赤ずきん、あるいは - 5/5

 ハルは顔をくしゃりと歪めて、駄々を捏ねる子供のように頭を横に振る。ユキは静止してじっとハルの泣き顔を見つめる。
「なんで」
「だって、本気イキしたら絶対執着ひどくなっちゃう……身体でも大好きになっちゃって、理性利かなくなって束縛して重たくなっちゃうもん。ユキちゃん絶対そういうの嫌でしょう……」
 ふと逸らされる紅潮した顔。羞恥か何かで細めた目に湧いた涙の粒がとろりと垂れる。煽情的かつ純真。相反しそうな二つの特徴がユキの胸を焼き焦がす。
「はあっ!? いっ……いいに決まってる! むしろ望むところだわ! 理性かっとばせ、おらあっ」
 ユキはハルに覆い被さり肩を抱く。滅多やたらに貪られる予兆を感じたのかハルは逃れようと身動ぐがそれも無駄な抵抗で、その上ユキの獣欲を煽るだけだ。
 混ぜ合わせるように腰を回して浅い出し入れを繰り返す。肌同士の弾ける音はしないが、ハルの深くを掻き混ぜる淫らな水音が幽かに響き、鈍い感触が重ね合わせた下腹を通じて互いの身体を伝播する。
「ん゛ッ、ふゥうッ、ほお゛ぉッ」
 太竿に擦り抜かれ無理矢理慣らされた蜜道はふやけて、切先に撹拌され打ちのめされ続けた頑なな蜜口はとうとうユキに懐いて綻ぶ。
「あ゛……ッ、が、ぁ……ぉ゛」
 もはや言葉になっていない理性の溶け崩れた絶頂の叫びがユキを悦ばせる。
「イってるハルさんの中すごい気持ちいい。吸い付いてくる」
 ユキは所在なく暴れるハルの手を握り指を編んで組む。強く引き締まり拘束してくる恋人の四肢。執着の片鱗を感じて心地よい。
「はぁ、ハルさん、これで終わりにするから、一緒にイこうね」
 媚びてくる柔らかな蜜口に屹立を食い込ませ、引導を渡す。
「ひぅ——ッ」
 絶頂に喉を晒し、上向くハルの顎。ユキは彼の項を引き寄せ仰け反った白い喉に噛み付く。滑らかな肌身を唇で吸い、歯で摘み、舐めて味わう。
「あ゛……食べられてるっ、やっ、死ん、じゃ……」
 最後の理性の残滓からの譫言を聞きながらユキは絶頂の証を放つ。搾り取られて死んだように意識の白むそれではなく、互いの波長が馴染んで円熟した絶頂。
 肌を重ねて熱を交わしながら射精するとひどく穏やかな充足感が満ちてくる。ハルを果てさせたという達成感などもはやどうでもよかった。ただ受け入れて、最後まで付き合ってくれたのが嬉しく愛おしい。
 ユキは死んでしばらく経った死体のように弛緩した肉体を夢見心地で抱きしめる。
「ゆきちゃ、ん、……」
 果ててすべて手放す寸前に、絡まった糸が解けたように和らいだ顔がユキを見る。後頭部が存外強い力で引き寄せられ、耳元でハルが囁く。うっとりとした声と言葉に多幸感を覚える。
 下敷きにした白い肉体に身を委ね、ユキも引いてゆく快感をゆっくりと味わった。
 ハルの囁きに応えてやるようにユキは彼の身体を撫でて、キスを落とした。
「それって、わたしがハルさんの一番って事なのかな」
 死んでも離れないから、とハルはそう言ったのだった。

 うとうとしていたユキの身体にぴたりと寄り添ってくる愛おしいハルの温もり。それを手繰り寄せて身体を添わせるとお高そうな香り。
 抱き潰したと言って差し支えないくらいの行為をしたというのに、事後にはユキを床に捨て置きさっさとシャワーを浴びに行く辺り体力がすごい。さすがスポクラ通いである。
 ボディクリーム塗りたてのハルの身体はしっとり潤い触り心地がいい。ユキは性的な意味なしに恋人の肌をさすり愛おしむ。ぬいぐるみにそうするようなものだ。
「ユキちゃんもシャワー使っていいからね。シャンプーとバスタオル代も入れて千円でいいよ」
「けちだぁ……」
「意地悪で言ってるの」
 一段階灯りが落とされた蛍光灯の下、眼鏡のない顔はいつもよりちょっとだけ若い。そして温和と言うには少し体温の低すぎる気怠げな顔に見える。
「メガネしてる方が落ち着いて優しそうに見える」
「老けて見えた方がいいってこと? やっぱりファザコンなんだあ」
 細めた目は色香漂い蠱惑的。眼鏡がないせいで印象が和らぐという事がなく直接的に邪視が効く。眼鏡がかくも偉大な魔除けの道具だとは。
「しつこいなぁー」
 その視線に再び欲望を催しそうになるのを抑えて努めて面倒そうに返す。
「今更嫌がっても別れないからねえ」
「ほんとにしつこい」
「ちなみに身体の方も執拗だよ」
 言葉が終わる頃にはハルの顔が横から真上に移動している。
「えっ」
 ユキの顔の横に手をついて、脚は腰を跨いで、ハルの肉体そのものがまるでユキを幽閉する牢獄だ。
「まだできるでしょう。両方ついてる人は性欲強いんだものね。僕は詳しいの」
「それは偏見だ」
「前に両性具有の女の子とした時は一晩中したよ。もしかして、狼さんはもうできないの?」
「ぁあん?」
 できらあ! と勢い任せて言いかけてユキは思い直す。
「いや明日も仕事じゃん。お互い疲れるからもうやめようよ」
「僕は明日お休み。まあ休みでなくても僕は大丈夫なんだけど」
「なんで、休み合わせようねって言ったのに……いや違う。わたしはもう無うぅ、ふぅ」
 無理、という言葉はキスに飲み込まれて鼻にかかった吐息に変わる。
「僕に執着されるってこういう事だからね、ユキちゃん」
「やだ助けて搾り殺される」
「んふ、悪い狼さんはしんじゃえぇ」
 柔肌が迫って、ユキのすべてが瓦解し溶けた。
 こんなの赤ずきんじゃなくてレッドキャップじゃん、とユキは思った。

赤ずきん、あるいは おしまい