南の十字から来た男 - 3/6

 そういえば、警官なのに逮捕権すらないときている。これではまったくただのお喋り人形ではないかとマナは思う。
「それに私はあなたのお兄様にはもう十分気に入られていると自負しております」
 胸に手を当て深く頷く機械。
「わあ、おめでたいね」
 そうですね、めでたい事です、と嫌味に疎い精密機械。
「マナさん、一つ伺ってもよろしいですか」
「うん、だめ」
「あなたはどうして、墨田工場で置菱氏を助けたのですか。私の見間違いでなければ、あなたは落下する重機から……おや、だめですか?」
「何でまたあのいけ好かない野郎の話に戻るわけ。好きなの?」
 金持ちだから当たり前のようにいい服を着ているし、おしゃれ番長のT4-2が置菱を気に入っても何ら不思議ではない。
 あとは好きになる相手の種や性別もさして気にしないような雰囲気が彼にはあるように思われた。でなければそもそも炭素生命体ヒト科ヒト属の半陰陽であるマナに執着しないだろうし。
 それにT4-2には性別を超越した色香があるように見えた。性器がどうとかいう話ではなく、上品で、物腰穏やかで、仕草の洗練された様は雌雄両方の美点が溶け合っている。つまり男からも十分に好かれる要素があるという事では。
 そしてこの汎用亜人型自律特殊人形は利用価値があると思った者には簡単に身を許す。現にマナにはそうした。結果は言うまでもない。
 だからT4-2があのいけ好かない野郎ともそういう関係になる可能性がなくはないだろう。そう思うとマナはどうしてか心中穏やかではいられない。執着や嫉妬をしているなどと認めたくはなかった。
「ある意味では」気になる存在です、とT4-2。「ああ、恋ではありませんから、どうか嫉妬などなさいませんよう」
 わざとらしく肩を竦めてうふふ、と笑う機械にマナは溜息をつく。今の所は取り越し苦労で済みそうだ。
「寝覚めが悪いでしょうよ、あんな奴とはいえ、目の前で人が死んだら。二目と見られない肉片になるんだよ。やっぱ助けてやらなくてもよかったかなって今日は思ったけどさ」
「あなたなら、ああいう人が死んだら高鼾をかくような性格かと思っていました。そして死に目を肴に夜な夜なアルコールを嗜むかと」
 マナもそこまで趣味が悪い性質ではないので流石に気分を害した。
「そうだったらよかったね。あんたはいい人で、あたしは悪い奴。調和がとれる」
「調和のために必要以上に露悪的である必要はありません。あの時はあなたにはあのように言ったほうが興味を持っていただけるかと思ったのです」曰く悪徳を借りたいとかなんとか言った事についてだろう。「ただ、助けて欲しいと言うよりも」
 T4-2の手がマナの手を掠める。おずおずと握りたそうにしているのでマナは望み通りにしてやった。繋いだ方の鋼鉄の腕が驚きからか少し緊張して、そしてすぐに和らぐ。
「私はあなたという人をよくわかっておりませんでしたから。勿論今もです。おそらく一生そうでしょう。単純なようでいて、あなたは難しい方です。複雑怪奇です。きっと不機嫌に振り払われるだろうと思って差し出した手をあなたはいとも簡単に握ってみせる」
「わかるわけないだろうが他人なんだから。嗅ぎ回れば何でも分かると思ってるんでしょうあんたは。ていうか今あたしを単純て言ったな」
 マナは据わった三白眼の中で小さな黒目だけ動かしてT4-2を鋭く睨みつける。しかしそれで申し訳なく思ったり怯えたりするような相手ではない。彼は鋼鉄でできている。
「言いました。ある一面としては事実です。私があなたについて確かに知っている事実といえば、その程度の事だけです。正直に言えばあなたが気分を害するようなほんの僅かな部分」
 平坦で抑揚のない声がどことなく切ない響きを纏っているようにマナには聞こえた。そして何でも知っていないと気が済まない難儀な執着心を少しでも削いでやろうと仏心が湧く。
