祝日特急南西へ - 6/7

「今なんて」
 唐突に意味不明な事を言い出す所まで似ている。
「振り回されたり迷惑をかけられたりしているでしょう」
 しかし同じ事を同じ調子で再度言わない辺りは、流石人間をやって長そうなだけある。
「二号は自分が間違っているなんて露ほども思わないし、迷いも、もちろん罪悪感もない。行き過ぎた行動を正当化するために理屈をこねくり回すところもある。謝ったとしても口先だけだしねえ」
 牧島はほとほと困り果てたように宙を見てほーっと溜息をつくが、どことなく満足げでもある。性格に難ありなものを世に送り出したというのに。あるいは不完全なものを完全に造り出した達成感であろうか。
「だからわたしが代わりに謝っておくね。二号が迷惑を……変態したり、監視したり、ストーカーしてごめんね。怖い思いをしたでしょう」
「ストーカー?」耳慣れない言葉にマナは思わず聞き返す。
「ブラム・ストーカーの事じゃないからね」特定の人に付き纏う迷惑な人の事! と牧島は付け加える。
 いかにしてかの汎用亜人型自律特殊人形の面倒臭い言動が極まったのかマナはようやっとわかった。T4-2は牧島に似たのだ。
 マナのその感想は独り言として漏れていたようで、牧島は非難の声を上げる。
「わたしがあんな人を人とも思ってない人でなしに似てるだなんて。ひどいよ」
「そういうとこ」
 なるほどね、と牧島は小さく何度も頷く。
「まあでも逆だね。わたしが彼に似たの」
「どういうこと」
「どういうことだろう」
 はぐらかしているのか、自分自身の言葉が本当に理解し難いのか、よくわからない態度だった。
「こうして付き添ってわざわざうちまで来てくれたし、もう二号のあんな事やこんな事は許してくれたって考えていいのかな」
「許した」
 許したどころの話ではない。体も許し、気も許し、もはやそれ以上である。次は何を許せば? マナはそこまで考えて馬鹿らしくなる。この調子ではどうせそのうちありとあらゆる物を差し出す羽目になると気づいた。命さえ。
「あんな変態お喋りストーカー野郎を?」
 そう欠点を並べ立てられると、自分もよくそんなのと手を繋いで歩くまでになったものだと改めて感心してしまう。
「あたしが相手してやらないと、他の誰かに迷惑かけるから。それにこの人にも、迷いや罪悪感はある。一昨日くらいからね。自分が間違っていたって、はっきりあたしにそう言った」
 本当に? と目を丸くして首を傾げる牧島に、マナは本当に、と深く頷く。
「つまり、そういう面を見せたって事は、本当に、二号は言葉だけじゃなく心からあなたが好きって事なのかな」
「わからない」他人の心のうちなどマナにはわかりようもない。
「あなたはどう思っているの。二号の事を」
 またその質問かよォ、どいつもこいつもよォ、とマナは白ける。
「好き」
 ただ、嘘をつく必要もない。
 マナの告白に牧島は、そうか、そうか……と床を見ながら暫く指を遊ばせたり、目を擦ったりしたあと、完成だ、と呟く。
「完成だ」再びしっかりと言葉にした牧島は、それを合図にしたかのように唐突に勢いよく椅子から立ち上がる。「やったー! ついにやったぞ!」
「何」
「二号が誰かを好きになって、その誰かからも好かれたら、それが二号の完成としようと言ってたから!」
 じゃあなんだ、自分はT4-2が完成するにあたっての部品か通過点か何かみたいじゃないか。「あんただって、やっぱり人を人とも思ってないよね、ジイさん」とマナは牧島を冷めた目で見るしかなかった。
「やっぱり性格矯正してもらう」マナは唇を尖らせてぼやく。
「性格は無理だよ。その辺は暮谷博士のブラックボックス多すぎて」
「大抵はできるって言った!」
「“大抵”の中に性格は入ってなかった」ごめんこめん、と軽く謝る牧島。
「顔の造作とか、ボディの塗装とか、そういうものの事さ」
