【旧版】The Pilot - 4/6

 瞬間、T4-2の金属外皮が複雑な線状模様を波立たせて激しく燦く。
 ヒューズの飛ぶような音を立てて、汎用亜人型自律特殊人形の右目の奥で小さな火花が散る。予期せぬ事象とそこそこの衝撃だったようで、金属の頭が一瞬後ろに傾ぎ、マナの脚を拘束していた手が離れる。
 マナは一筋鼻血を流して荒い息を吐きながらけたたましく笑った。
「やってやった。冷蔵庫野郎、やってやったぞ!」
 構造もよくわからない金属塊を、隕鉄もなしに手探りでぶっ壊した自分を誇る。ただ、頭はガンガンするし、心臓はドキドキするし、起き上がろうとすると関節がズキズキした。マナは疲労と達成感でその身を床に投げ出す。
「そんな無茶をするものではありません」
 しかし一方でT4-2にはさほどの問題でもなかったのか、右目の横を指先で何度か叩きながら姿勢を立て直す。
 馬鹿な! とマナは叫んで追撃を加えてやりたかったが、そんな体力はもはやなかった。
「あなたは本当に好戦的で向こう見ずですね。そして悪い人です」
 叛逆すら愛おしむような言い方にマナはうんざりした。肌触りの良いハンカチでその血を優しく拭う所作にすら。
「しかしお礼は言わなければなりません。あなたのお陰で焼き切れそうだった神経束が元に戻りましたので」
 マナは余計な事をした自分を呪う! 末代まで! 永劫に! 呪いあれ!
「このような過ぎたる性的な昂揚は、どうやら私の神経には障りがあるようですね」
「こんなまだるっこしい事しないで、あたしを脅せばいい!」マナは血反吐を吐く勢いで叫ぶ。
「脅す理由がありません」T4-2がきょとんと首を傾げる。
「白々しい、わかってるくせに!」
 T4-2が隕鉄を盗んだ事や、超能力がある事を公にすると脅してきたならば、もっと話は早かった。
「あなたが想定していらっしゃる、そのどちらの件についても確かな証拠はありませんし」そう言いつつもT4-2は真上の神棚を小さく指差す。「そんな事をしてもあなたは他人の言いなりになどならないでしょう」
 能力を使い過ぎて疲労困憊の上に怒りで神経が昂り、紙のように青白くなっているマナを、T4-2は優しく労わるように撫でる。
「それどころか、脅迫者を抹殺なさろうとさえする。自分の命を賭してでも」違いますか、とT4-2。そこにもはや淫蕩の気配はなく、真摯だ。手負いの獣のようだったマナも神妙になる。
 T4-2に触れられた部分から生気が戻り、温もりが灯ってゆくような感覚がある。
「あなたを失う事はこの世にとって極めて重大な損失です。いいですか、どうかもう二度と無茶な力の行使はおやめください」
 有無を言わさぬようなT4-2の平坦な声。
 マナは否も応も言わないが、それは承知と同義だった。
 抹殺必至の対象がいるのならば私が速やかに排除いたしますので、とT4-2は低く口早に述べて続ける。
「また、お言葉を返すようですが、あなたも大分まだるっこしい方ですよ。あなたご自身が瑕疵と思っている所を私がどこまで受け入れるか、試していらっしゃるでしょう」
「違うけど」
「作戦が上手く行かないと思われる理由が、たとえ星の数ほどあろうとも私には関係ありません。それさえも私には崇高で、完全無欠の裏打ちになろうと確信しているからです」
 まったくなんとも清々しい言い様。
「しかし念のため伺いますが、他にも何か作戦への障害になり得る事柄がございますか」
「あっても言わない。抵抗しても無駄みたいだし」
「お分かりいただけて何よりです。そう、あなたの可愛らしい抵抗は無駄です。私を悦ばせるだけに過ぎません。では、淫らな説得を続けても?」
