赤ずきん、あるいは - 3/5

「そんなとこに入れてるんだ。いつもここでしてるってこと?」
 慣れた手つきで包みを開けながらハルは笑う。
「やだなあ狼さん。一度きりの他人を家に上げるわけがないでしょう。朝の行きがけに補充しやすいからここに置いてるだけ」
 避妊具がユキの先端に触れる。ねとついて冷えた感触。思えばそんなもの使うのは初めての事だ。何を隠そう童貞なので。
「じゃわたしは一度だけの人じゃないんだ」
 指を輪にして薄い被膜をゆっくり丁寧に根元に向けて広げられる感触に腰を慄かせながらも、初々しい反応を悟られまいと努めて冷静を装って言葉を返す。
「僕はそのつもりだけど。だからこれからも頻繁にえっちしたいなら僕の事ちゃんと大事に使ってね」
 使ってね♡ と言う割に、ハルは上位を譲らない。ユキが肩を掴んで押しても当たり前だがびくともしない。これでは使われるのはユキの方ではないか。
「いやちょっと、いつまでそっちが上なの」
「別れるまで」
「絶対別れないからなっ」
「じゃあ一生」
 柔らかい指がユキの屹立を上向きに支えて、己の生白い腰に向ける。屹立のほんの先端を浅い位置で何度か吸い付くように出し入れされ、焦れったさが背筋を這う。
「んっ、もう、それっ、やめてよお……」
「入り口でさきっぽちゅうちゅうされるの気持ちいいでしょう」
「うん……いや違う、やめてって言ってるの!」
 ユキはハルの腰を引っ掴んで落とそうとするが単純に力でどうこうできる相手でもなく、かといって腰を突き上げれば向こうも腰を引き上げて逃げる。
「狼さんのペースで腰振るのはまた今度ね。あんまり最初からがっつくと飽きが早いから」
 やっと緩慢に降りてきた花芯が雄蕊をゆっくりと飲み込んでゆく。粘膜が触れた場所から吸い付くような締め付けが襲いかかってくる。被膜一枚挟んでもその心地よさは損なわれない。
 それは相手にとっても同じようで、臍の下辺りに触れながら一つ長い息を吐く。
「はぁ……思ったより、んん、すごい、当たる、ぎりぎりまできてる……」ハルは俯いていた顔を上げて額に垂れた髪を掻き上げてうっそりと溢す。「あぁ、もらっちゃった、ユキちゃんの初めて」
 屹立が完全に飲み込まれ、まろやかな淫肉にふんわり包み込まれる。淫らな行いに対して貪欲な内部はよい塩梅でゆったりとユキを受け入れていた。初めてなのに馴染みすぎていて恐ろしい。手練れの許容力か包容力か、とにかく非の打ち所がない。
「ふぁ……ハルさん、ふわとろ……」
 すべてを手放してしまいそうな程に心地よかった。初めての性交で体験してよい肉悦ではない。極上すぎてハルから離れられなくなる。一度行為に及べば少しは気が治まるかと思っていたが、これでは逆効果だ。四六時中この男を求めるようになってしまう。
「どうかなあ、僕の博愛おまんこ」どうもこうも、否定的な意見など来ようもないと踏んだ自惚れた言い方だった。
「んん、いい……いや違う! 都合のいい変な言い方しないで。何が博愛だ」使い慣れて童貞に対しては優勢なだけではないか。
「じゃあ、専制おまんこ。これからはユキちゃんだけが好きな時に使っていいから」言いながらハルはじわりと脚を広げ、指で外側の花弁を開いて誇示してくる。肉色の粘膜は誘うようにぬめって照っている。そしてその中心にがっつり埋まっている自分自身。絶景過ぎて直視できない。
「あ、こんなこと言ったらお仕事中でも構わず物陰に連れ込まれて性処理に使われちゃうのかなあ」
 挿入したまま腰を前後に揺さぶられ、屹立の先端が狭苦しい肉襞に揉みくちゃにされる。
「あぁ、想像しちゃった。壁に押し付けられて後ろからガツガツ力任せに犯されちゃうの。声出ないように口塞がれて。何回も生で出されたお精子が溢れて床に滴って……」
 やれるものなら今だってそうしてやりたい。
