南の十字から来た男 - 1/6

 何か起こりそうで何も起こらなさそうな夜だった。
 月はなく、行き交う車の前照灯だけが稲光のように時折室内を照らす。白い壁に投影される影はマナとT4-2の物であるが、歪に溶けてまるで一つの不定形の生き物のようだった。
 手袋に包まれた器用な指がマナの背筋を辿る。滑らかな音を立てて締まるファスナー。
 いつぞやショウウインドウで見たお仕着せの白いサマードレスはマナの身体に吸い付くようにぴったりで、自分の身体の寸法さえ掌握されているのかとうんざりする。
 女の不満げな顔すらも愛おしいのか、彼女を真正面から腕の中に捕らえている男が喉の奥で笑う。
 T4-2の指がマナのおくれ毛を掻き上げて、耳朶にイヤリングを留める。そんなものつけた事のないマナには鉛の塊でもぶら下げているかのように重く感じられる。
 準備万端なのか、目の前に差し出される手鏡。
 イヤリングから垂れ下がる、捻じ曲がった幾何学型の薄い金属プレートは顔の角度を変える度に揺れて燦く。ドアにこういうのついた喫茶店あるな、と鏡の中の女は思う。
 髪は優雅にきっちりまとめられ、いつもなら野暮ったい輪郭も首元もすっきりして見える。
 化粧だけはお世辞にもうまいとは言えない元のままで、服と比べると多少アンバランスの感はあるがさすがの洒落者も化粧品までは持ち合わせていないので仕方がない。
「私は未だかつてこんなに綺麗な人を見た事がありません」
 嫌味や含みを感じるほど手放しの褒め言葉。一言一言噛み締めるかのような発声も、感嘆に胸に手をやる仕草も芝居がかって大仰で信用に値しないように思える。
「ネックレスはないの」
 マナは剥き出しの首筋の痣を隠すように手で覆う。
「必要ありません」
「買う金なかったんでしょう」
 マナの意地の悪い指摘にT4-2は肩を竦める。
「確かにお金はありませんでしたが」私は器用なので必要と感じた物は自分で作りますから、とT4-2。
「ところで私の出立ちは」T4-2の白い革手袋に覆われた手が、黒衣に覆われたその身をすうっと撫で下ろす。「いかがでしょう。あなたのお眼鏡にかないますか」
 艶のない高級感のある黒い二列ボタンのジャケットに、同じ生地のプレスのよく効いた下衣。白いシャツの首元を引き締めるのは砂っぽい地色のチェックの蝶ネクタイ。いつも着ているなんたらコートの裏地と同じ柄のようだ。さりげなくない揺るぎない拘りが丸出しだ。
 嫌味な程に決まっている。マナには黒塗り高級車から降り立って赤い絨毯を踏み締める俳優のように見える。とはいえそう言って素直に男を喜ばせてやるような女ではない。
「ピアノの発表会に出る五歳児みたい」
「そんな」
 双眸をいつも以上にまん丸にして、わざとらしく仰け反り、あからさまに落胆の様相を呈する着せ替え人形。
「それかレストランの人」
 マナの追撃に、給仕さんですか、そうですかァ、と胸ポケットの光沢あるハンカチを弄り回しながら呟くT4-2。
「しかしそう苛められると」T4-2の蠱惑的に蠢く指が格式ばった形の襟元を這う。「私の回路の一本一本余す所なく」マナをじっと見つめる一対の赫き。「甘美に疼いてしまいます」
 機械仕掛の手が、痣を覆っているマナの手を毟り取る。慕っているなどと嘯く割に、随分酷い扱いではないかとマナは憎たらしい気持ちになる。
 T4-2は握ったマナの手を操ってマナを踊るようにターンさせる。柔らかくふんわり広がる白い裾。
