超能力者がいっぱい - 1/6

 昔の夢を見た。
「一緒に行きませんか。あなたの事は限りない一生をかけて守ります」
 燃えるような夕日を後光のように背負って、その姿は輪郭しか分からない。その人物は瓦礫を枕に横たわるマナに手を伸ばす。
 よく見る夢だった。
 ついて行ったら今頃どうなっていただろうと思いながら、切ない気持ちで目覚めるのがいつもの流れだった。

 

 今朝も少し寂しい気持ちで夢から浮上したが、それよりなんだか瞼の外が眩しい事や、まだ春なのに朝から暑い事の方が気になった。
 マナは半分覚醒しながら、熱っぽい息を吐く。
 誰かが自分を呼ぶ声が聞こえる。暖かく、穏やかで、心地よく、機械的で……。
「おはようございます、内藤マナさん」
 そして淫らに蕩けた声。朝っぱらから聞いていい声ではなかった。
「ギャ」
 目を開けたマナは自分の腰の上に跨っている汎用亜人型自律特殊人形の姿を認めると短く低い悲鳴をあげた。
 カーテン全開の窓から差す春の朝日を真正面から浴びる一見上品なT4-2の微笑。マナには爽やかな陽光の前でもそれが淫蕩と狂気に歪んで見える。
「起き掛けに出す声ではありませんね。悪い夢でもご覧になったのですか」
 これが悪い夢のようだ。
「やっ、なにしてっ……んんっ」
 マナの糾弾の声は勝手に上擦る。
 何をしているのかはもう分かりすぎるほど分かっている。朝から漲るマナの怒張を、T4-2の淫裂が飲み込み慰み物にしていた。
「あなたを籠絡しています。肉体的に」
 T4-2の鈍色の指先がマナを向く。
 お互い腰を動かしていないにも関わらず、金属製の女の器はマナから肉の欲望を搾り取ろうと緻密に追い立ててくる。根元はその入り口でがっちり捕らわれ、竿は荒っぽく扱かれ、膨らみの根元は捻るように揉まれ、先端は優しくあやすように吸い付かれる。
こうして好い所すべてを暴き立てて、従順な肉欲の虜に堕とそうとする貪欲な動きであった。
「朝から随分と御達者なようでしたので、お力添えも兼ねて」
 T4-2は優雅に胸に手を当て宣う。
「なんでっ、朝からこんなことっ」
 根本をきゅんと締め付けられ、腰と声が震える。それだけで出そうになる。情けない悲鳴は出てしまった。
「先日の行為は夜の事でしたので、夢と思われては困りますから」
 夢だなんて思うわけがない。夢なら醒めてくれとは思ったが。
「夢だったらっ、よかったのに……ぃ」
「気が合いますね。私も夢のようだと思いました」
 T4-2のうっとりねっとりとした声が耳を穿つ。非常に、性感によくない声だった。機械の、それも合成音声のくせに、どうして息遣いや劣情に塗れた声が出せるというのか。
「そうは言ってな……あっ、あぁっ、はあっ」
 マナは思わず背を反らし、T4-2の金属の腰に自分の腰を密着させてしまう。きつく吸ってくるような奥の窄まりがマナの先端を激烈に苛む。射精だけは堪えるが、迅る汁がとろりと分泌されてT4-2の中を穢す。
「精液ではなく、尿道球腺液が出ましたね」
 精密機械ならではの明け透けな表現も今はマナの羞恥と快感を刺激する。
「頑張りますね。辛抱なさる必要がありますか。私を存分にお使いになったらよいのに。それとも我慢がお好きですか」
 怒張の裏に隆起する筋が下から上へ押し上げられるように刺激される。
「なっ、なにこれっ!? なっ……ああー!?」
 直接的で激烈な刺激にマナの身体が跳ねる。あんまりにもあんまりな、叩き込むような乱暴な快感。押し出されるように先走りの飛沫が先端から溢れる。
 また腺液、我慢強くていらっしゃる、と小首を傾げて男が笑う。
「私にだって、あなたの好きそうな事はできます。ですが、そうなると私も否応なく感じてしまうのが難儀な点ですが」
 卸したてのような形の整った薄青のシャツに包まれた重量級の上半身がその内を抉られ穢される快感に悶え、うねる。機械の癖に快楽を覚えるなどとは実に上等だ。
