嫉妬と献身 B - 7/7

「ですが、淫楽を貪るのを我慢できないのならば、どうぞお好きに。一心不乱に浅ましく腰を振ってくださっても構いませんよ」
 爛々と赫く眼光が挑発するように左右非対称に細められる。瞳の印象につられて、変わらぬ微笑さえもマナを焚きつけるよう。
「ああ、この……ほんとに、ちょっと黙ってて!」
 マナはT4-2の胸に手をつき、腰を短兵急に動かす。
 金属の膣は溺れそうな程に濡れて、どんなに乱暴に抜き差ししても性器同士の触れ合いは円滑。
 溢れんばかりの愛液が立てる穢れて淫猥な水音。
 結合部から鈍色の尻を伝って寝台に垂れる、泡立った汁。
 真上から激烈に打ち下ろすような突き入れは、まるで獣の交尾。
「はっ、はふッ、ぉ、ふッ、ん、おっ、そこっ、当たってますっ! 反動でッ、密着させて、あああ! そこですッ」
 T4-2の興奮した犬のように浅ましい息。
「うるさっ、黙れっていう意味っ、わかんないの……!?」
 呼応する様にマナの吐息も荒くなる。
「もっとっ、体重をかけて、奥……奥をぉ……っ、打ちのめしてください……!」
「あぁ、黙れ、やってるだろうが……!」
 マナはギュッと目を瞑り、荒い息を吐きながら腰を振る。奥の生優しさとは正反対に、浅層では濃縮された締め付けが竿を苛み甚振る。
 怒張を引き抜こうとすれば男の腰は寝台に沈められ、突き入れようとすれば迎え入れるように持ち上がってくる。お蔭で振れ幅が最大限になり、往復させる度に腰から脳天まで突き抜けるほど心地よい。
 マナを悦ばせるためなのか、己の快感を追い求める事に忠実な軀なのか、おそらくその両方だろう。
「奥っ、突き崩して……ふぅ、っん、こじ開けて、調伏してッ、私を……ぉ、あなたの物にして、はぁっ、あぁ……味を覚えさせて、ください……ぃ」
 肉の楔を急所に打ち込む度に揺れる男の甘ったるい声。
 縋る様にシーツを力任せに掴み、くしゃくしゃにする機械仕掛の指。
 女の腰を逃がさないように絡みつく重たい脚。
 マナの先端に喰らい付く貪欲な膣底。
 そして……。
「嗚呼……ッ、先、入って……はっ、あ゛ああぁー……!」
「なにこれっ、うそでしょ、うそぉ……!?」
 敏感な肉楔の先端が、同じく敏感な器の壺口に密着し、嵌まり込む。
「うふ、ふぅ……あなたの先端と私の受容器の入り口が、まるで接吻しているようです、ねぇ……」
 いやらしいが実に的を射た比喩。
 吸い付き、舐められているかのごとき快感と愉悦。
 マナの腰が震えて、T4-2の奥深くまで埋め込まれた楔が脈打つ。
「ぉ゛っ、善い゛っ……ここで、出して、くださ……はやく……ぅ」
 鋼鉄の腕が、脚が、マナの背と腰を閉じ込め押さえつけてきつく固定する。まるで大昔の拷問器具。吐かせるのは情報ではなく精汁であるが。
「ああっ、ほんっとに! やらしい! 最悪! 淫乱機械!」
 類稀なる膂力によって持ち上がる男の背。マナは求めるように迫ってくる唇に接吻し、舐める。
「全部くれてやるんだから、ちゃんと飲み込んでよ……」
 そして男に腰を強く押し付けて、とうとう埒をあけた。
 肉楔の根が力強く脈打ち、T4-2の中へ濃く大量の欲望を断続的に吐き出す。
「ふぅッ、ん゛、承知しま゛っ、ァっ、うああ゛あぁあ゛、中ッ、出て……っ!」
 精液を一滴残らず絞るように浅い所から奥へ向けて扱き抜いてくる膣。そして飲み込むように胎の壺首が蠢動する。
「あ゛ー! 濃いの、出されて……ぁん゛ッ……ふぅーッ、っ゛」
 低い合成音声が割れたように掠れて蕩ける。
「中に精液出されるだけでこんなに感じるわけ……」
 翻せば、中に精液を出すだけで滅茶苦茶気持ちが良かった。
 尊厳を踏み躙っている様な背徳感と征服欲の満たされる、突き抜ける様な快感。
 同時にT4-2の物にされていくような歪んで倒錯した感覚。
 行いこそ爛れて穢れた性交だが、しかし身体の奥底から清められていくようでもあった。