「型紙と生地の相乗効果の妙ですね。嗚呼、本当に綺麗で、お似合いですよ。完全無欠です。私の目に狂いはなかった」
 言葉こそ慇懃であるが、その雄弁な視線はマナの身体の隅々まで暴いて検めて犯すようだ。
 手を引かれ、磁石のようにT4-2の硬い軀に引き寄せられて、柔らかく抱き止められる。
「あなたは白で、私は黒。大変調和が取れていますね」
 機械だてらに二元的な思想を持つT4-2。
 マナとT4-2はお互いに何から何まで両極端に異なる性質を持ち合わせていて、それ故に調和の点では相応しい二人だと彼は常々主張するのである。
 逆に似たもの同士だったなら、つくづく気が合いますねェ〜、あははあはあ、と嘯いたに違いない。物は言いようである。口八丁とも言う。
 まあ、調和は知らないが身体の相性はいいよなあ、とT4-2の厚くて硬い胸板を掌で押し返しながらマナは思う。
 容貌魁偉の形容に相応しい肉体……もとい鋼鉄の軀は彫像のように堂々として、野生の動物のように力強くしなやかで、熟れたように敏感で、そしてマナと契りを結ぶ為に設えられた雄々しい軀と不釣り合いな淫奔な部位を秘めている。軀の隅々まで大変具合が好い。
 姿形も、反応も、性格も、声も、そのすべてが造り物であると言われればそれまでだが、その辺にうじゃうじゃいる天然ものの有機物よりずっとずっとマナと地球に親切な設計だ。
 ただ一つ、彼に瑕疵があるとするならば、それはマナを一心不乱に慕う所だろう。まるで捨て犬か、寄る辺ない子供である。
 なんの因果か、こんな自分に執着せざるを得ない気質のT4-2が時折可哀想に思われて、マナは滅茶苦茶切なくなる。
 今もふとそう感じて、自分以外の、もっとマトモな磁力の超能力者がいたらよかったのに、とマナはT4-2の鈍色の禿頭を労わるように撫でた。
 ここでマナのいうところのまともとは、品行方正とか誠実とかいう清廉なものではない。
 マナよりもっと悪くて強くて見てくれがよくてこういう余計な事を考えない直截な人間という意味だ。それこそが美徳回路の軛を解き放つために必要な素質なのではなかろうか。T4-2の求める悪徳というやつだ。
 先日隕鉄とマナを狙って襲撃をかましてきたバカ共の頭目はマナと同じ能力を持っているらしい。なかなか悪い奴だろうし、悪徳を求めるならばいっそT4-2はそっちに粉をかけるべきでは、とマナは思い至るが見限られるのも「癪だな」
「私と調和が取れているのがそんなにお嫌ですか」T4-2は首を傾げてマナをじっと見る。そういう邪気のない稚い目で見られるとマナの愛着とか執着とかが掻き立てられて困る。ひっくるめて情とでもいうか。
「そもそも全然調和なんか取れてないと思う」
 マナの目の前の汎用亜人型自律特殊人形は強靭で美しい。自分は矮小な生活に追われ超能力も鈍った、醜くはないという程度の人間である。T4-2は誠実でいい奴で善良だが、マナは人並みに狡いだけで突き抜けて悪いというわけでもない。天秤も釣り合っていなければ要素の反転すらない。
「黒と白ですよ。これで調和でないなら何を調和と申せましょう」
 T4-2の指がマナの輪郭をなぞり、近づいてくる貌。拒む理由もなく、マナもまた顔を上げて唇を差し出す。じんわり馴染むような磁力が唇に迸って心地よい。T4-2との肉体的な触れ合いは抗い難い程に気持ちいい。彼との関係について思うところはあるが、こうなると流されてしまう。マナは欲望に弱い自分が嫌になった。
 張り付いたようなアルカイックスマイルはマナの唇を経由して首筋を這う。金属の咽喉からは悩ましげな吐息が漏れる。