「じゃあ特別に教えてあげようね、あたしの事。あたしの秘密」
 辺りに人通りはなく、家まではまだ十分距離がある。歩きながら話せば目的地までのいい暇潰しになるだろう。
「あなたが夜中に一人でこっそり必殺技を考えている事でしょうか」
「それ誰にも言うな。言ったらぶっ壊す」
「ではあなたに破壊されたい衝動に苛まれた時にはそのようにいたします」
 T4-2は胸にお上品に手を当て軽く首を傾げる。
「本当にやるからね。この話だってあんたにしかしないんだから、アキとか薫とか、他の誰かが知ってたらあんたがバラしたとみなす」
「私はあなたのお言い付けは守ります」
 何かにつけて言葉が軽いのでいまいち信用ならないが、本人が真摯に深く頷いたのでマナはそれでよしとする。あとはこの直後に事件事故の類が起こって、T4-2の頭の中を公開する羽目にならないように祈るのみだ。
「あたしはあんたと同じで人間じゃないの。でもあんたと決定的に違うのは、運転免許持ってる事と、平和じゃなくて戦争のために生まれたって事。この国からずっと南の方の小さい無人島の研究所で」
 珍しく嘴を突っ込んでこないT4-2が不気味でちらと隣を見上げると、じいっとマナに丸い視線を注いでいるので、怖いんだよ前向いて歩け! と叫んで続ける。
「研究の成果がでて、あたしみたいに自力で動けてそれなりに指示の通る程度の知能がある超能力者が完成したのは終戦間際だったから、まったくの無駄で無意味な研究だったけどね」
「私にとっては無意味ではありませんでした」
「あんたみたいに思う奴は研究内容とあたしらそのものを狙って襲ってきたよ。あとは研究とあたしたちの存在を不都合と思うような奴らも」
 マナはそこまで言ってT4-2があらぬ勘違いをしないように付け加える。
「襲うって、あんたがあたしにしたような変態行為とは違うからね! 生死問わず拉致回収とか、会った瞬間殺すとか、そういうやつだから」
 それくらいわかっているとでも言いたげに、T4-2は目を細めてゆるく首を振る。
「穏やかではありませんね」
 あんたのやり口だって穏やかじゃなかったよ、とマナは呟く。ただ、並み居る襲撃者達の中で目的を遂げられたのは唯一T4-2のみ。
「あたし達は研究者共に言われた通りに襲撃者達と戦った。戦争のために作られたのなら戦うしかないし、力があるなら使うだけ。道具が善悪を判断する必要ない。人を刺そうが野菜を切ろうが包丁は切れ味がすべて。役に立つのがいい道具。あんたもそうでしょ、世のため人のため役に立たなきゃ作った意味ない失敗作と言われる。似たもの同士だね」
 ちょっと、いや結構、かなり酷い事を言った自覚はある。しかし事実だとマナは思っている。T4-2も事実と判断した事はずけずけ言ってくるのだから自分がそうしたって構わないだろう。実際T4-2は神妙に俯くように頷くのみだ。
「だからこそ、役立たずの失敗作と研究者に思われた者は処分されてた。あたしはたまたまそれを知った」
 知ったと言うより知らされたと言う方が正しいが、そうなると誰から知らされたのかとT4-2が執拗に突っついてきそうなのでやめておく。
「知りたくなかった、面倒くさい事になるんだからさあ。ただ言われた通りに使われてる方が楽だし。けど確かに生きて、動いて、話すものを、自分達の尺度で失敗だって断言するのかと、そう思ったら腹が立つのあたしは。それに本人達にも助けてと言われたし。見捨てたら寝覚めが悪いんだから、嫌とは言えないよ」
 あんただって、あんな回りくどい事しないで素直に単純に助けてと言ってくれたらそれでよかったのに、とは言わない。ちょろい奴と思われるのも癪なので。
