嫉妬と献身 A - 2/5

「話をするなら五百円、写真を撮るなら千円」
 はい、と目の前の親子連れに手を出すマナ。
「子供からお金を取るなんて、悪い人ですね」T4-2は閨房とはうってかわって平坦で穏やかな合成音声でマナを嗜め、椅子から降りると子供に視線を合わせて優しく問う。「何をお聞きになりたいのですか」
 子供は日本で最初のロボット警官に問う。ロボットに心ってあるの? 心ってなに。
「心とは、人それぞれ程度と定義が違う物かと思われます。ですので、あなたが仰るところの心がロボットにあるのかどうかは、はっきりとお答えはできかねます。しかし、この回答ではご満足いただけない」T4-2はちらとマナを見る。「違いますか?」
 こっち見んな、とマナは細められた双眸から視線を外す。
「私が個人的に心だと思うのは、鮮烈な情念と激烈な行動……つまり」
 T4-2は立ち上がり、Vの字を描いた二本の指で己の胸を突く。
「嫉妬と献身」
 人目も憚からず閨房で出すような恍惚とした音声を漏らす汎用亜人型自律特殊人形。
「高性能過ぎて、意味の分からない事ばっかり言うのよこの人」あまり褒められたジェスチャーではないが、マナは自身の頭の横で指をくるくる回す。「正解を言うと、『“彼に心はある”とあたしは“思う”』。じゃ、次はお金持ってきてね」
 マナが半ば無理矢理話を打ち切る。そして、哲学的ですねェ〜、と頬に手をやり感嘆の声を漏らすT4-2の肩を掴んで無理矢理椅子に押し込めた。重量級の目方に椅子が軋む。
 会話の邪魔にならない程度の穏やかなクラシック。名も知らぬ観葉植物。卓の横の吹き抜けから見下ろせる百貨店のグランドフロア。どこかから燻る煙草の紫炎。卓の上にはポットが一つ、白磁のティーカップは二つ。一つは最初から紅茶の注がれた様子もなく、もう一つは冷めきっている。
「いつになったら、あんたの人気は落ち目になるのかな」
 マナは切長の目をじっとりと湿っぽくさせ、T4-2を睨みつける。
「あと四十五日です。人の噂は七十五日らしいですから」
「いや、そもそもあんたが……」鳴り物入りでやってきたロボット警官で、あまつさえ「私がパイロットでーす♡」などと言ったせいなのだが。
 昨夜の情事の後、T4-2はマナにこう申し出た。
 私達はお互いの肉体的な事以外をよく知りません。情緒的な繋がりも多分に必要です。話をしましょう。二人きりで。お伝えしたい事もあります。明日、いえ、もう今日ですね、あなたの終業後にお迎えに参ります。
 そんな有無を言わさぬ機械的な口調でマナを誘い出したくせに、仕事が長引いた挙句に道に迷ったとかで待ちぼうけをくらうし、来たら来たでT4-2は来る者拒まず、物珍しさに近づいてくる者の接待を始める始末。喫茶店に着くまでの間にも、何度も勝手に写真を撮られたり引き止められたりしたものだった。
 そういうわけで、マナはT4-2に群がる者から金をむしり取る事にしたのだ。自分の時間を買い戻すために。
「時間の無駄だったわ」待たされた段階で帰るべきだった。
 マナは不躾に椅子を引き摺り立ち上がる。その手を目にも止まらぬ瞬発力で掴むT4-2。
「お茶代置いてけとでも?」
 首だけで振り返るマナ。
「支払いの事はご心配なさらず」
「当たり前だろうが! あんたが“どうか”と頼むから来てやったんでしょ」
「どうか落ち着いてください。お掛けになって、メニューをよくご覧になって」
 T4-2は椅子を引き、マナを座らせると臙脂色の分厚いメニューを開き捧げるように恭しく差し出す。
