スターバックスの今週のスピリタス - 4/4

「あ゛ー……♡♡ はぁあ……♡」
 果ての果て、絶頂の終わりに肉体は腐り落ちたように蕩けて緊張を失う。芯から漏れる吐息も同様。
 寝台に沈んだクシーダの身体から抜け落ちる半陰茎。後を追って溢れる大量の性汁。それらのささやかな刺激さえ事後の堕肉を責め苛む。
 スターバックスに抱きしめられて、やっと後快楽に緩慢に身動ぎする体が鎮まる。どちらからともなく唇を重ねて、愉悦の名残を分け合う。
 まるで恋人にするようにスターバックスはクシーダの頬を撫でて柔らかな眼差しを向けてくる。
「やっとゆっくりできそう」
 これで本当に終わったか、とクシーダは疲労と快楽の微睡に意識を手放そうとするが。
「時間はまだたっぷりあるし、こっからはまったり味わいセックスするか!」
 再び挑みかかってくる水竜。使い潰されぐずぐずに蕩けた身体を遠慮なく貫かれる。
「ほ……〜〜ッ!?♡♡ あぁ——」
 汗も、唾液も、肌も混じり合う。
 体だけは完全に一つであった。

    

 瞼の内側まで容赦なく照らす陽光。
 クシーダははっと目覚め、まだ朝か、と絶望してから、もう朝だ、と思い直す。
 急速に与えられた快楽で爛熟した体を誇張なしに丸一日、いいだけ貪られた。
 前後左右上下、あらゆる体勢姿勢でじっくり味わうように中を使われ、最後は嬌声さえ潰えて、瀕死の蛙のような呻きしか出なかった。そうなるまでにクシーダが溢した下劣で卑猥な言葉は枚挙にいとまがない。
 起き上がろうとすると全身の節々が痛んだ。「このうろくず」腹いせにクシーダは自身の腰回りに絡んだ白い腕や掛け布代わりになっている薄い翼を乱暴に払い落とす。クシーダを後ろから抱きしめていたそれは、むにゃあ、と癇に障る音を発しただけで未だ夢の中にいる。
 クシーダは竜神の庇護から這い出て寝台から降りる。床を踏み締め立ち上がると秘所から白濁がごぼりと溢れて脚を伝う。
「っう……ああ……」
 未知の不快にクシーダは思わず腹を抑えてその場に蹲る。足元に無造作に放られている銅鏡に映る己は四肢に鱗模様の痣を浮かばせて、首筋や胸元には接吻の鬱血痕や噛み痕の徒花が散っている。酷い有様だ。食い散らかされたと表現してまったく差し支えないだろう。
 散らばった衣服を拾い集め身に纏いながらクシーダは吐き捨てる。「獣め」
「そうだよ。鱗で獣のなんかよくわかんないやつだよ」しどけなく横たわったまま目だけ開けたスターバックスが応える。「あんたと同じにはならない」
「それは拒絶ですか」
 クシーダは身繕いにかこつけてスターバックスに背を向け、それだけ問う。
「拒絶? 仕方ないじゃん、て意味だよ」
 そういう意味なら、とクシーダは内心胸を撫で下ろす。人間への強い拒絶と否定ではなかったのだ。それを知れただけで少しは日々の虚な時間が減るだろう。
 スターバックスは寝台の上に腰掛けて大きく伸びをしてから続ける。
「人並みの魂ないし」
「それでいいです」
 無い方が寧ろ良い。人間だけに寡占されている物が良い代物なわけがない。
「それ“で”ってなんだよ。ほんとやなやつだな」
 クシーダはタイを拾うため床に跪き、目を落としたまま呟く。
「すみません……」「謝った!」「……が」「お?」
「次回はもう少し理性をもって丁重に扱っていただかないと困ります」
「謝罪じゃなかった!」
「何故わたくしが謝罪を」クシーダは乱れた髪を掻き上げ撫で付けながらスターバックスを顧みる。身嗜みはすでに完璧で“いつもの”彼だ。「それをする必要があるのは貴女の方では。睦言も十全な愛撫もなしにわたくしを犯したのですから」
「おかしくね、迫ってきたのはそっちだろ。まあ次があんなら、あんたは汚れてもいい服着てこいよ」
「服を着たままわたくしを使うつもりですか」
 なんと野蛮だろうか。クシーダの心臓が期待……いや、嫌悪に鳴動する。送り出される血液が目の奥を熱くする。
「裸でやってもいいけど」スターバックスが部屋の中のぐるりを表すように指で円を描く。「家中の」
「家中の……ッ」そこかしこで身を暴かれる事を思うと頭がくらくらしてくる。思わずクシーダは下腹に手を這わせて妙な吐息を漏らしてしまう。「……ッッ♡」
「掃除」
「はっ」
 驚きに剥き出したクシーダの目元から片眼鏡がぼとりと落ちる。
「昨日もほんとは家の掃除して欲しかったんだ。けどあんたが変な空気にしてきてそう言える感じでもなかったし」まあ一日ヤリまくるのも悪くなかったけどさ、とスターバックスは悪童のように笑う。
「この」クシーダの唇の端がわなわなと震える。「わたくしに」そしてその震えは全身に伝播する。「こんな薄汚い場所の掃除をさせるつもりで……」
「じゃなきゃ誰が時間ばっかかかるめんどくさい仕事引き受けると思ってんだよ。今以上に掃除洗濯する暇なくなるんだからさあ」
 クシーダは馴れ馴れしく肩に置かれたスターバックスの腕を振り解く。心身の熱は既に散った。完膚なきまでに。そしてなけなしの好意も。
 男の悲痛なまでに裏返った金切り声が室内にこだまする。
「わたくしをコケにするのも良い加減になさいッ!」
「してない。唐突に発狂するのやめなよ」
「もう結構です。貴女との契約は切ります。お終いです。路頭に迷っても知りません」
 クシーダは野良の動物を追い払うように手を振る。
「そういうことすぐ言うから殴られるんだぜ」
「こういう事をすぐ言うのは貴女にだけです」
 ほぉ〜……とスターバックスは手をこまねいて興味深げに首を傾げる。
「あんだマジであたしのこと……」
「もう好きではありません」
「じゃ前は好きだったん?」
 いかな育ちの良いクシーダとて舌打ちしたい気分だった。相手の口を塞ぐにしてももっといい台詞を選ぶべきだった。
「忘れなさい、今の言葉は。いえ、昨日から今までに起こった事すべて」
「家中キレ〜に掃除してくれたらたぶん記憶もキレイさっぱりなくなるよ」
「明日にでも業者を寄越しましょう」
「あんたがすんだよ。来週。そういう契約だ」
 何もかもが嫌になって、クシーダは投げやりに返事をする。
「はいはい」
「返事は一回だろぉ〜」
 クシーダは舌打ちしてとうとうスターバックスに殴りかかった。

スターバックスの今週のスピリタス めでたしめでたし