嫉妬と献身 B - 4/7

「それよりも、続きをしましょう。たっぷりと、互いの気が済むまで」
 T4-2は精液に塗れた身はそのままに、それどころか掌の汚れを胸元で拭いさえする。
 ゆっくりと立ち上がる男の軀はマナに密着し、艶かしく擦りつけてゆく。衣摺れの音が心地よく耳を擽り、互いの服越しにも磁力が迸りそうな程。
 張り出した硬い胸板がマナの柔らかな胸を持ち上げて、微笑は頬を這う。白い手は愛おしげに長い黒髪を櫛削る。
 マナの唇が愛する者を渇望して彼の貌を追う。潤った柔らかな唇は彼の右目に触れて、ひりつくような磁力を放つ。
 前照灯めいた瞳の奥で火花が散り、一際鮮烈に爆発的に瞬く。
「あぁっ」
 雄々しい咽喉を男の濡れた低い吐息が通り抜け、部品の一つ一つが迫り上がって蠕動する。
「ごめん」
 どうにもうまく磁力が馴染まない。それもこれも、何となくT4-2の様子がおかしく感じられるせいだ。
「いいえ、善いですよ、とても。すべての回路を焼き落として欲しいとさえ熱望してしまう程に」
 片方の眼光を痛々しくちらつかせながらも、被虐の快楽に蕩ける声。
 マナのブラウスが胸の下まで開かれて、襟が滑らかな肩を滑り落ちる。
 浅黒い肌を白い手が這い、形の良い胸を下着ごと揉みしだく。寄せられ、持ち上げられる動きは胸の内側からまろやかな快感を全身に伝播させる。時折、頂を指で弾かれたり押し込まれたりされると、腰の奥深くまで快感が差し込み、怒張が硬く漲り天を突く。
「は……ぅ」
 末端までくまなく駆け巡る血で朱に染まった唇がゆるく開き、蠱惑的な喘ぎが漏れる。
「善いですか?」
 マナの赤い唇に自身のそれを添わせながら男が問うてくる。
「ん、好い……」
 円熟した心地よさに、マナは衝動的に片脚を持ち上げて、T4-2に絡ませる。冷えた上等な衣の感触が素肌に心地よい。
「癖の悪い御御足ですね」
 男の手は己の腰を擦るマナの脚をがっちりと小脇に抱える。
 露わになった内股を白い指がすうっとなぞる。
 肌の表面を舐める柔らかな感触。
「ひぅっ」
 錯綜する神経が痺れるような、血の沸き立つような感覚に、思わず情けない声を上げて縮む身体。
「何度進言しても、あなたはだらしなく脚を崩してお座りになる」
 冷たく平坦だが執拗で粘着質な声。そして内腿を蛇行する掌がマナを苛む。
「してないってば!」
「先程もしていました」
「もうしない!」
「嘘です。そんな日は来ません。あなたは一生だらしがないまま。誰かの劣情を催させて、煽って、襲われてしまえばいい」
「襲ってくるのなんてあんただけだよ! 理性の欠片もないくせに!」
 マナの言葉が理解できないとでもいいたげに、眼前の鉄面皮は首を傾げて肩を竦める。磨き抜かれた光学レンズの奥底で弾ける火花。
「確かに、私に理性がほんのひと欠片でもあったのならば」
 拓かれた脚の間、密着した男の腰が淫奔にうねる。己の軀の使い勝手のよさを売り込むかのように。
「今でも私はあなたを遠巻きに見つめているだけの、低俗ではあれど卑劣ではない、ただの矮小な虫螻でいられたことでしょう」
 姿形は堂々たる偉丈夫の代物だというのに、下腹部に雄々しい外性器はなく滑らか。そのギャップと艶かしい動きがマナを混乱させ、雄の欲望を掻き立てる。
「あなたに気に入られようなどという畏れ多い願望も」
 無骨だが繊細に動く手が獲物を捕らえ、しなやかな身体の線を貪り、刺激を受けてそそり立った肉棒をしっとり撫で回す。
「あなたの心さえ手に入れたいなどという大それた欲望も」
 劣情を煽り立てながら首筋を這い、耳元に辿り着く唇。
「決して抱く事はありませんでした」
 耳朶と言わず神経そのものを舐める低く濡れた声。
