「オ゛ッ、おぉ、んォ゛ッッ、ア゛、ェ゛……ッ」
妻の太竿に腑の奥を貫かせる度に、吐息が歓喜というにはあまりにも低く淫猥に沸く。
ほぼ真っ直ぐな肉道の折れ曲がった行き止まりを穿り返されると腰骨ごと神経が引っこ抜かれそうな激烈な快感を覚える。もし己が雌で子袋があったとしたならば、その入り口を肉棒で突かれ揺さぶられる感触はこのようなものなのではないか、そう思うとまるっきり雌の肉体になったようにも思えてくる。
熱狂する腑とは対照的に肌は人恋しく、レーゲンは上半身を妻の白い柔肌に沈める。女の胸はふんわりと男の顔を包み労わる。感覚の鋭敏な唇でその肌をなぞり、柔らかさを堪能し、必死に接吻の痕を刻印する。そうでもしないと愛し合った証も何もかも、日の出と共に消えてしまいそうに思えた。そして事実そうなるのだ。
妻の方もくるりと背を丸め、レーゲンの禿頭に唇を寄せて穏やかな口付けを降らせる。内側の快感につられて皮膚の官能も鋭敏に反応し、レーゲンの全身がくまなく戦慄する。
その唇が側頭部を滑り降り、その先の耳に吸い付く。脳に直接響いて揺さぶってくる接吻の音。昂る神経に漣立つ肌。
湧き立つ血肉の熱を発散するために耳に密集する末梢血管に送られた血潮がより煮え立ってまったく肉の火照りが治まる様子はない。
そしてそれだけで愛撫が済む筈もなく、耳殻の中に妻の感覚器官がぞろりと侵入する。清廉な小さな舌が耳の隆起を辿り奥を目指す。
耳はレーゲンの一番の性感帯と言っても良かった。妻に弄ばれ、愛られ、いつの間にか音だけでなく快感まで受け取れるようになっていた。
差し入れられた舌の立てる音が脳を舐めるそれに聞こえる。片方は舌で犯され、もう片方は指で弄られ、思考が掻き混ぜられ、肉の愉悦に臓腑が熱くなる。きゅう、と女々しく締まった肉環が妻の怒張の堂々たる様を全身に染み渡らせる。
「オ゛っ、ほォお……っ」
レーゲンの顔の緊張が解けて、呆けたように蕩ける。肉厚の尖った舌をだらしなく突き出し、薄く開けられた目の中で瞳は失神寸前のように怠惰に上向く。
耳の中を犯され、同時に尻の中も制圧されて、まるで一本の杭に身体を刺して貫かれたかのようだった。
重たい快楽が腰に一気に押し寄せて絶頂の予兆に苛まれる。
「イ゛、ぐっ、いく、っう、……ォ゛っ」
レーゲンは息も絶え絶え果てを妻に伝える。耳元で掠れた息が肯定の音を紡ぐ。そして数度激しく奥を叩かれ、確かな熱が放たれる。
果てに果てが重なり、レーゲンの眼裏に火花が散り、思考は爆ぜて神経のすべてが白濁に塗りつぶされる。絶頂に押し上げられたはずなのに、自身の雄からの迸りはなく、官能のすべてが臓腑に満ちる。肉門から連なる肉環の一つ一つがひくりひくりと震えて妻の最後の一滴まで恭しく甘受する。
熱に浮かされたように妻の名を吐きながら、レーゲンは女の肌に甘えて沈む。
レーゲン自身が動く事はもはや難しかったが、妻の方はそうではない。彼女は若いだけあってまだ血気が盛んだ。大抵この後には二回目がある。そしてレーゲンは二回目の行為の方が好きだった。すべてを愛する者に委ねて、相手の欲が昂るに任せる。そこには何にも代え難い大いなる充足がある。
気付けばレーゲンの背はソファに沈んでいる。中に埋められたままの妻の性器は再び兆して、その存在感がレーゲンの肉環を程よく押し広げる。
若いな、と口の中で不明瞭に呟く。聞き取れなかった妻は首を傾げるが、二度同じ事は言ってやらない。雄としての悔しさのような感情もなくはないのだ。しかしそれを圧倒的な強さで踏み躙られ組み伏せられるのもまた好いわけで、相反する感情に揉まれて眩暈がしてくる。つまり自分は唾棄すべき変態だ。
