嫉妬と献身 B - 6/7

『服装手当が出るから』
 高そうな服の袖口で気にせず血を拭うヴァトー・プリーツ。もう一人の方も概ね同じ理由らしく、軽く何度か頷く。
『そんな、なんて……』T4-2の声が打ち震える。『私も入れてはいただけないでしょうか。コードネームはトレンチコートとか』
『無理』
『では、フェドーラ』
 T4-2は己の帽子を指差す。
『どっちも永久欠番!』
 足元に開く空間の捩れ。T4-2は近くの商品ケースに片手を付き、体操選手のように跳躍して避ける。
『避けてるだけじゃあ勝てねえよ!』
 小休止に調子を取り戻したか、ヴァトー・プリーツの攻撃が苛烈さを増す。
『勝つ必要はありません』
 しかし負ける気もないのか、T4-2の機動力もいやましに高まる。跳躍し、宙を舞い、床を滑り、軀を曲げ、空の薬莢を投げて撹乱。
『サツが来るまでの時間稼ぎか。けど、いくら束になろうが普通の人間じゃ俺らに太刀打ちできないぜ』
『安心してください。警察は来ません』T4-2は怨敵二人を真っ直ぐに見つめる。『私だけ』
 そこに差し込んでくる小さな声。
『鉛の兵隊さん』
「待たせたわね」
「待ってなどいません」
 青白い光に照らされた貌の中、笑顔は心なしか引き結ばれて、眼差しはちらとも横の女に注がれる事はない。
 さらにT4-2は口早に言い募る。
「あなたが逃げる時間を稼ぐために、私は男二人と実のない与太話をしていたのです」
 片手の人差し指は不満げに振り回されて、もう片方は重たい額を支えている。
「お世話様」そこでマナは口角だけ上げてニヤリと笑って見せる。「こっちは女どうしで楽しかったよ」
「何を……まさか」T4-2が眼光を驚愕と淫靡な想像に歪めてマナを見る。理由と性質はどうあれ、やっとまともに交錯する二対の視線。
「あんたが思ってるような事はしてないよ」
「抵抗する気力も残っていないあなたの身体に妖しく這う女の指。重なり合う柔らかな唇。絡み合う吐息と舌。豊満な胸同士が蕩けて混ざり合うように荒々しく触れ合って……?」
 猛々しく赫く眼の奥で火花を散らしながら白熱する性妄想。
「だからないって言ってるだろうが変態野郎」
 マナは汎用亜人型自律特殊人形のよくない妄想を振り払うように彼の目の前で手を振り、続ける。
「あんたの選択はいつも正しい。直接隕鉄を壊せるあたしがいなきゃ、いくらあんたでも、ああいう超能力者には負けちゃうからね。だから、あたしを肉体的に籠絡できて良かったじゃない」ね、とマナは膝立ちになり、T4-2の額に唇を寄せる。
「平和と自由のためには、あたしと離れちゃ駄目だって、今の映像でよくわかったよね。あんたの記録も役に立つ。今はそれでいいでしょ」
 マナは硬い頬を手で挟み、双眸を覗き込む。存外優しい口付けに驚いた様子で揺らめいていた光も、徐々に落ち着きマナだけに注がれる。
「それにあたしだって、直接身体をいじくり回してくるような奴には手も足も出ないんだから、これからもあんたがいてくれなくちゃ困るわけ。わかった?」
「マナさん、私は……」
 また長々と自己否定や憐憫の続きそうな言葉を、マナはきつく遮る。
「あんたは、わかった、とだけ言えばいいの」
「わかった」
「わかりました、だろうが」
 T4-2は極めて自然な笑い声を漏らして、あらためて丁寧に承伏した。
「あなたは私の脆弱性。ですが、圧倒的な武力でもあります」
 マナの額にそっと触れる唇の感触。唇同士の接吻よりも、慈しむ様な愛情を覚える。
 やっと、共鳴するような磁力が二人の肌を震わせる。
 いつの間にか記録映像は終わって、室内を照らすのは窓からの頼りない明かりのみ。
「完全無欠にかっこよかったよ、保安官さん」
「冥利に尽きます」そう言ってからT4-2は顎に手をやり首を傾げる。「それとももしや、今の言葉は嫌味でしたか」
「あたしを何だと思ってるの」
「誉め言葉のような嫌味を仰る方」
「失礼な奴」
 マナはT4-2の左手を取り、手袋を脱がせると掌に口付けする。そのまま舌をT4-2の指の付け根に這わせる。そして下手くそな接合のせいで突出したギザギザをゆっくり舐める。
「また怪我をしてしまいますよ」