「はっ……ん゛ぅ、マナさん……マナさんッ……」T4-2の揺れるように明滅する光源がマナをじっとりと見つめる。「嗚呼、これで、あなたは……ッ」
「あんたの物とでも?」
 駄目押しに腰を回し、肉楔の先端で胎の入り口を嬲りながら尿道の残滓を注いでやる。
「ひうっ、ちがっ、失言ですッッ! 私はっあなたのモノぉおッ……あ゛っ、おォ、お゛——ッ」
 初心な臓器を荒らしまわる激甚な快感故か、機械仕掛の巨躯が壊れんばかりに痙攣し、瞳の底で火花が散る。
 マナの腰を捕らえる脚が痛いまでに引き締まり、分厚い胴は生身の人間ではありえない程に仰け反る。
「はーっ……はー……ッ」
 絶頂の波が引き、荒い息を漏らしながら硬い軀がくたりと寝台に伸びる。
 マナの肉棒が抜け落ちて、互いの性器の間で粘質の汁が糸を引く。
 T4-2の性器の入り口からは白濁が逆流し零れ落ちる事はなく、本当にすべてが受容器とやらに飲み込まれたのだとわかる。
 鈍色の手はマナの手を取り己の唇に寄せて、白色の手は彼女の紅潮した頬や唇を愛おし気に撫でる。見つめてくる二つの光はぼんやりとはしているが、本懐を遂げた余韻に耽溺し、満ち足りている様子だった。
「嗚呼、ありがとうございます、内藤マナさん。これで私は誰が何と言おうとあなたの物……」
 そして、マナはT4-2の物という事になるのだろうか。とても重い。重責。
 後戻りできない重要な局面を情と勢いで乱雑に飛び越えてしまった気がする。マナのこの先の長い生涯を——汎用亜人型自律特殊人形の耐用年数に比べれば鼻で笑ってしまうくらいあっという間のものだろうが——T4-2に供物同然に暴投してしまったのではないか。
 果たして自分の人生これで良いのだろうかと省みる反面、しかし、それを上回って安堵さえ覚える。妙な気分だった。
 何より一番いいのは、T4-2がマナと別れる切れるなどと面倒な世迷言を今後一切ぶつぶつ言わなくなるだろうという事だ。
「後で文句言わないでよ」
 自分の下で一人満足げにぐったりしている男を精一杯睨みつけて、マナは悪態をついてみせる。
「言わせないようになさったらよいのですよ」
 T4-2がマナを抱き寄せて耳元で囁く。マナの愛好してやまない合成音声の妙なる響き。
「私の奥にあなたの精液を溺れるほどに浴びせかけて、私を完膚なきまでに屈服させて、極めて従順に躾ければ……。幸か不幸か私には生殖機能はありませんから、気の済むまで無責任に中にたっぷり注いで……」
「ああ!? 何が無責任だ! 物にする責任負わせといて!」
 T4-2が言い終わる前にマナは再び滾った楔を彼の奥深くに突き付けた。火の気のない所に火種と燃焼剤をぶちこんで光線銃で焚き付けるような彼の態度はマナを再び燃え上がらせるのには十二分過ぎる。
「ほォ゛ッ、あ゛ー……!?」
 雌の快楽に果てたばかりで敏感な膣に加虐され、恐慌状態になり仰反る雄々しい軀。
 マナは怒り猛り、種付けのための激しい交尾を再開する。
「うっ、んん゛、失言でしたッ、ごめんなさっ……——ッッ!」
 性質の違う肌が激しく絡み合い、寝台が壊れんばかりに軋む。
 実際何度目かの突き入れで寝台の脚がへし折れ傾くが、スチールのヘッドボードにT4-2の手首を磁力で磔にしてやれば、傾斜がついた分むしろ具合がよい。
 マナは彼の豊満で淫らな軀を貪り、何度も執拗に奥津城への吐精を繰り返す。望まれるまま、物にしてやるのだと、ただそれだけ。
 T4-2もマナに与えられる行為を軀全体で甘受して、打ち震えて、蕩けた媚声をあげる。
 終いには互いの身体が溶け合うかのような快感に飲まれ、どちらがどちらの身体なのかわからなくなる程。
 男の声が譫言のように女の名を呼び、しかしそのうちそれも何の意味も持たない喘ぎだけになる。
 息の仕方も忘れるような、物にするだのされるだの、そんな事は些細でどうでもよくなって……。