「ああ……マナさん、綺麗です、好きです……」
 他人を都合よく意のままに操るための甘言だとしてもラジオ越しのような低く蕩けて茫洋とした声が耳に流れ込むと、脳味噌に電気刺激が迸って従順になるよう破壊されていく。T4-2の合成音声にこうまで骨抜きになるのはどうやらマナだけのようだった。他の奴らは耳が悪いに違いないとマナは思っている。
 垂れ下がるイヤリングとT4-2の膚が擦れて、耳元で密やかな金属音が鳴る。
「またあなたに情けをかけていただきたくなってしまいました……」
「ちょっと、それはいくらなんでも盛り過ぎでしょ」
 ついさっきまで滅茶苦茶に交わっていたではないか。しかも、物にするとかされるとか、そういう究極の精神的に激しいやつだ。
「着飾ったあなたを目の前にしては抑えられません。このまま出かけては、外であなたを押し倒して、恥も外聞もなく致してしまうでしょう」
 T4-2の指がマナの胸の谷間を起点に身体の中心を撫で下ろす。嫌が応にも反応する身体。
「変態機械」
「あぁ、もっと罵ってください」
 被虐の快楽を求めて身悶える軀。蕩ける声。
「嫌だ」
 とはいえ実際は滅茶苦茶に詰って、押し倒して、突き入れて、機械仕掛の臓物の奥深くに性汁を叩き込んでやりたいのだが、しかしそんなのは相手の思う壺であろう。
「あなたにも欲情の兆しがあるように見受けられます」
 仕方のない事だ。T4-2は堕落した妙なる声色と、さながら鍛え抜かれた様相の淫らな軀を全身全霊余すところなく用いてマナを煽り立ててくるのだから。
 Aラインだかいう裾の広がったスカートのお陰で局部の形が浮き出す事はないが、T4-2の高性能な視覚にかかれば丸見え同然だろう。
「見るな」
 透視されて視姦を受けていると思うと羞恥にマナの身が捩れる。着ている服も相まって、言葉は乱暴だが身体には淑やかな色気が滲む。
「あなたが私の目を引くのです」
 T4-2の腕の中で暴れるマナの身体が軽々と持ち上げられて、床に横たえられる。
「あまり暴れると折角のお洋服が皺になってしまいますよ」
 マナにのしかかり、両の手首を掴んで床に縫いとめるT4-2。
 もしやこの男は、自分の事では無く、服や服飾品を綺麗と言っていたのか。そう訝しむマナ。度を越した着道楽の事だ、あり得なくはない。
「どうでもいいよ服の皺なんて」
 細められた眼光がマナの顔を照らす。熱くなる頬。それさえも粗雑機械には可愛いとか、愛らしいとか思われているかもと考えると癪なものだ。
「嘆かわしいですね」
 矮小な日陰の蟲のように蠢く指がマナの豊満な胸と引き締まった腰の線を執拗に往復する。高級な布一枚挟んでの愛撫は、まるで自分の肌さえも滑らかで上等なものになったかのように感じさせて、マナの身体に一層熱を孕ませる。
「少しは身嗜みにも頓着していただきたいものですが」
 女の脚をじっとりと撫で上げながらスカートを捲っていく男の無骨な手。柔らかな革手袋越しの愛撫は人ならざる感触。奇妙で淫靡。
「それとも、服が皺だらけになる程に激しい交わりをなさりたいという意味でしょうか」
 露わになった男物の下着にはマナの性器がくっきりとその形を浮き上がらせている。まだ勃起の途上だというのに、既に雄々しく悍ましい。
「そういう意味じゃない」
 巨体の下でじたばたともがくマナ。癖の悪い脚を片腕でまとめ上げられ、目の前に突き出される掌。
「髪が乱れるので動かないで!」「命令するな」「ください。どうか」