レーゲンはしどけなく広げた脚を妻の腰に巻き付けて、腕は滑らかな項に回す。そして誘うように尻の穴を絞りながら腰をゆるゆると動かす。快感に潤んだ目を細め、乱杭歯の覗く口から嬌声混じりの熱い息を吐く。そのような雌の媚態を呈する事に、もはや羞恥などなかった。とにかく妻を煽りたてて肉の交わりを極める事だけが思考を占める。
柔らかな微笑がレーゲンの唇に触れて、大層清い接吻が交わされる。焦らしているわけではないのだろうが、妻の行為はあまりにも清潔すぎてもどかしい。もっと荒々しく求めてくれても構わなかった。かつて実際にそうした時のように。
レーゲンは自身の硬い唇で妻の柔らかな唇を割り広げて舌を差し込む。驚きに妻の吐息が乱れて、ぴくりと揺れる身体。レーゲンの腑にがっちり嵌まり込んでいる肉柱もまた素直に反応する。とても良かった。
驚き凝る妻の瑞々しい舌に、そして整然と居並ぶ歯列に舌を這わせる。雑食の生き物同士、生える歯の種類は似通っているはずなのに、歪な骨格のせいで乱杭歯になったレーゲンと違って妻の歯それ自体も歯並びも、どちらも彫刻のように洗練されている。羨ましくもあり、崇拝じみた執着も掻き立てられる。
レーゲンは欲望のままに舌全体を妻の粘膜に張り付かせ、尖った先端で上顎や彼女の舌を突いたり、そろりそろりとなぞったりして弄ぶ。感じるものがあるようで、鼻にかかった妻の吐息は大層愛らしい。
そんな風にされたら我慢できなくなる、と妻の指先がレーゲンの硬い脇腹を叩く。返す符号はただ『するな』とだけ。口を塞いでいても意思の疎通ができるのは便利だ。
妻はふう、と一つ息を吐き、そこで理性の半分程を手放したようだった。
熱の籠った口付けを夫に落としながら妻の身体が動き出す。なかなかの力強さ。レーゲンの陰茎の裏側にある器官をごりゅごりゅと竿で磨り潰されると、その一瞬一瞬に意識が飛びかけて、目が無様に裏返る。それ程に堪え難い肉悦が襲いかかってくるのだ。
「はッ、はへぇッ、当たって……ッ、ぉ、おほッ」
そこまで性的に感じてもレーゲンの肉棒が雄の欲に兆す事はなく、ただ縮こまって先端からとろとろと透明な汁を吐き出し、不揃いに肉が隆起する腹を汚すだけだ。完全に雌の振る舞いである。
すごくいやらしい、と妻のもつれた指が辿々しくそう叫んで、動きの雄々しさが漲る。浅い所から深い所までしかと掘り込まれ、肉環を無遠慮に広げられて、絶頂を目指す動きに追い上げられる。
女の細腰で肉感的な尻たぶを打たれる心地と音がまるで刑罰のそれと重なってレーゲンの精神の底の底まで抉り苛む。
「あぁ、あぁ、頼む、もっと、おぉ、強く……、初めて、まぐわった時のようにッ……俺は、酷い男だ、心の底まで醜い……ッ、だから……」
『そんな風に、思った事、ない、一度も』
そう言いつつも、レーゲンの後ろ向きな望みに応えてくれるつもりなのか、妻の腰の動きが早まる。行為に耽溺し息急く表情の一見苦しげな様がたまらなく綺麗だった。
レーゲンは尻を捧げ上げ、妻を悦ばせるためだけの肉壺に徹する。使われているという感覚が神経を昂らせる。声を詰めて、乱杭歯の狭間から鋭い息だけを流す。あまり自由に喚くのは憚られた。
「ふッ……ぅ……、っふー……ッ」
急角度に曲がった奥の難所を突かれる度に懐柔されたそこが快楽の波を全身に染み渡らせる。
『声、我慢しないで、おねがい』
我慢の煮詰まった生唾をごくりと飲めば、暗緑色の喉が艶かしく蠕動する。
「オ゛……っ、ア゛ッ、ぁ゛、ぅ……ッん゛、ぃぎっ、ひ、おぉお゛お゛ッ」
ソファが軋む音と男の嬌声が交錯して部屋に淫猥な音が満ちる。
豊満な胸の内に閉じ込められて、情を独占する事の多幸感。自分以外の誰がこの麗しい人間に抱かれる幸運にあずかれようか。
『男の人なのに』妻の指先がそう呟く。『どこから、どう見ても。なのに、あなた、女の人みたい、に、なってしまった』
