洗濯日和 - 6/9

 T4-2は残り半分程になったビール瓶を己の唇に当てる。
 そして呷る様に喉と背を反らす。
 蕩けた微笑にゆっくりゆっくり注がれる泡立つアルコール。
 嚥下される事のない黄金色は釣り上がった唇の端から溢れ、頑健な顎を、首筋を、つう……と伝い流れる。
「嗚呼……飲み物を、無駄に……」
 腹の奥から搾り出す様な、堕ちた切ない声。
 肌を液体に擦られ侵食される感触を鋭敏に受け取っているのか、彫像のような鋼鉄の巨躯が悶える。堅そうな見た目と裏腹に、雄々しく隆起する腹筋めいた部品や張り出した胸郭が柔軟に妖しく律動する。
 ゆるくうねる軀を肉感的に這う指がアルコールを塗り広げる。
「いけませんね……」
 本当にいけない。いけない物を見せつけられている。
 汗ひとつかかない鋼の肌が酒でしとどに濡れている様は実にふしだら。
 男らしい大柄で筋肉質を思わせる軀に、凄みさえある堕落した色っぽさが浮かび、圧巻。
 機械仕掛の悪魔の大蛇とでも呼ぶべきか。これが平和や自由のために作られた機械だなどと、この姿を見た者の誰が信じるというのか。
 視覚の暴力でボコボコにぶん殴られているかのよう。
 マナはT4-2の下から抜け出し、その軀にむしゃぶりつく。男の痴態への欲情と、そして何より、酒が勿体無い!
 腹から胸にかけて、その軀を滔々と一筋伝う酒の川を舌で舐め上げる。味わいきれない分はT4-2の太腿や股間を流れ落ちて、ガウンに染み付く。
「マナさん……、はぁ、ああ、あなたの舌はとても……アルコールにそんなに必死になって……病的です」
「あんたに酔ってるの、わからないかな」
 機械の軀に必死に病的なまでにのめり込んでいるのだ。
 マナはT4-2の鎖骨に口付け、その窪みに溜まったビールを啜る。小さく貪欲な舌はちろちろと首筋を舐め上げ、顎をべたりと這う。
「私に……? はあっ、ふふ、あぁ……あははあはぁ」
 喜悦に満ちた男の喘ぎ声と、人を模倣しきれていない奇妙な笑い声。
 その声と酒精を追うように、マナの舌と唇がT4-2の唇の端に重なり、源流を干してゆく。
「明日は二日酔いですね」いつもよりゆっくり起こしに伺いましょうねぇ、と濡れた声が言う。
「そんなにやわじゃない。もっと早く来てもいい」
 すっかり空になった酒瓶が床に転がっても、マナはT4-2の濡れた唇に自身の唇を擦り寄せ、吸い付き、舐める。不器用な手は男の濡れた胸や腹を這って、アルコールを塗り込める。
「はあ、あなたと本当に接吻ができたら……」
「してる。十分」
 機械の身が重々しく震える。
「嗚呼……本当に、あなたは私を懊悩させます」
 いつの間にやらT4-2はマナの唾液とアルコールに塗れた己の指を秘部に突き入れ掻き回し、自涜に浸っていた。
 示指と環指が銀の花弁を乱暴に暴き、長く太い中指が花芯を散らすように物々しく出入りしている。ぐちゅぐちゅと、汚れた水音。
「ハッ、はあっ、ンッ、そんな目で……見ないでください……それだけで達してしまいそうです」
 飢えた獣のように浅ましい息遣いが揺れて、己の指から快感を得ている事を物語っている。そして見るなという割に見せつけてくるような反り腰。
「身体でお礼してくれるんじゃないの? 何を一人で愉しんでるわけ、変態家電」
「あなたは詰るのがお好きのようですから、わざとやっているのです」
「それも結局変態行為でしょ」
「酩酊が故です」
 マナは懐柔されるように抱かれ、再び組み敷かれる。T4-2は床に膝をつき、マナの細い腰を跨ぐ。マナの下腹部にとろりと滴る蜜。
「では、お互い前後不覚になる前に、致してしまいましょうね」
 壮健な腰がゆるやかに前後に振られ、露出した機械仕掛の花弁がマナの怒張を摩る。金属製だというのにその亀裂は濡れ堕ちて柔らかく、怒張を追い立て苛む。
 T4-2の雌蕊の入り口は物欲しげに竿に吸い付き、涎のような蜜を塗りつけ、てらりと光らせる。
 太筋を下から上へぞろりと舐められると怒張がびくびく震えてマナの腹を打つ。
「ちょっとっ、それっ、出ちゃう……!」
 マナは追い上げられる感覚に背を反らせ、掠れた声で抵抗する。本心としてはさっさと気をやってしまいたい。
「頑張ってください、内藤マナさん。まだまだ……その時ではありません」
 乱れたT4-2のガウンが揺れ、酷く婀娜っぽい。挑む様な誘う様な、左右非対称に細められた光。唇には卑猥な影を落とす微笑。
「あなたが果てるのは私の中でと決まっています。異論は認めません」
 ピンと立てられる両の人差し指。
 甚しき魔性。酷烈な悪魔の機械。
「んんっ……ぁん、夜とはいえ、いやらしすぎるよ……。もう完全にえっちに出来上がっちゃってるじゃない」
 酒と機械に酔ったマナは呟く。
「私はいつでも準備は出来ているのです。夜だけでなく、昼でも、あなたが求めれば私はすぐにでも徒花を咲かせましょう!」仰々しい語り口に身振り手振り。
 とかく精密機械の仰る事はよくわからないが、とにかくいつでもお淫らな事に使えるというのはよくわかった。
「準備できてるなら使って、はやく……!」