 そうは言うが、マナの行為をやめさせるでもなく、T4-2の息は浅く早くなってきている。
「血だらけなの好きでしょ」
「勘違いなきよう。血だらけではなく、血が一筋、あなたの小麦色の肌を、こと首筋を伝っているのが耽美で善いのです」
 より変態じみてるじゃないか、と思いながらマナは行為を続ける。
 甲殻類を思わせる硬い外殻は舌の表面で、関節には舌先を差し入れて舐める。
 快感にぴくぴくと痙攣する手は何か独立した生物のようで、奇妙な気持ちになってくる。
「指は……マナさん……嗚呼、とても善いです……」
 甘い喘ぎ声に滲んだ眼光。当座しのぎのお直しでこの感度なら、平常時はどれだけ敏感なのだろう。
「神経は繋がってるね。いつもみたいに指先までピンとは伸びないみたいだけど」
「よくご覧になっていらっしゃいますね」私の事を……と嬉しそうな声を出すT4-2。「あなたの応急処置でも機能として不自由はないのですよ」
 どうかよくご覧になっていてくださいね、とT4-2は誘うように目を細める。
「まず右腕」T4-2は右手を背後につき、重量級の巨躯を支え、腰を反らして鈍重な臀部を掲げる。「十分軀を支えられます」その動きのなんと艶かしい事。
「右脚も、折りたたんで座れているでしょう。調子は上々です」
 正座にした脚を割り拓きながら、左手は片手で器用にネクタイを緩めてベストとシャツのボタンを外してゆく。「こうして片手で細かい作業もできますし」スラックスの金具が外され、局部の上蓋が開かれ、性器が露わになる。
「こんな事も……」
 濡れた指が腰の雄々しい稜線を強調して見せつけるように伝い、ぴったり閉じ合わさっている白銀の陰唇をすうっとなぞる。
 示指と環指で陰唇が開かれ、拡がる金属穴。マナの目前に晒される生々しく蠢く繊細な金輪。彼自身の分泌液と、先程放出したマナの精液が金属に絡み、糸を引き汚らわしい。悍ましく穢れて非常にそそられる。
 濡れた音を立てて性器に埋められてゆく、マナの唾液で濡れた無骨な中指。
「……こんな風に、ほら」
 己の指でも貪欲に飲み込み、吸い付くように動く入り口。婀娜に腰を躍らせながら抜き差しされる指。
「あなたと情を交わした後には、こうして掻き出して清浄しているのですよ。また清潔な状態で次の情交に臨めるように」
 抜け落ちる指にまといつき掻き出される白く濁った雄汁。透明な愛液と混ざった濃い白濁がとろりと床に滴る。濃い色の床材に堆積する粘着質の穢れた白さが目を焼く。
「嗚呼、よく見て……こんなに濃厚なものをたっぷり無駄撃ちなさって……もっと奥に出して下さったのなら床もこんなに汚れずに済むのに……」
 咎める様に、あるいは煽る様に細められる目。
「襲って無理矢理出させたくせに!」
「やめろと仰らなかったでしょう」
 言えば壊れてしまいそうで「怖くて言えなかったの!」
「あなたにも怖いものがおありになる?」
 身を乗り出し、マナに近づいてくる貌。
「あんただけ。あたしが怖いのは」誠実で紳士で一途な所が何をおいても怖い。
「落語の話ですか?」
「落語? 何?」
「つまり私はあなたの特別」
「そうは言ってない」
「あなたは私の特別ですからね」
 触れ合う唇。柔らかな磁力が響いて心地よい。裸で抱き合い、互いの磁性を検めあいたいと思ってしまう。
 唇を貪っている間にも、機械仕掛の指は自涜に耽り、水音と金属の擦れるような淫らな音を響かせている。
 マナはそこに自分の欲望を突き刺して掻き回して滅茶苦茶にしてやりたくて堪らない。
「やらしいね、ほんとに、あんたは」
「では、私をいやらしい事にお使いになりませんか」
 低く、堕落した淫らな声。マナの性感を煽りに煽る。
「拒絶するわけないってわかってるくせに」
 さあ、どうでしょう……? と微笑みを傾ける男を軽々と抱え上げて、マナは彼を寝台に押し付ける。盛大に軋むスプリングとスチールフレーム。
 マナは服を脱ぎ捨てながら下着一枚になって寝台に上り、組み敷いた男をじっとりと睥睨する。
 前合わせのボタンだけ解かれて、ベストとシャツが肌蹴て乱れた半裸はとても淫ら。
「ぞくぞくします。見られているだけで達してしまいそうで……」
