城主の帰還 - 3/7

「ふっ、はふ、ぁ……」
 バランタンは荒く息を吐きながら、腰だけを高く上げ、寝台にうつ伏せていた。半分意識は飛び、目は虚ろであった。
 吐き出した大量の精は、真新しいリネンに汚れた液溜まりとなっていた。部屋付き女中は何を思ってこの布団を取り換えるのか、それを考える事は途方もない苦痛を伴った。
 そしてみっともなく達する瞬間を妻に見られてしまった事に羞恥し、あと少しの我慢ができなかった浅ましい自分を責めた。
 妻のクロードはというと、寝台にゆったりと腰かけ、バランタンの蕩けた顔を撫でながら時折流れる涙を掬っていた。
「我慢なさっていたのね。泣いてしまうほど」
 バランタンは唇を噛んで目をきつく閉じた。
「この一カ月で何度出したのです」
「出していない」
 答えるその声は涸れて暗く、地獄から響いてくるようであったが、クロードは物怖じせずに言う。
「まあ、そうですの」
 優しげな、母親が子供に答える時のような声であった。バランタンより二周り程も歳の離れた娘が、人並み外れた体躯の大男に言うのには違和感のあるそれだ。
「本当だ」
 バランタンが覇気なく睨みつければ、クロードは妖精のように小さく笑った。
「いやらしい方だわ。そんなお淫らな事、全然好きではないという厳格そうなお顔をなさって」
 クロードは寝台に膝立ちになるやいなや、バランタンの下衣を引き下げた。
「なにを」
 止めようとするものの、絶頂したばかりのバランタンの身体はぼやけて言う事を聞かない。
「しっかりと、わたくしの贈り物もお使いになっているのですもの」
 クロードの細い指がバランタンの大きな尻たぶの間に割って入り、尻を広げた。もう片方の手はバランタンの尻の穴に穿たれている楔を掴み、勢いよく引き抜いた。
「くほぉおッ!?」
 狭い穴を擦り上げながら排出されたそれは、男根を模った石膏像であった。何かで濡らして挿入したのか、粘度の高い液体が纏わりついて、えげつなく光っている。
 バランタンはがくがくと腰を痙攣させながら、顔を苦痛というよりは淫蕩に歪めた。必死に皮手袋ごと手をきつく噛み、許容量を過ぎそうになる快感に耐えたが、残った欲液の残滓が駄目押しのように滴った。
「ふんん、ふほぁ、んっぐ……」
「そんな風に我慢なさる事はないわ。あなたが怪我してしまったらわたくし悲しいもの」
 クロードはバランタンの手を優しく包みこみ、鋭い歯から離してやった。
「わたくしの贈り物、気に入っていただけましたのね。うれしいわ。随分早くから使っていらしたのね。お尻の穴が開いてしまっているもの。早く満たしてさしあげたいわ」
「言うなっ、言うなぁ……」
 開ききって震える穴にクロードの息がかかると、バランタンは戦慄いた。
 贈り物の箱は、情けない事に最初の日のうちに、妻と離れているのが切なくて、すべてを開けてしまっていたのだった。
 香水の香りを嗅ぎ、櫛に触れ、ドレスの金房から容姿を想い起こし、その指に見立てたハンカチで浅ましい肉棒を扱いた。そして不浄の穴にはしっかりと舐め濡らした石膏像を。
「すごくいやらしいわ」
 クロードのほっそりとした指がそこに侵入する。
「ふおぉっ、やめ、やめろッ」
 ねちねちという淫蕩な音を聞くまいと、バランタンは枕に顔を押し付け喚くが、その小さな奥方の身体を振り払おうとはしない。
「やめろだなんて。でも、金輪とこれを一カ月外さなかったという事は、あなたもこういう恥ずかしい行為に耽るのがお好きだという事でしょう」
「ちが、う……ッ」
 感じやすい内壁の皺を優しく伸ばし解され、快感に悶えて流されそうになりながらも必死に否定した。
「ではどうして」
「私は君を……」
 クロードは小さく首を傾げた。そんな姿もバランタンには愛おしくて仕方がない。
 恐ろしい噂のある城に、半ば幽閉されているようなものだというのに、クロードはこうしていつも鷹揚であった。
 かつて、怖くはないのかとバランタンが問うと、クロードはこう答えた。
「怖くはありません、そんなには」
 それが自分の事であったらいいのに、とバランタンは切望した。
 人はバランタンを怖れた。
 残忍で冷酷であると陰で謗られている事を、バランタン自身もよく知っていた。
 心当たりはある。盗みを働いた使用人の腕を問答無用で切り落とした。上納するべき作物を自身で食べた農民は腹を一文字に掻っ捌いた。
 かつて、広大な城と領地欲しさに、城門開放を要求してきた不躾な隣国の軍勢には、警告を無視して城壁に一歩近づいたその瞬間に、城壁に設えた青銅の大砲で惜しみなく砲撃をお見舞いしてやった。勿論、鎖で繋いだ砲弾で生かさず殺さずに。四肢がもがれ、あるいは自分の内臓を拾い集めながら阿鼻叫喚する兵士達は、今でもバランタンのいい酒の肴である。
