乗船日和 中 - 3/5

 舌の面をべたりと竿に張り付ける。下から上へ一舐めごとに感じる雄々しい臭気が肺と鼻腔を満たす。
 目元は彼女の首巻きでぐるぐる巻きにされて何も見えず視覚以外の情報でそれを補おうと感覚が必至に錯綜する。
 口を強引に割り開く器具を装着されているために吐息は浅ましく唾液は垂れ流しでまるで盛りのついた犬だった。
 身体の緊縛はいつものお決まりの形。首輪の後ろ側から垂れた鎖と革ベルトによって僕の両腕は背中で拘束されている。肉感的な身体が反って胸と腹が前に押し出されるのが婀娜で淫らでいい、と彼女はいつもうっとりする。肉感的というより、中年の男の身体なのだから肉っぽい感じだと思うのだけど。
 いつもは大抵裸に剥かれた状態で奉仕しているけれど、今日は腰に女物の硬質な下着を嵌められている。縦横無尽に張られた鯨鬚を骨組みとして皮革とレースや鋲で飾られたコルセットだ。それはまるで第二の肋骨か外骨格かあるいは枷か。強靭で弾力に富んで、軍服なんかよりも防弾防刃機能に優れていそうだ。よくこんな太い胴回りのものがあったなと思ったが、僕より豊満な女性もままいるわけだから普通に売っているものなのだろう。
 コルセットは張りがあって硬いせいで前屈みになって彼女の怒張を掻き立てる姿勢には向いていない。その上に背中の革紐で胴囲をぎゅうと締められて胸郭が狭まり肉と内臓はあちこちに追いやられて、神経と血流は滞っている感じがする。つまり苦しい。女性が些細な事で倒れる理由がわかった。
 彼女からは、気絶しそうになったら緩めるから言って、と言いつけられている。死にそうになったら言おうと思う。圧迫感から得られる被支配の愉悦はなかなかよくて、気絶程度ではやめられそうにない。
 感覚の一部と肉体の自由を封じられた状態で行う奉仕はいつもより昂揚して熱が入る。それといつもと違う場所でとなるとより一層。
「あぁ、すごい、舌も息も熱い。興奮しているのね」ひんやりした手が僕の首筋から顎を撫で上げる。「表情が見えないけれど、苦しそうなお顔をなさっているのでしょ」
 僕の苦悶の表情を想像してか、彼女の怒張が硬さを増して反り返る。舌を押し返すように表面が筋走り圧倒されてしまう。こんなごつごつしたものがいつも僕の中を出入りしているなんて信じられない。これで中を暴かれると狂ったように気持ちよくなってしまうのは当然の事だろう。この状況と、その時の事を想像して僕の陰茎が否応なく反応してむくりと勃ち上がり腹を打つ。
 亀頭の根元にある筋を尖らせた舌先で突くと彼女は甲高い声を上げる。「ふぁ……んっ」嬌声だ。淫靡というよりは愛らしく清廉。そこがいやましに愛おしい。「すごくいいわ」
 そして反り返りの頂点に浮き出た雫を舐める。舐めれば舐める程に汁が溢れてもどかしい。吸い付きたいが開口器具によって唇を窄めるのを阻まれて、必死になればなるほど唾液が垂れ流しになって彼女を濡らすだけだ。
 その時ドアベルが鳴って、冷たい外気と人の気配。僕の頭は一瞬にして冷えて、身を隠すために彼女から身を退こうとする。
「ん゛ッ、む゛うっ」
 だが背を踏みつけられコルセットの紐を勢いよく引き締められては無様な声をあげて留まらざるを得なかった。
「こんばんは」
 彼女は第三者の気配に向けて鷹揚に挨拶した。人前で男を足蹴にして侍らせながら言う台詞ではないだろうに。しかも目隠しと拘束をされて女の下着まで身につけた男をだ。これでは雑貨屋でなくいかがわしい店では。
 羞恥のあまりに息が荒くなる。喉奥で渦巻くそれはさながら獣の唸り声だった。
「痛み止めが欲しいのよ。頭痛がひどくて」
 女の声が戸口の辺りから聞こえてくる。まるで僕など眼中にないかのような……やっとそこで、カウンターで遮蔽されて僕は見えないのだろうという事に思い至った。
「そこのお薬の棚にあるから持っていってちょうだい。アスピリンと書かれたオレンジの軽い瓶ね。お代もその辺に置いておいていただける」