「脅迫されなくてもあんたの事はいつかぶっ壊す」
 T4-2は朗らかな笑い声を漏らし、平和と自由が成された暁にはどうぞ、と言った。
 T4-2が徐に腰のベルトを外しスラックスを寛げ下ろす。現れたのは男らしくがっしりとした鋼鉄の腰部なのに、その腰つきはしなやかで色っぽく艶かしく感じられる。およそ人間の性器らしきものがついていないからかもしれない。
 腰部分だけ剥き出した半裸というのもいただけない。明け透けに全裸になられるよりも淫靡に感じてしまう。
 マナは視線を逸らす。あまり見ていると目の毒だ。また己の股間に血が通ってしまうではないか。
「神経束が焼き切れそうだったのは整備不良のせいも多分にあるかもしれません。近頃はこの身の改造にばかりかまけていましたから」
 T4-2は異様に逸った吐息を漏らしながら床に膝をついて腰を反らし、マナに見せつけるように下腹部を突き出す。人間であれば性器のある辺りに上げ蓋があり、いやらしい鈍色の手がそこをひと撫ですると、軽快な音を立てて蓋が開く。
 どうせご自慢の男のアレが出てくるんだろう、と決めつけていたマナは汎用亜人型自律特殊人形の局部を見て唖然とした。
 そこに男根がないのはまだいいとして、しかし実際ついているものについては説明ができない。体表とは違う材質でできているのであろう、白銀に光るその秘裂。
「ちょっと!」目を背け「それは!」やっぱりよく見て「なに!?」指をさす。
「性器です」対する汎用亜人型自律特殊人形は事もなげに言う。「より詳細に申しますと、人型女性内性器」生殖機能はないので性器の厳格な定義からは外れますが、と付け加える。
「なんでそんなのついてんの!? って意味だけど!」
「つけた、という方が正確かと。私は人を傷つける事はできませんから、こちらの方が都合がよいでしょう」
 聞くまでもない事では、とでも言いたげな口振り。
「それにあなたが陽なら私は陰としたほうが調和がとれます」アンテナのようにぴっと立てられる両の人差し指。
「お前が調和を語るな! 乱しまくってるだろうが、あたしの精神の調和を!」
 T4-2はマナの言葉に不思議そうに首を傾げながら、背側から持ってきた人差し指と中指でマナによく見えるように金属光沢のある秘裂を開いた。弓のようにしなやかに反る上半身。
「わざわざ手で開いてやる必要もないのですが。私の軀は隅々まで、もれなく機械仕掛ですので」
 機械仕掛けの身で息が上気する事もあるまいに、かなり乱れた声でT4-2が言う。
「しかしこういう事には雰囲気が重要です」淫らに赫く視線がマナを射る。「違いますか?」
 みっちり、ねっとり、という音が似合いそうなほど淫猥に金属のそれ——おそらく生物学上のヒトの女に備わっているものを模したなにか恐ろしいもの——が蠢く。差し込まれた太い指を伝って、透明な何かが滴り落ちる。
「やだうそっ、なんかぬるぬるしてるんだけど……」
「私の体内で合成された化学的に完全に清浄な液体です。安心してください、人体には百パーセント無害ですから」
「気色悪いよ、言い方が、いやあんたの何もかもが」
「悍ましいものに程、人は惹かれるものですよ。そもそも性行為自体が相当不可解でグロテスクでは?」
 それも一理あるわけで、見るまいとすれば見てしまうし、考えるまいとしても考えてしまう。自分の男のそれが、彼の女のそれの締め付けを受ける所を。そしてイカれた機械はまぐわいの最中も癪に触る事を述べるわけだ。情欲に塗れたひどく好い声で。
 マナの性器にT4-2の指が下着越しに絡む。直に触るよりも心地よく感じられる、布の滑らかな感触を通して伝えられる愛撫。下着に張り付いている筋を下から上へ焦らすように何度も何度も執拗に責められる。滑らかな指の腹で、あるいは部品の重なり合う無骨な関節部で。