 そんな味方を気にかける事もなく、そして恐怖に撤退することもなく立ち向かってきた勇敢なる者は、巨大なフランベルジュで撫で斬りにしてやった。それも、錆びて切れ味の悪いもので力任せに。理由は至って単純。その方が痛いから。
 甲冑でめかし込んで馬に乗っている鉄屑には、星状のメイスで無駄な遠征を労ってやった。丁度目の前にあるどてっ腹をちょっと叩いてやると、勝手に馬から落ちて頭を垂れた。そしてバランタンはその手柄を、手に手に農具を持った農民達に譲ってやった。農具の殺傷能力には、バランタンも一目置いていた。自分で使おうとは思わないが。こればかりは主義と嗜好の問題である。
 大将の首が鍬で不器用に分断され、熊手に突き刺されて掲げられてもなお狂ったように挑んでくる蛮勇な傭兵には、敬意を表してハルバートを使った。得物それ自体の重さと、バランタンの体重が乗った戦斧の美しい弧を描く軌跡は、辺りの傭兵を一度に屠った。スプリンクラーのように血が噴き上がり、その様は圧巻であった。
 結局は、君主に忠誠を誓っていたであろう兵士も、報償を支えに突撃してきた傭兵も、皮算用をした帝国の将軍も、爪の先さえ、血の飛沫の一滴さえ、城壁に触れる事は叶わなかった。
 そうした死屍累々の頂に立ったバランタンは、全身が誰の物とも知れない血で黒く染まっていたが、それより何より黒いのは、彼の頭髪と鬚であった。
 光の加減によって、青く鈍く光るそれは、そうした行為から窺い知れる性格を裏打ちしているかのように陰鬱で、極めつけに恐ろしい印象を見る者に与えていた。
 人はそんなバランタンをこう呼んだ。青髭公と。
 そのせいで今まで娶ってきた妻達には恐れられ、あるいはバランタンの母がそうしたように忌み嫌われ、いつも逃げられた。
 バランタンが癇癪を起して殺しただの、幽閉して執拗に拷問しているだの、実しやかに噂されているが、それだけは事実無根であった。ただ、否定するのも面倒であったし、隙あらば領地を接収せんとする近隣諸侯への威嚇になるならと、噂を一人歩きさせておいた。
 自分の夫への不満を解消するために、金を持ちだして貴金属を買いあさったり、宝物を持ち出したり、夫以外の男を寝所に引き入れたり、バランタンを殺そうとしたりした酷い女達だ。いなくなっても構いやしなかった。
 一応は、二、三日森を浚い、おざなりに探しはした。しかし、バランタンが予想していた通り、狼に食い荒らされた痕跡一つ見つかったことはなかった。
 ただ不思議な事に、妻の持ちだした宝石などの価値ある宝物は、いつの間にか宝物殿に戻っているのであった。
 こうして、青髭公の城は呪われた恐ろしい城だと言われるまでになった。
 必ず妻が行方不明になる、六人の奥方の亡霊の城とも。
「あなたはわたくしを、なあに」
 そうした不可思議を、バランタンは好都合程度に思っていたが、クロードには居なくなって欲しくはなかった。だから望む物なら何でも与えてやりたいとバランタンは思っていた。
 それが愛だというのならば、愛を。
「君を愛しているからだ」
 こんな醜い男を、豊かな愛とは縁遠い自分を受け入れてくれる。そして妻が次々と失踪する恐ろしい青髭公の城に住んでくれる。度量の広い娘。バランタンは今まで流した中で最も清廉な涙を流した。
 伏し目がちなそれが見開かれ、クロードは驚きの声を上げた。
「わたくしのために、今の今まで外さずに」
「くぅ……っふうぅ」
 クロードが突然指を引き抜いたせいで、バランタンは情けなく呻いた。
「うれしいです。とってもうれしいわ」
 バランタンの肉厚な唇が、クロードの毒々しいまでに真っ赤な唇に吸い寄せられた。その色はまるで、領地で採れる葡萄から作られた酒のように魅力的だった。
 小さな舌を絡められ、甘い唾液を流しこまれる。きっと砂糖の沢山入った生温いショコラでも飲んだのだろう。城下の者達も使用人達もクロードに甘いのだ。子猫でも可愛がるのかのように。
 仕方のない事だった。クロードは前の妻達と違って高飛車ではないし、気取らず人当たりがいい。誰に対してもそうだというのは、いささかバランタンにとって不満ではあったが。
 バランタンの隣に横たわって一生懸命に接吻していたクロードは、身体を起こし、ドレスを脱ぎ始めた。
 腰帯を解き、重たそうな、しかしゆったりとして開放的な、ローマ風の深紅のローブを肩から下ろす。それは寝台からするりと落ちて、血だまりのようにトルコ絨毯に広がった。
 そして緩く絞められた胴着を外し、ゆったりとした純白の下着一枚に絹の靴下だけの姿になった。
 バランタンはこれから起こるであろう、めくるめくその行為に息を詰まらせた。
 一カ月、溜まりに溜まった欲望は先程の吐精では飽き足らなかったようで、性器はまた、血を滾らせ固く勃起し始めていた。