 

 傾いた寝台に寄り掛かりぼうっとするマナの前にビール瓶とグラスが差し出される。どちらも冷蔵庫から出したばかりの物のようで、冷えた表面が細やかに曇っている。
 マナが来る事に備えての用意だろう。汎用亜人型自律特殊人形には、ビールもグラスも冷蔵庫も無用の長物だ。
 マナがいるともいらないとも言う前に、T4-2は親指一本で軽々と王冠を弾き飛ばす。栓抜きとしても使える怪力。
 冷たいグラスに注がれる黄金の液体。程よく泡立ち、グラスの縁であふれる寸前で踏みとどまる。
 マナは恭しく差し出されたグラスを呷る。まやかしの潤いが喉を通り抜け、吐精の疲れが癒されてゆく。
「着替えも頂戴」
 冗談で言ったのだが、T4-2は軽く腰を折ってお辞儀すると洋箪笥から女物の服一式を取り出す。
「こちらに置いておきます。お風呂も沸かせますよ。シャワーつきです」
「うそでしょ」
 服が置いてある事と、風呂にシャワーがついている事、その両方が信じられない。シャワーなど、洋画の中でしか拝んだ事がない。
「酒に着替え。用意周到。女を連れ込む気満々じゃない」
 T4-2は首を傾げて、マナを手で示す。
「女ではなく、あなたをです」
 T4-2はマナの隣に行儀よく正座して、空になったグラスに二杯目を注ぐ。
 機械はそれ以上何も言わず、こうなってはマナも沈黙するしかない。物々しい契約めいた肉体的な取引の後に、一体何を話すべきか。
 いや、よくよく考えたら自分から話題を出す事など今までだってあった試しがないな、とマナは思い直して沈黙を続ける。口火を切るのはいつもお喋り機械の方からだ。
 マナが三杯目に口をつけた頃、ようやくT4-2が口を開く。
「マナさん」
 その声は弱々しく、震えて小さい。瓶の結露がT4-2の手を汗のように濡らしている。
 マナはビールを舐めながらちらとT4-2に視線と沈黙をくれてやり、先を促す。
「私はいつも、最初からやり直せたらと悔いているのです。最初というのは、初めてあなたと会った時から……いいえ、そんな都合のいい話はないとわかってはいます。ですが……」
 マナはまた面倒くさい事を言い募りそうなT4-2を言葉で遮る。
「あたしの名前は内藤マナ。超能力者。人間磁石。今の家族との血の繋がりはない」
 口早で、ぶっきらぼうな台詞。
「私は牧島重工製四五式トロイリ四型汎用亜人型自律特殊人形第弍号。略してT4-2です」
 対する応えは平坦で、硬い。本当に初めて遭った時のようであった。緊張しているのか、演技に長けているのか、マナにはよくわからない。
「T4-2。呼びにくいから丁って名乗ったら?」
「はい。そうします」
「でもあたしはT4-2の方が気に入ってるからそっちで呼ぶから。歌みたいで好き」
 T4-2の双眸がこの上なく嬉しそうに蕩ける。
「私は美徳回路のせいでいたく弱く、惨めで不自由です。この欠けた身の上を補ってくださるどなたかを、長らく探して彷徨っています」
「あたしは悪い事をするために作られた。今は逃亡者。この前は隕鉄を盗んだ。すごく悪い人。あんたにぴったり」
「私はあなたと、どこかでゆっくりお話がしたいと思っています。あなたは食事をなさいますか」
「日に三回はね」
「私はしません」
 そう言い切ってから、T4-2は目を瞬いて固まり、困ったように指をもじもじ動かし、俯く。
「本日三回目のお食事に誘うべきでした。ついうっかり。致命的な失言です」
「もう一回最初からやり直そうか? いや何回でもいいよ、あんたの気が済むまで」
「いいえ、もう、いいのです。何度やり直しても同じ事です。いくら機能的に優れていても、あなたとまともに会話もできない」
 T4-2が両手で握りしめたビール瓶から露が滴る。
「まともな会話になってないのはいつもの事でしょ。そもそも別に最初からやり直す必要なんてなかった」
 消防斧でマナの防壁を乱暴にぶち壊して突破するようなやり方が、今となっては結局大正解だったとマナ自身がよく分かっている。それ以外の方法で偏屈な彼女が他人と関りを持つ可能性など万に一つもない。
「あんたはいつも正しいって言ったでしょ」
 マナはT4-2の顔を覗き込む。
「あんたはどうしたいのT4-2。これからどうしたいのかだけ言って」
 T4-2は薄く目を開き、しかしマナの方は見ずに言う。
「酒場に行きます。そしてあなたに与太話をします」
「いいよ。あんたの分も飲んであげる」
 男の決死の声色を払拭してやるように、マナは気安く返す。
 はあ、とも、嗚呼、ともつかない、低い嘆声。広い肩の力が抜けたように落ちる。
「いつならご都合がよろしいですか」
「これから行くに決まってる」
 マナを優しく抱く二本の腕。
 濡れたビール瓶が剥き出しの背に当たって冷たいが、汎用亜人型自律特殊人形の腕の中はとても熱い。
 マナの言葉や振る舞いに一喜一憂する機械を見ていると、酷く愛おしい感情が湧く。自分もT4-2の物だと、ふと言ってしまいたくなる。好きだと。身も心も未来永劫——
「あ、その前に、寝台を直していただけませんか。あなたと淫らな事をするために買ったのです。処分してしまうには高級過ぎますし、壊れたままでは困ります」
 T4-2の熱い軀がマナから離れて、その指が傾いた寝台を横柄に示す。
「いいよ」
 マナは寝台に触れて、残る脚も磁力で軽々とへし折ってやった。
 T4-2は、失言、失言、失言、と呟いた。

 

THE END of Be mine