 卑猥な言葉を生み出す唇を手でみっちり塞いで酸欠にして、ユキを弄んでくる淫肉をいいだけ使い潰して中に精液を詰め込んでやりたい。
「うあっ、もう……ほんと、変態味強いこと言うのやめ……っうあああ!」
 沈んでいた腰が持ち上がり、再び素早く沈む。たった一往復の出し入れでユキの言葉も抵抗も理性も奪われる。
「うふ、ぅうん、きもちいいね」
 気持ちいいどころの話ではない。
 隙間なくみっちり密生する肉襞に根本から先端までくまなく磨き上げるようにねとねと舐められ扱かれて、また情けなく精を噴き上げてしまいそうだった。
 ユキは拳を握り、頭の横でラグの毛足を毟らんばかりに掴む。そうでもしないと我慢が効かない。
「そうそう、がんばって我慢して。一緒にイこうね」
 拳ごと手を柔らかく握られる。性器だけでなく素肌の触れている箇所すべてから滲んで伝播する熱。果てればこの野暮ったい熱からも逃れられるのだろうか。ならば早く達したい。
「うぅ、じゃあっ、さっさとイってよ……!」
 首が捻じ切れそうな程左右に振りたくってユキは肌から神経から犯し尽くしてくる官能に抵抗しながら身悶える。
「早くイきたいってこと? そんなにいいんだ。うれしい。それじゃあ、ふふ、合わせてあげる。特別ね。好きだから」ユキちゃんのこと、と耳元で囁かれて脳が揺れる。その衝撃で灰白質が潰れて撹拌されてクリーム状になりそうな程。
「あ、ぅ、わたしも、ハルさん、すき」
 全身桃色に染めたユキの淫らに堕ちた表情を睥睨し、舌舐めずりしてハルは嗤う。まるで飢えた獣だ。その内臓も同じようにユキを舐め、ぬとぬとと搾り味わう。
「そうだよね。ユキちゃんのおちんちん、ぱんぱんに膨らんで、僕のおまんこ好き好きって中でビクビクしてるもの」
「ちがう……っ、ハルさんが好きなの、だから身体こんなになっちゃうの、押し倒したくなっちゃったの……!」
 ぐらぐら煮え立つ纏まらない思考の中、泡沫のように浮かび上がったそれだけ伝える。
「意味がわからない。変なの」心底興味なさそうにハルは曖昧にふんわり微笑む。「ああもう、よわよわおちんちん一人でイっちゃえ」
「ひどっ、あ、うぅッ……」
 ハルの浮き沈みする腰の動きは一段と苛烈に、その目の奥には怒りにも似た獣欲の炎が渦巻く。
 一体全体、何故突然彼がそうなったのかユキにはさっぱりわからなかった。
「身体が好きだって正直に言えばいいのに。僕は怒らないよ。むしろ嬉しいもの」
「そりゃ身体も好きだけど、それはさぁ、それ以外のハルさんの色々も好きだからこそで……んむ」
 突如ユキの口が塞がれる。ハルの手が張り付いて言葉を奪っていた。
「狼さんのくせにまだるっこしい。そういうの面倒だし嫌だな。だから僕のおまんこなしじゃ生きていけないしょうもない身体に作り変えてあげるからね。きもちいいのいっぱい叩き込んであげる」
 腰を押しつぶすように叩きつけられ、一層深く繋がり合う。肉を打つ湿り気を帯びた音が夜のしんとした部屋に反響してユキの聴覚を犯す。
「んっ! ふ、うぅうっ、むっ、んぅっ……」
 ユキは顔を背けて目を硬く閉じる。ハルの手から、鋭く温度の低い凄味のある表情から逃れるために。そしてそんな中でも浅ましく受け取ってしまう過ぎたる快楽を振り払うため。
「こっち向いて。きれいなお顔見せて」
 口を塞いでいた手が離れてユキの顎を掴み無理矢理ハルの方へ向ける。浅い息を吐く唇を執拗に吸われながら胸を荒々しく揉みしだかれて苦しい。加えて相変わらず腰の動きは搾り取るように激しいまま。陵辱じみている。
 しかしユキはそうして激しく制圧される事に甘美な悦びを感じ始めていた。負でも正でも、好きな人間から強烈な感情を向けられると嬉しくなるという割と難儀な性格なのだった。
 ハルになら何をされても構わないと身も心も叫んでいる。