 僕を踏みつけたまま、彼女は言う。椅子に座っているせいであまり体重がかからない。彼女の全体重をこめてもっと強くきつく踏み締めてくれても僕は壊れやしないのだけれど。
「お釣りあるかしら」
 足音が近づいてくる。僕の心臓が背中を突き上げるように拍動する。さすがにカウンターまで近づいて下を見られたらばれてしまうから。
「ええ」
 彼女は脚で僕の横腹を押してカウンター下へ押し込む。
「あら、なにかいる? 犬? 飼っていたっけ」
 息遣いが聞こえている事に狼狽して尚更呼吸がうるさくなってしまう。手が使えれば窒息寸前まで喉と口を抑えられるのに。自分に自分で引導を渡す事ができるのに。
「犬じゃないわ」
 ヒトか奴隷とでも言うつもりだろうか、と慄き身動いだ瞬間、首輪の後ろを掴まれ強く引き寄せられ、喉奥までずしりと陰茎が埋められる。嘔吐感に喉が鳴り苦痛の肉悦に腰が跳ねた。カウンターががたごと暴れる。
「ぶごっ……ぉ゛ぼ、ぉえ゛——ッ!?」
「豚」
 彼女は短く素早く言い切る。豚と言われると感じるものがあった。犬よりもいい。背筋がゾクゾクして全身の毛穴が粟立った。興が乗ってきて僕は自分からゆるゆる頭を振って口内で怒張を慰める。汚い豚のような声を上げながら。
「ん゛ンー、ん゛ごぇ、ぶぉ、ご……ォ゛」
 口の中が太い怒張で満たされる度に唾液がみっともなく口の端から溢れて顎と床を濡らす。
「あら私豚って好きなのよね」
「ミニ豚じゃないわよ」
 愛嬌を振りまく愛玩動物ではないと言いたいのだろう。彼女の靴底が僕の広い背を撫でる。荒く擦り減った踵が素肌を掻いて薄皮が剥ける。家畜だってこんな扱いされやしないだろうに、本当にたまらない。
「大きい方が食べ応えあるものね」
「まあそうね。小さいよりは。でもこれは」これはときたものだ。嬉しくてうっとりして、彼女の内股に図々しく頬を擦り寄せてしまう。本当に僕の感性はどうしようもない。「ほとんど野生の猪よ。わたし以外には噛み付くんだから」
「凶暴なのね」
「臆病だからよ。躾の途中なの」
 言葉を裏打ちするように首輪を乱暴に揺さぶられて口と喉奥を乱雑に犯される。これが躾というならとても甘美だ。
「ごぶっ!? ぼ、ぉ゛ぐぅ……ッ!」
 もはや彼女に僕を大人しくさせておくつもりなんて無いのだろうと思う。
「食べるの?」
 というより食べさせられている。盛大に。
「そうね。いつかは。今は肥育しているところ」
 淫らにだらしなく肥えた僕を逆さに吊り下げて解体して腸詰だの挽肉だのにして食べる彼女を思うと多幸感が溢れて脳の髄から法悦が湧いてくる。口と喉の粘膜が狭まり、彼女自身に愉悦を送り込む。
「実家が畜産やってるの。今度餌を融通しましょうか」
 親切な人だ。彼女の人徳の成せる技だろう。
「餌……うふ、あぁ……いいの、これ……何でも食べるから……」
 首輪を鷲掴みにする手の力が一層強まって引き寄せられ、僕の鼻先を彼女の柔らかな恥毛が擽る。
「ん゛ッ、ぉ゛……ぶごっ、ご、ぉえ゛……ッ!」
 口腔など経由せず、直接食道に流しこまれる絶頂の証。妙齢の女性らしからぬ——そもそも一般的に女が射精などしようもないが——その質と量。蠕動する喉に絡みながらも胃の腑に確実に溜まってゆく。
「ぅぶ……、ん゛ー、ん゛ん、ぼぁ、ぉ……」
 コルセットで気絶する前に、彼女に気絶させられる事になりそうだ。
「なんかすごい鳴き声じゃない?」
「胃の中に直接飼料詰め込んでるから」
 それじゃあフォアグラか七面鳥だ。
 射精が終わった後も彼女は何度か僕の首輪を揺さぶって喉奥に残滓を塗りつける。僕自身がまるで淫具そのものにされたかのよう。物扱いが嬉しすぎて放尿しそうだったが、流石に店を汚すのは憚られた。
「それでどれくらい大きくなった?」彼女の勃起は鎮まったが、僕自身は大きく膨らんでいた。「見てみたい」
 こちらも、もう見られてもいいか、という投げやりな気持ちになってくる。僕はまごう事なく彼女の豚だし、家畜だし、躾はされているから噛み付いたりしない。むしろ彼女の従順な下僕だと知ってもらいたかった。うら若き娘の純潔を散らして欲望のままに貪る悪辣で醜い男などではなく。