「ケーキにパフェ、アイスクリーム、色々ありますよ」
 この一月ほどにして、彼はマナを引き止める術を会得していた。すなわち、胃袋を掴む事。
「ビーフカレー」
 マナはT4-2が開いたデザートのページを軽食の方へめくり直し、一言。この店で一番高級な食べ物である。
 T4-2が品よく片手を低く挙げる。そんな事をしなくても、常に衆目を集める彼ならば視線の一つで女給が飛んで来るのだが。
 注文を終えたT4-2がマナに目と身体を向け会話を仕切り直そうとした時、女の二人組が卓にやって来てロボット警官に写真をねだる。
「話をするなら五百円、写真を撮るなら千円」
 マナが横目でそう言えども、女達もめげず、じゃあお姉さんが撮ってください、とマナに撮影準備済みのカメラを渡してくる。仕方なく適当に一枚。もっと適当に一枚。
「はい、お金。二人だから二千円。本当は二枚撮ったから四千円なんだけど、まけておいてあげるからね」
 身なりのいい女学生風だから金は持っているだろう。マナは恥も矜持もなく手を差し出す。
 その手をT4-2がしっとりと握り「いいえ、お代は結構ですよ。おそらく私、瞬きしてしまったので」
 ミーハー二人は礼もそこそこに、瞬きだってー、面白いー、と宣いながら自分達の席に戻って行った。その卓の上にはアフタヌーンティーセット。顕著な金持ちである。
 マナとしては面白くなさすぎて、今すぐにでも席を立ってやりたいが、カレーを頼んだ今、その選択肢は封じられている。T4-2は飲食をしない。ならば自分が食べなければ食べ物への冒涜というものだ。
「瞬き?」マナは機械の目を冷たく見る。「何?」そして眉を顰める。「誰が?」首を傾げる。「調子いいのねぇ」そして機械の手を振り払う。
 確かにT4-2は双眸の明滅で瞬き様の表現はするが、その瞬間が写真に残ったからといってなんだと言うのか。
「調子がいいのは隅々まで整備が行き届いているからです」
 夜毎の閨事に備えて、と目はマナに向けたまま紙ナプキンに書きつける精密機械。見もしないのに精緻な筆致は崩れもせず、最初からマナの方へ向いている。
「回路引っこ抜いてやろうか」
 T4-2はわざとらしく、あははあはあ、と笑いを声に出す。
「あなたは時折子供っぽい所がありますね」
「あんただって……いや、そもそもあんたは幾つなのよ」
「幾つと言われると難しいのですが」
 T4-2は片手を広げてマナに向ける。
「私は実働して五年になります」
「五歳かあ。なら、やたら電車に乗りたがるのも納得」
 マナは卓に頬杖をつき、口の端だけ上げて笑う。
「五歳と五年は違いますよ。明確に」
「あたしは歳上が好き」
 T4-2を口撃するマナの極上の笑顔に、機械は益々愛おしそうに言い募る。
「そういう所が子供っぽいのです。これは褒め言葉です」
 その時唐突に光るフラッシュ。軽やかなシャッター音。
「今、写真撮ったね。千円」
 なかなかいいレンズのついたカメラを持つ男だった。ラフなシャツに爽やかな顔貌は人の懐に入り込んでくるような気安さがある。
「後で焼き増して渡しますよ。二人とも寛いで砕けた感じでとてもいい写真になってると思うんで」
 素直にマナに金を渡しながら男は言う。
「あたしも撮ったの?」マナは盛大に眉を顰める。「最悪」
 とりあえず磁力でカメラを壊してやろう、と卓の上に置かれた隕鉄の手を握ろうとするマナ。が、T4-2はさっと手を引き、それをカメラ男に向ける。