「あっ、んんつ」
 肉棒が震えながら張り詰めるのと同調して背が反り返り、常ならば出さないような弱々しくか細い声が漏れる。
「あなたが夜毎自らを穢す時にはこちらの性をお使いでしたね。こちらの快感の方がお好きですか。支配的で、刹那の迸りに総ての快楽が詰め込まれた雄の快感が」
 先端を指先で円を描くようになぞられると、行為を逸る液体が下着に染みる。
「ふーっ、うっ、すっ、好きじゃ……なっ、あー……」
 言葉とは裏腹に、マナは腰を突き出して機械仕掛の冷たい指を求めに行ってしまう。
「お好きなのですね」
 耳元でしっとりと囁かれる。
 ほら、ご覧ください、と言われて下を見れば、マナの先から滲み出た欲汁が金属の指先と下着越しの怒張の間に糸を引いている。離れ難いとでもいいたげに。
「はっ、あっ……!」
 マナは手の甲を唇に当て、声を抑える。
「いけませんよ。私はあなたの反応を観察して動いているのですから。そのように声を耐えては」
 嗜める響きもまた耳を犯す。
「しかしそうした羞恥に耐える姿もまた善いものです」
 マナの瞳がぼうっと濁り、肉欲はT4-2に躾けられ隷属していく。
「夜毎の自涜は何を想ってなさっていたのでしょうか。愛らしくしなやかな女性を? それとも白皙の美青年を? あるいは……屈強なむくつけき男性を想っていたなら、それなら私にも好機はあるでしょうか。あなたに愛好していただける」
 普段は別に何を想ってしていたという事もなく、生理現象を鎮めるため己の肉体の快楽だけを忠実に追い求めていた。荒々しく扱き、ただ放出の瞬間だけが心地よいだけの行為だ。
 だがこの数日は……気高く鷹揚で、上品な衣を身に纏う容貌魁偉な鋼鉄の紳士が、完膚なきまでにひどく痛めつけられ、濡れた声で「どうか……」と情けなく命乞いする姿を想って精神の快楽をも図っていた。機械仕掛の男が艱難辛苦に晒され、精根尽き果て、無様に敗北し、絶頂の喘ぎにも似た叫び声を上げて無惨に破壊される様を想いながらの自慰は、怒張を扱いている間も実に心地よかった。
 そして今は、ただ今は、マナの性欲をいいだけ煽った目の前の機械を壊さんばかりに犯したかった。マナの男のそれを辱めながらも、自らによって拵えられた女のそれを指で貶め愉しんでいるように見える淫蕩な男を。
「あなたの性衝動の解消に、この私を使ってはいただけませんか」
 マナはぼうっとした目で頷きかけたが、使ったが最後深みに嵌りそうだった。それこそ、籠絡されて相手の思う壺になってしまうのでは。
「だめで元々で聞くんだけど、どうしたらやめてくれる?」弱々しい声で問う。
「難しい事は何も。あなたご自身がやめろと一言仰ってくだされば。あなたの嫌がる事は私も進んでしたくはありません」
「……言ってないっけ?」そういや言ってないな。マナは呆けた声を出した。そしてやっと、本当にやっと、もうどうでもよくなった。「じゃあまあいいわ、続けて。それを使って。使う為に作った物なら使うべき」
 マナはT4-2に命じた。
「あなたの乱高下するその反応。回路という回路が焼き切れそうです。情緒が滅茶苦茶になる。どうやら私はあなたの事が好きなようです」T4-2は深い溜息の音を出し、感極まったように震えた。
「あたしはあんたのこと嫌い」
「好いていただく必要はありませんよ。テレビ番組が好きだからといって、視聴機器そのものが好きという人はあまりいないでしょう」
 それでは、とT4-2はシャツのカフスを外し腕を捲る。有用な武装が収められた頼もしいまでに屈強な金属の腕が露出する。