「あっ、ん……ちょっと、耳元で声やめて……大体何言ってるか全然意味わかんないし……」
 内から外から責めてくる快感に劣情の溜まりが弾けそうになる。
「可愛らしく身震いなさって。また私の手にお出しになりますか、それとも……」
「あんたの中がいい。はやく……」
 マナの抑えの効かない迅る性器が涙を流し、急かすように震える。
「いいでしょう」
 男は外套の前合わせを開放すると、己のスラックスを下げ、上蓋を開放し濡れそぼった陰部を露出させる。精悍な腰で淫らに収縮する女の性器は視覚からマナの性感に激しく訴えてくる。
「あなたを私の中へ迎え入れ、あなたの気が済むまで腰を打ち付けて差し上げます。そして肉悦のままに射精していただきます」
 T4-2は片足を上げて膝をマナの腰の横辺りにつける。
「これで、最後ですからね……」
 完全にそそり立ち、上を向くマナの屹立の先端に吸い付く金属の入り口。怒張を手で導いてやらなくても、余す所なく機械仕掛で随意に動く金環はマナを貪欲に飲み込んでゆく。
「ンッ、はあ……この体位、淫猥にすぎますね……。私があなたを貫いているようで、倒錯した気分になってきます」
 ほら、とT4-2が顔を向けている方を見ると、玄関横の姿見には真っ最中の二人の姿。まるで寝台に横たわるマナに、T4-2が覆いかぶさり跨るかのようだ。
 しかも互いにほぼ着衣のままで、それが背徳感を増幅させる。
「ああ、本当に私は、黙って去る事もできない……唾棄すべき最悪の……ぁあ、しかし……ッ」
 男の頑健な腰が沈み、肉柱を完全に飲み込む。
 互いの背が快感に仰け反る。
 マナの手が男の服を強く掴み、磁力を纏って彼を自身に引き寄せる。
「ハッ、ぉ、マナさ……っ、んっ、んん、私をっ、壊して……ッ」
 T4-2は軽く達した様相を見せながらも腰を果敢に動かす。激しい腰使いに外套の裾が踊り、分厚いドアの蝶番が軋む。
 初めて交わった時のように、極めて一方的にマナを貪るその動き。
「磁力で、完膚なきまでにぃっ、あァ、ッく、はあぁあ……ッん!」
 寧ろ初めての時よりも悲壮感漂う。必死に腰を振って奥にぶち当てようとしているその浅ましさ、痛ましさ。狂ったような嬌声。
「私はっ、弱く、惨めです!」そして卑怯! とT4-2が叫ぶ。
 何をそう荒ぶっているのか分からないが、大の男が涙を流さんばかりに自分自身を罵る姿は弱々しく惨めでそして淫ら。
 マナも堪らず下から腰を突き上げる。
 奥に当たりそうで当たらない、もどかしい快感がとても好い。
 お望み通り軽く磁力を放ってやれば、気をやったのか、一瞬力が抜けて頽れそうになる巨躯。
「かはっ——ッ!?」
 湿った室の空気を乾いた苦し気な声が鋭く裂く。
 硬く大きな胸がマナを圧し潰さんばかりに仰け反る。
「その程度で私を破壊できると……? 強く、もっとッ、ちゃんと、私を、壊してっ……壊しなさい……ッ!」
 美徳回路の乗り物にしては珍しい怒声。だが恐ろしくはない。神経が昂り狂瀾して頭の中が滅茶苦茶になっているのだと思うと耽美で邪淫に満ちて見えてゾクゾクする。
 制圧されているようで、実はこちらが主導権を握っているような、嗜虐心が充足してゆく愉悦がある。
「あたしがやるまでもなく壊れちゃってるね」
 T4-2はゆるく頭を振る。
「ふゥ、うー……取り乱して、申し訳ありません。マナさん……はぁ、もっと深くして、いいですか……?」
 マナが頷くや否や、二人の腿と腰にケーブルが巻き付き、締め上げられ、立位ではあり得ないくらい深く繋がる。
「うそっ、ちょっと、何やって……うああっ!?」
「は……ぁッ! あぁあ、先、当たって……おっ……ん、善……い」