 牧島は再びゆったり椅子に腰掛けてペンの頭で安らかな寝顔やかっちりとした軀を指し示す。
「いいよそのまんまで」
 大した不満はない。それどころか「気に入ってもらえたかい」
「どうでもいいって意味」
「同じ事じゃないのかい」
「全然違うけど」
 そうなのねえ、と牧島は言うが、おそらくまったくそう思っていない事は明らかだ。マナは今一度強く否定しようとするが、既に牧島の心は数秒前の話題からは離れている様子。
 牧島の手によって簡単に開腹される硬い軀。マナに向けられていた牧島の視線が彼自身の手元に落ちて、そして、マナがかねてより覚悟していた瞬間が来た。
「これ」
 牧島の目も指先も、アンドロイドの秘められた下腹部に向けられていた。金属光沢艶めく内臓を窮屈そうに押しのけて存在する受容器と輪状の部品が連なる道。金属製なのに肉肉しく淫らな風合い。
「二号が自分で拡張を?」
 牧島は困惑を顔いっぱいに広げてマナを見る。
「今更、白々しいね。あたしとヤるためにつけたんだって」
 多少の羞恥はあるが、どうせT4-2によってある事ない事聞いているのだろうから、観念して事実を述べる。
「でもこれ女性器だ」
「聞いてるでしょ、あたし両方ついてるから、この人はこれでいいの」
「両方。ああ、うん、アンドロギュヌスというやつか。で、この拡張部位で普通に支障なくできるわけなの? つまりオーガズムに達する事ができるのかという……」
「ちょっと待って。この人から聞いてないの」
 牧島は首を横に振り、ないよ、と言う。つまりマナは己から墓穴を掘った事になる。
「まあ、語るに落ちるタイプの単純でかわいい子だとは聞いてた」
「やだうっそ、そんな、い……」
 その後に続くマナの後悔と狼狽の悲鳴は外から響く轟音に掻き消された。
『牧島博士。牧島重工製四五式トロイリ四型汎用亜人型自律特殊人形第弍号ちゃん、もらいに来たで〜。あとこの前ぶんどったこの子の右腕返してや』
 マナは半分二日酔いのせいで頭痛のする頭を抱えながら、牧島は好奇心丸出しの様相で窓辺につく。
 屋敷前の庭には機械公爵の駆る巨大ロボット、その名もダークフェンダーが堂々と仁王立ち。見上げる巨軀は晴天を覆い隠し、陰の中でマナの瞳孔が大きく拡散する。
「あれと知り合い?」
 遥か上空、ダークフェンダーの無骨な肩の上にすっくと立つ西洋甲冑を指差してマナは牧島に問う。
「こういう生き方しているとねえ、いつの間にかこちらの感知しない友人が増えている事はままある」つまり知り合いではないという意味だろう。
「家知られちゃってるけど大丈夫なの」
「普通に新聞や名鑑に住所載ってるからね。元華族だもの」
「そういうのに載ってない場所でこういう事しなよ」
「でもここ環境いいし……」
『おるんやろー。お返事待っとるんやけどな』
 半歩踏み出した鈍重な黒い足が整然と並ぶ石畳を踏み破り地面を陥没させる。
「やられた!」
 敷地に得体の知れない物が入り込んで来ても鷹揚にしていた牧島がここにきてやっと狼狽を露わにする。
「焦るのが遅いよ」
「電線地中化してるんだ」
「どういうこと」なのかはすぐに分かった。
 室中の電気が落ち、計器類も暗く沈黙する。
「大丈夫、非常電源がすぐに点く」光あれ、と牧島が天井を指差すと低い電子音と共に復活する計器類の緑の輝き。
「しかしこれだってそんなに長くはもたない。
君は今のうちに逃げなさい。地下に輸送列車が通ってる。それに乗って」
 手招きする牧島をよそに、マナはT4-2の傍から離れない。
「それじゃあT4-2一人で戦わせるの」
「T4-2は戦えない。今無理に再起動をかければ最悪初期化もあり得る」
「初期化って」
「記憶と記録が飛ぶ。非常電源が尽きた時も同じ事になるだろうね。そうならないよう最低限の調整を超特急でするつもりだが、つまりその間君を守る者はいない。だから……」
