超能力者がいっぱい - 3/6

 マナは自室にT4-2をぶちこむと、軽快に襖を閉める。
 六畳間のど真ん中で、T4-2は大仰な仕草で主張する。
「血縁関係がないのもさることながら、あなた方は、いいえ、内藤秀さん以外のお三方は超能力者ですね。違いますか?」
「違うけど」
 T4-2は目を細めるように双眸の光を絞ってマナに笑いかける。
「あなたは嘘をつくときは実に短く疾い返答をなさることにお気づきですか」
「黙れ」
 T4-2の喋り、身振り手振りがいやましに早く興奮したものになる。
「私は超能力というものに興味があるのです。何故念じただけで磁力を操ることができるのか、他人の心が読めるのか、粉微塵になった焼物を……」
「T4-2」
 マナがT4-2に一歩近づき、その雄弁な手に触れる。手を握られたT4-2が己の手とマナを交互に見比べてやっと少し大人しくなる。
「はい、何でしょうか」
「黙れと言ってるんだけど。耳壊れてるの?」
 T4-2の身体が一瞬煌めく。
 そしてマナの磁力が炸裂する。
 T4-2は呆気なく床に仰向けに倒れた。
「私の話を聞いていただけるのではないのですか」
 眼の光はちかちか瞬き、平坦な声色は困惑の色を含む。
「そんなわけないだろうが!」
「嘘をついたのですか」
「そうだよ」
 マナはT4-2の胴に片足を乗せる。
 軽々制圧されたT4-2は甘ったるい声で言う。
「しかし不思議と腹立たしさはありません。寧ろあなたに酷い扱いをされると快感さえ覚えます」
 変態冷蔵庫、と一言罵ってからマナは本題に入る。
「条件一つ追加。あたしやあたしの家族について詮索しないこと。あたし達の育ち、血の繋がり、超能力について、家族の前でも他人の前でも話題にしないこと」
「そうなると条件二つではありませんか」
 T4-2は両手をVサインの形にする。
「うるさい」
 マナの眼光が鋭くなり、T4-2にかかる力が強くなる。男はひとつ、嗚呼、と歓喜に震えた声を出す。
「特に兄の前では、あたし達が超能力者だとは言わないで。あんたでも、知らない方が幸せってものもあるとわかるでしょ」
「いいえ、僭越ながら私はこの世のすべてを探求したいと……今、わたし“達”とおっしゃいましたか? やはり……」
「わかったか、わからなかったのかだけ言って」
「わかりました」
 ならいい、とマナは少々磁力を弱める。
「そして条件と仰るのなら」T4-2が自身の胸に乗せられたマナの脚をうっとりと崇めるように撫でる。マナの背筋がぞわりと沸く。「まだ私にお付き合いいただけると考えてよろしいのですか」
「目的のためなら病人だろうが死人だろうが平気で使うくせに」
 まるで自分の意思で付き合っているかのように言って欲しくはない。
「そうした嫌いはあるかもしれません」
 マナは脱ぎ捨ててあった浴衣の帯を両手でピンと張る。それは威嚇にもならず、被虐趣味のT4-2を悦ばせるだけだ。
 T4-2は喉の奥で妖しく淫らな笑いをあげる。
「勘違いしないで。あたしは縛るのが好きなわけじゃないから。あんたの変なでかいいやらしい声、他の家族に聞かれたら困るからこうするだけ」
 マナは帯で小癪な微笑をぐるぐるに巻きつける。
「そんなことをなさっても……」唇を封じたところで、汎用亜人型自律特殊人形にとっては発声器官ではないので無意味なのだが。「そう、雰囲気ですね。それに、あなたの物で縛っていただけるなんて……」
「もうやめて、声を出さないで」
 機械的かつ肉感的で感極まったような、絶妙な声色はマナの性感を煽り立てる。
「出したらその場でバラバラの粗大ゴミにして不法投棄する」
 マナはT4-2をうつ伏せにひっくり返す。
「その気になればいつでも出来ることではありませんか」ですから何も、今でなくとも、とT4-2は畳に向かって最後の呟きを漏らした。
 マナはT4-2のサスペンダーを引きちぎるように外し、重たい腕を後ろ手に縛り付ける。溢れる喜悦の吐息。
「んん……あぁ」
「喋るなと言ったんじゃないよ、声を出すなと言ったの」
 拘束を極めてやると、硬く引き締まった身体がきつく反る。縛られる感覚だけでここまで身悶えるなんて、どういう設計をしたらそうなるのか。重大な脆弱性ではないか。
 拘束したのが悪党だとて、甘ったるい声をあげて情けを乞うのだろう。情けというのは、武士の情けの方ではなく、肉欲的な情けの方だ!