「うあぁあ、でもやっぱだめ! こんなの、よくないよ、変なの覚えちゃうっ」
 ユキは渾身の力でハルの胸を叩いて押しのけようとするが、簡単に両手首をまとめられ、頭上に片手で縫い付けられる。まったく敵う気がしない。
「変なの覚えさせてるの。ユキちゃんの攻め癖を壊して、新しいの植え付けてるんだよ。悪いおじさんにお精子搾り取られるの大好きなよわよわお姫様にしてるとこだから」
 見下ろしてくる顔は粘っこく笑んで完全に捕食者のそれだ。使っているのは女の器だというのに、腰遣いは雄々しく苛烈。膣内も原始的な腔腸動物が栄養を求めるように入り口から奥へ向けて蠕動しうねって滾り、貪欲。
「このまま僕の中で射精して。頭真っ白になるまでお精子たっぷり出して気持ちいいの身体で覚えちゃおうね。おじさんのおまんこに敗けちゃうみっともないおちんちんになろうねぇ」
「やだっ、やあぁ……!」
 ユキは腰をめちゃくちゃに振って植え付けられる歪んだ淫悦から逃れ、自我が壊される前に射精しようとするが無駄な抵抗。ずしりと落ちてきた腰に動きを封じられる。
「ああ、堪らないな。震えて、必死に抗って。けど逃がさないから」
 首筋に音を立ててきつく吸いつかれる。歯を立てられ、皮膚の表面を摘まれ、癒すように舐められてはまた同じ場所に歯を食いこまされる。
 苛まれているのは身体の表層だというのに奥深くの深層まで歯を立てられ神経を乱されているように感じられて、押し潰されているユキの身体が断末魔のようにのたうつ。
「あー……ッ!? いたっ、うぁ、ああ、そんなところっ、見えちゃうでしょ……っ!」
 輝かんばかりの白い肌に咲く鬱血の花。ハルはそれを見て満足気に嗤う。
「いいじゃない。見せたら。ユキちゃんは僕のものっていう証なんだもの」
 首筋から胸まで、とにかく隙間なく吸われて甘噛みされて所有印をつけられてゆく。唇を寄せられる度に背筋を悦楽が貫きユキは打ち上げられた魚のようにびくびくと身を震わせる。
「ひっ、ぁ、い、んあぁっ」
「ああ、でも、僕につけられたとは誰も思わないだろうけど。どこかの無遠慮で不良な男にやられたとしか。まったく、そういう輩と付き合っちゃだめだよねえ、ユキちゃんの品性が疑われるもの。見える場所に易々諾々とキスマークつけさせるような無防備でゆるい子だって」
 ユキは嬲られるがまま、無理矢理与えられる快楽には抗えずに骨抜きにされてゆくのみ。
 眼前で陽炎のように揺らめく白い肉体に視線を注いではいるが、目は虚ろに潤む。
 紅潮した頬に肉悦の涙が伝い、床に張り付けられた肉体は腰を打ち下ろされる度に鋭く痙攣する。果てが近い。
「はあっ、はっ、んあ、あっ、ハル、さん……こわい、よぉ……」気持ち良すぎて、である。初めての膣内射精がこんなのでいいのか。ついてない天然擬態野郎に搾り取られるような。
「自分が悪いんだよ、家に入ってきたのはそっちなんだから。ねえユキちゃん」
 尾を引く笑いが響いて、腰の動きが浅く素早くなって引導を渡しにかかる。
 肉粘膜自体の動きもまた一際激しく、しかし甘やかしてくる。ユキに吸い付き喰らい付き、そして一つに溶け合おうとするかのよう。
「ふうっ……あぁー……っ」
 恐慌状態に身体も心も揺さぶられて、ユキはとうとう絶頂した。腹の奥の熱が、脳髄が暴発する。一人でする時よりも射精が長く尾を引くような快感。
「あぁ……たっぷり出てるね、おちんちんドクドクして、あは、いいね、情けない声出して、僕の中でイって、かわいい」
 精神的な愉悦に顎を反らし、目だけでユキを見下ろし笑む制圧者。
「ハルさ、ああっ、ひあ、ああああ」
 髄が抜けたようになった腰が勝手に躍り、身も世もない甘い嬌声が止まらない。和らいでゆく芯を執拗に揉まれながらユキは目が眩んで……。