「しかしこれが無常の悦びというものなのでしょう。あなたと交わった部分から快感と法悦が立ち昇って来ます」
 T4-2はマナに見せつけるように己の屈強な肢体を、太い腿から張り出した胸へと撫で上げる。肉感的で劣情をいやましに煽る動きのなんと……。
「変態っ、煽るなっ……うっ、んぁ」
 マナの心臓が早鐘を打ち、汗が噴き出す。目の前の変態冷蔵庫を大声で詰りながら喘ぎたかったが、ここは他の家族も暮らす自宅。寝具を握りしめ、なんとか耐える。
「私に性的な興奮を覚えていただけるとは、この身に余る光栄です」
 そう言う汎用亜人型自律特殊人形はマナの手に余る。
「嗚呼、マナさん、あなたにお使いいただく身でありながら、浅ましく昂りに身を委ねる私をお許しください」甘ったるい囁き。
 ちょっとやそっとでは壊れなさそうな頑健な身体を持つ機械仕掛の大男が、極めて繊細な女の性感を使って、マナに耽溺している。
 アルカイックスマイルの浮かぶ口元は歪む事などありようもないのに、女を辱める悦びに舌舐めずりでもしているかのよう。
 双眸は狂気に爛々と赫き、マナの目の奥をじっと見つめる。身体の奥深くまで監視されている気がして恐ろしくなる。
 それらすべてが奇妙で淫猥で倒錯して、気が狂いそうな程の快感となってマナを襲ってくる。
「念のためもう一度お伝えしますが、やめたい時は、そう仰ってください」
 寝乱れたマナの浴衣の合わせを開き、T4-2の手がその身体に触れる。下半身の荒っぽく陵辱するようなそれとは違う、慈しみ崇拝するような愛撫。わけがわからなくなってくる。
「は、はあっ!? 言わせないくせに!」
 ひんやりした手が身体を這い回り、マナの熱を鎮めてゆく。宥めるように、優しく。
「その件については猛省しております。あのように唇を塞ぐなどという破廉恥な振る舞いはもう二度といたしません」
 寝起きを襲うのは破廉恥ではないとでも言うかのようだ。
 T4-2がマナの手を取り、唇を寄せる。硬く柔らかな接吻。野蛮な行為とは裏腹の優美な所作。マナの情緒を滅茶苦茶に踏み躙る。
「接吻は手に」満足はできませんが、とT4-2は流し目を送るように眼光を細める。
「じゃあ、もうっ、やっ、やめ……」
 恥を偲んでマナがやめてと言う前に「嗚呼……ッ、申し訳ありません先に絶頂してしまいそうです。使役される立場でそれは非常によろしくありませんね」追い上げる騎手のようにT4-2が腰を一往復。鞭のように打ち合う互いの肉体。「お先にどうぞ」
「ばかっ、ひど……あっ、ああっ……!」
 マナの我慢は限界を迎えていた。T4-2の中に、煽られまくった欲望を吹き付ける。濃厚で、大量の。腰が壊れんばかりに痙攣する。あり得ないくらい好かった。
「あん、はっ、はぁ、出ちゃった……やだぁ……」
 常ならば酒焼けしたような気怠くハスキーな声が女らしい甲高いものになる。手で顔を覆い戸惑う様子は女というより少女のようでもある。
「ふふ……嗚呼、あなたの恥じらう姿のなんと愛らしい事でしょうか。内側からときめいてしまいますね。さあ、しっかり全部出してください」
 最後の一滴まで絞りつくすような機械仕掛の性器のいやらしい動きに、尿道に残った残滓までも搾り取られる。びくっと震える女の細い腰。
「んっ、いい加減にっ……」
「善い加減でしょう。あなた用にきっちり調整されております」
「あんたはっ、最悪ッ! くそ冷蔵庫!」
 極限まで潜めた声で罵倒するが、達している以上、負け犬の遠吠えだ。それにT4-2に罵倒は無意味。
「ご堪能いただけたようで、何よりです」
 T4-2は胸の前で指を組み合わせ、マナに微笑みかけるように首を傾けた。
「最悪……」
 マナは腕で顔を覆って泣き言を漏らすしかなかった。むしろ本当に涙さえ流していた。
 快感に流されて鉄屑野郎を磁力で弾き飛ばす事を思いつかなかった自分が情けなかった。
「何故泣いていらっしゃるのですか」
 T4-2が真新しいハンカチを差し出してくる。
「泣いてないけど」
 マナはハンカチをくしゃくしゃにして嘯いた。