頬を染めた蕩けた顔は夫の醜態を嘲ったり困惑したりしているようではなさそうだった。それでも直接的にそう言われてしまうと羞恥というものが掻き立てられて、レーゲンの臓物が引き締まる。
「ウ……っ、ォ、ン゛——」
妻の怒張の存在感がしかと骨身と神経に沁みて、独り果てる。それは解き放つ雄の絶頂ではなく、内に籠り波うつような雌の絶頂だった。びくびくと身体の隅々までくまなく身震いしながら、レーゲンは極まった愉悦に啼く。
「ァ……すまん……先に……」
いいの、と言わんばかりに微笑み横に振られる頭。
「お前も、早く……」
言うまでもなく、淫猥な気のたっぷり詰まった尻を薄い腰が叩きつけ、粘質な音が弾ける。腰骨が瓦解しそうな程の激しい交合。
達したばかりで神経の鋭敏になった身体は飽く事なく肉悦を享受し再び絶頂の兆しが神経を打ち据える。
「ハッ、あぁあ〜……ッ、ん゛っ、んぉっっ、お゛、だめだっ、また……ぁ〜」
腹の内を掻き回され、奥を貫かれ、腹が膨れる度に不埒な血肉が湧いて絶頂が迫り上がる。
怠さに瞼を下ろすと潤みきった目の表面が掃かれて水分が頬を伝ってこぼれ落ちる。脳がぐるりと捻転して酩酊する。
尖った耳を掴まれて、撫でられて、揉まれながら涙を啜られ、過ぎたる快楽が腹の中で爆発する。
「オ゛ッ、ぉッ゛、ぃ゛、ア゛、おかしく、なるっ……ッ」
腰に腕を回され、きつく抱きしめられてより一層深く深く繋がり合う。互いの吐息が混ざり合い、急いて、最後の窮地を上り詰める。
泣き濡れた肉粘膜にとうとう妻の欲が浴びせかけられる。レーゲンの歪に膨らんだ腹が尚無様に膨張して欲望溜まりとなる。
「ア゛ぁ〜、は、ギァ、ア、ぅあァああ゛ー……ッ」
捩れた意識を振り払うように頭を強く振り、男だてらに甲高い歓喜の啼き声をあげながらレーゲンは妻と共に果てた。
果ての波に精神を攫われた後にはただ愛おしさだけが残り、レーゲンは妻の柔らかな肌の中で癒しの微睡に耽る。
慣れ親しんだ心地よい音がふいにやんで、レーゲンは目醒めた。霞む目に映るのは服を脱ぎ落とし、髪留めを外してなだらかで白い背に泡色の髪を流している女の裸体。
キッチンは整然と片付いて、食卓の上には夕食と、箱詰めされた昼食が置かれていた。
女はまるで幽鬼のように音も乱れもなく真っ直ぐドアに向かう。
「行くのか」あえて、帰るのか、とは聞かない。
妻は立ち止まるが何も言わず、振り返りもせず、ただ浅く頷いて再び歩を進める。
情交の名残を纏った重たい身体を無理矢理起こし、レーゲンは先んじて戸を開ける。過ぎゆく顔を見上げるような、そんな不躾で未練がましい事はしない。この暁の終わりが迫る時刻、妻はもう神の一部だった。レーゲンは俯いて白い裸足に目を向けたまま、ただそれが行くに任せる。
そしてそれは海に張り出した高床式のデッキから続く階段を一段一段、月明かりだけが便りの中で危なげなく降りて、海に身を浸す。
まるで海中深くまで階段が続いているかのように少しずつ、その身は海面に切り取られて、最後は白銀の魚が遊ぶかのように長い髪の一房が水面を薙いで、そして消えた。
気づけば温かな雨が妻を見送るレーゲンの頬を撫でていた。まるで一人残された彼が涙を流しているかのようだった。
「あなたの名前は、共通語で雨という意味の言葉に音が似ているんですよ」
妻はかつて、レーゲンの名をそのように表現した。
レーゲンにとって雨に降られてよかったと思った事などない。その日だって雨でなければこうして二人でデッキに腰掛けてぼうっと海を眺めて無為に過ごす事なしに、外へ繰り出せたはずだった。
何せレーゲンは女の喜びそうな気の利いた事の一つも思いつかない。どこかに連れ出して相手が勝手に楽しんでくれるのを期待するしかない。まったく嫌になる。
そんな厄介な所が雨のようだといえばそれらしい。
レーゲンのそんな顰めつらしい顔を見た妻は夫が雨と言われて腹を立てたと思ったか、慌てて付け加える。
