大司教のいとも絢爛なる幸運 - 6/9

「余を愛しているのか」
 タベルナが頷くと大司教は畳みかけるように続けた。
「どこを」
 その声色にははぐらかさせまいという迫力と、本当の事を吐かせんとする凄味があった。
「言葉にしなくてはだめですか」
「何のために言葉があると思っている」
「初めに言葉ありきだからですか」
「人間は動物の持つ神通力を失ったからだ。余は残念ながら酒だの賭博だの善悪だのの洗礼を受けて文明人になってしまった。だから言葉で伝えろ。どこを愛してる」
「そういう、小心な所。嫉妬深く執念深く、他人の不幸を喜ぶ所。自分勝手で気が短い所。わたしの事を人と思っていない所。好色な所。少し治して欲しいと思うけれど、でも……わたしそうでないあなたはあなたでないと思うんです。その欠点はあなたを高貴たらしめている。逆かも。あなたが高貴だからそういう欠点がそぐわしくあるのでしょう。そしてそれを補って余りあるくらいあなたは不思議と魅力的です。いつも言っています、思っています。わたしあなたを愛しているって」
「ふうむ。お前天才的に口が上手いな。そして喋るべきでない時は喋らず、喋るべき時には十二分に喋る。まるで錬金術師だ。だから傍に置き始めたというのもあるが、しかしさっきの言葉、まるで慈母の鑑のようだ。なんか萎える。母親を抱くようで。余の地位や金に惹かれたと少しでも思ってくれていれば、シャツのように夜毎とっかえひっかえする女と同じように扱えるというものを」
 大司教は天を仰ぎ盛大に溜息を吐いた。
「でもいいんです。わたし今日は、猊下に……」
 タベルナが言い終わるのを待たず、大司教はすっくと立ち上がった。
「さて、やどりぎの場所を変えようか。あまり一所で同じような事をしていると飽きる」
 大司教は勝手口のやどりぎをもぎ取ると、それを地上へと続く階段へ向けて投げ捨てた。
 その行動に茫然としているタベルナの手が引かれ無理矢理に立ち上がらされて階段まで連れて行かれるや、そのまま大司教はわざとらしく階段に倒れ込んだ。タベルナも共に倒れはしたが、その身体は大理石の階ではなく柔らかな大司教の身体に受け止められた。
「おっと酔いが回ってきた。あのくそつまらん貴族共を片っ端から酔い潰してやるのにはなかなかの胆力が必要だった。褒めてくれてもいいんだぞ、お前に早く会いに来るためだったんだから」
「猊下、どういうおつもりです」
「据え膳なんとかはなんとかのなんとかと言うだろうが。知らんのか」
「あの、えっと、つまり……」
「物知らずめ」
 その口調は罵倒と言うよりもタベルナを煽るためのもののようだった。
 大司教は舌で肉厚な唇を舐めると、両手でぐしゃぐしゃに自分の髪をかき乱した。竈の火よりも赤々と燃え盛るそれが大理石の階に散らばる。
 その扇情的な炎にタベルナの欲望もじりじりと炙りだされる。大司教の振る舞いにまんまと乗せられている事くらい分かっているが、どうしようもない。持てるものだけが持つ事を許される王者の欠点という魅力に抗うなんて下賤の民には不可能だ。
 タベルナは大司教の服をたくし上げにかかる。重たい男の纏う服をそうするのはなかなか骨の折れる作業のように思われてもどかしくなったが、それは案外滑りよく大司教の胸元まで捲れ上がった。
「わかったか、脱がされる時はこうするんだぞ」と、腰を浮かせた大司教。そしてそのまま上体を起こし、タベルナの下衣を開放する。「で、こうする」
 ぷる、と勢い余って飛び出したタベルナの刀身が人差し指ですっとなぞられる。
「はぅ、あ……」
 その快感から逃れようと反射的にタベルナの細い腰が退くが、そうはさせまいと太い脚が巻き付き身体がそちらへ引き寄せられる。
 そして腰を媚びるように動かされ、下腹部に挟まれた互いの昂ぶりが擦れあう。どっしりと落ち着いた貫禄を持つ相手のそれと、落ち着きなく震える若々しいタベルナのそれが。
「んふぁ、ふぁ、あ……」
 求め合うように互いの怒張が吸い付き、粘着質な音が身体の下から響いて来る。まるで接吻でもしているかのような。
 タベルナは快感に負けて倒れ込んでしまわないように階段に両手をついて身体を支えた。首筋から流れた汗が肩口を通過し腕を伝う。
「どうだ、ん? いいか? 短小め」
 大司教はタベルナを詰り腰を蠢かせながら見せつけるように手を自身の肉体に這わせる。
「ついでだ。触り方というものを教えてやる。お前は前戯というものを知らんからな。余裕というものも」
 その手は力強くタベルナを抱え込んだ太い大腿の筋に沿って股間まで辿り、艶っぽく輝く男らしい昂りをしっとりと撫でつける。
 その先端が指し示す場所は堅牢な鎧の上にふんわりと適度な装飾を湛えた腹部で、タベルナを擦り上げるために腰を掲げれば谷間に深く影を刻み、下げれば堂々と張り出す。つまり腰を使うための支点となっている。
 そうして力強く動く大きな腰と胴を自分自身で味わうかのようにねっとりと下から上へ撫で上げながら、遂にその手は胸へと差し掛かる。
