マナは俯き、自ら胸に触れ続けたせいで官能に敏くしてしまった事を恥じらう。
T4-2の指が布越しにマナの下腹を撫でて、その奥にある女の臓器が震え、しかし同時に男のそれも脈打ち漲り欲液をしとどに垂らす。尻の下敷きになった布地に色濃く残る染み。
「後学のために何を想いながら自涜に耽っていたのか教えていただけますか」
肉悦の吐息が勝手に胸から噴き出て言葉を揺らす前に、マナは一息で言い放つ。
「あんたが情けなく命乞いしながら滅茶苦茶にぶっ壊されて死ぬとこ」
そうは言ってみせるが、正しいのは“命乞いしながら滅茶苦茶に”という部分までで、ぶっ壊される代わりに被虐の法悦に酔い痴れ、神経を焼き切るほどの快感に穢れた嬌声をあげて果てる——死ぬという意味ではない——と言うのが本当のところ。
「なるほど。あなたらしい。そしてあなたが私の中を、何故ああまで執拗に必死に掻き混ぜるのか朧げに分かりました」
征服欲、嗜虐心、背徳感、とT4-2はあげ連ねる。
「ああ、勘違いなさいませんよう。私はあなたとはまったく逆の性質ですから、想像するのは女性同士のたおやかな情交で、閨では粛々と情を昂らせる方が好きですよ」
その指はマナの胸に沈み内部を乳頭ごと掻き回し、マナを狂わせる。
これのどこが粛々としているのかマナにはわからない。もしや自分は粛々の意味を間違って覚えていただろうか。
しかしそんな脳裏の稚拙な問答などすぐに燃え尽きて、もはやマナは甘ったるい吐息を吐き、怠そうな、媚びたような鳴き声を発して男にもたれかかるのみで、T4-2の手が彼女の屹立を扱き立てても抵抗らしい抵抗はしない。
「だめっ……やだ、はぁん、あっ、あ……」
ただ声だけが見せかけの拒絶を示す。そしてそんなものには暴虐を制止する力はない。
「あぁ……も、やだって……言ってるのに、ぃ……」
締まりの悪い唇から、とろりと垂れる唾液。朱に染まった目尻からは透明の雫が溢れる。
「それは単なるあなたの感情の吐露に過ぎません。やめたいのなら、私にやめろと命令しないと」
「さいあく……ふぅ、あっ……触り方、しつこいぃっ……!」
布越しに胸と肉棒の先端をねっとり扱かれて重く響くような射精感が高まる。
「う……あ、出る……から」やめて、という言葉を吐き出したいが、それよりももっと吐き出したいものがある。
「我慢なさらないで、出してください、たっぷり」
浮いて逃げかかるマナの腰にしかと腕を巻きつけて、T4-2はマナの凝り固まった屹立を扱き立てる。
その有無を言わさぬ力強さと甘言に流され、マナは己を解放する。男の手の中、屹立を脈動させて腰の奥から上り詰めた白濁が吐き出される。
T4-2の受容器の代わりに肉棒を覆う布地が汚れ、雄の匂いを受け止める。それでも機械仕掛けの指は動きを止めず、肉棒の根本から先端までをゆっくり扱き上げて尿道に残る残滓を搾り取る。
「ああぁ……しつこい、ほんとに……うぅ」
マナはぶるりと震えて最後の雫を浅ましく垂らす。
「すっきりしましたね」
T4-2は汚れた布を開き、マナの性汁を満足そうに眺める。放っておいたらそれを全身に塗りたくって自涜に耽りそうな予感がして、マナは布を引ったくりベッドの下に放り投げる。
「こんなの充電じゃないでしょ!」ほとんど自分が醜態を晒しただけだ。
怒りのままベッドから降りようとするが、後ろから抱え込まれて再び硬い腕の中に囚われる。抗議の声をあげる前に、T4-2の声が割入る。
「これで終わりとは言っていませんよ」
妖しく柔肌に這い寄る指。夜ならば受け入れている所だが。
「終わりだよ! もうアキが起きる時間なんだから!」
マナは蟲のように蠢く手を叩き落とし、T4-2の部屋のカーテンを勢いよく開けた。
窓から差し込む明かりにマナは目を細める。連休初日から行楽日和の幸先いい天気だった。
日除けのカーテンを閉めようとしたが、車窓からの景色が見えないと同行者が残念がりそうなのでやめておいた。