「人肌に温かいのと、このまま冷たいのとどちらがお好みですか」
「えっ」肉か魚かみたいな聞き方をされても困る。
「いつでも調節できますからとりあえずこのまましてみましょう」
「そこはとりあえず始めちゃうんだ」
「悪くはないと思いますよ」T4-2は指で性器を広げながら、呼吸をする必要はないはずなのに、荒っぽく雄々しい興奮の息を吐く。「自信作です。私の制作物の中では至高の傑作かと。胸を張ってお薦めできます。この六十年代において唯一にして無二の快適な日用品と」そしてマナを煽るように自身の金属質の肉感的な大腿から脇腹にかけての頑健なラインをもう片方の手指でなぞり上げて見せる。そういう倒錯した所作はどこで学習してくるものなのだろうか。
「煮詰まった変態だな」マナは独りごちた。
 T4-2の指がマナの下着をずらし、完全に出来上がった勃起を晒す。窮屈な下着からの解放を悦ぶかのように勃ち上がる怒張。
「ご立派ですね。雄々しく聳り立って、凶悪なまでに筋張って、健康的でしなやかな身体とは不釣り合いな程。こんな逸物をご自身で夜毎鎮めるのはさぞ大変でしょうに。これからはこの私をお使い下さいね……」
 男の腰が近づいてくる。マナの屹立の先端にそれが触れる。冷たく、濡れて、一番敏感なそこを慰撫し歓待しているような……。
「生体との接合試験はしていませんが、おそらく大丈夫でしょう」
 そこに至ってからの不穏な一言。
「ちょっとそれどういう意味! なにが大丈夫!?」
「あなた以外に使う事はこれまでもこれからもないという意味です。ご安心なさってください」
 未来永劫変わる事のない機械の微笑の狂気が一層深まっているように錯覚する。
「そのズレた回答わざとやって、ちょっと、まっ、あっ、ひぁ……」
 マナのそれがゆっくりと飲み込まれてゆく。中は金属のはずなのに、柔軟でぴたりとマナ自身に添い、淫猥な音をたてて宥めるように奥へ導く。
 互いの腰が一部の隙もなく密着する。マナの怒張がしっかりとT4-2の中に飲み込まれた証拠だった。
「くっ、ぁはあ、ふぅ、ふふ……ふ」
 T4-2の吐息とも笑いともつかない妖しい音が喉から漏れる。
 敷かれたマナの細い腰が初めての過ぎたる快感に逃げようとするが、重鈍な太腿と腰に押さえ込まれる。「いけませんよ、使えと仰ったのですから最後まで」しかし潰されるということはなく、重たい腰は絶妙な場所で固定されている。機械仕掛の膂力の為せる業であろう。
「こちら、微細かつ精緻な環状部品をしめて百六十七使っておりまして、それぞれが独立して動きます。あなたの善い所を根こそぎ過剰に刺激することでしょう!」誇るように製品説明の語気が強い。
「こんなもの自分で作ってっ、あんたっ、イカれてるんじゃないのぉ……!?」
 そういうマナ自身はイかされそうである。飲み込まれた肉棒は既に情けなくも機械に懐柔され、射精を促すような下から上への動きに初々しく翻弄されるのみ。
「その可能性は極めて高いです」T4-2は己の顎に手を当て、片目を細めるとしみじみ言う。「私は狂った機械なのかも」
「さっきからそう言ってる……っ!」
 少しでも快感を逃がそうと、マナは己の尻を床に押しつけて怒張を僅かばかり引き抜くが、T4-2の腰もすかさずそれを追う。それによって寧ろ重たい腰と床にきっちり圧迫固定される羽目になり、自分で自分を追い詰めた形になる。
「変質者だとか、変態だとか、犯罪者だとか、イカれているだとか、冷蔵庫だとかしか言われておりませんが」
それが狂っているという意味ではないのなら、なんなのか。
「それがっ、あっ、狂って、ないっ、もう、あぁー……っ」そう言いたいが、漏れるのは甲高い熱い吐息だけ。しっとり濡れた金属の環の一つ一つに余すところなく執拗に奉仕されて腰骨が引き抜かれそうな程の快感が押し寄せる。