「あたしは逃げないし守ってもらう必要もないよ」
 もう置いて逃げはしない。先日そう本人にも言い放ったし、吐いた言葉は飲み込めない。ロボット警官風に言うならば、自分の言葉には責任を持つべき、というところだ。
 マナは横たわる静かな鉄塊に目をやって、そして牧島を見る。
「T1-0あるんでしょ」
「あるよ。ここで整備格納してるもの」と、怪訝な顔の牧島。
「T4-2がいなくても乗れば少しは超能力が強くなるから、電線は磁力でくっつけられると思う。T4-2の手足くっつけたみたいに。で、あいつも追っ払う」
「つまり、ああ、そうか、そうなんだ」
 駆け寄ってきた牧島にマナの両手がぎゅうっと握られる。その表情は輝いて何より明るい。
「二号はついに見つけたんだ、超能力者を! そして一緒にT1-0に乗るパートナーも」
「それも聞いてないの!?」
「まったく秘密主義だよねえ。製作者に対して」
 マナは今度こそ叫びながら頭を掻きむしった。

 壁の隠し扉の奥には瀟洒な洋館にお似合いの古式ゆかしい昇降機。蛇腹の格子戸に手動のハンドル。
「ロマンがあるでしょう」と、牧島は得意げに宣い、格子戸を開けてマナを乗せる。
「下にいる整備班長の海崎君に話を通しておくから、言う事をよく聞いて。のたりのたりしてると滑川に叩き込まれるから気をつけてね」
 牧島から教わった通りにハンドルを回すと、昇降機は間伸びした出発ベルの音とは裏腹に思わぬ速さで地に吸い込まれてゆく。
 下から迫る景色はアンティーク趣味な昇降機には似つかわしくない。点々と灯る赤橙色の明かりが奈落と見紛う広大な空間を煌々と照らす。十重二十重と渡されたアルミの足場に取り巻かれるは黒く煌めく巨躯。
 鋭く、しかしどこか愛嬌のある眼差しが降下するマナを追っているように見える。
 丁度T1-0の肩の高さにある足場を少し過ぎた辺りで昇降機を停める。マナが戸を開ける前に乱雑にそれを引き開ける者がいた。
 それは作業着姿の整備士で、背格好はマナより少し低いくらい。寄る年波で白黒斑になった長髪を振り乱し、鋭い眼差しがマナを頭の先から爪先まで素早く検める。
「あんたかい」
 容姿だけでは男か女か判然としないが、声の感じからすると女だ。彼女が牧島が言っていた整備班長の海崎だろう。
「そうだけど」
 こちらも短く答えるなり投げつけられる作業着とヘルメット。
「あいつの服着てきたのは賢いね。窮屈だろうが髪は纏めてヘルメットに突っ込みな。目立ちたくないだろ」
 言われてマナはやっと自分がT4-2の服を着たままだった事に気付く。
「なるべく人目につかない場所から行くよ。遠回りだからしゃきしゃき歩きなよ」
 上に下に組み合わさる足場には整備や復旧に駆けずり回る工員達が大勢いる。突発的なトラブルに忙殺され、マナに注意を払う者はそんなにいない。
 余計なお喋りなしに大股に足早に歩く海崎に追従し、人気のない通路を通ってT1-0の頭部に辿り着く。
 今回のT1-0の左腕は巨大な鉗脚。先日制圧した建設重機から着想を得たのだろう。そして右腕は外で待ち構える黒い敵の物。
 マナがハッチのハンドルをぶん回して開き、勢いよく飛び込もうとしたその時に、再び海崎が声をあげる。
「大丈夫なのかい」
 ずっと不機嫌そうに見えていた顔は今はどことなく心配そうな雰囲気を滲ませている。
「一人でやるのは初めてだけど、なんとかする。約束したから」
「いや、そうじゃあなくて、よくあんなの……二号と一つ屋根の下で暮らせると思ってさ」
「今更だし今聞く事じゃないし全然大丈夫じゃないし!」
 どいつもこいつも聞いてくる事がおかしい。
 勢いよくハッチを閉めてマナはコクピットに一人腰掛ける。
 作業着のジッパーを下ろし、ネクタイを締め直す。自分の首にネクタイを巻くのは初めてだ。そのせいだろうか、なんだかうまく行かない。