「あんたここぞという時は方向音痴じゃないのね」
窓側の座席にさっさと座っていたマナは、通路に立って荷物を網棚に載せるT4-2を見上げる。
T4-2は片方の人差し指を立て、得意げな声色で「あなたのお陰で方向音痴は克服しました」と嘯く。
連休初日の人混みの中でもT4-2は珍しく迷う事なくマナの手を引き上野駅の人波をするする掻き分けて列車に乗り込み、乗り換えの主要駅でも案内板を一瞥しただけで煩雑な駅を難なく踏破し、土産をスムーズに入手し、目当てのホームに降り立った。
一本か二本は乗り遅れるのを覚悟していたが、順調に珍しくトラブルなく予定通り。
「休日だと人混みの種類も変わるものですね。私が初めて上野駅に降りた時など、上京した若者達でひしめき合って、前進も後退もままならなかった程でした」そのため迎えに来てくださっていたあなたのお兄様との待ち合わせ時間に遅れて大いに叱られたものですよ、とT4-2は他人事のように宣う。
「駅舎で迷ったのと、時間を忘れて駅前の商店を見ていたのが遅刻の一番の原因ではありますが」
T4-2がマナの隣、通路側の座席に座ると丁度列車が走り出す。T4-2の腕で重厚かつ洒脱に存在感を主張している文字盤が二つも三つもある腕時計を見ると、定刻通りの発車のようだ。腕時計の時刻が合っていればの話だが。
「時間を忘れるなら時計してる意味ないよ」
「私は兵隊ではございませんので、時刻の確認のために腕時計を用いたりはしません」
じゃあ何のためにつけてんだよォ、と詰りそうになるが、それに対するお洒落番長の返答の想像はつく。真面目に会話する気も失せてマナはホームで買ったスポーツ紙を広げてT4-2を紙面の裏に追いやる。
途端真横から、そんなぁ、という非難じみた声。
「マナさん、折角の列車の旅です。車窓を流れる景色を眺めてお話をしましょう。あるいは見つめ合ったり、手を握ったり、肩を寄せ合ったり。大抵の男女二人連れがそのような情緒的な交歓に耽っております。ですから私達もそうするのが自然です」
「不自然の権化が自然を語るんじゃないよ」
そう言いつつも車内を見渡せば、恋人同士と思しき男女はT4-2の言ったとおり仲良さそうにしている。そうでない二人連れもいるが、それは……。
「それぞれ別の事をしているのは、連れあって長い者同士です」
「じゃああたしたちはそっちね」
「出会って一月でそれはないでしょう」
そこまで言ってT4-2はわざとらしく手を合わせて、嗚呼! と感嘆する。
「あなたは、あなたが私の核をこの星に落とした時からの結びつきとお考えになられているという事ですね。大変喜ばしい限りです」
とT4-2は流れるように宣いながら自然な手つきでマナの新聞を掠め取り、丁寧に畳んで己の背と座席の間に挟んで封じる。
「はい、はい、じゃあそれでいいよ。どうぞお好きに、話でもなんでもしててよラジオ君」
言われた言葉を言われた通りに受け取る汎用亜人型自律特殊人形は合点承知とばかりにマナに語り始める。これから行く彼の実家の界隈の話なんかを大変熱心に。
マナはそれを聞くともなしに聞き流しながら冷たい壁にもたれて、車窓を滑らかに流れる電線や雲を眺める。
心地よい走行音を聴き身体に振動を受けると、思い出すのは幼い薫とアキを連れて集団就職者に混じって上野駅に降り立った時の事。はぐれないように、痛いだの離さないでだの、うるさい子供二人の手首を折れそうなくらい掴んで脱臼させるくらい引っ張った。そして住所だけを頼りに初めての街を内藤家目指して歩いた。
アキと薫を助けて、内藤を頼るようマナに言ったのは南方の島で出会った無貌の、クレヤボヤンス、透明人間……謎の男だった。
彼は夜な夜な研究所から少し離れた木立の中に現れて、マナに外の世界の色々な事を教えてくれた。貨幣経済の事、食べ物の事、娯楽の事……殊更映画について。質問にも何だって答えてくれた。例外は彼の本当の名前と素顔だけ。
