青髭公の盾 - 6/6

 どろりとバランタンの精液が卓に滴り、その疵に絡みつく。同じくしてクロードの精髄が彼の中にたっぷりと吹きかけられ、注がれる。
「はあ……」
 バランタンはやっと詰めていた息を解放し、己の精液が身体に付くのも気にせず卓に伏せた。
「汗みずくだわ。すぐに着替えなければいけません」
「……いい」
 バランタンの中から肉槍を引き抜いたクロードが彼を促すが、すぐに気分を切り替える事は今の彼には無理だった。事後だというのに、まだじわりと心地いいのだ。まるで女のように、余韻に快感をおぼえてしまう。
「では、着替えを持って来ましょうか」
「ここに居ろ。裸で上に行くつもりなのか。着る服もなしに」
 バランタンはクロードをきつく抱き寄せてまた横たわった。石のようなしっとりとした冷たさが身体に馴染んで荒い熱を吸い取ってくれる。
「本当だわ、どうしてかしら」クロードは白々しく言うと布きれになった服を惜しそうに手繰り寄せた。「このドレス気に入っていましたのに」
「それくらい。いくらでも作らせてやる。何なら職人を買ってやってもいい」
 吐き捨てるようにバランタンは言う。もう少し親切めかして言ってやれば有難味も増すのかもしれないが、そういう性質の男ではない。
「あなたわたくしに何でも下さるのね。今度のあれも」
「あれとは」
「あなたわたくしを楽しませるために槍試合を開いてくださるのでしょう。嬉しいわ」
 クロードはバランタンの胸元でうふ、と笑いを零した。血で血を洗い泥に寝そべるような戦いを好む、実に野蛮な女だ。
「誰がお前のために。手練れを登用するために決まっているだろう」
 それはつまりクロードのためであるのだが。
「軍備のためでしたのね。わたくし己惚れてしまって恥ずかしいわ。でもこの国にこれ以上兵士が必要かしら。歩兵隊、騎兵隊、弓兵隊、僧兵隊……どこかに欠員がいて? 欠員を待つ者なら両手で数えて余りあるくらいいるでしょうけれど」
「恩を売れば後で高い買い物に使える。忠誠心に厚いものは国と主君だけでなく、その細君も守るものだ。お前には斧や鈍器でなくて盾が必要だ」
「盾」クロードは一瞬思案気な顔をするが、すぐにそれは立ち消えて惻隠に満ちた笑顔となる。「ならいりません」
「では誰がお前を守ると言うのか」
 一方でバランタンの声がいやましに剣呑になってくる。こちらが与えるという物を素直に受け取らないのがクロードの瑕疵だった。それだけはどうしても気に入らない。
 それに服や宝飾品をいらないと言うのとはわけが違うのだ。あるいは葦毛の馬だとか夏の離宮だとか、そういう物とも。
「あなたかしら」
「私は騎士ではない」
「そうね、あなた剣ですけれど、それもとても巨大な、ともすれば鈍器にも紛うような燃え盛るフランベルジュですけれど、わたくしにとっては盾です」
「お前の盾にはならん。私は私を守るのみだ」
 ただ一人のために命を賭すという事は、それすなわち残る民草を庇護する者がいなくなるという事。クロードに冷たいと謗られようと、一人の人間としてではなく、領地と領民を抱える公爵として生きるほかないバランタンにとってそればかりは譲れない一つの点なのだ。
「わたくし騎士道なんてこの世には無いとさっき言いましたけれど、でも取り消さなければなりません」だがクロードは夫を謗るなど、そんな浅慮な人間ではなかった。夫の肩書に伴う責務や孤高というものをよくよく理解しているのだ。そして夫の慈悲深ささえも。「そしてあなたを騎士ではないとも言いましたけれど、あなた……」
 バランタンは気恥ずかしくなってクロードの言葉を遮った。
「どうするつもりだ」
「なあに」
 クロードは続ける言葉を飲み込み、首を傾げた。
「私が死んだら」
「死にませんわ」
 間髪入れずの答えに、バランタンもむきになる。
「毒を盛られたら。おもむろにナイフで喉をかき斬られたら」
 焼死、溺死、凍死、窒息死、縊死、餓死、失血死、拷問、落雷、舞踏病、蜂に刺される、大砲が暴発する、流星が落ちてくる、高い物見塔から落下する……ありとあらゆる不吉な死の情景がバランタンの脳裏を駆け巡る。
 そしてそんな自分の力では到底敵わないものに命を取られた後、クロードはどうするのか。
「どうしようもないでしょうね。でもあなたが死んだら世界が終わるから、そんなに心配なさる事ないの。そうでしょう」
「私を神か何かと思っているのか」
 死の襲来の恐怖に取りつかれた者に対する慰めには思えず、バランタンは少しばかり苛ついた。
「この世は自分の目を通してしか見られないから、あなたが死んだらそれは世界の終わり」
「私の世界はな。君のは」
「自分以外の人間の世界が本当にあるかどうか、あなたにはわかりませんね。だからつまり、死後にかかる懸念の事なんて考えなさる必要ないのです」
「つまりこの世に生ある内に気の済むように生きろという話だろう。だから私は生きている間に死後の憂いに憑りつかれて不安になりたくないから騎士を雇うと言うんだ」
「あなたご自分を野蛮だとおっしゃる割にはとても理屈っぽいのね。けれどそれであなたの気がお済みになるのなら。でもわたくしの事を心配なさる必要がないのは本当です。わたくし自分の身は守れますし、それにいざという時にはあなたの事も守ります。守れますの。わたくしだって盾になれます」
「気に食わんな、私を守るだって。お前が」
 バランタンは鼻で笑った。銀食器くらいしか持った事のない手が、あるいは刺繍針くらいしか使った事のない手が、剣だの槍だのを持つ所を想像してだ。本を読むとはいえ、それは兵法書ではなく祈祷書だろう。それに弓を射るには女の胸は邪魔。足が踏みつけるのは死体の山でなく、踏めば優しく深く沈む絨毯。
「いつかきっと」
 約束します、と真摯な表情で言われれば、信頼に足るように思えてくる。
「期待している」
「まずはわたくし、あなたのお夕食を守ろうと思います。そろそろあの豚を台所に返す時間だわ。食事はきちんと取らなくてはね、あなたは……」
「病み上がりだからか。病人扱いも大概にしろ。それで守っているつもりなのかは知らないが」
「いいえそうでなくて。馬上槍試合に出られるのなら、精力つけないといけませんもの」
 クロードの指がしっとりとバランタンの肉体を愛撫する。それは清廉な高みの慕情のものというよりは、淫らな深淵の穢れを含んでいた。
「あなたが馬から落ちて怪我なさったらわたくし、とても悲しいわ……」
「案ずるな」
 バランタンはクロードを組み敷いて噛みつかんばかりにその厳つい顔を近づけた。
「百でも万でも落馬させる」
 ただ唯一己を駆ける馬より突き落すのはその妻のみ。滾る槍で突き刺し、甘美な敗北と落下の高揚を味わわせて来るのは。シャムロックで背を打ち据えてくるのも、断頭台に差し出した首を斧で斬り落とすのも、剣で胴を叩き斬るのも、すべて妻。
「期待しています」
 そしておそらく城壁のような堅牢な盾となるのも。

青髭公の盾 終