 T4-2は荒い吐息を溢しながら身を捩る。熱を鎮めるように、胴を這う鈍色と白色の指。素肌の左手は愛液を軀に塗りたくり、革手袋の右手は己を見下ろす女を煽る様に男らしく隆起した腰だの胸だのを撫で上げる。
 浮いた尻から寝台にとろりと垂れる蜜。
 マナは矢も盾も堪らずT4-2の大腿に手をかける。
「行為に及ぶ前に、あなたにお願いがあるのですが、聞いていただけますか」
 白い手がマナの前に突き出される。
「嫌だ」他人をいいだけ煽っておいて、今更なんだと言うのか。「聞かない」
「聞いた方がいいですよ。あなたのためです。そしてそれを聞いた上で、あなたには断る権利と自由があります。そして私は無理強いは致しません」
 マナは不機嫌に舌打ちして「じゃ先に言っておくけど断るから」と吐き捨てる。T4-2もマナの捻くれた返答など想定の範囲内のようで「聞いていただけるだけで十分ですよ」と続ける。
「結論から申しますと、私の受容器にあなたの精液を注いでいただきたい」
「今なんて」
「結論から申しますと、私の受容器にあなたの精液を注いでいただきたい」
 “今なんて”というのは、同じ事を二度言えという意味ではない。
 マナは目の前の男にそう言ってやりたかったが、残念な事に頭が混乱して、ただ魚のように口を開け閉めする事しかできない。
「まったく同じ事を二度言うなと仰りたいのですね。ご心配なく。きちんと説明いたします」
 T4-2の白い指が彼の性器の入り口を指す。そして下腹の正中線を下から上へすうっとなぞり、人間でいえば臍の下辺りの箇所で止まる。
「あなたがいつも必死で突き上げていらっしゃる部位より奥に、遺伝情報を蓄積し解析する器があります」あります、というよりかは、最近設えました、と申し上げた方が正確ですね、と付け加えるT4-2。
「その入り口にあなたの男性器を密着させて精液を直に注いでいただきたいのです」
 瞳から放たれる光は拡散して、夢想に取り憑かれているように見えて正気とは思えない。
「はあっ!?」マナの想像の限界を一足飛びに超えた事柄と懇願。「何のために」
「あなたの肉体の情報、あなたのすべてを、私の軀に刻みつけて欲しいのです」
 蕩ける瞳、声。いかに熱望しているかわかる。
 マナの本能的な支配欲がそそられる。雄が雌の清廉な胎に穢れた欲望を撒き散らし、堕とし征圧するようなものではないか。
「そうする事で、私はこの身の隕鉄の力をよりあなたに調和した形で提供できます」
 力はいらない、と言いかけるマナの唇をT4-2の人差し指が押さえ、どうか最後まで聞いて、と穏やかに静止される。
「そしてそれが刻印となります。私があなただけの物だという」
 マナの背筋がゾクゾクとする。物にするのか、されるのか、倒錯した性的な悪寒。
「そうなればあなた以外の超能力者が私に触れても、私はただの鉄屑」
 血の通わない指先は崇拝する様にマナの首飾りを這う。首筋に迸る心地よく仄暗い磁力。
 確かに誰彼構わずT4-2を使われるのは嫌だった。他人に物のように扱われるのは。
「私を争いに用いようとする者に使わせないで欲しいのです」T4-2の声は徐々に悲嘆の色を帯びてくる。
 T4-2はマナに断る権利も自由もあるとは言っていたが、拒めばそのままここで自壊して、星屑のようにばらばらになってしまうだろう。平和と自由を守るため。
 そう思うと、目の前の強靭な特殊合金製ロボットのなんと弱々しく見える事か。
「断るわけないってわかってるくせに。断ったらあんた今この場で、自分で自分の事ぶっ壊すでしょう」それか、マナの目の届かない所でひっそり死ぬか。
 T4-2はマナから顔を背ける。恥じるように暗くなる瞳。
「断りにくい状況にしてしまい、大変申し訳ありません」
「断る権利とか自由とか今更言わないでよ。初めての時はそんな事言わなかったのに」
 堂々とマナを籠絡すると宣言し、その通り彼女を心身共に掌握した。篭絡された身としては、今更何の世迷言を、としか思えない。
「あの時は……先程もですが、抑制できない劣情に苛まれ、あのような暴挙に出てしまいました。今となっては悔やんでさえいます。やはり私は間違っていた」
