赤ずきん、あるいは - 2/5

「狼さんが僕の事好きになってくれて、女の子どうしでするようなえっちで良いって言ってくれたらなあって、一目見た時からいつも考えてた。でも両性具有と知ったら、今度は苛めたくなっちゃって……はぁ、たくさん我慢させちゃった。僕としたくてしたくて、いつも必死で、でもできなくて、別れ際の残念そうな辛そうな顔を見るとゾクゾクして、毎晩それを想って一人でえっちなことしてたくらい」
 それを思い出してか、ハルは熱っぽい息を吐いて下腹を撫でながら腰を艶かしくゆるりと振る。
「かなりの変態じゃん……」
 性欲がないとまでは思っていなかったが、毎晩自分を慰める必要がある程だとは。
「うん、こんなに特定の誰かで頭いっぱいになって一人えっちして変態みたいに固執するの生まれて初めて。僕かなりモテるし勝手に大事にされるから、ずうっと他人に対して淡白だったもの」
 ハルはさらりと爆弾を投下する。モテるだの、なんだの。なんだと?
「ううううううそだぁ!」
 職場の同僚の彼への評価は総じて“ゆるキャラみたい”だった。つまり性的な欲求を感じさせない安心感があるという意味で、むしろハルと付き合って精神的に安らぎを得た上に肉体的にゆるボディを堪能したいと望むユキの方が異端なのだと思っていたくらい。
「僕ね、一人で歩いてたら大抵ナンパされるし、マッチングアプリとかそういう場所なんかに行くと入れ食いなんだよ。スポーツクラブでも舐め回すように見られるし。性的に人を惹きつけるものがあるみたい。だから後腐れないセックスの相手には事欠かないの」
「それはつまり」もはや床に無様に押し倒されているという状況も忘れ、ユキは言い淀みながらも続ける。「その場限りの相手を取っ替え引っ替え頻繁にヤッてるという、そういう解釈でよろしいか」
「よろしいです。老若男女ノーマル変態肩書問わず、いろんな場所で、いろんな方法で。みんな僕で果てて、気持ち良かったって言う。僕にはそれがたまらないの」
 そううっとりと零すハルの姿は天使というか悪魔というか、この世のものとは思えない異形の魔性に満ちていた。
「なにそれえっろ……いや違う! ひっどいヤリマンビッチおじさんだな!」
「うん。僕貞操観念ゆるゆるのえっち大好きおじさんなんだ。職場ではそういう雰囲気出さないようにしてるけど。だから狼さんがどうして僕に惹かれたのかまったくわからないのだけど……もしかしてファザコンかな」
 巧妙な擬態であった。天然ゆるふわだけど仕事に際しては真摯というタイプにしか見えなかった。そしてユキはそこが一等好きだったわけだが。ただそれも偽りではなくハルの一面ではあるのだろう。そう思いたい。
「ああ、でも安心してね、狼さんに会ってからは行きずりの関係はないから。がっちりガードされててそんな暇もなかったし」それにこれでも本気だからね、とハルはユキの輪郭を愛おしげに撫でる。
 ユキは安堵の息を吐く。遊ばれていたわけではなく、ハルもちゃんと付き合っている気でいてくれたと知ったから。それもこんな行きずりエッチが大好きなドえろいお姉さんみたいなおじさんが自分を気に入って一途になってくれたと思うと感慨もひとしお。
「無理矢理しようとしてごめん。ハルさんがしてもいいってなるまでちゃんと待つ。あと別にファザコンじゃないから」
 そう言った途端、ハルはユキの上で身を仰け反らせて壊れたようにけたたましく嗤い出す。
「待つって言ったの! 何を今更。もうスイッチ入っちゃったよ。君のせいだから」
 ハルは血のように真っ赤なコートをはためかせながら脱ぎ捨てる。裏地には絵画の王侯貴族さながらの白地に黒斑の本毛皮がひしめく。これではまるで羊の皮をかぶった狼。
「ねえ、ユキちゃん」
 ユキの素肌が総毛立ち、得体の知れない威圧感と色香に脳髄がびりびりと痺れた。
 初めて名前呼ばれたな、と哀れな獲物は思った。

