粘膜同士が触れ合って濡れた卑猥な音が響く度に聞きたくないとでもいうかのようにマスターは首を横にゆるく振る。
「はぁっ、はぁあ、んん……はずかしいって、言ってるのに……」
ミルの頭にマスターの手が触れるが押し返してきたりはせず、ただ熱だけが伝播してくる。秘部やその周辺にキスを落としながらマスターの内腿を愛撫してやると、頭をやわやわと撫で返される。性感を昂める触れ方というには拙いが、マスターに撫でられていると思うと気持ちはいい。
とめどなく溢れる蜜を舌で掬い、唾液と撹拌して塗り返す。一番外側の陰裂の内側を捲るように舐め、そして暴いた内側の粘膜を舌先でなぞる。
「ん、んっ、あつい、舌、だめ、変になる」
変になったらいいのに、とミルはマスターの中に舌を押し込む。
「ぉ゛……!? ん゛ーっ、んぅ……」
壊れたような嬌声が溢れて絶頂が近い事を知る。ミルの視界の端でひくひくと痙攣する内腿と腹部。しなやかな筋肉のついた男の体が女の悦びに打たれる様を見るにつけ、ミルの昂りは深く燃え上がる。
白いシーツの上、背を反らしたり丸めたり、矮小な蟲のように伸び縮みする褐色の身体。長い指はミルがいいだけ寝散らかしてくしゃくしゃにしたシーツに絡まって、より一層皴を深める。
熱い内部に捩じ込んだ舌で腹側の粘膜を少し乱暴に舐め擦りながら深い口づけをするように口唇で周囲に吸い付く。
「あッ、う、ん゛ぁ、あ——」
マスターの爪先から頭までがピンと伸ばされて、身体が優美な弓なりに反る。同時にミルの舌が柔らかい肉に揉まれ、果てを知る。
ミルが身体を起こすのに反して褐色の身体はくたりと白いベッドに沈む。眼差しはどこか遠くを見て、大層潤んでいる。胸と腹は余韻の吐息に大きく膨らんでは萎む。
「あとどうする」
答えはわかりきっているのだが、一応聞いてみる。
くらくらと、酩酊しているかのような目がミルに向いて、はぁ、と漏れる気怠げで甘い吐息。
「もっと……ミルさんがほしい」
マスターは緩慢な動作で上体を起こしてミルに纏つくと唇を重ね合わせる。あれやこれやを味わった口とよくキスできるなあ、と驚くのはほんの一瞬で、心地よい感触に脳の動きはすぐに鈍る。
長くしなやかな指が沸って筋張った陰茎に絡まって妖しく蠢く。マスター自身にはない器官なのにその手つきは妙に堂に入っている。片手は竿を上下に扱き、もう片方はつるりとした先端を指先や掌で磨くように撫で回す。溢れてくる前触れの雫は丁寧に指で掬い、硬くなった怒張全体に入念に塗りつけてくる。射精感が腰に満ちてきて堪らなかった。早くなんとかしたくて仕方がない。
「ミルさんので、私の中、いっぱい気持ちよくして、たっぷり出して……」
加えてこんな風に言われては、やはり今日も大事に抱く事は難しいかもしれない。ミルは性急に目の前の男をベッドに押し倒す。
「マスターすき」
快感にと焦燥にふやけた脳が生み出す言葉はいつも以上に幼稚だ。
「こういう時くらい、名前で呼んで欲しいです」
快感にぼやけた顔に幽かな苦笑が浮く。
「来海さん」
マスターはそれでも首を横に振る。もっと親しげに呼んでほしいという事だろう。家族以外に下の名で気安く呼ぶような相手はこれまでなく、少しばかりの気恥ずかしさがミルの声と表情に滲む。
「湊……くん、すき」
「うれし……ありが、と……みるくさん」
蕩けた顔に笑みが混ざり、艶めいた色香がミルを誘惑する。
「ごめん無理」
ミルは半ば無理矢理マスターの中に己を埋める。既に大分泥濘んだ入り口は怒張を容易に飲み込む。
「あぁ……っ」マスターの喉が淫らに反って、狭苦しくなった気道を切ない悲鳴が駆け上る。
その苦悶にも似た声とは裏腹にマスターの中は生温く、そして程よい刺激でミルに吸い付き歓待する。
ミルはマスターの脚を持ち上げ、自分の肩にかけて彼のより深くを目指す。柔らかなマスターの股関節は容易く畳まれ、互いの繋がりが深まる。
喉を仰け反らせたままベッドに押し付けられたマスターの頭がゆるく振られる。まるで落とされた快楽の原液を攪拌して脳髄全体に行き渡らせるかのように。濡れた瞳がより一層瑞々しい潤いを増して、これ以上少しでも瞼が動けば涙が溢れそうだ。
「は、ぁ……っん、みるくさんて、呼んだせい、ですか……?」