 マナの顔の横に慄く手をつき軀を支え、恍惚とする機械。弛緩した様なその眼差しとは裏腹に、より引き締まるT4-2の淫環。
「んっ、う、出るっ、出させて」
 T4-2がマナの頭を強く掻き抱く。耳元に当てられた指が彼の声の波形で振動する。
「どうぞ……お好きなだけ」
 暗い声に骨の髄まで犯されながら、マナは男の中に性汁を打ち上げた。
 肉柱が白濁の塊を送り込む脈動と共鳴するかのように、機械仕掛の軀の奥深くに封じ込められた星屑が戦慄いてT4-2の硬い胸と、それに押し当てられたマナの頬を打つ。
「T4-2、心臓、すごいよ、壊れちゃうよ」
「ぉ……お、いいのです、私は、もう……はっ、ぁあ……」
 T4-2はマナの腰をドアと自身の腰できつく挟み込み、軀を小刻みに揺すりながら、最後の一滴まで搾り取らんとしてくる。遂情して敏感になったマナの性器はその刺激を甘受して尿道に残った残滓を吐き出す。芯を失った肉棒がT4-2からずるりと抜け落ち、その感触にさえマナは甲高い声の籠った吐息を漏らす。
「ご満足いただけましたか」
 マナはぼうっとした表情でただ頷く。
 ケーブルがあるべき場所に巻き取られ、マナの身体が解放される。両足にかかる自重。何度も果てたであろうT4-2の軀を受け止める心づもりだったが、予想に反してその影は退く。
 それが何を意味しているのか、マナはよく知っていた。
「マナさん、私はあなたとはもう一緒にはいられません」
 双眸の光はマナに注がれているが、しかしそれは彼女も背後のドアも通り越して、茫洋としたずっとずっと遠くを見ているかのようだ。
「わかった」
 マナは努めて軽く返した。
 昨日の事件は畳み掛けるようにそれなりに良い雰囲気で締め括られたが、しかし後になって冷静に映像を見返すと、まあなんと最悪な女だろう! と流石のT4-2も思ったに違いない。
 突然現れたものは突然消えるもの。
 いつかそうなる事は覚悟していた。そしてもし三行半を突きつけられたならば、追い縋る事はすまいとマナは決めていた。マナは見た目以上に気位が高く、そしてT4-2を思慕しているから。
「そんな顔をなさらないで」
 どんな顔をしているというのか。
「すべて私のせいです。あなたに何一つ瑕疵はありません」
 マナを突き放すような事を言っておきながら、鋼鉄の巨躯は生身の身体にいやましに覆いかぶさり、機械仕掛の双腕は枷のようにしなやかな背を捕えて離さない。
「あんな事になるなら、私はあなたに近づくべきではなかった。あなたを守ると言いながら、晒し者にして、あまつさえあなたを責めるような真似までしました。責を負うべきはこの自分だと分かっていながら、私は……」
 執拗に言い募る言葉が重たく、苛ついてさえくる。
「あんた複雑すぎる。面倒くさい。何言ってるか本当によくわかんない。今すぐその口閉じないとぶっ壊す」
「壊してください」
「嫌だ」
 どうか、と言われる前に間髪入れずに鋭く拒絶する。
 そしてマナはT4-2の広い背に腕を回して撫でさする。
 必要以上に自責の念を抱く精密機械を見ていると、殊更憐れで愛おしく、放ってはおけなくなってしまう。離れ難くなる。
「あたしは他人の言う事は聞かない」それに手ずから壊してやらずとも、もうかなりイカれているのではないだろうか。
「話なら聞いてもいい」
 照明も点けず、暗い部屋の中、T4-2は立ち竦み、すぐ隣に立つマナではなく、足元に視線を注いだまま途切れ途切れの死にかけた声で呟く。
「あなたの映像をスクリーンに映し出す度に、私の何かが擦り減ってゆく気がするのです」
 それはフィルムの摩耗などとは違う性質のものなのだろう。