「あなたは帝都日報の記者の方ですね。上野公園にもいらっしゃったでしょう。私はあなたが記者の腕章を着けていたのを覚えています」
 こういう時便利な記憶力だな、とマナは珍しくT4-2に感心する。
「写真、新聞に載せるならもう千円ね」
 マナは受け取った二枚の札を卓の上の灰皿の下に挟んだ。とはいえ、これが最初の収入だ。これまでなんだかんだ理由をつけてT4-2が金を受け取らなかったから。
「話をするなら千円」
「五百円じゃ?」
「記事にするんでしょ」マナはVサインを作って目の前で振った。「商用利用はダブル。あと名刺を寄越しな」
 記者の男は、汎用亜人型自律特殊人形を見て、この女何とかして、という顔をするが、機械はアルカイックスマイルの張り付いた涼しい顔でこう言う。
「取材費はいただかないと。それは正当な権利かと思われます」
 正当な権利と言ったのが悪かったのか、細かいところまで条件をつけなかったマナが悪かったのか——たぶんその両方!——記者は図々しくも二人の卓につき、コーヒーと煙草を喫みながら一時間近くT4-2と話し込んで行った。
 たったの千円で。
 カレーを食べ終わり、追加で勝手に注文したケーキまで平らげたマナは記者の名刺を曲げたり広げたりしながら言う。
「つまんない」
「私と話ができないからですか」
 T4-2がゆったりと椅子に座り直し、淑女のように上品に脚を揃える。そしてボタンを外したブレザーの前合わせを整えながらマナを見つめる。
「三千円じゃお茶代にもならないからですけど」
 マナはその眼前に伝票を突きつける。合計金額は書いていないが、品名を見れば足が出る事は火を見るよりも明らか。
「なるほど。確かにそうですね」
 T4-2は伝票を見て目を瞬かせる。
「持ち合わせが足りません」
「今なんて」
「持ち合わせが足りません」
 まったく同じ調子で繰り返すT4-2。
「だから、今なんてって言うのは……」聞こえなかったからもう一度言えという意味ではない。
「重要な事ですので二度申し上げたまでです」
 悪いと思っているのかいないのか、二本指を立てるT4-2。おそらくバツの悪さなど微塵も感じてはいないだろう。
「最悪。いい服着てるし金持ちかと思ったのに」
「最初から言っています。私はお金持ちではありませんと」お給金に服装手当がつかないか思わず尋ねて怒られるくらいに! とT4-2。
「じゃあ身体で稼いできて」
 写真を撮らせるなり、話をして金をむしり取ってこいという意味だ。決していかがわしい意味では……いや、どちらにしろいかがわしいか。
「あなたは本当に悪い人ですね」
 T4-2は席を立つとブレザーのボタンを留めて外套と帽子を手に取る。
「食い逃げ?」
「違います。あなたのお兄様にお金を借りに行きます」
「滅茶苦茶怒られると思うよ」
「あなたなら、叱責よりは犯罪を選ぶのでしょうが、私はその逆です」
 マナは、あっそ、と言ってT4-2を見送る。脚は速いが行動は遅い。どうせ誰かに呼び止められたり道に迷ったりで暫く帰って来ないのだろう。
 吹き抜けのガラス柵から顔を乗り出せば、グランドフロアを足速に通り過ぎてゆく小さなT4-2が見える。容貌魁偉で一際洒脱な風采と、すれ違う人々が彼に注目するお陰で、どれが彼なのかすぐわかる。地上五階の喫茶店を見上げて白い手を上げるT4-2を見下ろして「早く戻って来ないと食い逃げするからね」流石に聞こえないだろうと思いながらも、マナはごくごく小さく呟いた。
