信頼と栄光 - 6/6

「走る姿は獲物を追うジャッカル、グラディウスを振るう姿は怒れる軍神マルスよ。どっちも見た事無いから本物はどうだか知らないけれど、きっとあなたのような感じなんだわ。あるいはあなたほど素敵でないかのどちらかね」
 待ち望んでいたたった一人の称賛に包まれて、セジェルはまどろみが背中から這い出して来るのを感じた。
「明日も頑張ってね」
 胸から背に貫通した矢創に接吻を落とされ、そしてすぐに重なる寝息。
 もしも自分がマルスならば、と半身を眠りに貪られながらセジェルは考える。
 そんな自分を弓で狩りとって服従させ、勝利に導いたこの娘は恐らく……。
「……セジェル」
 寝言でたかが剣闘奴隷の名を呼ぶこの娘が、自分に武器を与え、砂に塗れた荒野に月桂樹の葉で道を示し、高みに導いてくれるならば。そして目的を遂げさせ、失われた誇りを取り戻させてくれるのならば。彼女はまごうかたなき……。
「ネイト」
 口にしなくなって久しい故郷の言葉で、崇拝する崇高な神の名を呟いた。
 闘技場を指して戦士を鼓舞する姿、弓を番えて獲物を見下ろす姿は、軍神ネイトそのものなのだ。
「ヴィットリア、ネイト……ヴィットリア……」
 娘のそれと軍神の名を混ぜ合わせ、セジェルは睡魔の吐息を吐いた。
「セジェル……」
 縋りついてくるそれの方を向き、栄誉将軍は小さな軍神を腕に抱く。
 信じてみてもいいのかもしれない。
 ヴィットリアはセジェルの軍神ネイトであると。
「そこよー、なぐれなぐれなぐりとばせーっ……そうよあなたには元を取ってもらわなきゃあ……これはぜんぶわたしのかねよー、むにゃ……」
 そんなわけない。
 セジェルは柔らかく微笑んで馬鹿げた考えを振り払いながら、今度こそ本当に眠りに落ちた。
「……すぺくたきゅらーを見せて……」
 眠りに緩んだ手はヴィットリアの背で四つの黄金を寝台に散ばせた。

信頼と栄光 終