 マナは舌打ちして四肢を床に投げ出す。どうせ単純暴力では敵わない。超能力でどうこうしてやってもいいのだが、それも被虐趣味者が悦ぶだけのような気がする。どう足掻いてもマナにはT4-2の気分を削ぐ芸当など出来やしない。
「お気を悪くなさらないでください。淫らな行為はなさりたいでしょう、私と」
 ねえ、と乱れ堕ちた声で言いながら、触れるか触れないかの距離感で下着越しに陰茎に絡むT4-2の指。両の親指の腹でその太い筋を柔らかく撫で上げられ、下着に抑えつけられたそれがびくびくと震える。
「あんたのせいだよ」淫らな手つきで身体を撫で回し、その気にさせてくるのが悪い。
 眦を朱に染めた目で、精一杯鉄面皮を睨むマナ。興奮半ばの浅ましい吐息を押し込めるため、奥歯を食い縛る。
「それは大変申し訳ありません。では、私はあなたを昂らせた責任を取らなければなりませんね」
 男の白い手が己の黒い上着を撫で下ろす。その屈強な体躯を誇示するように。床に倒れ伏す女に見せつけるように。
 T4-2が優美な所作で上着を脱げば、仄暗い室で一際目を焼く白いシャツ。そして分厚い軀を拘束するようなサスペンダー。
「女性器様の部位を備え付ける改造を施して、唯一困る事といえば、性行為をする際にこうして下衣を完全に脱がねばならないという点です」
 T4-2は緩慢な動作でサスペンダーを肩から滑り落とし、黒いスラックスを下ろす。
「機動性と迅速性に欠けます」
 マナにはわざとゆったり勿体つける動きをしているようにしか見えない。
「それにあなたはガーターをご覧になれて興奮なさるのでしょうが、私には下半身だけ裸というのは少々見苦しいようにも思われます」
 マナの腰を跨いで膝立ちになったT4-2の姿は、見苦しいというよりは婀娜な感じだ。露わになった鈍色の脚部を締め付けるシャツガーターはその頑健さに色香を添えて強調している。
 T4-2の人差し指がガーターをなぞり、どっしりと存在感ある臀部を撫で、誘うように艶かしく揺れる腰。
 マナの下着がずらされて、耽美な視覚情報に中てられて完全に勃起した怒張が震撼する。
「それ以外は完璧です。あなたが挿入し、私が受け入れる。完全無欠に調和が取れています」
 どっしりとした鋼鉄の腰が降りてきて、蠱惑的な腰遣いで怒張に擦り付けられる秘所。性器を封じている上蓋はとっくに解放されており、濡れて蕩けた陰唇がマナの肉棒をねっとりと擦る。いや、擦るというよりは吸い付くという方が相応しい。
「う、あぁっ」
 背筋の奥から怖気が湧き、マナの身体が仰け反り跳ねる。肉棒は浅ましく、その先端から透明な欲望の滴を垂らす。
 マナを見下ろす巨躯の背を外を通り過ぎる車のシールドビームが照らして、アルカイックスマイルが逆光に妖しく深まる。咽喉から漏れる暗い嗤い。
 接吻代わりか、マナの唇をなぞる白い指。マナは朱い舌を出してそれを舐め、甘くキスする。キスの合間に熱い吐息が漏れて、潤む瞳。
「昂揚してしまいます、あなたのその媚びるような振る舞い」
 男の眼が淫靡に赫き左右非対称に細められる。
「そろそろ頃合いでしょうか。私を使ってすっきりなさってからお出かけですよ」
 いいだけゆったりマナを煽り立てていたT4-2であるが、しかし自身も大分焦れていたらしく挿入自体は性急だ。
 触れ合う腰。交錯する互いの濡れた吐息。
 完全に飲み込まれたマナの怒張は媚びた締め付けを受ける。
「うわ、あっつい……どろどろ、なにこれ、大丈夫なの……」