マナ自身にもずっと名前という物がなかったので彼の本名についてはさして興味はなかったが、顔については一度だけ見せて欲しいと頼んだ事がある。しかし彼は、熟して弾けた多種多粒の果実みたいだから見せたくない、とそこばかりは頑なだった。榴弾で顔面が吹っ飛んで二目と見られない顔貌になったのだとか。
ただし元はマナも見惚れる程ハンサムだった事だけは確かだ、と彼は自信たっぷりに嘯いた。ナルシストというか、口八丁というか。
彼は元々研究所を制圧し超能力者達を保護するために島を目指していた兵士の一人だったのだが、軍艦が嵐に巻き込まれて沈没し、彼一人が島に漂着し取り残されてしまったのだった。
言わずもがな軍艦を浴槽に浮かぶおもちゃのごとく沈没させたのはマナなので少々責任は感じていたし、そして傷だらけで超能力も攻撃の面では然程役に立たなそうな弱々しい彼に庇護欲のようなものも感じて、彼を研究所に突き出したり殺したりはしなかった。それに何より、助けて欲しい、どうか、と哀願されては……。
「その時が来たら」と彼は折に触れてマナに言ったものだった。「一緒に僕の国に行こうね」
それはマナだけ特別にというわけでなく、すべての超能力者達を連れて行くという意味だろうと思うようにしていたけれど。
あれから随分と経つ。透明人間はどうしているだろうとマナはよく考える。無事に彼の国に帰れているのだろうか。研究所で大立ち回りをして脱走して以来会っていない。
彼は研究者達によって失敗作が処分されている事をマナに伝え彼女の義憤を煽り立てて破壊の限りを尽くさせ、その混乱に乗じて研究所の隕鉄を掠め取っていた。それを目の当たりにしたマナは当たり前だが彼に心尽くしの罵倒を送り、一緒に来てほしいという彼の誘いをすげなく断った。
しかしそれでも彼はマナにこうして安寧の道を与えてくれた。旧知の内藤に話を通してつつがなく養子になれるように手配してくれていたのだ。
こうしてとりとめもなく昔の事を思い出しながら安穏と列車に揺られていられるのも彼のおかげだ。だからいつかまた会えたら、甘言尽くして利用された事は別として、その恩には報いたいと思っている。
最近は彼の事を夢にまで見る。おそらく近頃出会った男があまりにも彼に似ているからだ。どこがと言われると困るが、物腰穏やかで自惚れが強く、そしてそこはかとない雰囲気が。
夢に見て憎からず思う人物と重ね合わせる程に彼を「お好きなのですか」と問われたらマナは「うん」と答える他にはない。
「そうですか、意外です」
我に戻ったマナはT4-2を振り向いて聞き返す。「何が」
「電線です。ずっと見ていらっしゃったので。電線についての話をしましょうか」
「今はそんなに好きでもないからしなくていい」
まん丸い目がマナの目の底をややしばらく探るように見て、それから頼もしい腕がマナの腰に巻きつき引き寄せる。巨漢が真横に座っているせいでただでさえ狭いというのに、その上密着させられると窮屈も窮屈。それに暑苦しい。
「狭いんだけど」
「壁ではなく私に体を預けられてはいかがですか」
車内の人の目のある中で嫌だの何だの言い争う気にもなれなくて、マナは脱力してT4-2にもたれかかる。
「あなたは時に突然素直になる瞬間があって驚かされます。そこが……」
愛おしいだとか、好きな所だとか続くのであろう言葉は鋼鉄の咽喉の奥で留まる。そしてマナの膝にさり気なく手が伸ばされて、スカートの下でだらしなく広げられた脚が閉じられる。
理由はすぐにわかった。
加速しきった列車の細かい振動に揺られながら、男が一人、マナとT4-2の座席の向かいに着く。
大きなトランクを持った旅行者風の外国人。太い織模様の浮かぶジャケットにベスト。鼻の下には威厳たっぷりの立派な口髭を蓄えているが、それを取り去ってしまえば案外若いかもしれない。
