも己が廃るため、バランタンは眉を顰めて否定した。
「あなたがそうおっしゃるなら、そうなのね」
 クロードは鷹揚にそう言うと、疲弊しきって情けなく口を開けているバランタンの肉穴に指を差し入れた。今まで野太い金属の果実に穿たれていたそこはぽってりと充血し、ゆるみきっていた。それ故に細君の指の二本など異物の内にも入らない。
 だが差し込まれた指で中を拡げられれば話は別だ。弱り切っていた肉穴には覿面の行為で、バランタンの声が震える。
「んん……何だ今度は」
 ぐったりと卓に自身の重たい身体を横たえていたバランタンは、微かに腰を捩った。首を傾げて股間を見れば、中を検めていたクロードは安心したように笑んでいた。
「あなた随分暴れるから、お尻が壊れてしまったのかと思いました。けど大丈夫そうですのね」
 そしてそのまま無情にも指を引き抜かれる。クロードの手がバランタンの下衣にかかり……。
 バランタンは続いて訪れるであろう激甚な官能を予見する。拷問器具によって拡げられた肉穴は妻の怒張を喜んで飲み込むだろう。弄られ舐られ、最後には獣のように咆哮し、女の種汁を注ぎ込まれながら果てるのだ。
「ああ……もうやめてくれ……」
 悪徳の幻影に打ちひしがれたバランタンは頭を逸らして弱弱しく呟いた。
「まあ、何もしませんわ」
 予想に反してクロードはバランタンの下衣をするりと整えた。その表情には淫らさの気配はなく、いつも通りの静謐なそれに戻っていた。
「む、う……終わりか」
 反射的にやめるように言ってしまったが、いざ相手にそう打診されると名残惜しさを感じてしまう。というより、クロードと交われるのであれば続きは望む所であった。金属の梨で官能の終わりとしたくはなかった。
「あまりお疲れになるのはよくありません。病み上がりですもの」
 確かにいつもより疲れの溜まり具合が尋常ではないように思われたが、それよりも妻の温もりと快楽が恋しく愛おしいのだ。一度達したとはいえ、クロードでない金属の塊によって与えられた絶頂は奈落に落ちるのも早い。余韻の残るようなそれには程遠い。
「う……い、いい! 疲れていない、やめるな」
 歯を剥き出し、バランタンは唸った。バランタンの哀願は手負いの獣の威嚇にも似ていた。
「でも」
「つべこべ言うな、従えッ」
 バランタンはクロードの細い腕を掴むと、そのたおやかで手荒にすれば折れてしまいそうな身体を卓に押し倒した。
 きっちりと結っていたクロードの髪は卓の疵に絡まりほつれ、まるで狼にでも襲われているかのようだ。このまま青い血の透けて見える細い首を噛み千切ってやるのが自分の務めのようにバランタンには思えた。
 張りのある肌は最初こそバランタンの鋭い犬歯を拒むだろうが、すぐに抵抗を諦めて受け入れる。そうなってしまえば後は容易い。柔らかい肉は噛みついて首を振ってやればぷつぷつと軽快な音を立てて断裂する。噴き上がる血飛沫は芳醇で、バランタンの味覚と嗅覚を慰める。しかし首の後ろを支える筋群や神経は一噛みで食いちぎるのには強固すぎて、結局妻の頭は妙に白い筋一本で繋がっているという始末で……。
「あら……あら」
 そんな夫のそら恐ろしい夢想を知ってか知らずか、バランタンの巨躯の下から返って来る声は鷹揚で、怯えている風でも嫌がっている風でもなかった。それは夫の子供じみた暴虐に少し呆れているような声だ。
 クロードの困ったような微笑みはバランタンを焦燥で燻らせ昂らせるのに十分だった。
 バランタンはクロードの首筋に顔を埋め、噛みつくような接吻をする。そのまま皮膚を引き裂くように真紅のドレスを破る。そして柔らかな純白の下着までも。