「あなた頭痛いんじゃなかったの」
 彼女の声は心配している風というよりは心底億劫そうな響きを含んでいた。雄の欲望が完全に収まったのだろう。
「頭痛は主人の方」
「なら医者を呼んだ方がいいわ。あなたのご主人飲み過ぎなのよ。絶対卒中だから」
 彼女が珍しくおざなりに言い放つと、客の方も来店した当初の不安を思い出したのか金を置いて帰って行ったようだった。
「もう出てきていいのよ、豚さん」
 僕は芋虫のように肩と膝でカウンターの下から這いずり出る。胴をくねらせる度に鳩尾にコルセットが食い込んで胃が迫り上がる。
 緩めて貰わないと吐いてしまいそうで、しかし開口具で不自然に開けられた口ではうまく喋る事ができず、むしろ嘔吐感は高まる。
「ぐる、じ……ぉむッ、ぅッ……、げぷ、ぉ」
 胃が痙攣する。遅かった。
「っ゛、ぉ、ァ……んぶっ、ごぼッ、げぉっ、ォ゛え゛ッ——」
 僕は胃にたっぷり詰め込まれていた精汁を吐き戻した。鼻から、口から、胃液やエッグノッグと混ざって量を増した白濁が噴出する。どこもかしこも青臭い。
「お店を汚すなんて、躾が足りないのね」
 彼女は僕の口から乱暴に拷問具を引き抜いた。滑る唾液や吐瀉物が金属器具と下顎の間で糸を引く。やっとまともにヒトの言葉を吐き出せるようになった。
「あ゛ー、あぅ……ごめんな、さぃ……」
「あら、豚が喋った。見世物小屋に売れるわね」
 冷たい爪先が僕の張り詰めた睾丸と竿を一緒くたに突いて、僕は豚のように喚き散らして埒を明けた。
「ん゛ごっ、ぶぉ゛お゛ッ、ぇおっ、お——」
 突き出した腰ががくがく震えてさぞみっともなかった事だろう。
 目隠しと腕の拘束が外されて、吐き散らかした諸々が泣き濡れた目に刺さる。磨き抜かれた店の床をぐしょりと濡らす不定形の汚物。彼女そのものを穢してしまったようなものだ。
 僕は床に口をつけて吐瀉物をまた胃の中に押し戻そうとするけれど、彼女に顎を持ち上げられて阻まれる。
 僕に覆い被さるように床に座り込んだ彼女は僕に口付けしてくれた。吐瀉物に塗れた顔を忌避する事なく。動きに促されるまま唇を開けると水が流し込まれて胃液で荒れた喉や吐瀉物の味が残る口腔内が清められてゆく。
 愛撫するように背と腰を撫でられてコルセットが緩められる。
「苦しそうに嘔吐するあなた、すごくきれいだった」
 店は掃除しないといけないだろうけれど、嘔吐そのものが迷惑でなかったのならよかったと思う。
「店にいるとまだ営業中と思われて面倒よね。あなたは興奮していたようだけど、わたしはあまり見られるの好きではないし」
 カウンターの奥にある小さな扉が開けられる。小さな窓からの月明かりのみの仄暗い廊下。曲がりくねった階段。彼女は壁に取り付けられた燭台に火を入れて、代わりに店の灯りを次々と落としてゆく。最後は暖炉。急激に失われていく暖かさ。
「あなたのお家と比べたら寒くて暗いでしょうけれど、いつもと違うのもいいものでしょう」
 誘われるまま僕は彼女の後をついてゆく。僕は豚なので、のたりのたりと、淫靡な暗さが沈澱する床の隅を這う。彼女も僕を二足歩行させる気などなく、杖を手に先んじて階段を登ってゆく。まるで羊飼い。僕は豚だけれど。
 二階の彼女の寝室はとてもいい香りがした。窓の上には麻紐でくくられた乾燥した草花の束が逆さまにかけられて、窓辺には色とりどりの瓶が整然と並んでいた。何かの呪術かと思ったが、ただの趣味の良い飾りだろう。
 他には部屋の隅に敷かれた薄緑の小さな絨毯、その上に置かれた花柄の衝立、白く塗り直された古びた鏡台に籐の丸椅子、便箋などの置かれた収納付き書台……完全に女性の部屋だった。
 豚で入っていい部屋じゃあなかったと本気で後悔した。花束持ってとまではいわないが、せめて服くらい着ているべきだったろう。これで壁に錆びたペンチだとか褪せた乗馬鞭だとかが無造作に垂れ下がっていたのならまだここまで気負う事もなかったのに、あるのは目に優しい翠の壁紙と小さな六芒星のレース飾りだけ。