「うわっ、最悪」
 不可解な様子でマナを顧みるT4-2。
「あんた縛られたら誰彼構わず発情するんじゃないの」
 汎用亜人型自律特殊人形が肩を震わせる。笑いを堪えている様子だった。機械の身の上で息が詰まることなどないはずなのに、何故肩を震わせるのか。おかしくてたまらないとマナに示すためだろう。
「笑いごとじゃないけど。いやらしい声出されると、こういうことがしたくなるのよ、“悪い人”は」
 マナがT4-2の形の良い後頭部から寄り合わさった肩甲骨の間を指でなぞり下ろす。
 途端に笑いは止まり、何か言いたそうな熱っぽい音が漏れる。
「ほらね」
 マナは大きな背に覆いかぶさり、肩や腕、胸を愛撫する。服越しでもわかる、剛健で、滑らかな軀。角張った部分が多く硬いが、それもまた自分とは違って探究心というものが湧く。
 乱暴に襟を引っ張り後ろ首を軽く撫でれば、T1-0に搭乗する際に用いる端子が浮き出る。三つの受口は赤白黄色の三色で、T1-0に刻み付けられたロゴの色合いと一緒だなとマナは思う。
 端子と肌の際を舐め、息を吹きかけると、肩甲骨を浮き立たせてT4-2の軀が盛大に反る。声が出せたのならさぞ酷い声で鳴いていただろう。そう思うと、声を封じたのは少し惜しかったかなと思ってしまう。そこは実家暮らしの弱みである。
「あたしの首に欲情したのは、自分が感じやすいからなんじゃないの?」
 それに対する答えは勿論なく、T4-2は畳に重たそうな額を擦り付けて小さく震えるのみ。マナの腕力では及びもつかない屈強な大男がそうして軟弱な様を見せてくるのはとても好い。悪党のようなありきたりな高笑いがこみあげてくる。
 青いシャツにぴったりと収まる肩は人間とそう違わない見た目だが、触れればその外骨格の下には人より多い組成が走行しているように感じられた。肩幅は広いのにシャツの縫い目は誂えたように肩のカーヴに沿っている。実際特別に誂えたものなのかもしれない。だとしたら正真正銘の着道楽。鈍色の軀に細い採寸メジャーが錯綜し、彼が法悦に悶える様を想像すると劣情がとろ火で燻られるよう。
 なだらかに、しかし確かに張り出した胸の奥には生々しい肉色の内臓ではなく、マナには理解できない複雑な金属製の機関や銀色に光る神経叢が眠っているのだろう。いつか滅茶苦茶に搔きまわしてやりたい。
 そんな日は来ないだろうが、自由と平和がなされたその暁には、神経を一本ずつ勿体つけて切断しながら、心臓に代わる部位を引っこ抜いて目の前で接吻してやろう。それすらも、被虐趣味な変態保安官は悦び、そして果てるかもしれないが。
 胸の下で息づく腹は見事に六つに割れて、その横から腋下へ延びる外殻も鋸のようにぎざついた鋭い隆起を描いている。人間を模した柔軟な動きに最適なのがその形なのか、それとも魅せつけるためにそうした形なのか。マナにとっては後者の成分がとても多く感じられる。つまり性的な魅力を感じる。部品の際やら谷間に指を這わせると、T4-2も喘ぐ寸前のような声を出すこともその証拠のように思える。
 スラックスの金具を緩めてやりながら、ふっくら隆起した腰骨様の稜線を局所に向けて撫でれば、耐え続けていたのであろう機械仕掛の喘ぎ交じりの息が小刻みに漏れる。男らしい低い声が溶けた息はとても好い。
「ふっ、ぁ゛、は……ッ!」
 その軀はどの部位だって強く握れば快感に震え、触れるか触れないかで撫でてやれば生温い吐息を漏らす。
「声出さない。あんた敏感すぎる。そういう風に作られてるってこと? それって何のために。こういうことをするために生まれたようなものじゃないの」
 T4-2が喋らないせいか、妙に饒舌なマナ。謗れば謗る程に昂ってくる。T4-2が被虐趣味ならマナはさしずめ嗜虐趣味といったところだろう。癪だがこれがお喋り警官の言うところの“調和がとれている”というものなのかもしれない。
 つまり、お誂え向きの二人ということか。美徳と悪徳、良い人悪い人、保安官と小悪党、陽と陰、磁力と隕鉄。考えるほどに癪なのでその考えは捨て置く。