「だから逃してやったの。邪魔する奴は叩き潰した。殺したって事だからね。向かってくる奴は片っ端から。もちろん、さっき言ったあたし達を狙ってくるような奴らもそうしてきた。他人の生きる自由を奪おうとする奴からは逆に奪う。あたしらしい単純なやりとりでしょ。どう、あんたが人を殺さないんなら、あたしは殺す人。調和が取れてるね」
 T4-2はマナの言い付け通り前を見据えたまま。マナとしては、愛してるだとか好きだとかと同じ意味合いの一等重要な告白なのだから、狼狽えるとか責めるとか、少しは何か反応が欲しかったところだ。
「あたしはあんたに相応しいよ。あんたの目に狂いはなかった。人殺しの悪党を引き当てたね、道に迷って立ち寄った墨田区の工場で。これが秘密だよ。バレたらこうして一般人ぽく生きていけないんだから。家族の側にいて守ってやる事もできなくなる。あんたにあたしの命の自由をどうこう出来る権利をくれてやったようなもんね」
 なんだかこれではまったく愛の告白のようで旗色が悪い。こんな事を言いたくて話し始めたわけではなかったのに、とマナは少々後悔した。
「とにかくあたし捻くれてるから、強くて大きいものには逆らいたくなるし、そういうのに比べて劣勢の奴とか、弱々しいものに加勢したいと思っちゃうみたい。損な性格」
 マナは舗装道路に転がっている石を軽く蹴り飛ばす。本当に損だ。マナの事を何もわからないと言うT4-2が切なく見えて、己の核心をタダで明け渡してしまったのだから。
「だから置菱を助けようとしたのもそういう性分ってだけで、深い意味はないわけ。恋じゃないから嫉妬しないで」つまりこんな話までするT4-2には恋しているという事かもしれなかった。
 それに今までアキや薫にすら言えなかった事を吐き出してしまって少しさっぱりした。
 冗談めかしてしめくくり、マナは立ち止まってT4-2の前に回って彼を仰ぎ見る。しかし男は立ち竦んで何も言わず、壊れたように瞳を明滅させるだけ。変わらぬ微笑さえも、困惑のそれに見える。
「与太話おわり」
 マナがそこまで言って、やっとT4-2の咽喉が恐る恐るといった風に蠕く。
「そんな」
 声は話し方を忘れたかのように途切れ途切れ。
「あなた、それでは、まるで」
 大悪党の栄誉でも与えてくれるつもりか。それとも罪人として捕まえる気か。マナの肩を強く掴む二つの白い手。
「ああ、いえ、先に申し上げておきますと、これは皮肉や嫌味ではありません。あなたはまるで」ぱっと手が離れ、視線は彷徨き、白い指は真夜中を戸惑いに躍る。「正義の味方ですよ!」
 はあー? この野郎今までの話まじめに聞いてなかっただろ! とマナは盛大に呆れた声を出す。
「だからあたしは人殺しなんだって!」と叫んでからマナは声を潜める。「法を犯してるの。つまり正義ではないよね」
 T4-2は、ふむ、と一つ頷いて持ち前の機関銃のような喋りでマナを蜂の巣にする。
「法や法執行機関に頼らずに法を犯す形で自助や他者救済を行うのは現代の人間社会においては違法と見做されますが、戦中戦後まもなくの混乱期という時代性と、あなたの暮らしていたところはどうも無法地帯のようなので、この二つを考慮すると仕方のない事と言えるでしょう。分かりやすくいえば正当防衛です。己を害そうとする者を退けただけに過ぎません。それにあなたは戦争のため、つまり兵士として生まれた。兵士の仕事は多くの敵兵を殺傷・戦闘不能にし、より多くの銃後を守る事です。あなたはそれを確かにやり遂げました。それも独りで、致命的な怪我を負う事なく生きて。おめでとうございます。そしてお疲れ様でした。こうして元気な姿でお会いできて私は嬉しいです」
 T4-2が自身の手でマナの手を柔らかく包み込む。マナは、あらためてやっぱりこいつ頭おかしいな、という思いを強くした。
「一つ残念な事があるとすれば、私の完成か遅過ぎた事でしょう。もしもっと早くに私が存在したならば、あなたがそのようなご苦労をなさる前に見つけられました」
