シャン・ド・マルス駅行の切符二枚 - 2/3

 アルヴィットはまるで蜜月の恋人をみるかのような瞳孔の開いた目で自分を見る女を怖れた。恐怖を隠すために精一杯詰る。
「あなたは賢いから自分以外の人間が魯鈍に見えるのよ」
「いいやお前は確かにおつむが弱い。でなきゃ俺の商売道具を壊したりはしないし、列車の切符を無駄に多く買ったりはしない」
「それについては謝ったわ。だってわたしあなたを」
 アルヴィットはエヴァンジェリンの言葉を遮る。
「それにどうして他人の助けを受け入れるんだ。トランクの中身を拾うくらい一人でやれ」
「だってわたしあなたを抱えて」
「言い訳するのか、俺の機嫌を取らなければ飯の食いあげだっていうのに」
 そこまで一気にまくし立てて、しかし少し言い過ぎたかとアルヴィットは気付かれないようにエヴァンジェリンの顔色を窺った。
 彼女はいつも通り、テンペラ画の聖母のように微笑んでいた。重たそうな睫を湛えた瞼は伏せられ、小さな優しい唇は妙なる角度でその端を優雅に上げている。
「そうね、今日の興行までに機嫌を直してもらわなきゃいけないわ。またさっきみたいに無視されたら困るもの」
 エヴァンジェリンはアルヴィットを軽々と抱き上げた。
「やめろ」
 アルヴィットの抵抗の声はエヴァンジェリンの唇に一息に飲まれた。

 前時代的な鬘、差し色に黒を用いた赤い天鵞絨の上着、金の刺繍の施されたベスト、光沢のある絹の靴下……。ベッドには先程までアルヴィットが身に着けていた服が無造作に散らばっていた。
「あ゛、んが、ぁ……」
 裸に剥かれたアルヴィットはエヴァンジェリンの豊かな胸元に頭を預け、されるがままだ。目はとろんと夢でも見ているかのように蕩け、唇はだらしなく開け放たれて、唾液が彼女の服の胸元を汚す。
 エヴァンジェリンの指が時折アルヴィットの泣き所を責め、通電したかのように身体が痙攣した。
 細い三本の指に抉じ開けられた尻の穴は指を旨そうに食み返している。
「ふぉ、お゛お゛、んお……っ」
 アルヴィットはかれこれ三十分はエヴァンジェリンの好きなように弄ばれていた。
 いくら生物学上男とはいえ、倍近く大きなエヴァンジェリンに抱きしめられては敵わない。
 彼女はぐだぐだと厭味を並べ立てる彼を抱き上げ接吻して黙らせると、彼の肛門を風呂場で念入りに清め、こうして邪な愉悦に沈めたのだ。
 最近ではエヴァンジェリンにとってそんなご機嫌伺いも手慣れたもののようだった。そうされてしまえばアルヴィットは快楽に絆されて、常ならば馬鹿だなんだと腐すエヴァンジェリンの言う事に従順に従ってしまうのだった。
 今やアルヴィットの肉付きのいい腰はがくがくと震え、身体は熱に浮かされていう事を聞かない。まるで子供に滅茶苦茶に弄ばれる人形だった。
「これ、ついていない方が素敵」
 エヴァンジェリンの唇が快感の涙で濡れて白塗りの化粧がどろりと溶けた頬をなぞり、つけぼくろを外す。
 ついでに尻の中の急所を指で責め立てられ、アルヴィットは悲鳴を上げながら何度目かの絶頂を味わわされた。
「っあ、ああぐううぅっ」
 吐性の勢いはもう失われ、アルヴィットの体力が限界な事を示していた。
「はぐ、う、も、う出ない……すまなかった、謝るから、もう、終わりにしてくれ」
 アルヴィットの小さな手が、エヴァンジェリンの質素なドレスをぎゅうと掴む。まるで寄る辺ない子供だ。
「でも機嫌悪いままなのは困るの」
「も、う直った、ちゃんと……ちゃんと仕事も、する、お前の言う通り、んぁ、あ、だから、だから……」
「人形もちゃんと治してあげるわね? この三年、ずっとバラバラのままでかわいそうよ」
「ん、ん、する、直すから……!」
 その場限りの謝罪と守る気のない誓いであったが、アルヴィットはそれだけ必死に言うとエヴァンジェリンを見上げた。
 きっといつも通りエヴァンジェリンは手におえない子供を相手にするような笑顔を浮かべて自分を解放するだろう、そうアルヴィットはたかをくくっていた。
 しかし女はふう、と息をついて「あなたいつもそう言うけど、約束を守った試しがない事を失念しているのよ」と呆れたように言った。「きっといつもここで終わらせるから駄目なのね」
 アルヴィットの尻にドレス越しのそれが触れた。エヴァンジェリンの硬く、太く、猛々しいそれが。
「あ……あ、そんな、やめて、やめてくれ」
 エヴァンジェリンがゆっくりとドレスを上へ手繰る。質素なドレスの清貧な衣擦れの音がどこか耳に心地よい。
 アルヴィットはベッドに仰向けに下ろされすでに自由の身ではあったが、身じろぎ一つ出来なかった。心の奥底ではこうなる事を望んでいたのかもしれなかった。
 純白のドロワーズは屹立によって持ち上げられ、異形の膨らみを浮かび上がらせていた。
 心臓の拍動は恐怖のせいなのか、それとも期待のせいなのか、アルヴィットには分からなかったし考える余裕もなかった。