 マナの眼前の立派な肩甲骨は身動ぎの度に猛禽の翼のように優雅に蠢く。翼が生えていたならばそれは羽を部屋中に散らさんばかりにひどく狂喜乱舞していたことであろう。
 三角や菱形、直線で複雑な筋を作り出し、よく撓る背はまるで複合弓。引き絞られ力の溜まった背が絶頂に解放されるときの反動は凄みがあるはずだ。
 どっしりと肉感的な腰を掲げさせ、その尻の中心を人差し指で撫でおろす。そこには深い臀裂があり、人間同様の分厚い筋肉とそれを覆う柔らかな脂肪があるかのようだ。生身の人間と違って揉んで堪能することはできないが、軽く力を帯びた手で表面を撫でてやったり、変形しない程度に内向きに力をかけてやったりすると、その尻を尚も支配者に従順に捧げてくる。
 スラックスを下げると力強い両の太腿の半ばにはベルトが嵌められ——後に知ったがシャツガーターと言うらしい——そこから延びる留め金がシャツの裾に嚙みついている。下衣からシャツがはみ出さないように着ける実用的な服飾品なのだろうが、こと変態警官が装備していると甚だしくいやらしい。シャツの下端から臀部と大腿を縦断するベルトはマナの目と性感を焼く。
 そして何より理解に苦しむほど変態の度合いが高いのは、およそ下着というものを着用していない点である。
 機械の身には必要ないといえばまったくその通りではあるのだが、太腿に淫靡なベルトを巻きつける程の着道楽のくせに、シャツとスラックスの下が直接に合金の素肌なのはどういうことなのか。そういえば、初めて致したときも下着はつけていなかった気がする。
「下着つけてないなんて変態も変態でしょ」脱いだら即お淫ら発進! じゃないか。
 どこを切り取っても淫ら。本当にけしからん機械だ。美徳回路と倫理規定が本当に備わっているのか甚だ疑問。
 内股の付け根にある上蓋をなぞり、その開放を促せばそれは淫猥な濡れた音を開けて開く。これまで溜まりに溜まった性感の欲液が抑えを失いどっぷりと床に垂れる。
「うわあ、ひっど……」
 秘められた場所は物欲しげにひくつきながら潤滑液をしとどに垂らしていた。透明の粘度の高い液体は先程マナが放出した白濁と絡み、その残滓を追い出しにかかっているかのよう。
 ひどく穢れて、性臭がする。自分の精液のせいなのだが。
 マナは焦れた手つきでスカートを捲り上げ、下着をずり下げる。寝起きに解消したばかりの筈なのに、自身の肉欲は淫らに堕落した鉄屑にあてられ、股間の雄は痛いまでに勃っていた。
 以前T4-2が言ったように、自身の女寄りの身体には不釣り合いな悍ましい怒張。敵愾心の強そうな脈打つ隆起、片手では握りきれない太い竿、舌舐めずりするかのように垂涎する笠。T4-2以外には使ったことがないのに色事に通じていそうなその姿。
 自らの男の部分で機械人形の女の部分を嬲り抜く倒錯について考えると震えが奔る程に興奮してくる。
 マナは男の腰を引っ掴み己を突き込んだ。
「ぐっ……んん゛——ッ!?」
 流石に声を抑えきれず、T4-2が身体を強ばらせながら喘ぐ。
「うわっ、あ、きっつ……なんなの」
 声を出せない不自由さ故か、T4-2の締め付けは酷く苛烈。しかし射精を促してくるような内部の動きは控えめ。ただただ、マナ自身の与えてくる暴虐に耽溺するようなそれ。
「黙ってるときの方が感じてない? どう転んでも変態」
 締め付けだけで情けなく達してしまいそうだったが、相手を詰りながら腰を動かす。
 T4-2の拘束された腕がかち合い、広い肩が、大きな肩甲骨が究極まで寄せられる。シャツの背に寄る皺さえ苦悶と悦楽に満ちて淫ら。
 マナは腰を反らせて怒張の先端で内壁をぞりぞりとなぞって苛める。
「……ッ! あぁ……っ!?」
 怒張を突き入れ掻き回していたそこが、強く極まる。
 全身が不具合を起こしたかのように小刻みに震え、その後に弛緩し、臀部以外の部位がくたりと床に沈む。
 絶頂だろう。