「それに冷蔵庫は侮蔑語ではありません。第一私はあんなに角ばってはいませんよ。そして冷蔵庫よりも静かで冴えています」
「うるさっ、んっ、ふうぅ……」
 しなやかな背が反り、形の良い胸が悦楽に揺れる。小麦色の肌は紅潮して、使っているのは雄の性だというのに、その反応は完全に愉悦の支配権を男に掌握された哀れな小娘であった。
「嗚呼、私のせいでこんなに乱れ悶えて……それに想定よりもあなたはお見事で、並はずれていて、奥深く突き上げられ押し広げられて、私も神経が切なくなってしまいます……はぁ、マナさん、私のッ……マナさん……」マナが喘ぎ声をなるだけ押し殺しているというのに、T4-2の方はお構いなしに低く蕩けた快感の声を漏らす。名前まで呼ばれてしまっては本当に本当に腰に悪い。
「最悪……!」
「初めてというものは、大抵酷いものですよ」快感に胸を反らして天を仰いでいたT4-2の顔がゆっくりとマナの方へ向けられる。「初めてですよね?」
「……あんたとするのはね」汎用亜人型自律特殊人形の張り付いたような笑顔が怖いが、かと言って正直に答える程軟弱者でもない。
「不満そうな顔も艶やかですね。いやましに下劣な事をしたくなります」
「そう言われるのは初めて」
「あなたの初めてをいただけて光栄に思います」
 T4-2は安定を求めて畳を引っ掻くマナの腕を自分の腰の辺りへ導き、服を掴ませた。マナは手入れの行き届いた、ぱりっとしたシャツに皺を刻むようにきつく掴んでやる。
 T4-2においては服を纏っている方が裸体よりも色気が滲んで淫らなのではないか、とマナは思う。彼は自身の分厚く男らしい軀にどんな寸法の何が似合うのかよく知っているようだから。
「どうかされましたか」
 マナの視線に気づいて、T4-2が軀を寄せてくる。
「着道楽さん、あんただけ涼しい顔して服に皺の一つもないのが気に入らないわ……」マナはT4-2のネクタイを掴んで彼の首を噛み付かんばかりに引き寄せ耳元で小さく言う。
「善処いたします」
 T4-2は蕩けたような息を吐くと、襟元に指を差し込んで乱雑にネクタイを緩め、シャツのボタンを引きちぎるように外した。
 鈍く妖しく輝く金属の胸元がマナの目の前にちらつく。人間以上に柔軟に動くための複雑な外骨格は、しかし人に似せて男性らしい凹凸が設けられている。
 それがマナの女らしい滑らかな身体に密着するように覆いかぶさる。性質の違う肌が触れ合い、引き寄せあい、互いの性感が昂まる。
「いかがでしょうか」
「ちょっと黙って」
「はい。ただ……」
「黙れ」
 マナはT4-2の微笑を自分の唇でなぞり、時に舌で舐め、吸いながら腰を動かす。ひんやりとした唇は心地よく、金属だというのに柔らかくすら感じる。それよりなにより考えるのも口に出すのも憚られる機械のあれのそれが「善いですか?」
「おしゃべり冷蔵庫野郎が、五秒と黙っていられないわけ」
「私は善いので、つい」
 T4-2本人にそのつもりはないのかあるのか、扇情的な濡れた声色にうねる着崩れた上半身。
「あなたが私に口付けながら、愛らしい吐息を零して私の性器から快感を得ようと必死に、そして貪婪に腰を動かしていると思うと、健気に感じられて込み上げてくるものがあります」
 台詞も一々いやらしい。丸い眼球の緩やかな明滅も快感に蕩けているように見えた。
「うるさいって……!」
 T4-2はマナの耳元に発声器官を寄せ、黒い髪を弄いながら囁く。
「私が喋る度にあなたは震えます。どうやらあなたは殊更私の声を気に入って下さっているようですね。このような作り物の合成音声を。業が深くていらっしゃる。しかし非常に嬉しく思います」
