超能力者がいっぱい - 6/6

 荒々しい交わりの後の、余裕のある甘ったるい交歓は非常に好かった。互いの身体をゆっくり検め、接吻し、ときに甘言すら吐き、まるで恋人同士のようですらあった。
 マナは満たされ、圧迫感ある家具の聳える天井をぼうっと見ながら、傍らの金属の塊を撫でる。
 情緒というものを実践中らしい汎用亜人型自律特殊人形は殊勝に神妙にしているが、時折何か言いたげに身動ぎする。
「喋らないのも不審なもんだわ。何か言って」
 顔を横に向けてT4-2を見遣れば、その双眸は待ってましたとばかりにちかちか瞬く。
「先程あなたは、心の底まで鉄屑か、と仰いましたね。私に心はないのですが、心臓に代わる物ならばあります。そしてそれは星屑なのです。ご覧になりますか?」
 T4-2の二本指がその胸を指す。
「見たい」マナは起き上がり、頷く。
 機械の軀が畏まって正座しマナに向き直る。
 がっちりした胸の上下を挟むように位置している箍状の部品が弾けるように解放され、胸部が両開きに開く。
 その内部の精工さに驚くよりも、マナはまず大声で笑った。
 開いた扉状の胸部外骨格の内側に貼り付けられた「Maximaaa!」のロゴステッカーを見て、誰が真剣でいられようか。白抜き文字に赤黄で破裂するように縁取られた文字は、どんな高級なものでも玩具のように見せてくれる。
 マナが眼前で不躾に笑ってもT4-2は気分を害すでもなく、子供のように笑い転げる彼女に穏やかな光を注ぐ。
「あなたもそんな風に笑うのですね。あまり趣味が良いとは思えなくて、この意匠が好きではなかったのですが、少し気に入りました」
 しかしいかに子供っぽく不躾なマナでも、目の端に機械仕掛の秘めたる内部が飛び込めば、途端に笑いも引っ込む。
 その内部は複雑で精緻で細やかで、およそ無駄というものがなく大層美しかった。
 幾重にも織り込まれた白銀の神経叢やら黒鉄の内蔵機関を器用な機械仕掛の指が無造作に掻き分ける。
「私の核です。無限の動力源、隕鉄そのもの」
 マナの握り拳大の、人間の手の入っていなさそうな無加工の石の塊。地球に引き寄せられ、大地に飛び込んだ武骨な星の欠片。ごつごつとして、フジツボのような痘痕が浮いて、てらてらと輝き、未加工で整えられていないが故に、彼の部品の中では最も人間の生身の臓器に似ていた。
「私を粗大ゴミにしたいときには、ここを一思いに捻り潰すのが一番手っ取り早いでしょう」
「触ってもいい?」
「どうぞ」
 予告し、相手も承諾したというのに、指で触れると機械の軀は幽かに震えた。人間の拍動ほどではないが、心臓部はマナの手の内でゆったりと脈づいている。悍ましく、しかし愛おしい。
「生きてる!」触れた掌から全身を貫くような磁力が迸り、雷にでも撃たれたような衝撃だった。
「生きてはいません」とはいえ死んでもいませんが、と鋼鉄の人造物。
 よく見ると、心臓から延びる大小いくつかの神経配線と配管は急ごしらえのように不格好に付着して、どこをとっても無駄のない汎用亜人型自律特殊人形にしては野暮ったかった。
「変な風にくっついてるよ」
「溶けて癒着してしまいました」
「治したら」
 それとも自分で治せない程の損傷なのだろうか。
「あなたに初めてお逢いした際の感激によるものですので、敢えて直しておりません」
 そう言えば、部品を引き絞るような不思議な音を出していたなと思い起こす。女を見ただけで不具合を起こすような脆弱性が心配だ。しかし精密機械にしては個性的でもある。
「つまり、これがあんたの心ね」
「遥か昔はエジプトの古来より、心は心臓に宿ると考えられていましたが、私においてはここは単なる心臓部であって、心ではありませんよ」
「あたしはこれを心だと思うからね、それがすべてでしょ。これからは、心から、とか、心外、とかいう言葉使っていいからね」
「大変嬉しく思い……」T4-2はふと思いついたように言い直す。「嬉しいです」
 自由と平和がなされたならば、目の前の機械を勿体つけて甚振り壊しながら心臓部に接吻してやろうなどと考えていたが、心臓は彼の方から皿に載せて差し出され、この瞬間はまごうかたなく極めて自由で平和であった。
「あんたの心臓にキスするからね、T4-2」
 拒否などされないと分かっている。
 マナはT4-2の指で掻き分けられた白銀の波の狭間に顔を埋め、星屑に唇を近づけ、優しく触れさせた。
「嗚呼」
 致命的な臓器を掌握された鋼鉄の男はうち震えていた。
 肉体の快楽にではなく、本来の意味での法悦に。
 星の心臓もまたか弱く悶えて、それが男の吐息と連動していると分かった。情交の度の上気する喘ぎと身を震わす息遣いは、胸の内で輝く堕ちた星のせいだったのだ。