 たぶん一瞬死んでいた。
 汗だくでラグに横たわるユキはケーキや食材を冷蔵庫に詰め込んでいくハルの後ろ姿をぼうっと眺めていた。
 あれだけ半端な姿勢で動いたのに、その足腰に覚束なさはない。むしろいつもよりキビキビしている風でもある。流石はスポクラ通いだ。
 そして布切れ紐ショーツ一枚しか身につけていない後ろ姿はほぼ裸体。いつも家ではこういう格好なのだろうか。本当にエロい。
 ゆるゆるふわふわぷるぷる蠢くハルの裸体は一生見ていられそうだった。
 ただ事後に放って置かれているのはちょっとだけ寂しかった。
 ユキの死んだような恨めしいような視線に気づいたハルはミネラルウォーターのボトルを片手に隣に脚を揃えてふんわり座る。
「みずをくれ……」
 急激な喉の渇きを覚えてユキは手を伸ばす。
「勝手に水道水飲んでいいからね」
 ハルはにこりと顔を傾けて一人でミネラルウォーターをくぴくぴ飲む。
「けどグラスは使わないで。手で飲んで」
「いじわるだぁ……」
「狼さん見てると苛めたくなるの」
「ひどいよぉ……」
 しかし両手でお上品にボトルを包み込んで呷る所作は稚くかわいくてあまり責める気にもなれない。そういう無意識で表出しているであろう動作が愛おしいのだ。きっとお育ちが良いのだろう。
「いついかなる時も温和なおじさんがいいなら他を当たってね、ファザコンユキちゃん。でもえっちはよかったでしょう」
 こくりと頷くユキの唇にハルのそれが重なって、唇伝いに口内に注がれるミネラルウォーター。嬌声を上げ続けて熱っぽく掠れた喉が冷たく潤う。
 ハルはボトルをローテーブルに置き、ユキの隣に身体を横たえて至近距離で彼女を見る。白目は若々しく濁りの一つもなく、瞳は澄んでいる。そういう自分にない綺麗なものにユキは弱い。
「それだけの即物的な関係でも僕は構わないよ」いわばセフレね、とハル。
 ユキの肌に浮かんだ口付けの痕や汗で張り付いた髪を切なげに労わるように撫でる様は本当に身体だけの関係でいいと思っているようには見えなかったが。
「わたしは今までみたいに付き合いたいけど。あとファザコンじゃないってば」
「変なの」ハルは曖昧な笑みを浮かべる。困惑したり理解し難い物事が起こった時の顔だった。「えっちするために送迎したり遊びに行ったりするの億劫だと思わないの。そういうのナシにしていいって言ってるのに」
「やっぱシメはそういう事したいけど、しないで会うだけでもそれはそれで」
 ハルの平時のゆるゆるふわふわした仕草を見るにつけ、また性愛とは別の愛おしさが湧くのだ。セックスなしで解散してもデートの時の穏やかな時間は何ら損なわれない。
「ハルさんと遊びに行くの楽しいよ。いいお店たくさん知ってて。あと一緒にいると落ち着くし、見てるだけで愉しい。ドア開けられなかったり、ガードレールにぶつかったりして」
 柔和な顔立ちに少しだけ苛立ちが混じる。天然仕草をあげつらわれたとでも思ったのだろうか。実際ちょっとあげつらったのだが。
「若い子で僕とこういう関係になりたがるのはメンタル病んでるファザコンばっかりなんだよねえ」
「ちがうって。ただほんとにハルさんそのものが好きなんだよ」
「へえ」
 ハルは薄っぺらく笑う。なんだか馬鹿にされているような気に入らない表情だった。交戦的で性の悪そうな顔。そういう顔をされるとユキとしてはどうにかして屈服させたくなる。
「僕は人格とかありのままが好きとかそういうのはよくわからないな。ただ気持ちいいえっちが好き。狼さんとのも……うん、まあまあよかったかも。そういう容姿好きだし、おちんちんあるし、大きさと形も丁度よかったし、“待て”が一番長く続いたのも……」
 ユキは身を起こしハルの上にのしかかる。油断していたか、少しは行為後の疲労があったのか、抵抗らしい抵抗はない。