「あなたと私の遣り取りを見た者の中には、ある種の嗤いを漏らす者が多分にいました。それがどういう意味を持つものなのか、この私にすら分かります。それどころか、あなたのお兄様や私に極めて不適切で野卑な発言や質問を投げかけてくる者さえいました」
「ああ、まあ、あたしの言動は酷かったからね、たしかに」
 それでも女衒は言い過ぎだけどね、とマナは兄の過激な発言を思い出し、眉を顰める。
「あんたにも恥をかかせて悪かったわね」
 マナはT4-2を見上げて謝った。不機嫌そうな表情ではあるが、彼女にとっては至って真摯な顔のつもりで、皮肉の言葉ではなく、本当に素直な気持ちからの謝罪であった。
「もうしない。気をつける」
 T4-2は違う、違います、と声を絞り出しながら、激しく首を横に振る。
「あなたには何ら矯正するべき部分などありません」時にあなたを責めたり嗜めたりしてしまうのは、私の欠陥です、と付け加えてT4-2は続ける。
「私といる事によって、あなたの品性と良識が疑われると言いたかったのです」
 機械仕掛の腕が彼自身を文字通り自縄自縛する。力任せに寄せられ引き攣れる衣服が痛々しい。
「あなたは私を実に生身の人間らしく扱います。私に対して露悪的で気安く、奔放に振る舞う。そして時に慮ったり、優しい言葉を投げかけてみせたりもする。勘違いと間違いを誘うような、甘美な浪漫の気配を漂わせる事さえ!」
 自身の腕を掴むT4-2の手が硬く握られる。自分自身を破壊するのに十分な力が備わっているようで、その身が軋んだ音を立てる。
「それを奇異に思う者もいるのです。あなたが人間相手でなく、機械相手にそうする事が。彼らの私に対する評価は変わりません。このように振舞うよう作られた単なる道具としか思われません。あなただけが常に人の卑しい感情の矛先になる。あなたは彼らと同じ人間であるが故に、彼らの理解の及ばない振舞いをすればする程、嗤われ爪弾きにされる。私との親密な関わりは、あなたの品位を失墜させます」
 マナはT4-2の手を取って不穏な音を立てる軀から離してやろうとするが、磁力をもってしても、深い失意と硬い決意によって閉じられた拳はびくともしない。
「あの映像で私は、私にだけ向けて下さっていたあなたの打ち解けた態度を、あの穏やかな表情を、多大なる厚情を、衆目に晒し辱めた事になる。所と人を変え、しめて六度。片手の指では足りない程、私はあなたを辱めました」
「はあ」マナは複雑すぎるT4-2の思考に呆けた返しをするしかなかった。彼女には精密機械の言う事を半分も理解できていない。「いや、あたしはそこまで深刻にとらえてないから大丈夫だけど」
「もし記録映像によって、あなたの致命的な秘密が露呈する事になったとしたら。私は自分で自分を許せないでしょう!」
 室の空気を震わせる悲痛な合成音声。
「記録機能も、私自身も、あなたにとっては呪縛のようなもの。だから私はあなたとは一緒にはいられないのです。これが私の理性の欠片。問題はすべて私にあります」
 マナはT4-2を心底、面倒臭い男だと感じる。精密機械を謳う癖に、細部に拘泥し大局は粗雑。手に負えない。
「どいつもこいつも、兄もあんたも、あたしの気持ちは頭っからお構いなしなんだね」
 呆れと怒気の混ざり合った声。
「あたしの事が気に食わないから離れるって言うならまだしも、あたしの……なに、品位? そんなもんは最初っからないんだよ! あんたの問題? そんな理由で納得するわけないだろうが! あんたがあたしに瑕疵はないって言うのと同じで、あたしはあんたを……」
 そこまで言って言葉に詰まったマナは、顎をしゃくって室内を示す。
「あのさ、そもそも玄関で長々立ち話なんてこのあたしに対して失礼でしょ。この粗雑機械が。部屋であんたの映画でも見せてよ。異論は認めない。さっさとやれ」