 泣こうが喚こうがあとはされるがままだった。
 唇を奪われ、濃厚で獰猛なキスで失せかけていた性感を乱暴に呼び戻される。舌出して、と耳元で囁かれれば抗えず言う通りにしてしまう。そして舌で舌の根本から先端までを何度も何度も執拗になぞられ、歯で甘噛みされ、吸われる。
 こんなキスは初めてだった。というかキス自体初めてで、いきなりこんなやり方で乱されて発狂しそうだった。
「もうやめてっ、初めてだから、そういう激しいのは……」なんだか酩酊してきて言葉が続かない。付随して股間が熱く重くなってくる。
「あは、あは、初めてなんだぁ。僕がユキちゃんの女の子童貞貰えるんだね。嬉しいなあ」
 ユキはハルの胸板に手をつき押し返そうとするが、まったくもって歯が立たない。それもそのはず、彼のマシュマロのような脂肪の下には確固とした硬い筋肉がひしめいていた。身体まで偽装ゆるふわだなんて恐ろしい。
「うわっ、筋肉すご……いや違う、ごめんって謝ったんだからやめてよぉ……っ」
「やめないよぉ。だって罰じゃないものね」
 ハルはきょとんとした顔で困ったように微笑む。その瞬間だけがユキのよく知るハルだった。
「これからたくさん女の子精子びゅうびゅうして気持ちよくなるんだから」
 そして堕落した笑み。こんなハルは知らない。
「するにしてもこんなのひどいぃ〜……」
 主導権のすべてを掌握されて翻弄されるだけなんて、男の性器を使おうとする側としてどうなのか。ちょっと惨めでは。
 しかし身体は素直に反応してユキの下腹部は服の中で窮屈になってきていた。今日に限って脚の線に沿ったパンツを履いてきたのは間違いだったかもしれない。そもそもハルの家に上がったのが間違いといえば間違い。
「あ、すごいねえ、服の上からでもわかるくらいおっきい……スキニーとかタイトスカートなんかの時に勃起しちゃったら大変だね。今度履いてきてみて」
 ハルの指が服ごしにユキの勃起の形を繊細になぞる。時折幽かに圧迫してくる絶妙な力加減。
「ひゃ、あ、んんっ」
 常ならぬ甲高い声をあげ、震える腰。性器がずくずくと痛むように疼く。
「窮屈そうだから脱がせてあげるね」
「ちょ、っと……! もうっ」
 ユキの抗議も虚しくパンツの金具が外されて飾り気のないグレーのスポーツ下着が露わになる。ついでのようにゆったりしたケーブルニットも捲り上げられセットアップのブラまで晒される。羞恥に肌が熱くなる。
「想像通りの下着。ユキちゃんらしいね。似合ってる」
 かわいいきれいと言われながら身体を撫で回されると、ユキは自分は挿れる側ではなく挿れられる側なのではと錯覚してしまう。
 危うい被支配の快感にユキの身体がぶるりと震える。それとも悶えると言った方が正しいだろうか。
「寒い? 裸でくっついたらあったかくなるから、ちょっとまっててね」
 そう言いながらハルも服を脱ぎ去って下着一枚になる。ふっくりした白い胸と腹、雄の性器のない、なだらかな線を描く下腹がユキの目の前で鮮やかにうねる。
 肉感的な腰周りを覆うのは女物のレース飾りのついたそれ。色はボルドーでサイドとバックは頼りない紐だった。細い紐が腰と臀部を締め付けてふんわり肉厚な様を強調している。
「えっ、ちょっと、あの、すいません、いつもそんな下着なので??」
 ハルは素肌と紐の間に指を滑り込ませて存在感を誇示させる。煽情的な仕草だ。
「うん、かわいいでしょう」
 かわいいというか、エロい。エロいお姉さんが履いているような下着だ。生白い肌と濃い色合いのレース生地のコントラストが艶かしい。
 生真面目そうな三揃いの下にいっつもそんな勝負っぽい下着つけてんのかっ、とユキは生唾を飲む。その割に勿体つけて勝負の場に立たなかったのかッ、と股間もイラついた。
「かわいいからさっさとやらせろ」
 ユキは上体を起こして下着に覆われた柔肉に手を伸ばす。