 その時傍らから「おい!」と鋭い呼びかけ。
「はいはい、話をするなら五百円、写真撮るなら千円ね」
 マナは声の方も見ずに手を出す。
「てめぇ、いつからそんなお高い女になったんだよ、ええ、内藤マナ!」
 肩をぐいっと掴まれ、無理矢理振り向かされる。
「えっ」マナはやっと卓の前に仁王立ちする男を見て、自分を指差す。「あたし」
「てめぇ以外に誰がいるってんだよ」
 長めの黒髪を整髪剤で後ろに撫で付けた男。眉はなく、鷲鼻で、陰険そうな目は落ち窪み、唇は薄く酷薄な印象を与える。痩身を覆うのは、陽の光の下で生活している者とは思えないような、妙に艶やかな光沢あるスーツ。ともすれば下品ともとれるような色合わせ。ネクタイは白。マフィアか? 結婚式の帰りなのか? そして襟元には蟲の形のブローチ。
 容貌を覚える気力にも能力にも欠けるマナでさえ、並を逸脱した洒落者の事は一目見れば忘れない。
 この眉なし鷲鼻の男は置菱製作所襲撃の前日に酒場でたまたま近くの席に座っていた男だ。仲間らしき者達と墨田工場に隕鉄がある事と、それを盗む計画について話していた。それを聞いて、マナは衝動的に隕鉄を盗み出したというわけだった。
 こうした理由でマナは確かに男を覚えていたが、相手がマナの素性を知っているのはどうしてだろうか。
「よくも置菱製作所の隕鉄掠め取ってくれたなぁ。とっとと返してもらおうか」
 男の骨ばった手がマナを逃さんと手首を掴む。
「知らないけど」
「なわけねぇだろうがぁ! 調べはついてんだよ。あの日、墨田工場で隕鉄を盗みやがったろう」
「ないです」
 マナは怯む事なく短く答える。
「あぁ?」
「隕鉄はもう持ってないんだってば。だから離して」
 男は舌打ちするとマナの手首を引き、無理矢理彼女を立たせる。身体が触れ合いそうなまでに近づくと、そのスーツから煙草の香りが匂い立つ。同じ店内のどこかで、煙草を燻らしながらロボット警官が立ち去るのを虎視眈々と狙っていたのだろう。
「しらばっくれてんじゃねぇよ。まあいい、取り敢えず一緒に来い。ボスが待ってる」
 手首を握る力が一層強くなる。腕力ではない、何か強い気配がマナの肌を粟立たせる。男の襟元のブローチがギラギラ光る。
 超能力者だ。
 隕鉄泥棒、マフィアっぽいネクタイの男、ボス、超能力……状況が理解に追いつかないマナは咄嗟に聞き返す。
「誰が待ってるって?」
「お待たせしました」
 その時、T4-2が呑気に戻って来る。男は、早すぎる、と呟きマナの手を離す。彼女を急きたてる大いなる力の気配がふと消えた。
「この人が壊しました」
 マナは良い所に登場したロボット警官を真っ直ぐ指差す。
「置菱氏の車の事でしょうか」「隕……」「私です」
 T4-2はマナの言葉を待たずに即座に肯首する。
「なんでマッポとつるんでやがるんだよ」
「こちらの方はお知り合いですか?」
 猛禽のように鋭い目と、一見穏やかそうな目がマナを睥睨する。
「知らない」同時に両方への返事をこなす一言。「じゃ、あとはお洒落番長どうし話をつけて。あたしは関係ない」
 マナは脱兎の如く走り出して喫茶店を出ると、同フロアの紳士服売り場を抜けて近くのエスカレーターを跳ぶように駆け降りる。
「待ちやがれ!」
 男の怒声がマナの背後から響くや否や、エスカレーターの降り口にまさにその男が瞬時に立ち現れる。彼の手の中の拳銃はマナ……の背後、彼女を追いかけ、エスカレーターに乗ろうとするT4-2を狙っている。
「やだうっそ」
 瞬間移動か、そんなのずるい!