はぁはぁと切なく詰まった息を吐きながらマスターが聞いてくる。困惑の形に眉尻が下がっても、彼の顔には美しさと淫らさの両方が程よい塩梅で揃っている。見ているだけで暴発しそうになるので、ミルは少しだけ視線を逸らす。
「ちがうよ。初めてだと思うようにして、いつもより丁寧にしようとしたけど、マスターがエロすぎてやっぱ無理って意味」
これでも結構我慢はしていた。そうでなければ入れた瞬間にがむしゃらに腰を動かして相手の事など一顧だにせず本懐を遂げている。
困り顔がみるみるうちに綻んで不安の影は失せる。完璧に慈愛に満ちた笑顔だった。
「ん……大丈夫、ですよ、みるくさんの好きにして……」
伸ばされた手がミルの髪を梳って頬を撫でる。そしてゆるく動かされる腰。ミルにすべて捧げるように上向いて、中は陰茎を奥へ誘い絶頂の淵に追い立てるように搾ってくる。
「みるくさんのしてくれる事はぜんぶ気持ちいいから」
「お、おぉ、ふっ、ふざけんなっ、名前で呼ぶなって何回も……!」
マスターの媚態に危なく射精するところで、ミルは悪態つきながらなんとか持ち堪える。もはや気遣う気持ちも失せて、ミルはベッドに手をつき激しく腰を叩きつける。
「うぁ゛っ、んっ、ふあ、あー……っ」
腰が打ち合わさる度に吐き出される嬌声。
猛る肉棒を押し込めば押し込む程にマスターのそこは垂涎するかのように蜜を溢れさせる。互いの下生えが濡れて淫らに照る。そこにマスターの指が伸びてきて、怒張が出入りする陰唇に沿えられる。そこを過ぎゆく竿の感触を確かめているのだろう。
「あっ、ああぁっ、すご、い、こんなに、広がって……奥っ、きて……きもち、い……」
そしてもう片方の手で臍の下辺りを撫でて感じ入る。
「はぁっ……そんなとこまで入ってんの」
「はい、当たって……わかります……か?」
均整のとれた腰がうねって、ミルの亀頭の尖端が弾力のある行き止まりに舐められるように揉まれる。おそらくそこが子宮口というやつだろう。
「うぁー、もー、これでほんとにあたししか知らないとか……」感性も行動も身体も、あまりにも淫奔すぎる。
「やっぱり、経験浅いと、よくない……でしょうか」
眉根が寄って、悲しげに細まる目。今にも涙がこぼれ落ちそうな。そして胸元で祈るように編まれる指。清純と純朴が過ぎる。
ミルの全身、細胞の生き死にに関わらず怖気に似た欲望が満ちる。爪と髪の先、一枚一本まで。端的に言えば、股間がイラつく。目の前の男を快感の頂点に昇り詰めさせては突き落として、その乱高下の最中に相手の身の内に精汁をぶちこみたくて仕方なかった。
「そういう意味じゃないっつうの」
ミルは暴走しかける欲望の手綱をなんとか握りながら、激しく腰を振って相手の下腹部に激突させる。
肉が打ち合わさって弾ける音に混じって下からくぐもった声が聞こえる。
「あ゛っ、あぁっ、ぃ゛、や……ぁっ」
「嫌ならやめる?」と問うてみるが止める気はさらさらないし、むしろ尚更強く腰を叩き落とす。こういう状況下でのマスターの「嫌」はただの啼き声のようなものだと重々承知の上。意味などないのだ。
「やっ……めないで、んぁっ、きもちい、から……っ」
「そだね。あたしも気持ちいいよ」
力任せに疾く出し入れを繰り返すと、愉悦の頂に上り詰めかけているせいで、陰茎に縋り付かんばかりに絞まった膣道の圧迫をまざまざと感じる。
「は、ぁうっ……よかっ、た……ぁ」
そう言うマスターの表情と声色は安堵と肉悦が混じり合って蕩けて、たまらなく綺麗で妖艶だ。怖いくらいに。純朴も美しさもここまで極まると苛つく。無自覚である所も尚更。
ミルは体重を乗せて力任せに腰を密着させ、捻るようにして奥を擦る。弾力のある臓器の入り口が亀頭の先に甚振られ、捩れる。
こうしてやるとマスターはいつも「あ゛ー……っ」ひどく切ない悲鳴をあげて、内も外も引き締まる。穢れた祈りに握り締められた指が食い込んだ手の甲は青褪めて、小刻みに震える。
快感に充血しきって狭くなった膣が絶頂で更に窮屈だ。それでもミルは耐えて、マスターへの責め苦を緩めず続ける。これでは満足にはほど遠いのだ。ミルではなくマスターの方が。
「もっかいイって」
とは言うものの、マスターのひくひくと切なくうち震える肉粘膜の動きと弛緩した肢体から、引き上げられた絶頂から彼が未だ戻ってきていない事は分かりきっていた。
「んっ、い……っ、て、いまっ、も……」