 どこもかしこも彼女らしい気配と匂いが満ちて性感は治まらない。初めて家族以外の女性の部屋というものに触れてどうにかなりそうだった。この部屋でいつものような爛れた行為をしていいものか。
 座っていてと指さされた寝台も到底豚の乗っていいものではなかった。せめて猫か小型犬までだろう。
 寝台は清潔そうな生成りのリネンとレースのカバーが敷かれた上に薄い色味の枕とクッションが置かれて、こんな大層な聖域にその日会ったばかりの兵隊上がりの行商人を寝かせたのかと妙な気持ちになる。
「また変な事を考えているでしょう」
 衝立の中で着替えている彼女が上から顔だけ出して僕を見る。僕は床に座ったまま首を横に振るがその辺の誤魔化しは通用しなかった。
「あなた彼女の事を意識しすぎだわ。どうして」
 彼女が彼女と呼ぶのはあの行商人レックス……アレクシスの事だ。三揃いの似合うすらりとした長身の女性である。明け透けで爽やかで女からも性愛的に好かれる性質の、まあ、そういう人間だ。
「だ、だってっ……彼女は、女性にすかれるタイプだし、女性が、すっ……すき、っだと思う……」
「女が好き、ああ、そう」彼女は呆れた風に溜息をつく。「それって事実なの? あなたの憶測? 願望? 本当にそうだとしても彼女はわたしを妹くらいにしか思っていないのよ。歳が近いようだし、どうやら少し似ているようだわ」
 だから心配なのだった。あれは妹の事となると僕が彼女に抱く以上の執着を見せる。
 肌身離さず持ち歩いていた妹の写真を同僚に見られて、自慰に使いたいから寄越せと言われた時の荒ぶりよう。十人医務室送りにして五人を戦線離脱させた。ちなみに僕はフォークで目を刺されかけて肩を脱臼させられた。止めに入っただけなのに。これでよく他人の事を何考えているかわからない人殺しなどと言えたものだった。
 だから妹に似ているなどと認識されたのなら一層危険ではないか。口も上手く人好きする人物だ。接触時間が長ければ長いほど身も心も奪われていくに違いない。そして僕は惨めに捨てられるのだ。つらい。
「もう……あ、あ、会ったばかりの人間を、軽々しく泊めないで、ほしい。ぼ、ぼくの知り合い、でも……あぶない……」
 そもそも僕の知り合いだというのが嘘かもしれないのだし。女性の一人暮らしなのだからもっと防犯意識を高く持たないといけない。なんなら夜は僕の所で過ごした方が安全だ。そこまで伝えたいがままならないのがもどかしい。
「うちに泊めるしかないでしょう」
 薄いワンピース状の下着一枚の彼女が衝立を蹴倒さんばかりの勢いで出てくる。何をそう荒っぽくなっているのかよくわからない。喚きたいのはこちらだ。あと、ふんわりした薄衣の彼女はとてもかわいい。クリスマスの天使の人形飾りのようだ。
「彼女あなたの家に泊まらせてもらうつもりのようだったのだもの」
 それでいいじゃないか、この上なく一番いい解決策だ。僕は彼女の言いたい事がよくわからなくて、ただ目を瞬いた。
「わからないの。あなた案外魯鈍なのね」
 鈍感どころではなく魯鈍なのか。彼女はたまに強い言葉を使うからびっくりしてしまう。後ろ手に隠し持っていたナイフで突然刺されたような気持ちになる。
「彼女はわたしの知らないあなたの話を沢山してくれた。自慢するためにそうしたのでないくらいはわかっているわ。だって彼女はわたしとあなたがどういう関係なのか知らないのだもの。だけどわたしは、あなたとわたしが肉欲のままにどれだけ穢れた触れ合いをするのか細大漏らさず詳らかに彼女に教えたいくらいだった」
 他人に見られるのは嫌なのに、行為については教えたいだなんて、どういう事かさっぱりわからない。
「薄鈍」
 眉根の寄せられて据わった冷たい目でそうきつく詰られると悲しくもあり嬉しくもある。どちらかというと性的に嬉しい。
「わたしの好意にもなかなか気づかなかっただけあるわ。本当に、あなたたまに苛々する」
 やはり彼女は僕に苛つく事があるのだ。それはすごく辛い。