「光学兵器で心臓にあなたの名前と今日の日付を刻みます」
「それはいかれてるわ」
「では半分に断ち割って片割れをあなたに差し上げますね」
「大事な動力源なんでしょ」
「無限は半分にしてもまた無限です」
「いらない。とっときなよ、錫の兵隊さん、綺麗なままで」
 その時が来たら、もっと悪くて良い人にあげるために。彼にはもっと、ショウウィンドウの中から出てきたような花嫁——純白の美しい、“夏の誘惑”っぽい何かが相応しいはずだ。マナはT4-2の胸をそっと閉じてやった。
「あなたの方が千倍も万倍も綺麗です……何を言っても足りませんね、あなたには。口が上手いと言われるだけです」
 言葉の代わりに、T4-2はマナを壊れ物のように大事そうに抱いて撫でさする。
 マナを美しいとか綺麗とか完全無欠とか宣うのはこの日本、地球、銀河、宇宙、この世広しといえどもT4-2くらいなものだろう。
「あのねえ、あたしのことをそういう風に言うのは、あんただけなの。感覚がどうかしてるの、狂ってるの。精密機械じゃなくて粗雑機械よ」
 T4-2の動きがふと止まる。真摯な瞳がマナを見る。
「何故泣いていらっしゃるのですか」
 金属の指がマナの頬をなぞり、涙を掬う。
 大粒の涙を零しながら、マナはぼうっとした表情でT4-2を見ながら頭を振った。
「わからない」
 嘘だった。大体の理由はわかる。
 身も心も籠絡されたスターストラックのだ、この男に。心を奪われ、堕とされ、支配されたのだ。
「そうですか」T4-2はマナを横たえさせ、この世のすべてから覆い隠すように抱きしめる。「もしわかったら、そのときは教えてくださいますか。気になりますので」
 妙にしつこいこの男のことだ、気になるのではなく、知らないと気が済まない、の間違いではないか。
 だが執拗に求められるのもまた好い。
 だらりと垂れ下がっていたマナの腕がT4-2の広い背に回る。
 自分自身の物ですらなかったこの身は、内藤丁の物になった。追われているとしても、もはや焦燥感に苛まれる必要はない。既に機械仕掛の保安官にしかと虜にされて……いや、保護されている。
 ただ抱きしめ合うだけの悦びと安寧を感じながらも、マナは答える。
「絶対嫌。未来永劫嫌」
 それは残念です、とT4-2は零し、その後はマナを慈しむような、饗応するような、非常に甘やかしたような愛撫が再会された。
「少し期待もしていました。今日のところは何も起こらなかったらと。そうしたら、あなたとただの……」デートとでも言ってマナに嫌がられるのを察してか、T4-2は少々言い淀む。「散策ができたでしょう」
「次は何も起こらないといいけど」
 深い意味もなく軽く返した言葉だったが、T4-2は次……次……と何度か重たく呟く。怖い男だ。
 T4-2が恐る恐るといった様子で口を開く。有無を言わさず“次”の予定を入れてくるかと思ったが、マナの当ては外れた。
「私は贅沢かもしれません。あなたの助力を得た上で、それだけに飽き足らず、あなたの心さえも求めてしまうのですから」
 本当に口八丁な機械、とマナは思う。
 自分に心があったとしたら、もう投げ捨ててくれてやったようなものだ。縊死がどうの、首飾りがどうのと言われたときに。それとももしかしたら、腕を掴まれ、その声を聞いた瞬間からかも。
「あげない」
 間髪入れずのマナの短い答えに、T4-2はゆっくり目を細め、喉の奥でくつくつ言うような、あの特有の淫らな笑いを漏らす。
「私のことがお嫌いですか」
「大嫌い」
「では、あとは好かれるだけですね」
「どうかしてる」
「お慕いしておりますよ、内藤マナさん、私の悪徳」
 窓から差し込む傾いた陽光は燃えるように赤い。炎を背にしたようなT4-2はまるで、落日の化身であった。
 あの夢のようで、ひどく落ち着く。
 倦怠感が身も心も支配して、元より理解しがたい男の言葉はマナの耳をただ途切れ途切れに通り過ぎる。
「あなたにおよそ人の名前らしき物をいただいてから……名を呼ばれてから……私は群を抜いて……スターストライカー……ずっと一緒に……限りない一生をかけてあなたを……」
 言葉などいらない。何の担保にもなるものか。
 マナはT4-2の手を取り、唇を奪った。彼の唇は発声器官ではないはずなのに、言葉は接吻に飲み込まれる。
 甘言を吐く機械の指が肌に焼き付いた首飾りを撫でて……あとはただ、互いに微睡に似た安寧の時を過ごすのみだった。

 そしてマナはその後帰ってきた秀と薫によって、夕飯を作っていないことを滅茶苦茶責められてまた泣いた。

THE END of After you get what you want