 腰を浮かせて淫乱機械に怒張を押し付ける。
「性急ですね。情緒をお忘れですか」
 T4-2は意趣返ししながらも、泣き濡れ反り返るマナ自身に手を添え、腰を落とす。
 煽られ凝り固まったマナの雄蕊が彼の雌蕊にゆっくりと飲み込まれてゆく。
 まざまざと感じる男の内部。粘膜とも紛うような、濡れて律動するその性器。
 焦れったいが、その瞬間への期待も相まり滅茶苦茶気持ちいい。
 T4-2もマナがゆっくり割り入ってくる事に肉体的な快感を覚えているようで、感嘆にも似た嘆息を漏らす。
「嗚呼っ……ぅ、上反りして、先端が、私の部品を擦って……はァ……ん、随分興奮されたのですね……」
 その軀と同様に引き締まる金属の性器。
 マナも身震いして射精感を耐えようとするが……。
「いやっ、ぁ、がまんできなっ……やぁ、ん」
 後頭部を床に擦り付け、情けなく可愛らしい泣き声をあげてしまう。
 自分で自分の身を掻き抱くその姿はたおやかで、使っているのは男の性だというのに、非常に女性的。
「やめましょうか?」
 男の腰は上へ引けてゆくが、対照的に、内部の金環はマナの肉棒に喰らいついて離すまいとしてくる。
 相反するその責め苦にマナは狂乱する。腰骨から神経が引っこ抜かれそうな激痛にも似た過ぎたる快感。
「やあぁああ! その動きはやめてっ」
 マナはT4-2の下で釣られたばかりの魚のように活きよく暴れながら抗議する。
「返礼なんでしょ、意地悪しないで……全部入れさせて、はやくしてよ、T4-2……」
 そして男に媚びる様に哀願する。哀切たたえたその表情は男の情緒に非常に重い一撃を与えたようだ。
「詰ってみたり、媚びて哀願してみせたり……あなたをそんな風にしてしまうなんて、私も罪作りですね」奇妙で妖艶な笑い声が弾ける。
「ご安心くださいね、最後はちゃんと、私の中で……」
 満を持して触れ合う男女の腰。待ちかねたように奥がマナの怒張に甘やかに吸い付く。いや、奥と言わず、その器全体が凝り固まったマナ自身を歓待し、揉みしだく。
「あぁっ……! はぁ、好い……」
 身震いし、官能的に蕩ける女の表情。射精寸前の登り詰める快感がずっと続いているかのような円熟した心地よさ。
「我慢の甲斐があったでしょう」
 ねえ? と、同意を求める様に優雅に傾げられる首。貞淑な素振りで胸元に置かれる手。その所作さえも色香漂う。
 やっと遂情できるのかと、T4-2を深く穿つマナの肉柱が期待にびくつく。
「ですが、まだですよ。もっと善くして差し上げますから」
 それを皮切りにT4-2の腰が上下に動き始める。
 腰つきは大胆で雄々しく豪快。暴れ馬を駆るかのように巨躯全体を隅々まで漲らせ用いる。
 そして時に、腰を密着させて円を描くように回される。それはまるで娼婦のような艶やかな動き。
 内部の鉄輪は縦横無尽に肉柱を揉み、刺激を与え、外部の動きとはまた別にマナを苛む。
 荒々しい濡れた吐息も聴覚から彼女を乱しにかかる。
「T4-2っ、うあっ、は、あんっ、すごっ、あああー!」
 背筋に寒気か怯えにも似た感覚が迸り、身体の中枢まで機械仕掛の性感に支配される。
「そんな声を出して……いけない人です。聞こえてしまいますよ」
 T4-2の人差し指がマナの唇に当てられる。しかしそんなもので止められるものではない。
「それとも聞かせているのですか。あなたの乱れた絶叫を聞いたら皆さんどう思うでしょうね」
 マナは己の腕を唇に当てて声を耐え忍ぶが、相手はそんな努力を嘲笑うかの様に、腰椎を押し潰すかのごとく腰を振りたくってくる。
 機械仕掛の制御の妙で、重たい腰が細腰を害する事はないが、密着しては即座に離脱という軽快かつ機敏な動きは性感を酷く害する。
「あなたが機械の軀に組み敷かれて、処女を悪辣に散らされて、女性の器を乱暴に陵辱されて、清廉な子宮を機械の欲望の捌け口にされて、私に思う様に穢されて……しかしあなたは与えられる激烈な被虐の快楽の虜になり、悦び咽び泣いていると思われてしまうのでは」実に不名誉ですね、とT4-2。
「ふううぅ、はあっぁ、やだっ、でも、声、止まらないっ」
「快楽の前では嬌声が抑えきれないのは仕方のない事だと、お分かりいただけましたか」
「わかっ……やっ、だめっ、んんー!」
「わかったか、わからなかったかだけ仰って欲しいと言ったら意地悪でしょうか」
「ひどいっ、たすけてっ、あー……!」
 圧し掛かるT4-2の動きと性質の悪い迷妄、そしていつもの意趣返しに翻弄され、身体を捩るしかないマナ。さながら剣と秤を携えた正義の御使いに踏みつけにされる蛇である。
「助けて差し上げている所です。あなたの究極の遂情を」
 嘯く微笑はまるで舌舐めずりでもしているかのよう。
「んううぅう、ふうっ、いっちゃう、出したいぃっ」
 女というより、小娘のような甲高い声でマナは懇願する。気の強そうな切長の目は垂れて、涙で滲む。
「はぁ……、ああ、ぁ、なんとも可哀想で可愛らしい。マナさん……」
 愛おしむ者と交わす情に耽溺する声。
 低く、堕ちて地を這い、マナの精神的な快楽を炙る。