「ごめんなさい。わたし雨好きなんです。いい匂いがするし、埃も塵もすべて洗い流してくれるから。それに雨粒はきれい。そう思いませんか」
「そうかもな」
レーゲンにはそう言う妻の方が綺麗に思えて、言葉の方への共感は疎かだった。
「あんたの名前は、じゃあ共通語ならどういう意味なんだ」
「さあ……大した意味なんてないのじゃないかしら」
妻はその事については興味なさそうに、また雨粒が降り注ぐ海に目を戻した。
その陶磁器の人形のように滑らかで透き通った白い横顔を見ていると、ふと波にさらわれてどこかへ消えてしまいそうな風情があり、レーゲンは時に胸を掻き乱されそうになるのだった。
そしてその予感はそう遠くない未来に不意に現実となった。
海底坑道が水没したのも雨の日だった。
最初はごく小規模な浸水だった。かつてヒトが島を支配していた頃に無闇に掘り進めた名残の部分で、鉱脈を詠み採掘に長けたゴブリンならば決して手を出さないような脆弱な区域での出来事だった。現在はそこでの採掘は行われていないため、隔壁を閉じてそれ以下の枝道に完全な封印をすれば済む簡単な対処のはずだった。
その隔壁が故障しておらず、区画の外側からでも閉じられるのであれば、の話だ。
修理をする時間はなかった。水の勢いは加速度的に増しており、そのうち天井が崩落すれば水没はその区画だけの問題ではなくなる。何百という命が一瞬で失われる。
避難と並行して急ピッチで隔壁の修理が進められたが結果は芳しくなく、まだ避難の済んでいない深層の隔壁を閉めて中層以上を守るか、それとも……レーゲンが内側から隔壁を閉じて被害を最小限に抑えるか。
そうなれば溺死か圧死は必至であるが、一人の命で済むのならばまあ安いものである。それに深層にはこんな時に限って妻がいる。犠牲になどできようもなかった。
レーゲンの脳裏に先程の己の失態が過ぎる。
視察に訪れたニンゲンの鉱山技師を案内する妻があまりにもその男と親しげに、楽しそうに話していたように思えて、そして大層似合いの二人に見えて、いつも以上に酷くそっけない態度を取った。
それが妻の記憶に残る最後の自分の姿にしたくはなかった。自分の中にかろうじて存在する利他の精神とやらを少しでも妻に示したかった。一人の人間のために身を擲つなどゴブリンらしくはないだろうが、それでも。
現場に向かおうとしたその時、緊急の打爪符号が頭上の管をけたたましく震わせた。その内容にレーゲンもまた同様に戦慄した。
妻が内側から隔壁を閉めたと、そう符号は伝えていた。
レーゲンは取り乱し、声を荒らげ、早く出て来いと物理的にも魔術的にも分厚い隔壁を強く叩いた。しかし返ってくるのは幽かな打爪符号のみ。
ヒトが後先考えず掘り進めた場所だから、自分がなんとかするのが筋だと思った、と辿々しく鳴らされる符号は最初にそう伝えて、後は、全部忘れて、幸せに、と繰り返されるだけだった。頼むから出てきて欲しいというレーゲンの頼みが聞き入れられる事はなく、彼は隔壁に寄り添い、愛していると何度も呟きながら、その気持ちを指の先、ほんの小さな鋭い爪の先に乗せた。自身の気持ちを素直に直接伝えて来なかった事を後悔しながら。
『最後だから、そう言ってくれているのだとしても、嬉しい、ありがとう。好かれていなくても、こうして、少しでも、役に立てて——』
そうした最期の交歓は天井の崩れたのであろう轟音と、隔壁に大量の海水と一人の人間が叩きつけられた音と共に呆気なく終わった。
レーゲンは神仏に縋る方ではなかった。毎日の仕事の始まりと終わりに手を合わせて俯くのは単なる習慣だ。周りがやっている中でわざわざ自分だけやらない程の理由がない。
しかしその時だけは、ただその瞬間だけは、自分と妻の運命をすげ替えてくれと、そう強く祈った。掻きむしった胸に爪が食い込み血が滲んだ。
