嫉妬と献身 A - 5/5

 脚を投げ出し、壁に背を預けて座るT4-2の大腿の上は居心地がよく、できればずっとそのままでいたい。
「警察遅いね、いくらなんでも」
 幾分か行為の疲労が回復したマナが言う。
 硬い軀に身を預け、労わり撫でさすってやると、T4-2は満足げな息を吐く。愛おしく思う気持ちが膨らむ。
「誰も通報していないのでしょう。こうした場合、誰かが通報しているだろうと思いがちなものです。指差し依頼するべきでした」指があるうちに、とT4-2。
「あんたは? 無線飛ばせるんじゃなかった」
 仕様書によると、発信だけでなく、受信や傍受も可能なはずだった。
「よくご存知ですね! もしや私の仕様書をご覧になられたのですか」
 T4-2は驚いたような素振りを見せる。わざとらしく芝居がかった声色に所作。
「あたしを何だと思ってるの」
「取扱説明書を読まずに物を取り扱うような方」と、事もなげに言う汎用亜人型自律特殊人形。
「失礼な奴だな」確かにそういう類の人間ではあるが、それがT4-2ともなれば話は別。しっかり把握しておかないと身が危ない。「で、通報したの、しなかったの」
 T4-2は首を傾げる。
「通報くらい、誰かがしているだろうと思い……ついうっかり」
「ほんとにうっかり?」
 マナの怪訝な問いかけに肩を竦めて細められる双眸。怪しいにも程がある。
「ついうっかりには無限の可能性があるのです」
 そう言いながら、T4-2は耳元に手を当て、署に無線を送っている様子。声を出す必要はなく、隠密性に優れている。
「という事で、警察の到着まで多く見積もってあと」マナに向けられる掌。指は三本。
「三分?」
「失礼。五分」
「あっそ」
 マナは眼前の欠けた手に口付けする。残った指の間に舌を這わせ、その外殻の下を流れる神経を磁力で検めながら唇でなぞる。T4-2の手の中は随分複雑。肩や膝よりも繊細で超絶技巧の御業で接合されているようだ。
「よし、できる」マナはすっきりした頭で一言。スリップを脱ぎ捨て上下の下着一枚になる。
 二回戦目の事だとでも思ったのか、T4-2がご注進。
「多く見積もって、五分と申したのですよ。性行為を見られる事が、あなたのご趣味とあらば、私は構いませんが」
 違うよ変態、とマナは片眉を跳ね上げ首を振る。
「治してみるんだよ、T4-2」
 マナはT4-2の肩にかけられた外套を脱がせる。そして割り開かれたシャツの胸元から腕を忍ばせ、金属の軀を抱き締めた。触れ合う素肌。漣立つ様に輝くT4-2の表皮。
「感覚遮断しといた方がいいかもね」丁寧さを期待されては困る。
 矢が飛んでくるかのように勢いよく本体に吸い付くT4-2の破片。金属が打ち合い、癒着し、飛び散る火花。
 およそ繊細さのない粗削りの治療。見た目上、欠けたる部分はないが、細部の接合や内部機関の結合は完全というには欠ける。
「応急処置。細かい所はあんたの親にどうにかしてもらって」
 T4-2は、ふふ、と幽かに笑う。いつもの、わざとやっているような、人間を模倣しきれていない音と違って、とても自然なものだった。
「あなたは私の想像を裏切る事ばかりなさいます」
 下着一枚のあられもない姿のマナに、優しい指が外套を着せ掛ける。ぎこちないが、腕も指も動くようだ。
「じゃあもう一つ驚かせてみようか。写真、手帳に入れてもいいよ。さっき新聞記者が撮ったやつなら」
 T4-2の双眸の輝きがぎゅっと絞られる。勢いよく膝立ちになり、覆いかぶさるようにマナを抱きしめてくる。
 膝も大丈夫そう、とマナは男の腕の中で安堵する。
「ありがとうございます、内藤マナさん。未来永劫、心から、お慕いしております」
 マナは視線を彷徨わせてごくごく小さな声で呟く。
「あたしも」好き「かも」
 鳴り響くサイレン。ドカドカと階を踏み鳴らす音。無線の受信音。惜しむように触れ合う唇。
 不恰好に接合された左指が、機械仕掛の巨躯の背後でVサインを描く。
「見えてんだよ」
 鏡越しにそれを捉えたマナが怒気とも喜びともつかぬ声を出した。
「見せているのですよ」
 汎用亜人型自律特殊人形は、酷く淫靡で悪党じみた、奇妙な嗤い声を漏らした。

 

THE END of As You Like