「このっ……ほんとに……あぁ、出そう」
「どうぞ、お構いなく」
「でも、中は……」
 それをしてしまうと本当に深みに嵌りそうな気がする。朝な夕なに情を交わしたくなってしまう。お喋り冷蔵庫野郎の思う壺になるのは気に入らない。そう感じる事もそもそも気に入らない。
「もう……」出ちゃうから、と言おうとしたマナの唇にT4-2のそれが重ねられる。そして二本の指が唇の中に差し入れられ、マナの小さな舌を挟んで扱くように絡めとる。「はへぁっ、ん……」
「どうやら私はやめたくないと思っているようです。あなたがやめたいとお思いなら心から申し訳ないのですが。このままあなたの情けをこの身に受けたい。咎ならば後で必ず受けます。この破廉恥な蛮行の」
 唇や舌を離せばすぐ行為の中止を求める声が放たれると思っているT4-2は、マナに束の間の息継ぎの機会を与える以外は執拗に唇と指での深い接吻を続けた。そしてさっさと搾り取ろうとでもいうかのように腰も動かし始める。
 内部の動きだけでも過ぎたるものなのに、その上に腰まで好き勝手に動かされると堪える。そしてその悩ましげな接吻に、飢えた獣のような浅く荒い息遣いも。
「腰動かさないでっ」
 接吻の合間になんとか情けない声で哀願し、しかしそれが最適な言葉ではないと気づくが後の祭り。やめろと言うべきであった。
「善処いたします」
 舌を弄っていない方の手がマナの背に回され、腰を引き寄せ固定する。そのせいでより深く繋がり、むしろ先程よりも快感はきついくらいだ。
 接吻するたびに肉の陽根が脈打ち、金属の淫らな締まりは射精を熱望するかのように媚びて蠢く。
「マナさん、私を自由にしてください、どうか」
 自由というのは、好きに使えという意味なのか、美徳回路の呪縛から解き放って欲しいという意味なのか。
「まあ……」そのどちらでも「いいか」
 マナはなりふり構わず必死に何かを成そうとしている者や哀れを誘う者に情を抱いてしまう損な性質なのだ。今は目の前の不自由な精密機械が狂おしい程に切ない。力になってやりたいと思う。
「嗚呼……ッ、マナさん、大変喜ばしくっ、この身に余る……あぁ……」
 呼吸も、重ねた身体も、触れ合う性器も、すべてが溶けて一つになってしまうかのような感覚。それを二人ともが共有し、互いに深く絆されていた。
「あ……はぁ、んっ」
 マナは堪えを失い絶頂した。腰を頂点として仰け反り、肩と頭を床に艶かしく擦り付け、小刻みに震える。機械の軀を愛しげに掻き抱きながら享楽の極まった証をたっぷりと男の中に放出する。
 充足でぼうっとした頭で、T4-2は絶頂したのか、絶頂がそもそもあるのか……などと考えていると、不躾に差し込んでくる涼しい声。
「どうです、私との性交、お気に召していただけましたか」
 マナの心も身体も掌の上で、快楽に蕩けた姿も、哀願する声も、すべてはマナを淫悦に堕とすための芝居だったとでも言いたげな。
 このお喋り冷蔵庫野郎が。再びマナに血が昇る。
 マナはT4-2の襟首を掴むと自分に引き寄せ、胸板を勢いよく押す。
 手が触れた瞬間、T4-2の軀を複雑な反射模様が迸る。
 互いの体位の上下が軽々と入れ替わる。
 そして続行する荒々しい行為。
 勢いよく体位を変えた衝撃で棚から落ちたラジオが勝手に歌い出す。
《どこかに私を待っている誰かがいる。微笑んだ顔、温かな抱擁、そっと抱き寄せる二本の腕!
 どこかに私と真の恋に落ちる誰かがいる。私を探して彼は、街を彷徨っているのだろう!》
「あたしの事欲しいのは誰」
 T4-2が奇妙で淫靡な笑いを喉の奥で漏らした。