男は帽子を取ってマナとT4-2にニコリと笑いかけて会釈をし、重そうなトランクを窓側に押し込んで自分は通路側に腰掛けた。
T4-2はしばらく旅行者とその荷物をじいっと見つめた後、トランクを指差し何やら外国語で旅行者に話しかける。身振りの様子からいって、トランクを上の棚に載せようかと申し出ているようだった。一方の旅行者は首を横に振ってその申し出を断った様子。
「あんた外国語喋れるんだ」
「地球上の主要な言語の殆どは習得しております。そうでない言語も音声か文字の解析をすれば理解できます」
「腹立つ」立板に水の語り口は得意気に聞こえて、学のないマナの劣等感を煽りまくるのだ。
「それは役に立つの言い間違いですね」
「じゃあ今あたしの役に立ってみて」あたしの、という単語を殊更強調する。
「次の駅は停車時間が長いですから、ホームで何か飲み物を買って参りましょう」
「金あるの」
「あなたにいただいた“おひねり”があります」
昨夜の脱衣ショーを思い起こし、マナは眉を顰める。艶かしいT4-2の半裸。誘うような腰つき。素面で回想するには淫靡すぎる。あんな事をさせるなど、酔った上の過ちだ。まあ、早晩また酔って同じ轍を踏むだろうが。
「じゃあビールね」
「陽の高いうちからアルコールですか」平坦な声にはどこか非難がましい抑揚がある。
「みんな飲んでる」
車内の家族連れの父親、あるいは男同士の集まりなどは昼間から一杯引っかけ楽しそうにしている。
「他人は関係ありません」
「あんただってさっき、みんながどうのこうの言って新聞読むの邪魔した」
T4-2は首を傾げて目を細め、またすぐに見開く。
「確かにその通りです。自らの言葉には責任を持たなければいけませんね」
T4-2は立ち上がり、そして向かいの旅行者にも礼儀正しく飲み物の注文をとり座席を後にした。
マナは頬杖ついて窓の外に目をやる。実際のところ流れていく街並みになど興味はなく、マナが考える事といったら、離席中の隣席の男に関わる事ばかりだ。
T4-2の奥深くに所有の証を刻み込んだ事や、自分が彼の隕鉄の心臓を地球上に落とした事などなど……そういう事を考えていると酒精がなくても頭はぼーっとしてしまう。
そうこう取り留めのない事を考えているうちに、停車時間が長いという駅をとうに出発していた。
T4-2は戻らない。もしや乗り遅れたか、あるいはあの野暮ったい外套を扉に挟んでデッキでしょんぼりしているか。どちらも想像に難くない。
マナは様子を見に行こうとして「お姉さん、お姉さん」横からの声に引き留められ、中途半端に腰を浮かせたまま声の主を見遣る。
「お姉さん、お久しぶりやね」
通路を挟んで隣の席に座っていたのは全身白銀のさながら西洋甲冑。
「誰」
機械公爵であった。
「墨田工場で会うたやん」
肘掛けを掴み乗り出してくる金属塊。手が届くほど間近で見ると、案外細身で小柄だ。着込んでいる分、平均的な成人男性くらいの大きさはあるのだが、T4-2と比べると大抵の物や者は小さく見える。
「記憶にございません」
「病院行った方がええで。脳神経外科な」いい先生紹介したろか、と機械公爵。男とも女ともつかないような、奇妙で耳障りな合成音声。「うちは機械公爵様や。もう忘れんといて」
その名乗りに車内が刹那騒然とするが、前後の貫通扉を勢いよく開けて雪崩れ込み、一瞬にして通路をぎっしり埋め尽くした一つ目の機械の兵の迫力に、恐怖と沈黙が降りる。機銃はくまなく乗客に向けられ、さながら列車強盗団。
向かいの旅行者も驚いたように目を見開き、雑誌を胸に抱きその視線を忙しなく機械兵や機械公爵その人に向けている。
マナといえば今更その程度で物怖じする性質ではなく、あえて座席にゆったりと座り直してみせる。
「いつの間に乗ってきた」
「品川から」
「最寄りなの?」あとは機械兵全員分の運賃を払ったのか聞きたい所だ。まったくの興味本位から。
「なに、お姉さん、うちと仲良うなりたいん?」
「いや別に」