 昨日タベルナが強か肘で打ち付けた鳩尾から胸の狭間を辿り、核心に触れる事なく両の脇へと到着した手が、ぎゅっと胸を中心へ寄せる。雄々しく、それでいて柔らかな肉がせめぎ合い歪になるその様子は淫らの極みだ。 
「ほらな、お前のよりも大きい。だろう?」
 大司教は何故か自慢げに胸を反らしてそう主張し出す。
 鍛えれば発達する筋肉と単なる脂肪の塊を比べるのはやめて欲しいものだが、しかし大司教のそれは胸囲もさる事ながら寄せればタベルナの胸の数段見事なものだった。
「触ってみろ、いい肉だぞ」
 タベルナはそれに指を乗せる。しかしその指は弾力ある肉によって押し返され決して深く沈む事はなかった。まるで完璧に調律された楽器のようで、確かに大司教が自賛した通り極上だ。
「ふん、下手くそ。触れと言われてそう触る奴があるか。まあいい、巧すぎてもそれはそれでドン引きだからな」
 そして大司教は扇情的に己の肉体を撫で回しながらタベルナに問う。
「さて、女は余のこの身体が好きで好きでたまらんのだ。お前はどうだ」
 彫刻のような完璧な身体はこれでもかとタベルナの目を焼く。というより、彫刻よりも数段いい。何せ本物の血肉で出来ているのだ。それも生きた、温かな。
「すき、です」
「なら、お前は女だな」
 そう言うなり大司教は自身の指を舐めて唾液を絡ませ始めた。見せつけるように一本ずつに舌を絡ませ、奥まで口に含む。唾液をすすり、わざとらしく荒い息を吐く。
 自分の性器をそうされているようでタベルナの興奮はいやましに高まる。
 もし彼の縦横無尽に蠢く舌で舐め回されたなら、食べる時さえ淫らに動く喉に欲望を飲み干されたなら……。
「猊下、の……えっち……」
「は、口淫される所を想像したな? 変態が。そのためにやったんじゃない。お前がいつも性急だからだ。痔になりたくないからな」
 大司教は腰を持ち上げて自身の肉棒を扱きながら、その刺激にひくつく肉穴に濡らした指を徐々に埋めてゆく。
「ん、お……お、あああ……」
 眉根を寄せて苦痛と快感に耐える表情は淫らで、タベルナをどうこうしようと能動的に昂っている時よりもいやらしい。
 内部で指を回し、唾液を塗り付け、タベルナを受け入れる準備をしてくれているのだろう。その仕草はタベルナにとって刺激が強すぎて、欲望を加速させるのに十分だった。
 大司教は肉穴から指を引き抜くと、仕上げとばかりに手で尻を押さえながらぬかるみを指で広げた。
「いいか、このおぼこ……こう、しろよ、余に抱かれる時はな。据え膳にして、おくんだぞ」
 とろんと熟した肉穴がタベルナの眼前に晒される。タベルナはそれから目を離す事なんてできず、生唾をごくりと飲み込んだ。
「あう……猊下……」
 タベルナはその淫らさに中てられてはいもいいえもなかった。
「おい、聞いてないな!」
「そんな余裕ないです!」
 大司教にがばっと折り重なり、タベルナは彼の用意したそこを早速味わう事に決めた。決めたというか、そういう流れだし定めだった。
「はあああ!? 折角余がこうして……」大司教の非難の声は喉に落ちて詰まる。「おっ……ふ、う……!?」
 タベルナが硬く野太い怒張を大司教の熟れきった肉穴に一気に突き入れたからであった。
 ばちゅ、という濡れたような乾いたような音が響き、タベルナの滑らかな白い腰が浅黒い肌と触れ合う。
「んっ、猊下……ぁん」
 昂ぶりがきゅうんと締め付けられる。だがそれは拒絶というには生やさしく、その適度な抵抗はむしろ媚びているようでもある。
 肉壺は怒張にむしゃぶりついてきて腰ごと持って行かれそうだ。情けない話だが、入れただけで気をやってしまいそうで自分から大司教を責め立てる事は不可能だった。
「や、だ……ぁ、そんなに締め付けないで……」
 タベルナは大司教の胸に手をつき、まといつく肉襞を引きはがしにかかる。しかし逃げようとするとそれは執拗に追いすがる。引いて駄目ならと逆の試みをしてみると、今度は嫌がる素振りである。離れようとすれば追いかけ、近づこうとすれば逃げる。それがどっちつかずの媚態となって初心な彼女を苛む。
「ふん、軟弱者、お前の……全部搾り取ってやる、からな……っ」
 攻めは大司教の方から始まった。階に接地した背だけで巨体を支え、腰を振ってくる。どこにそんな活力があるのやら。その上再び胸を揉まれ、弾かれ弄ばれる。
「ひ、ぃ、いやぁっ。んあ、あはぁ、あ!」
 逃げようにも迎え腰に囲い込まれ、下敷きにした男のペースに乗せられる。相手のあまりの猛攻にタベルナは男の厚い胸板にくったりと倒れ込んで縋り付き、弱弱しく震えているしかない。
「んは、はは! お前これじゃあ、ただの竿だな。自分で動くという事をしない。ものぐさ、マグロだ」
 息を乱してはいるが、大司教自身は焦りも苦痛も快楽も、すべて己の掌の上なのだろう。
 一方のタベルナは昂ぶりを揉みしだかれ、引きずられ、追い詰められる。
犯しているのか犯されているのか、どちらかというと犯されて、初々しさを喰い散らかされているのはこちらだ。
「や、んっ、出ちゃうっ」
 タベルナが大司教の胸に顔を埋め、か細い声で鳴く。