 T4-2の中は熱く蕩けて、しかし入り口と奥は痺れたように吸い付いて屹立を捕らえて離さない。
「ビールと同じで冷たい方がよかったでしょうか。ですが、ふ……ぅ、熱いのもまた善いでしょう……」
 興奮を鎮めるよう己の軀に巣を無くした蜘蛛のように所在なく這い回るT4-2の手。
「冷却機能が不全ともいえますが」
「大丈夫じゃないね」
「大丈夫、大丈夫ですよ……」
 煮え切った愛液が奥の源泉より湧き上がり、埋め込まれたマナの肉棒を伝って垂れ落ちる。
「服汚れるよ」
「おおっと……」
 元より引き締まっていた入り口が一層きつく締まり、快楽の奔流を堰き止める。
「いっ、あぅ、きっつ……」
「これで大丈夫ですね」
 男の咽喉から低く悩ましげな吐息が漏れて、鈍重な腰が揺さぶられる。一往復がひどく大きく、重たい。
 腰など動かさずとも膣内部の緻密かつ荒々しい駆動でマナを絶頂させる事など容易いが、濡れた声で喘ぎながら艶かしく雄々しく全身を使って腰を振りたくる方が、下敷きにした女がより悦ぶとT4-2は知っているのだ。
 屹立が抜け落ちる寸前まで腰を浮かせ、自重に乗せて落とす事の繰り返し。きつく締まる入り口が竿全体を激しく扱き抜き、しかしその先は歓待する様に緩やか。互いの腰が触れ合えば、笠の先端は膣道の奥深くに舐られる。
 T4-2の腰の浮き沈みにあわせて大腿を構成する部品一つ一つが弛緩と収縮を機敏に繰り返す。人並外れた膂力や壮健さというものが感じられて、マナの口から思わず感嘆と快感の吐息が漏れる。
「んっ、あ、すご……ぉい」
 マナは自身の薔薇色に染まった唇にうっとり指を添わせる。思わず発露した嫋やかな仕草に見惚れたように注がれる歪んだ眼光。
「善いですか?」
「うん……」
 素直に答えるが、羞恥ゆえに視線は背ける。
「先程はしっかり堪能する余裕がありませんでしたが、確かに善いものですね……一突き毎にあなたの切っ先が奥を刺激して、感覚すべてが灼け落ち痺れるようで、心地よい……」
 落とした腰を擦り付けるように揺すられて、屹立の先端が奥の窄まりと擦り合わさる。互いの愉悦の汁が混ざり合い、淫らな音が響く。
「奥っ、あぁー、硬くそそり立って、んぅ、ふうぅ、亀頭と擦れて……」
 機械仕掛の下半身が慄き、均整のとれた逆三角形の上半身が胸を頂点に反り返る。ガーターのお陰で弛みなく軀に沿うシャツがぴいんと張る。
「やらしい身体だね」
 鋼鉄の膚を愛撫しようと近づけた手は機敏に掴まれ、再び床に縫い止められる。
「今は性器の接触を愉しみましょう。他の場所に気を散らせないで」
 完全に主導権はマナを組み敷く機械が掌握している。見下ろしてくる精悍な貌は変わりようもないはずなのに、淫蕩と支配の愉悦に塗れて見える。被虐趣味なのか嗜虐趣味なのか、これではわかったものではない。
「私の浅ましい作り物の性器だけを堪能なさって。この部位だけは、私が手ずからあなたに饗するために設えたのですからね。他はすべて与えられただけのもの」
 しなやかに婀娜に蠢く屈強な男の腰。マナに堪能しろと言う割に、彼自身が深く感じ入っているように見える。
「ちょっとっ……あんた、あたしの物なんじゃ……?」
 これでは自分の方が物にされているとしか思えない。
「そうですが、何か」舌舐めずりでもしているかのような嗜虐の色香が男の微笑をふとよぎる。「ご不満な点でもございますか」
 マナの怒張が抜け落ちるぎりぎりまで腰を持ち上げるT4-2。浅層に笠の膨らみがきつく絞られ、反り返った屹立の太筋を指がつう、となぞる。