 こんな方向音痴の昼行灯に見つけられたものかと思うし、もし“ついうっかり”上手く行ったとしても、当時のマナはこんな怪しい奴絶対に信用しなかっただろう。環境故に若い頃の方が猜疑心は強かったから。
 今はそういう神経は随分鈍ったように思う。この国は安全過ぎるし、隣で安穏とぺらぺら喋っている男と一緒にいるとそういう感覚が薄れてしまう。
「これからはどうか、なるべく戦時下のような行動はなさらないで。私もあなたがそういった手段に訴えずに済むよう尽力いたしますから。あなたには、これからは人間社会の中で安寧に生活して欲しいと切に願っております」
 T4-2は上体を屈め、マナの手を包み込んだ己の手を胸元に持っていく。まるで大事なもののように。いや、大事なものそのものだった。
 しかしマナはそんなロマンチックな雰囲気に飲まれたりせず、白けた様子で言い返す。
「そう思ってるんならあたしをロボットに乗せて戦いに巻き込まないでよ。そんなの安寧じゃないよ全然」
 仕事中でも気が気ではないのだ。この前のようにT4-2が一人で出動してしまっては敗北必須だし、とはいえ仕事中に抜けると後で厳重注意を受ける。まったく面白くない。情緒の危機だ。
 そういう気持ちから安寧でないと言ったのだが、T4-2にはマナの言外の意図など分かりようもない。ただマナの肉体的な安全の事についてだけ言い募る。
「これまでと比べれば相対的には安寧でしょう。その鋭い斬れ味で人間ではなく野菜だけ切ればよいのですから。それに私はあなたを絶対に死なせたりはしませんし、もし役に立たずとも——役に立つ立たないで物事を判断するのは好きではありませんが——捨て置いたり抹殺したりはしません。あなたが肉体的にも精神的にも衰えて、超能力が使えなくなったとしても、あるいは制御ができなくなったとしても、私はずっとお側におりますから」
「介護して看取ってくれるって事」
「はい。あなたがあなたのご家族を守れなくなったら、私があなたの代わりになります。未来永劫。末代まで」
「悪くないね」
 夜道だが、ちらりと見上げた彼には目も眩むような後光が差して見えたような気がした。神は神でも扱いを間違えれば障る祟るタイプの神かもしれないが。
「あなたは見捨てられようとする者のために尽力なさいましたね。大勢に抗う力を持たぬ者のために持てる力を駆使する事は、即ち善行です。平和と自由のために戦うという事です。私と同じです」
 T4-2は言葉の終わりに深く頷く。まるで自分の言説に自分で納得するかのように。
「なんか丸め込まれただけのような気がする」
「あなたがどう思おうと私はそのように確信しております。私達は似ています。出発点は違えど、おおよその思考と行動の行き着く果て、終着点は同じです」
 まったく他人の話を真摯に受け止めない男である。どんな言葉も自分の都合の良い方向へ捻じ曲げる。
「あんたの言う通りだとして、あたしまで良い人だったら、調和とやらが取れないんじゃないの。それでいいの?」
 T4-2はきょとんと首を傾げた。
「言葉は無意味だと仰る割に、あなたは私の言った事に囚われすぎる傾向があります。根に持ったり悪意と取ったり、私の言葉を繰り返して意趣返ししたり。拘りすぎてしまうから無意味で価値もないと思い込みたいのでしょうね。誰かに嘘をつかれて酷い目に遭った事でもあるのでしょうか。それかあなたが実はそういう事をする人物なのか。話を元に戻すと、調和というのは別に相対する物でなくとも……」
 マナはT4-2の言葉を遮る。
「いやもういい。ちょっといい感じかと思ってたけどやっぱりいつもと同じ苛つく流れだ、落ち着くわ」
「それはよかった」
「最悪。あんたに分析されるために話したんじゃあない」
 マナはT4-2の手を振り払い、背を向けて足早に去ろうとするが、その身は後ろから抱きすくめられる。とても重く、熱い。そんな事されても絆されない、とマナは心を強く持つ。