「あー、悪い意味ですごい……今更だけど、女の絶頂だよ、それ。酷すぎる、身体は男にしか見えないのに」
 T4-2が頭を畳につけたまま横を向き、ぼうっと光の拡散した目をマナに向ける。快感の涙に濡れた目にも見えて、マナの腰の奥が悩ましくなり、より沸る。
 あの調子の良い言葉や声がなくても十二分に淫ら。
「カラダだけでもやらしい。ほんとに最悪」
 達したばかりでより敏感になっている女の器をマナは激しく暴行する。
「あたしじゃなくて、誰でもよかったんじゃないの。ちょっと捻くれた性格のサディストなら。あの機械公爵様だかいう奴でも……」
 当然答えはない。自分で命じたことだが、マナは舌打ちする。
 息も絶え絶えの汎用亜人型自律特殊人形は濁った吐息を漏らしながら揺さぶられるのみ。しかしその泣き濡れた内部は嗚咽を漏らすように痙攣しながらマナに吸い付き媚びまくる。
 マナは拘束を掴み手綱のように荒々しく後ろに引き、一気呵成と律動する。太棹で中を擦り潰しながら再び頂に押し上げんと引導を渡してやる。
 マナは怒張を奥へ突きつけ、本日二発目の新鮮で怒りに満ちた欲望を大量に放った。中を埋め尽くした躾汁は接合部を伝って濃い鈍色の肌を穢す。
「んっ、ぉ゛……ッ——!」
 男は喉の頂を反らし、回路の飛んだような狂った音を出して再び果てた。

 T4-2は腰を掲げたまま過ぎたる絶頂の余韻に微かに身を悶えさせ、はぁっ、はぁっ、と細い息を断続的に吐いている。マナが手酷く犯してやった女の箇所からは、雄の欲望がどろりと垂れ落ちる。それさえも快感なのか、T4-2は地に額を擦り付けて淫らな吐息を漏らした。
「朝の一仕事が済んだらお腹すいたわ」
 新たな同居人への教育的指導を終えたマナは、激しい行為の残り香を追い出すために窓を全開にすると、使い潰した鉄屑を打ち捨てたまま部屋を後にした。
 マナが冷めた朝食を貪るように食べ終わった頃、T4-2はやっと身支度を整えて鷹揚に現れた。その雰囲気や姿に、マナに性的に苛め抜かれた気配はない。
「丁くん遅かったね」随分派手に怒られたんだね? とアキがT4-2の皺くちゃのシャツや伸び切ったサスペンダーを憐れみの滲む目で見る。
「情緒です」と、朗らかに短く答えるT4-2。「マナさんに改善するよう仰せつかっております」
「やめて、黙って、やめて」
 マナはT4-2の芯の通った襟をぐしゃぐしゃにしながら詰め寄る。
 秀もそれに便乗してT4-2を責めにかかる。
「てめぇは余計なことを言いすぎるんだよなあ。自分に何が足りないかわかるか、あぁ?」
「嫉妬と献身」T4-2は二本指を胸に当てる。「違いますか?」
 明らかに違う。
「沈黙と慎み」
 マナの言葉に、T4-2が「なるほど!」と言って手を打った。
「ところで、皆さんの本日のご予定を伺ってもよろしいですか」
 本当に沈黙も慎みもあったものではない。
 アキは遅番で昼から仕事。薫は趣味のための買い物で新宿まで。秀は道場で近所の子供達へ剣道の指導の後町内会の集まりに出席。それが今日の内藤家の面々の予定だった。
 それを聞いたT4-2は、なるほど、ありがとうございます、とだけ言い、その眼差しを新聞で身体の半分を覆い隠すマナに向ける。
「あのねえ、たぶんお姉ちゃんの予定を聞きたいんだよ。アタシ達の予定なんてどーでもいーんだってば」
 新聞の中に顔を突っ込んできたアキに耳打ちされても、マナはスポーツ欄に目を向けたままそっけなく言う。
「忙しいけど」
「暇だって」アキはそう言って新聞からぴょこんと顔を出す。
「奇遇ですね、私も予定はありません」
「夕飯を作る当番なんだけど」
 マナが新聞から少しだけ顔を出すと、思ったより近くにある微笑。
「そんなに遅くまでお引き止めはしませんし、夕食の支度なら、微力ながら私もお手伝いいたします」
 有無を言わさぬ機械の張りのある声と乗り出してくる身体の圧力。数日前にもこんなことがあった。マナは新聞により身を埋めてあのときを思い起こす。良くも悪くも肌が粟立った。