 発砲音と同時に、マナは全身から磁力を揮発させて己のすぐ横を掠め通る銃弾の軌道を僅かにずらす。弾丸はエスカレーター横に吊り下げられた広告板の美人画の額に歪んで埋まった。
 強烈な力の行使のせいで、ひどい頭痛がする。銃弾などT4-2には蚊に刺された程度にも効きやしないのだから、放っておけばよかったと後悔する。
 目眩を伴う頭痛と駆けた勢い余って再会を喜ぶ恋人か何かのように男の胸に飛び込みかけるマナの身体に、T4-2のワイヤーが絡む。
「悪い人ですね。私の事まで知らないと仰るのですか」
 素早く階上に引き上げられ、硬い腕に背後から柔らかく抱きしめられる。耳元に響く機械の声。いい意味で肌が粟立つ。
「まずい、あいつ」隕鉄を狙っているとか、自分を連れて行こうとしているとか、こんがらがった情報をマナが伝える前に、背後のT4-2の指が彼女の唇をやんわり塞ぐ。柔らかな手袋の肌触り。場違いな官能的な感覚を覚えてしまう。
 景色を刹那歪ませて、再び目の前に影のように現れる男。
「あなたは超能力者ですね」T4-2は男の持つ拳銃を掴み素手で捻り潰すと、羽虫でも追い払うかのように男を軽く振り払う。「違いますか?」
 超能力者は紳士服売り場の全身鏡に強か身体を打ち付け倒れ、動かなくなった。鏡が蜘蛛の巣のようにひび割れ、T4-2は溜息をつく。
「鏡を壊してしまいました」
 客と店員が一連の騒ぎに驚きと恐怖を抱き、身動ぎ一つせずこちらを見ている。
 T4-2は優雅に非常口への誘導灯を指差す。
「どうぞ、お逃げください。本日は閉店です」
 ロボット警官の落ち着き払った声と対照的に、人間達は我先にと逃げ始める。
 T4-2の柔らかな拘束から解放されたマナは、倒れ伏す男を顎でしゃくって言う。
「こいつどうするの」
「逮捕以外にないでしょう。衆人環視の中、ここまでの騒ぎを起こしたのです。あなたへの暴行、拳銃所持、発砲」
 T4-2は指折り数える。
「スリーアウトね」
 しかし、逮捕されるのもそれはそれで困る。マナが隕鉄を故意に盗んだと余計なお喋りをするに違いない。そうなったらマナは一発アウトだろう。
 面倒だし、吸血鬼の時の様に逃げてもらおうか。T4-2には敵わないと身を持ってわかっただろうし、二度は来ないだろう。
 マナはT4-2に事情を説明しようと、頭を整理しながら重い口を開く。
「こいつら……」
 T4-2が己の唇に人差し指を当てて沈黙のジェスチャーをする。もう片方の手は自身の目と耳を指し示す。
 どういう意味か分からず、マナは眉を顰めてから続ける。T4-2が困ったように肩を竦めて眼光を細める。
「酒場で置菱製作所の墨田工場で盗みをしようって話してて……」
「あなたはそれを運悪く聞いてしまった」と、素早く被せるようにT4-2が言う。彼は懐から手帳を取り出すと、目を落とす事なく何かを書きつける。
「運は良かった方だと思うけど。だってお陰で……」自分の職場に隕鉄があると分かって、簡単に盗む事ができたのだから。
「お陰で、計画をあなたに聞かれたと知ったあの男は、あなたの口を封じようとした」再びマナの言葉を遮るT4-2。「違いますか?」そして、開いた手帳を胸の前に掲げる。
 “私に録音録画された今日の記録映像は、警察に提出される事になるでしょう。ここまで騒ぎになってしまってはそうする以外にありません。言葉と行動にはどうかお気をつけて”
 手帳にはそう書かれていた。
「はあっ!? なんっ……、あっ、口封じ、そうね、そうかも……そうです。あなたがいてくれて本当によかった。ありがとう、内藤丁くん」
 言葉尻に行くにつれ饒舌に白々しく、そして棒読みになるマナ。
「ところで今気づきましたが、あなた」T4-2の口調が珍しく早巻きだ。「こいつ“ら”、と仰った?」
 その時、りん、とエレベーターの到着音が一つ鳴る。マナは震える。超能力の妙なる気配。
 扉が開くと同時にマナは唐突にその場で嘔吐し地に臥した。胃のひっくり返るような不快感。脂汗が額に浮き、身体の末端は冷たい。視界がぐるぐる周り、立っていられない。
 T4-2の手がマナの背に案ずる様に置かれた感触があるが、そんなものはなんの慰めにもならず、マナは荒い息を吐きながら意識を失った。