ふるりと震える褐色の肌。ぎゅっと瞑目し、とうとう溢れる涙。
整った顔がくしゃくしゃになり、普段の上品な表情とのギャップが大きければ大きい程ミルの興奮は終わりに向けて加速する。泣かせて哭かせて啼かせている、と思うと堪らないのだ。
「ぉ゛、あっ、ん゛ぁああ゛っ!」
その後のマスターの声はもはや言葉にはならない。ただ病に魘されているかのような音が喉を吹き荒ぶだけだ。いつもの柔和な声も、こうなると溶けて崩れて淫らな色しかない。
「お゛ぉっ、え゛……ッ、あ゛、っふ……ぅ、そこ、っお゛ー……!」
執拗に奥の窄まりを突き、舐めるように腰を回すと、ミルへの締め付けが強まる。肉棒の根元は膣口にきつく食まれ、竿と亀頭は搾るように蠢く。マスターの祈る指は崩れて、顔の横で再びシーツに縋って皺を寄せる。
快感に快感を叩きつけられる感覚はいかほどのものなのかミルにはわからないが、悲鳴のような嬌声や浅く割れた腹筋が痙攣する様から、それが凄まじいものだとは想像できる。
ミルは後を引く絶頂の快楽に狂った内臓を荒らし回り、潤んだ粘膜を滅多やたらに擦過する。
「……っあ、あぁ゛ッ、みる、さんっ、はぁ、んぉ゛……ッ」
白いシーツの上で艶かしく乱れる褐色の肌。与えられる肉悦を享受し、そしてそれをミルにも返報せんとミルの打ちつけに合わせて迎えるように揺らめく腰。何度交わってもマスターの瑞々しさは損なわれる事なくミルの性感を強く揺さぶる。
「あー、やば……いきそ」
感傷的だがマスターの熱を感じたくて、ミルは彼に覆い被さりシーツを掴む手を上から握りしめる。そうすると彼の酩酊したように霞んでいた瞳が深みから浮上してミルをしっかりと捉える。ミルの心臓が一瞬止まる。
「みるくさん、すき……」
歓喜がミルの身を貫く。呂律も回らぬ稚い言葉だったが、これ以上に無駄の削ぎ落とされた告白もないだろう。
ミルはマスターの眦に唇を寄せて涙を掬って辿りながら唇を目指す。待ち切れないのか相手の唇が迎えに来て、夢中で互いに吸い付く。
ミルの中に差し込まれた舌が貪欲にミルを求めて揺れる。ミルの舌はもちろん歯列から上顎の奥まで余す所なく味わわれ、疎かった口腔内の性感が鮮やかに灯る。刺激があまりに強すぎて逃げをうつ舌が捕まり、ゆるく噛まれ、びくりと身体が慄く。
マスターのキスに圧倒されて、唇の隙間からミルの甲高い喘ぎ声が漏れる。
「うっ、んぅ、ます、た……ぁっ、ふぇ……出る……っん」
どちらが優位なのかよくわからない混然とした坩堝に突き落とされて、ミルはとうとう欲を放った。
ぐらぐら煮えたつ脳は爆ぜて、思考は白んで、解放の愉悦だけが心身を支配する。肉体は浅ましく、より高みを求めてマスターの奥深くを暴く。
果てに果てを重ねてふやけた蜜口に大量の欲液を叩きつけると、相手もまた絶頂を深めて強く仰け反る。それでも互いに重ね合わせた唇が分たれる事はない。
そうして酸欠になりながらの絶頂はひどく長く尾を引くように感じられた。
「ん゛……ッ、ふぅ——」
マスターの絶頂の喘ぎが接吻に溶けて、あとはただ、穏やかな余韻が心身を撫でるだけだ。
事後のだらけたミルの身体に隙間なくぴたりとくっつく温かい肌。小柄な身体にすっぽり収まるように縮こまったマスターをミルは迎え入れ、抱きしめる。
「終わった後にこうしてみるくさんに抱かれているとすごく気持ちいいです。頭も体もふわふわして……困っちゃいます」
ミルの貧弱な胸に埋められた唇が、くぐもった声でそう言う。
「あと寝るだけなんだから、いいじゃん」
マスターの髪を撫でてやると胸に押し付けられた顔が心地良さそうに揺れる。
「半分夢見心地で、言ってはいけないこと、言いそうで……」
確かにマスターの声色はいつもの鷹揚で穏やかな感じを振り切っていて、寝言のようにも聞こえた。
「なにそれ」
「ん……一日の半分だけじゃ足りなくて、みるくさんの人生の半分も欲しいって……」
「言ってるし。それに一日の半分も一生の半分も同じことじゃ……」
胸にかかる重みが増して、既に相手には何も聞こえていないとわかる。
ミルは彫刻のように整ったマスターの寝顔を撫でながら一人溢す。
「いいよ、マスターがあたしのこと嫌になるまでいるよ」
そしてミルはこう思った。それが人生の半分に足るまで続けばいいのにと。
——of the day 完