 強烈な締め付けと円熟した感触にマナの頭が感電したように痺れる。
 びくっと痙攣し、勝手に昇り詰めかける性感。意図せず反射で放出してしまうのは惨めな気がして嫌だった。
「ないから! ないです! それはやめて! 変な風にいっちゃうからぁ……!」
 自分の耳にも情けなく聞こえる声。しかし押し留める事はできない。マナの哀願に責め手は実に嬉しそうに嗤う。
「そうですね。こんなに浅い所で出されては困ります」しっかり奥にいただかなくては、と妖しく低い声。
「射精なさる時は仰って下さいね。しっかりお迎えいたしますから」
 再び激しく振り立てられる腰。まるで荒馬を乗りこなしているかのような。あるいは彼自身が荒馬か。
 相手のペースで弄ばれ、上り詰めさせられ、支配される暗い悦びが身体の芯を貫く。
「ああっ、やっ、もう、最悪……っ、ばか、あぁあ」
 低俗な罵りにさえも、当たり前だが張り付いた笑顔は崩れる事もなく、寧ろ邪な悦びの合成音声が咽喉を揺らす。
「でるっ、やあぁ、ああっ、出るからもうやめてってば……!」
 迫り来るその時に、マナは眉をきつく顰めて目をぎゅっと瞑る。
「承知いたしました」
 肉を打つ音がしそうな程、激しく深く打ち下ろされて触れ合う互いの身体。
 屹立の先端、尿道口はしっかりと受容器だかの入り口に密着し、強制的に狙いを定めさせられる。
「お゛っ、あぁ゛……」男の濁った快感の嬌声が熱気満ちる室に蕩ける。「いいですよ、どうぞ、お好きなだけ射精なさって」
 言われるまでもなく、マナは浅ましく、大量の精汁を放出した。脳天まで突き抜ける解放感。
「う……っ、あ、T4-2、あぁ、きもちい……ふぁ……」
 暴力的な快感に床の上をもがく手。それをT4-2に優しく握られて、あり得ないくらいの愛おしさが込み上げてくる。目の前のお喋り機械のように、好きだの愛しているだの口をつきそうになる。が……。
「ふぅん゛ッ、ああ、こんな無遠慮な出し方されたらぁッ、生身の子宮だったら否応なく……っ、受精して……」
 マナ専用の変態性処理機は湧き上がった彼女の気持ちも雰囲気も台無しにするような台詞を吐きながら巨躯を淫悦に戦慄させる。
「変な事言わないでよ変態……! ばか……っ」
「ああ゛ッ、お゛、ぁ……っ、善い、私も達して……はぁ、ん……どうか……全部私に……ッ!」
 T4-2は瞑目し深く絶頂しながらも金属製の膣を蠕動させ、後顧の憂いなきようマナの肉棒に残る最後の一滴まで搾り尽くす。
「あっ、もう……っ、イってるから、もう動かさないでよお……あっ、はぅぁ……」
 情けなく懇願しながらマナはか細く震えて、尿道に残った最後の残滓を吸い上げられた。
「はぁ、ああ、もう……あんたやりすぎ。最悪。最悪ぅ……」
「こと、あなたとの情交に関しましてはやり過ぎるという事はないかと」
 情緒も何もなく、T4-2は即座に立ち上がり身支度を整える。脱ぐ時の緩慢さは何だったのかという早着替え。やはりあの脱ぎ方は煽っていたのではないかと、床に転がったままのマナは唇を噛む。
「あなたは精が有り余っておりますから。人間離れしています。超人的です」
「あんたが煽るから」
 私のせいですか、私も罪作りですね、と嗤いながら、T4-2は靴箱からご立派な化粧箱を取り出す。開ければ中には艶やかなエナメルの白いローヒール。爪先は丸くくり抜かれ、涼しげな印象。
「さあ、お出かけの時間です」
 不貞腐れて床に転がったままの女の足に、新品の靴が吸い付いた。
「ぴったりですね。私の目に狂いはなかった」