 自身を支配する回路も何もかもかなぐり捨てたかのような言葉。
「めんどくさい奴」
 マナはT4-2の顎を掴んで自分の方を向かせる。
「さっきは話聞く前に断ってごめん」
 秀でた額に口づけを落とす。これが謝罪になるとは露程も思わないが。
「だけどそうやって命を盾にとられると脅されてるように感じて腹が立つ。たぶんあんたを大事に思っているから」
 T4-2が歓喜に震え、泣いているような吐息を漏らす。
「だとしたら本当に、本当に、申し訳なく……嬉しいです」
 唇同士が自然と求め合って触れ合う。
「あたしでいいのね」
 男は深く頷く。「あなたが」いいのです、と瞑目寸前まで細められた目、希うような声色。左右ちぐはぐな手触りの二本の手が祈る様にマナの手を包み込む。
「わかった」マナは努めて軽い感じで何度か浅く頷く。
「内藤マナさん、嗚呼、身に余る光栄です」
 T4-2は膝の裏に手をやりマナを迎え入れるかのように腰を上向かせる。
 甲虫の腹のように柔軟に収縮し蠕く腹部。
 マナの眼前に晒される彼のひくつく場所。媚びて、誘い、マナを求める。
「ではどうぞ。すぐお使いになれますから」
 太い指が銀色の性器の入り口にかかり、ゆっくり割り拓く。内部の細かな部品までもが機械仕掛の妙であり得ないくらいふしだらに開き、愛液まみれの隘路の奥の奥までしっかりとマナの眼前に晒す。
「このように、慣らす必要などございません」
 最奥で淫らに蠢き息づくのは、毎度マナの性器の先端に吸い付き懊悩させる窄まり。
「そして、見えますか、奥の受容器の入り口が……ここはもはや行き止まりなどではないのです」
 淫靡な膨らみを湛えた窄まりが緩慢に痙攣し、今にも綻び徒花を咲かせそうだ。
 この先に、彼が新たに増設した機械仕掛の臓物があるというのか。
「あなたのご立派な逸物なら受容器に届くとは思うのですが、さて……どうでしょうね」と誘惑、挑発するような声。
 先程までの、しおらしく、情に訴えかけてくる態度はすっかりなりを潜めている。マナを傷つけた荒々しい拘束も、やるせない自責の言葉も、涙流さんばかりの懇願も、すべて彼女の嗜虐心と敵愾心を煽るための前戯だったのではないかと勘繰りたくなる程。
「どうって、全部あんたの思い通りになるだけだよ」
 マナはT4-2の性器の奥底を見つめる。
 受容器とやらに己の勃起を突き入れ、掻き混ぜ、貪り、精を放ってやりたい。マナの視線が熱と欲を帯びて、晒されたT4-2の性器に突き刺さる。
「んッ」
 短く蕩ける嬌声。艶かしく揺れる尻。震える膣。奥の器官から滲み出る愛液。
「あ、あ……、見られているだけで、達して……はーッ、うぅん」
 そう言う最中にも再び軽く達して、膣の中で嵩を増す合成液。
「変態」
 マナは一息に怒張を突き入れた。
 広げられ潤みきっていたお蔭で、しっかりと奥まで嵌まり込んだ怒張は、最初の一撃でT4-2の弱みをぶち抜いていた。
「かはっ、あ……ッ!」
 腰を捧げたまま仰け反る機械の背筋。絶頂し、ぎゅっと締まる金属の膣。
「入れただけでイかないでよね……」
 マナも根元を締め付けられて我慢が効かなくなりそうになったが、下腹部に力を込めてなんとか気を保たせる。
「奥、おぉ……、届いて……、あなたの……ッ」
 快感にゆるく頭を振り、譫言の様に呟くT4-2。
 巨躯が身震いし、その腰が更にマナを歓待するように捧げ上げられる。脚はより大きく拓かれて、怒張がより深くに導かれる。互いの腰が密着し、マナはT4-2の巨きな臀部にのしかかるような体勢だ。
 絶頂に痺れていたT4-2の膣底が淫らな気力を取り戻し、マナの怒張の先端に吸い付いてくる。
「あぁ……マナさん……ここですよ、場所、覚えていただけましたか……? ここにもっとぴったり密着させて、たっぷり出してくださいね」
 低く蕩けた声も、うねる軀も好すぎて、マナの腰の奥が苛つく。
「その前に、私の性器であなたの事もしっかり気持ち良くしてさしあげます。あなたは動く必要はありません」
 T4-2の鈍重な腰がゆるやかに滑らかに動く。内性器を形造る金輪の一つ一つが緻密に蠢きマナを甘やかす。それだけで容易に登り詰めてしまいそうだ。