「ふふ、童貞ユキちゃんには刺激が強すぎたかしらん。ブラもつけとけばよかった。でもまだ入れるのはだめぇ」
 ユキの衝動的な動きを封じるようにハルが再び覆いかぶさってきて互いの素肌が密着し触れ合う。包み込んでくる男体は期待以上に柔らかく、ユキは昂りを止められない。思わず彼を抱きしめて尻だの胸だの柔肌を弄ってしまう。息が荒々しくなるのが自分でもわかる。
「うう、やばい、あったかい、やわらかい、けど内側の弾力すごい。なにこれぇ……」人間の肉ってこんなになるのか、とユキは感動すら覚えた。
「ユキちゃんは身体冷えてる。やっぱりファーはコートの内側につけないとね。あ、ここはもう硬い」
 下着越しに腰を擦り付けられてユキの硬くなった肉棒が快感に痺れてビクビクと揺れる。グレーのショーツに色濃く浮かぶ先走りのシミ。
「汚れちゃうね。脱がせてあげる」
「自分で脱げるってば」
「んー? うふふ」
 抗議などやんわり完全に無視されて下着が下ろされ、外気に晒された怒張が反り返ってユキの薄い腹を打つ。
「ああ、おっきい」
 怒張の先端から滲み出る汁を指先で敏感な亀頭全体に塗り広げられ、もう片方の手で竿に浮かぶ隆起を擦られる。ハルの顔が妙に近く、敏感な先端を掠めるささやかな吐息。
「うぅ、ハルさん、そんなにされたら出ちゃう……っ」
 ユキは太腿を擦り合わせて身を捩る。彼女らしからぬ嫋やかな反応。女らしい動きと反して雄々しい先端からどろりと溢れる透明な腺液。
「本当に堪え性がないね。もう少し我慢して。その方が絶対気持ちいいんだから」
 上級者の絶頂なんてユキにはどうでもいい。今はとにかく下級の雑な射精でいいからしたかった。誰かに追い立てられて快感を覚えた事なんてなく、それだけでユキには上等なのだった。
「お願いっ、外でいいからっ。ハルさんの中でじゃなくていいから、出したいのっ」
 ユキはハルに縋りつき掠れた声で懇願する。ハルの手の中で暴れ回る勃起からは止めどなく汁が流れていた。追い詰められた息は疾く浅い。
「ああ、わあ、すごい、ゾクゾクする。ユキちゃんが僕に必死におねだりしてる。どうしよう、もっと意地悪したくなっちゃう」ハルはユキの吐息を奪いながら目を細めて嗤う。「そんなにおちんちん辛いの」
「んっ、つらいっ、がまんきらいっ、いじわるしないで」
 性的な昂揚で血流のよくなった赤い唇が甘やかな苦痛にぱくぱくと開閉する。そうでもしないと酸欠で意識を失いそうだった。
「仕方ないねえ」
 ハルは横たわるユキの腰を挟んで中腰になり、閉じた内腿の間に屹立を挟み込む。温かく柔らかく適度な締め付け。さながら性器の中に迎え入れられているかのような。射精感が込み上げて、元から無いに等しいユキの思考が白んで薄れてくる。
「うぁ、ハルさん、それ、すごい、きもちい……」
 ユキはハルの膝を掴み放出に向けて自身の腰をゆるく動かそうとするが。
「動くね」
 それより先に重たそうなハルの身体の方が激しく動き出す。
「ええ? んっ、ひいっ!?」
 太腿にユキ自身を挟み込んだまま、ハルは腰を沈めたり浮かせたりの上下運動を施す。きめ細やかな肌に怒張を擦られて掻き立てられた快感がユキの腰の奥をきつく苛む。
「やっ、ひぁああっ、やっ、なにこれっ、ああああっ」
「僕のここ、気持ちいいでしょう。これするとみんなそういう情けない声出してびくびくしちゃうの。ここでいっぱいお精子無駄打ちしていいからね」
 ハルは激しい屈伸を顔色一つ変えずに繰り返す。あまつさえ後ろに腕を組み、胸を反らして享楽のみっちり詰まった肉付きのいい体躯を見せつけるような姿勢さえとってくる。流石は外はふわふわ中はガチガチのスポクラ通いといったところ。
 他人から与えられる快感に不慣れなユキの肉棒はみっともなく透明な汁を振り撒きハルの素肌をねっとり汚す。それが潤滑剤代わりとなっていやましに射精感が強まる。
「はッ、んぁッ、だめっ、もぉ」