 エヴァンジェリンは遂にドロワーズに手をかけ、見せつけるようにそれをずり下ろした。
「あなたにとってわたしは檻の中の動物と一緒なのでしょ」
 現れたのは天を衝くように雄々しく反り返る巨大な肉棒で、興奮と欲望の滴りが頂から垂れ落ちている。
「ち、ちがう、そんな風には思っていない」
 確かに御しやすい“腹話術師”であるとは思っていたが、檻の中の動物だなんて思った事はなかった。
 エヴァンジェリンは悪魔の芸術品のように美しい。用途のある工芸品などではなく、美だけを備えた芸術品。だから血の巡りがいささか良くないのは目を瞑るべきだった。なにせ二物を与えられなかったが故の完全無欠な美なのだから。
「そうよね、調教された動物は調教師を襲わないもの」
 そう言って瞬間的に浮かべる微笑みは計算されつくして作られた石膏像のように精緻で惻隠に満ちている。だが本人はその掛け値なしの微笑みの価値を知らない。そこが血の巡りが悪いとアルヴィットが詰る部分なのだ。エヴァンジェリンは本当に頭が悪いわけではない。
「違うそうじゃない」
 アルヴィットがエヴァンジェリンを手放せないのだ。
 自分が救いようもなく魯鈍で白痴で、口煩く厭味ったらしい侏儒がいないと生きていけないと思い込んでいる――思い込まされている美しい娘がいないと、アルヴィットは生きてはいかれないのだ。
 自分でもこれ以上ないくらいに歪んでいると思う。しかし誰かが己を必要としてくれなければこの先の長い人生惨め過ぎる。
「でも調教師がそれを望んでいたら、襲う真似くらいすると思うの」
「お前は動物じゃない、エヴァンジェリン。それに俺は……」
 お前の所有者ではないし、本当は何でもしてやりたいくらいに好いてさえいるのだ。と言いかけるが、いらない矜持がそれを阻んだ。
 だからエヴァンジェリンが怖気立つような笑顔で「そう。わたしは動物じゃないから真似では終わらないわ」と吐いて圧し掛かってきたのはアルヴィットの自業自得なのだった。
「頼むやめてくれ!」
 彼の抵抗も虚しく、小さな脚は高く持ち上げられ、執拗に責め立てられた尻穴を晒される。
「かわいそう、かわいそう……アルヴィットかわいそう」
 エヴァンジェリンは壊れたオルゴール人形のような無味乾燥な笑顔を張り付けたまま、アルヴィットのそこに怒張を突き立てた。
「ご……ふ、ぐぼ……ぉ!?」
 アルヴィットの口から唾液の塊がどぼっと零れる。落ち窪んだ木の洞のような眼窩の中で濁った眼が見開かれ、瞳が収縮する。
 今までエヴァンジェリンの細い指しか受け入れてこなかった尻穴を、突如として野太い肉の柱で一気呵成に開き貫かれ、突き上げられ、擦られる。
「はお、ぉお゛……」
 舌が縺れて唇からでろりとこぼれる。腰は笑って言う事を聞かず、腹は女のそれを奥まで埋め込まれ膨らんでいる。
「きつい?」
 醜く膨らんだ腹を撫でながらエヴァンジェリンは優しく聞く。
「あ゛っ、はー……んん゛、お゛……大き、い……」
 アルヴィットはぼんやりとした頭のまま頷く。
「あなたが小さいの。ちゃんと慣らしたのにこうだもの。でもわたしには丁度いいわ」
 確かにそれは嘘ではないようで、アルヴィットはエヴァンジェリンの怒張の喜びの震えを自身の穴でまざまざと感じていた。
 遂にエヴァンジェリンがアルヴィットの腰を押さえつけ、自分の腰を振りたくり始めた。
「ひぐ、エヴァンジェリン、えう゛ぁ、あ゛、いだ、痛い、あ……」
 肉襞が捲れ、ごりごりと勢いよく穴を擦られる。
 痛みに泣き喚き首を激しく振るが、痛みの奥に甘い痺れがある。しばしば折檻代わりにエヴァンジェリンに尻を慰められてきたせいと、そして、エヴァンジェリンのそれを受け入れる事を想いながら隠れて尻の穴を自身で慰めてきたせいだった。
「あ、ぎあ、あああああ!」
 腹の奥が熱くなり、腰の中心で性器が震える。
「かわいそう、かわいそう……アルヴィットかわいそう」
 エヴァンジェリンも感極まっている様子で、両手でアルヴィットを抱き上げると彼を上下に動かして穴を堪能し始めた。
 彼女に突き上げられる度に彼の脳の奥で火花が散って神経が焼け落ちる。
 肉襞を押し下げられながら抜かれると腹が凹み、奥に突き入れられるとまたむごいまでに膨らむ。
「んごっ、壊、れる……ぅ」
 抜き差しの度に骨盤が激しく軋み破壊の予感が襲い来るが、しかしそれもまた暴力的に心地よい。
「ああわたしあなたも壊しちゃうんだわ、あの人形のように。どうしよう、どうしよう……」
 エヴァンジェリンが見ているのは床に無造作に置かれたトランクからのぞく金属の冷たい腕で、まるで蜘蛛の脚のような指が床に垂れている。
 腕以外の残りの部品はトランクの二重底の奥で眠っていた。豊かな金の巻き毛の垂れる白皙の美青年の顔や、彫刻のように均整の取れた肉体が。
 アルヴィットが操っていたその“腹話術師の人形”は彼が初めてエヴァンジェリンに出会ったときに砕けて壊れた。エヴァンジェリンの人差し指のほんの先端が触れたその瞬間に。