そしてレーゲンは思い出した。妻と偶然見つけたあの、歴史の闇に葬られて忘却の淵に埋没した異形の神を。
権利と領地を奪還してからも、ゴブリン達はヒトの主神たる機械の神を利便の上で信仰し続けていたが、しかし、レーゲンの願いを聞き入れてくれそうなのは、上位の視点からヒトを寵愛する真鍮の神でなく、元よりゴブリンのみならず亜人のすべてが縋り、願い、信心し、身近に思ったであろう、掠奪者の帝王にして女帝。すべての生きとし生けるものを厭い、しかし対等に慈悲深く守護する旧き神。愛する者のために身命擲ったと言われるその神こそがレーゲンの願いに応えてくれるに違いないという妙な確信があった。
打ち捨てられた神像と祭壇を見つけたのは偶然だった。
掘り進めていた坑道の先で運悪く怪物の棲む洞穴を引き当ててしまい、逃げる途中に迷い込んだ忘れ去られた太古の枝道の奥で見つけたのだ。
やっと逃げ仰せて一息ついたその空間は、自ら発光する苔類が生い茂り、妻の言葉を借りるなら、とっても幻想的な空間。
「きれいだわ」
「不気味の間違いだろう」
他の鉱員とははぐれ、妻と二人きりだった。
妻は興味津々に辺りを見回した。こんな状況でも発揮される好奇心には驚かされると同時に場違いで少し厭わしかった。しかしそのお陰で見つける事ができたのだ。
それは非ユークリッド的な現代的でない忌まわしい紋様を描く祭壇と大昔に忘れ去られた言語が刻まれた台座の上にしどけなく立っていた。
菌糸を淫らに編んだ王冠以外に身に纏うものはなく、豊かな胸もくびれた腰も、しなやかな脚の間で屹立する陽根も隠す事なく堂々と晒す。長く、のたうつ海藻のような不気味な石の髪は、かつては台座の上まで垂れていたのだろうが、今となってはその名残を残すのみの、朽ちた石像であった。
掠奪者の帝王にして女帝。
レーゲンは台座の文字を目で辿りながら呟く。
「それって、大昔の神様ね。大発見だわ。みんなに知らせないと」
「まあまずは無事に戻れたらだろうよ。それに、おそらく知らせたところで壊されてこの枝道でも採掘が始まるだけだ」
「でも、かつて信仰した神様ではないの?」
「いまは実利の方が重んじられる。島民議会にかけられたらおそらく多数決で破壊に舵が取られるか、見て見ぬふりで終いだ。おそらく前者の可能性の方が高いがな」
レーゲンは鉤爪で神像の柔らかそうに見える小指を撫ぜる。細い指は容易にぺらりと剥がれて、黒い断面は青く鈍く輝く。
「隕鉄だ。高く売れる。真鍮の材料になるからな」
レーゲンの言動にしばし妻は口を閉じて、その沈黙が何故か不思議だった。安い道徳観念で、そんなの酷い! くらい言いそうなものだとばかり思っていたからだ。
「あなたは」妻の声が仄光る室に神秘的に反響する。「どうしたいのですか」
「俺に決定権はない。それどころか鉱長ならば率先して先を掘り進めたいと思わなければならないものだ。そしてゴブリンならば、ゴブリンらしく物質主義を貫かねばならない」
しかし、どうしてかその異形の神を壊す所を想うと身が竦んだ。妻と同じ両性具有で、その眼差しがどこか彼女に似て悲しげで優しく見えたからだというのは、もっとずっと後になって気付いた。妻が死んだ後に。
「わたしは、誰かに見つかるまで秘密にしておいてもいいと思うんです」
だから妻の日和見な意見にも珍しく、思わず頷いていた。
「わたしとあなたの」
身を屈め、視線を合わせてくる妻の態度には子供扱いされているようでいつも辟易していたが、この時以降は忌避感というものは消えてしまった。
「あなた方の約束の儀式をしましょう」
差し出された妻の細い小指に戸惑うレーゲンに妻はそう言い、レーゲンは自らのそれを注意深く妻の指に絡めた。爪でそのやわらかな肌を傷つけたりしないように。