 ユキはハルの下で床に激しく身を擦り付けて捩り、震えて仰け反る。眉根を寄せてきつく目を瞑って肉悦の苦悶に満ちた表情が浮かぶ。
「ああ、すごい、生きたまま沸騰したお湯に入れられて茹で死ぬ海老みたいにビクビクしてる」
「ぁっ、変なこと、言わないで……っ、でるっ、でちゃうぅ……!」
 念願叶い、上質の肌と肉に歓待されての絶頂。表情と身体が放出の刺激に強張ったのはその最初の瞬間のみで、あとは脱力し和らぐ。惰性で勝手に噴き上がる白い欲望をハルの太腿に撒き散らしながら、過ぎたる快楽に身を委ねる。
「あー、はぁ、んぁ……」
 欲を溜める中心部以外は女らしいしなやかな肉体が緩慢に震える。潤んだ目を隠すように瞼を伏せて、唇は後快楽の吐息に小さく開け放たれ、唾液が一筋とろりと垂れる。
「ユキちゃんのイキ顔かわいい……ううん、きれい。もっと見たいな」
 和らいでゆくユキ自身を内股に挟み込んだままの淫らな姿勢で、ハルの指が自身の太腿に溜まった精液を掬い取る。そしてそれを口元に持っていき舐めとる。
「そんなの舐めないでよ。汚いじゃん」
 射精して少し気力と正気を取り戻したユキは眉を顰める。
「搾りたては汚くないよ。ただ、青臭くて濃厚なだけ。溜まってたんだねえ。今日のために我慢してたのかなあ」
 言いながらもうっとりした顔でハルは精液を舐め取り続ける。白濁に絡み蠱惑的に蠢く赤い舌。ユキ自身を舐り回されているような気分になり、ぞわりと項に鳥肌が立つ。
「言わないで。変態みたいなことやめて」
「でもまた勃ってきてる」ハルの指が彼の脚の間で再び鎌首をもたげ始めた怒張をなぞる。「舐めてるのえっちだと思ったんでしょう」
 えっちというか、どスケベというか。ユキはそんな姿にあてられて再び熱を呼び覚まされていた。
「一回出したから少し余裕出たかな。折角の初めてえっちなんだから、前後不覚じゃあ勿体無いものね」
 ハルはユキの目の前で膝立ちになり布面積少なめの、ほぼ局所だけを覆っている下着を横にずらす。外気に晒されたなだらかな膨らみはつるりとして陰裂の周りは生白い素肌そのもの。ムードのない蛍光灯の下でも淫らに婀娜。
「うわ、えろ、ほんとに、なんなの。生えてないじゃん」
「だから、ついてないって前に言ったでしょう」
「そっちじゃなくて」
 ユキは喉を鳴らして生唾を飲み込む。手を伸ばしハルの臍から下腹部を撫で下ろす。なだらかで滑らかな丘はユキの指に吸い付いてくる。なんときめの細かい肌。
「ん」ハルはユキの愛撫らしくない雑な触れ方でも感じ入ったように腰を揺らめかせる。「生えてないんじゃなくて、お手入れしてるの。それとも野放図な方がよかった?」
「どっちでもいいよもう」
 慕う者の身体ならば触腕が八本あろうが目が百個あろうがどうでもいい。
「うん。入れて気持ち良くなれればどっちでもいいよね」
「ちがう。ハルさんなら何でもいいってこと」
「そんな純情な。本気で言ってる? 僕の何を知ってるわけ。狼さんのくせに」
 襲いかかるようにハルはユキに覆い被さり唇を貪る。彼の舌は熱く激って揺らめく焔のようにユキの口内を炙る。塗りつけられる唾液は少々苦く、おそらく自分の欲液の味だろうとは思うがそれでも円熟した接吻の前では兆しの萎える要素にはならない。
 唇を重ね吐息を混ぜながら互いの身体と性器を擦り寄せ合う。蕩けて崩れたようになった陰裂を陽根に押し付けられ、前後に擦られると腰の奥からきつい性感が無理矢理引きずり出される。粘膜の奥深くまで執拗に擦り合わせたくて堪らなくなる。
「はぁ、ハルさんっ、身体エロすぎ」
「そうでしょぉ……ん、ふう、ユキちゃんのせいで僕もとろとろになっちゃった。いつもよりすごいかも」
 下半身と同様、蕩けて色気の増した顔がユキを見下ろす。凄絶なまでに妖艶。
 ハルは真横にあるローテーブルの薄い抽斗に無造作に手を突っ込んで小さな包みを取り出す。避妊具だった。