「T1-0、今回はあたし一人だけ。もし上手く動けなかったらごめん。でもあたしもあんたと同じ痛みを感じるから。それで手打ちにしてよね」
 そう言って操縦桿を軽く叩いた後に手を乗せると、マナの意気に応えるように柔らかな翠の光が風防に灯り、意味不明な英数字の羅列が過ぎる。
「なに独り言いってるの」
 通信機越しのぼやけた牧島の声が操縦室内の密やかな交歓の空気を乱す。
「誰にも言わないでよ。神経接続やって」
 はーい、という牧島の声が終わるか終わらないかのうち、操縦桿からマナの掌にびしりと痺れが疾る。その後はあっという間もなく、一瞬で全身の神経に痺れが満ちて、充満した痺れがひいた頃にはマナの視界は風防を通り越して格納庫を見下ろしている。
 T1-0と一心同体になったのだ。T4-2抜きで。
 天井が割れ、差し込む白い日差し。ナトリウムランプで照らされた射出台が傾きを増し、出撃準備は完了。あとは両足が固定されたスライダーが滑り上がれば勢いに乗って発射される。はず。なのだが。気の抜けた音と共に外れるスライダーの固定。
「目的地すぐ上だから歩いて出てくれる?」と、牧島。「電力もったいないじゃない」
「風情がないな」
 マナは単なる坂道と化した射出台を駆け上り、地上へ飛び出す。行楽日和の青空の下、飛び出しざまに敵機を捕捉し土手っ腹に蹴りを見舞う。
『なんちゅうか、野蛮な戦い方しよるよね。見た目と態度によらず』
 蹴りはあえなく手で弾かれるが、はなから本気で当てるつもりはない。
「いったぁ……」
 痛みを被ってくれるT4-2がいない事によってどの程度の痛みが自身の肉体に返還されるか試したのだった。結果は割と痛い。弾かれ撓んだ足首がじいんとする。
 お返しとばかりに蹴り返されて、咄嗟に右腕で庇う。前腕の骨が軋む。しかしそれは神経がマナに見せるただの幻覚のようなもの。本当に肉や骨がどうこうなっているわけではない。が、痛いものは痛い。
『それ、この子の腕やん。もっと大事に使うてや』
 ダークフェンダーが己の新しい右腕とT1-0のそれをちょいちょいと指差す。
「殴る蹴るは程々にした方がいいね。本当に怪我をするわけじゃないが、神経の痛みは人間を死に至らしめる事もある。ショック死というやつだよ」と、牧島。
 神経接続はよくできた機能だ。しかしできすぎているのも考え物。生身の身体では持て余す。
「磁力とやらが使えるなら、それで何とかした方がいい」
 それができればよいのだが、そちらの方はいつもより漲りがない。先日暴走した建設機械の動きを止めた時のような芸当は到底できそうになかった。やはりT4-2が同乗していないと満足に動けない。
 お陰で踏み抜かれた電線を遠隔で接続する事はできなさそうだ。近くまで行って磁力を巡らせるしかない。しかしそうすると敵を倒すための余力がなくなり、とはいえ順序を変えればT4-2の脳味噌が危ない。では……と、これ以上込み入った考えを巡らせる余裕はマナにはなかった。初手で相手の間合いに入ってしまったが故に殴る蹴るの猛攻を受ける羽目になっていた。
 相手の殴打を不格好に全身で受け止めながら左手の鋏を突き出すが、まったくもって歯が立たない。黒いボディには傷一つ付きやしない。
「何のろのろやってんだい、槍じゃあないんだよ。挟んで捩じ切るんだ」牧島に代わり、海崎の怒号が割って入る。
「そうしたいのは山々だけど、どうやったらハサミ開けるわけ」
 Vサインにした指を動かすイメージをするが、鉗脚は硬く閉じたままぴくりともしない。
「簡単だ、ハサミを開く筋肉を意識すればいいんだよ」
「カニじゃないんだ、人間にそんな筋肉ないって!」
 牧島の馬鹿げた発言に気を取られた隙に、頭に一発迫撃砲を喰らう。なんとか倒れずには済むが、頭の横で鐘を突かれたような目眩と後を引く衝撃。