「私はあなたが考えているほど善い物ではありません」
 耳元で妖しく囁く声。身体を這う指はまるで邪な蛇。
「私が真に善良ならば、美徳回路という枷など必要としないでしょう。得体の知れないブラックボックスの多さもそれを裏打ちしています。そして美徳回路を欺くためにあなたを道具のように利用してさえいる。私は善良なあなたに随分とお誂え向きの、悪い物であると言えるのではないでしょうか。これで納得していただけませんか、どうか」
 本当に口八丁な男だ。マナは観念する。
「置菱の事殺そうとしたもんね」
「故意ではありません」
「ついうっかりの方ね」
 マナが仰ぎ見ればT4-2は、はい、とにこやかに頷く。
「ありがとうございます、内藤マナさん。あなたの重大な秘密をお聞かせくださって。それも、私だけに。私はあなたの特別ですね。大変な光栄です」
 マナを崇拝し祈る様に、胸の前で指を組み合わせるT4-2。
「あんたはあんた自身の楽しみや、あたし以外に執着できるものを見つけるべきね」
 それが他の人間との色恋とか肉体関係とかでも、それは仕方ない、と思うようにする。
「あなたがそのようにお望みなら、執着の分散については善処いたします」
 そうしてくれるとマナとしては色々と安心できる。いい死に方ができるとも思えないし、今日明日に突然の事故死もないとはいえない。その時に、こんなに自分に執着している者がどうなってしまうことやら。
 高性能な精密機械のする事など矮小な人間もどきには及びもつかないが、ゾッとしない結果になるのは確かだろう。機械の体にされるとか、雷で動く死体のつぎはぎにされるとか。考えたくない。死んだら死にっぱなしがいい。それがマナの思う安寧というものだ。
 そしてT4-2にもマナなしで適当に生きて欲しい。それがマナがT4-2に望む安寧だ。
 そんなマナの憂えた気掛かりも知らず鉄屑はつまらなそうに言う。
「あなたは私に対して淡白ですね。私があなた以外の人物にうつつを抜かしても、きっとお気になさらないでしょう。もっと食べ物やお金のように執着していただきたいものです。私は見た目と違わず上等な高級品ですから、あなたの執着に足る物だと思うのですが」
 ずうずうしい自惚れ屋だね、とマナは悪態をつくしかない。
「執着しないようにしてるだけ。突然現れたものは消える時だって突然だから」
 ああ、だか、おお、だかいう、吐息混じりの声を出す鋼鉄の咽喉。手は痛むかのように胸を押さえる。
「でもいる間は責任持って相手するから。乗り掛かった船だしあんたあたしの物にしちゃったし」
「あなたは案外責任感の強い方です。当初はそれを見込んだのもありますが、しかし……」
 そこまで言って粗雑機械は何故だか言い淀んで目を伏せて困った風に少し俯く。そしてそれらしい言葉を続ける事はない。
「それに私が思うよりもずっと厭世的ですね。そして」
 T4-2はマナを掻き抱いて呟いた。
「いたわしい」吐息交じりの切なげな声。
「どういう意味」
 マナが閉じ込められたT4-2の胸の内、押し付けた頬に確かに感じる彼の鼓動。
「あまりいい意味ではないかもしれません。ですがそれ故にあなたを大切にしたいのです。おかしいでしょうか」
 見上げれば、とても真摯な二つの輝き。
「おかしい。けど気持ちわかるよ」
「私は絶対、何があろうとも、あなたの前から消えたりはしません。万が一にでもそうしなければならない事があったとしたら、代わりを置いていきます。私の複製かなにか」
 マナは青褪める。こんな奴が二体も三体もいたら気が狂って早死にする。複製が作れるというのなら理論的に何百体だって存在できるという事にもなるだろうし。
「やめて。気持ち悪い。無理。やめて」
 マナはT4-2の腕を振り解き、硬いヒールを打ち鳴らしながら家に向かって駆け出した。